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エルビー、急襲する

 アルハイドの瞳に大きく凶悪な魔獣の姿が映る。

 ただしアルハイドの視線は憎きヴィクトルへと注がれたまま。

 彼は考えていた、このままヴィクトルが先に食われるのを眺めているか、それとも今回の後始末として自分が先に食われるかを。


「ひゃっ! ひゃあああっ!」


 事態を察したヴィクトルが悲鳴を上げながら右往左往し始めた。

 王の間に出入り口は一つ、そしてそのたった一つの出入り口を魔獣が塞いでいるため逃げ道はなかった。


「ぐへっ!」


 ちょこまかと鬱陶しいヴィクトルをアルハイドは殴り倒した。


「往生際が悪いな、ヴィクトル。 お前が死んでくれなければ私も安心して逝けぬではないか。 さあドルバス卿が待っているぞ、一人であの魔獣のもとまで行けないか? しかたがない私が手を貸してやろう」

「うわぁぁーーーー来るなっ! 近づくなっ!」


 いまだ抵抗を続けるヴィクトルに呆れつつ、アルハイドは王の間の入口にいる魔獣に目を向けた。


「ん……?」


 それはほんの一瞬のことだったがアルハイドは窓の外に大きな影がかかったのを見逃さなかった。

 そしてなぜか魔獣が上を見上げる。


「上か?」


 そんな疑問を持ちつつアルハイドは無意識にも入口へと歩き始めた。

 その瞬間、突如として轟音と共に城の天井が崩れた。

 並みの魔法攻撃になら耐えられる造りのはず、そんな城が一部分とはいえ一瞬で崩壊する。

 土煙が収まると同時に見えたもの、アルハイドはその者の姿に言葉を失った。


 赤いドラゴンが城を崩したのだ。

 ふとアルハイドはヴィクトルを見やる。

 もしかしてこれもドルバスが持ち込んだ魔道具によるものなのだろうか。

 だがヴィクトルもまた、そのドラゴンを見て驚愕している、どうやら無関係らしい。


(あんなもの、奴らの手でどうこうすることなど出来るはずもないか……)


 そのドラゴンをよくよく見ると左手には先ほどの魔獣が捕らえられていた。

 まだ死んではいないようでなんとか逃げようともがいているのが見える。

 ドラゴンは何かを探すように周りを探り始め、そしてそんなドラゴンを見ていたアルハイドと目が合った。

 このままドラゴンに食われるのかとも思ったが、そのドラゴンはアルハイドから視線を外すとあとちょっとで左手から抜け出せそうだった魔獣を今度は右手で押さえつけていた。

 アルハイドはそんな光景に思わず笑みが零れた。


(そういえば昔城で見た猫があのような行動をしていたな)


 どうやって入り込んだのか分からないが猫が虫を捕らえている姿を見たことがある。

 大きさこそ全く違うが、まるで手から逃れようとする虫と逃さないとばかりに押さえつける猫の戦いを見ているかのようだった。

 それはまさに弱肉強食の世界、魔獣に食べられた人間、その魔獣を食べようとするドラゴン。

 魔獣に食べられて終わると思っていた人生だが、ドラゴンに食べられることになるとは思ってもみなかったとアルハイドは少し不思議な気分だった。


(だが、それも悪くはないな……)


 アルハイドは覚悟を決めドラゴンのもとへと歩き出す。

 そんなアルハイドをまたもドラゴンが見つめてくる。

 不思議な感じがした、魔獣などよりも遥かに強く大きなドラゴン、だというのになぜかまったく恐怖を感じない。

 このドラゴンから敵意を感じないからだろうか。

 ドラゴンにとって人間とはそれほどまでに矮小な存在なのだろう、敵意を向ける必要もないぐらいに。


 死へと近づくその一歩、その度に過去の思い出が甦る。

 父のこと、母のこと、兄のこと、そして妹のこと。

 妹が出来たと聞いた時は喜んだものだった。

 それなのにこんな別れ方になってしまうとは。

 恨みは晴らした、だがやはりこの心は救われない……。


『どうして、泣いているの?』


 声が聞こえた。

 それはこんな場所で聞こえるはずのない少女の声だった。

 気づけばドラゴンの間近まで歩いてきていた。

 ドラゴンの手なら余裕で届く距離、そしてそのドラゴンも魔獣を抑える手は左手になっていて右手はちょうど空いている。

 涙の理由はアルハイド本人も分かっているが、どうにも止めることは出来ずにいた。

 手を伸ばしたドラゴンの爪がそんなアルハイドの頬に優しく触れる。


「私は、私は妹を大切に思っていたのだ。 傷つけることも悲しませることも、そんなこと望んだことは一度としてなかった。 死ぬ前にもう一度だけ会いたかった……」


 アルハイドはドラゴンの爪に触れながら思いを吐露していた。

 ドラゴンと会話が出来ると思ったわけではない、アルハイドはただ、自分の素直な気持ちを誰かに聞いて欲しかっただけなのだ。


「ありがとう、気高きドラゴンよ。 さあその魔獣と共に、一思いに私を殺してくれ……」


 アルハイドはまっすぐとドラゴンを見つめる。

 だがドラゴンはまるで人間であるかのように首を傾げるだけだった。


 そんなドラゴンがふと外を見た。

 アルハイドから右手を離し、なんとか左手から逃げ出しかけた魔獣をまた右手でガシッと鷲掴みにすると空高く放り上げた。

 そして再びドラゴンは羽ばたき離れていく……。



    ◇



 エルビーは貴族門の上を通過するとき騎士たちの集団を目にした。


『あれ? ノールの言っていた侵攻の集団ってあれかな。 んーでもノール間に合うって言ってたけど、これ間に合ってないよね。 どうしようかな……』


 エルビーはどうするか考えそして一つの結論を導き出す。


『聖都に行く邪魔は出来なかったけど。 お城に攻めようとしているなら、お城で守っていれば攻めて来れないよね』


 そういうわけで城に降りて待ち構えるという方法をとることにした。

 だがそこにはエルビーにとって最大の誤算があった。


『あっ……』


 調子に乗って勢いよく城の上に降りたら崩れた。


『うわぁぁぁヤバイ……どうしよう……だ、大丈夫、まだ大丈夫。 誰にも見られてなければワンチャンあるし』


 そう思ったエルビーは周囲に人がいないか確認して……居た。


『え? あれ誰だろ、この間来た時いなかったよね? ああ不味いいいい……ん?』


 ふと左手にもぞもぞと動く感触があったので見ていると、見たことのない魔獣を左手で押し潰していた。

 まだ死んではおらず左手から逃げ出そうとしている。


『何? これ』


 エルビーは逃がさないとばかりに今度は右手で押さえつける。

 魔獣に気を取られていると先ほどの人間が近づいてきていることに気づいた。

 だがその人間はエルビーを見ながら泣いている。

 エルビーには事情がまったく理解できなかった。

 ただその涙に少しだけ心が揺さぶられた気がした。


『どうして、泣いているの?』


 それはその人間に対する心からの疑問。

 何か辛いことでもあったのだろうか。

 エルビーは無意識にもその人間の涙を拭おうと試みる。

 成功したのかは分からないがその人間は両手でエルビーの爪を抱え、そして自らの頬に当てていた。


「私は、私は妹を大切に思っていたのだ。 傷つけることも悲しませることも、そんなこと望んだことは一度としてなかった。 死ぬ前にもう一度だけ会いたかった……」


 人間が言う。


『なんだ、じゃあ死なないで生きていればいいじゃん。 あっそうか、もしかしてこの魔獣に殺されちゃうところだったのかな? でもそれを助けたんだからお城がちょっと壊れたぐらい許してくれるかな?』


 そんな打算塗れのエルビーの念話(こえ)が人間に届くことはなかった。


「ありがとう、気高きドラゴンよ。 さあその魔獣と共に、一思いに私を殺してくれ……」


 そしてまっすぐとエルビーを見つめ言い放つ。


『え? いやいやどうしてそうなるの? 死にたくないんじゃなかったの?』


 エルビーは首を傾げ目の前の人間に問いかけた。

 だが彼から返事はなく、そしてエルビーは思い出した。


『ああああ!! 人間って念話通じないじゃーん! あ、外にも魔獣いるし……ん? あそこにいるのってリオン? じゃああれ侵攻の集団じゃないってこと? なんだ……もう、さっきからこの魔獣鬱陶しいわね』


 エルビーは逃げ出しかけた魔獣を右手で掴むと貴族門をよじ登ろうとしている別の魔獣に向かって投げつけた。


『あ、当たった…… これって、わたし凄い才能かも知れない』


 そんなことを思いつつ、エルビーは他にも魔獣がいることを確認すると、その魔獣のもとへと向かう。



    ◇



 エルマイスは驚愕していた。

 頭上をドラゴンが飛んでいったことにしてもそうだが、ドラゴンが城に攻撃を仕掛けたことに対してだ。


「へ、陛下、ドラゴンが……ドラゴンです!」


 ついてきていた臣下の一人はいまだ混乱しているようだった。


「落ち着け、ドラゴンがドラゴンなのは当然であろう。 それよりフリュゲルよ、其方はあれをどう見る?」

「あそこは王の間でしょう、ならばそこにいるのはヴィクトルとドルバス、そして……」

「アルハイドか……」

「味方かどうかは分かりませんが、とりあえず敵ではないと思いたいです。 あのドラゴンは我らを素通りしましたから」

「それもそうだな、ドラゴンであるならブレスの一吹きで我らは全滅する」

「ええ、ですので今はあの魔獣をどうにかしなくては……」

「ヴェルクリフ、あれについて何も情報はないのか?」

「はい、申し訳ありませんが……。 あの、父上、アルハイドのことですがもう一度……」

「またその話か。 我が子だからと、いや我が子だからこそ許すわけにはいかぬのだ」

「アルハイドのことは母上も心配されておいでなのです、もしかしたらアイツは――――」

「言うでない! 事態を混乱させているのはアルハイドだ。 復讐のつもりかは知らぬがこのような魔獣を隠し持つのならばそれを伝えるべきであった。 あの魔獣にいったい何人が命を落としたと思っている……」

「父上! その言い方は卑怯ではありませんか! わが軍、怪我をしたものは多数おりますがあの魔獣に命を奪われた者はおりません。 命を落としたのはドルバス配下の者たち、報告では自らが発動させた魔道具にて現れた魔獣により命を落としたのです! その責任までアルハイドに押し付けるおつもりですか!?」

「敵も味方も関係はない、人が死ねばそれだけ魔王と言う脅威を誕生させかねないのだ。 そう説明したはずだぞ」

「そんな、そんなどこの馬の骨とも分からぬ子供の戯言を真に受けるのですか!」

「黙れ!! これは女神の意思なのだ、聖王として、それを違えることは出来ぬ」

「アルハイドは事態が動くまで城に入るなと言っていたのです。 アイツはおそらく自分で何とかしようとしたのです、せめてその心だけは汲んでいただいても……」

「ヴェルクリフ、今は目の前のことに集中しろ。 それからこういう場では父ではなく陛下と呼べといつも言っているだろう」

「申し訳ありません……」


 しばらくの沈黙が流れ、そして騎士の一人がやって来た。


「失礼します! 平民街での残党の処理がほぼ完了したとのこと、それと増援もまもなく到着すると報告がありました」

「お、おお! では陛下、ここで一気に彼らを投入しあの魔獣共を討伐させましょう!」


 臣下の一人が言う。


「フリュゲル、可能か?」

「現状ではかなり苦しい戦いになると予想されます。 数で押すしかありませんがあの魔獣共は強すぎます」

「リオンの、あの技はもう使えぬのか?」


 それは街道で多くのワイバーンを屠った技、ノールによって風の魔法を付与された魔剣で風の刃で攻撃するものだ。


「リオン殿は最初の魔獣で使用しています。 それから攻撃力は非常に高いのですが魔力消費も桁違いなので使える場面も人も限られるとリオン殿は言っていました。 現にリオン殿の時は魔獣を一瞬で屠りましたが同時に周りの家が粉々に消し飛んだほどです。 魔力量が多い者を選抜して使わせてみましたが扱えた者は僅か、後から合流する者に魔力量が多いものがいれば使わせる手もありますが悠長に選抜している時間もありません」

「そうか、結果的に偽勇者の扱いになってしまったがドルバスめが選んだだけあって実力はそれなりにあったということか」

「ええ、ラフィニア殿も言っていました。 彼の場合単純に経験不足なだけだろうと」

「何か、良い策はないものか……」


 エルマイスがそう呟いた時、事態に変化が現れた。


「絶対に魔獣を逃がすなっ!」


 貴族門周辺で勇者や騎士と戦っていた魔獣が貴族門をよじ登り始めたのだ。


「あの魔獣は何をしている?」

「もしかしたらあのドラゴンに恐れをなして逃げ出そうとしているのかもしれません」

「逃げ出す? 平民の街に逃げられでもしたら大惨事ではないか! 絶対に阻止するのだ!」


 エルマイスの言葉に従い、騎士たちに命令が飛ぶ。

 だがその命令が騎士たちに届く前に戦場の空気が一変した。


「退避!! 退避ーー!! 魔獣が飛んでくるぞ!!」


 騎士が声を荒げ上空を指さす。

 それまで魔獣を取り囲んでいた騎士たちが一斉にその場から離れた。

 何があったのか、エルマイスがそう尋ねるより早く城から飛んできた魔獣が貴族門にいた魔獣にぶつかり弾ける。


「なっ…… 何が? 何があった?」

「へ、陛下…… あの、あのドラゴンが魔獣を放り投げるのを見ました……」

「投げただと? 飛行型の魔獣とかではないのか?」

「いえ、飛んできたのは先ほどまで勇者殿が戦っていた魔獣と似た感じでした。 空を飛ぶ羽などどこにも……」


 答える臣下も信じられない物を見たというような顔をしている。


「陛下! ドラゴンが……」


 今度は城に取り付いていたドラゴンが再び飛び立ちすぐ城門の近くに降り立つ。

 そこでは他の魔獣が騎士たちと戦っていた。

 ドラゴンは大きく咆哮を上げると一瞬で魔獣に近づきそしてかみ砕く。


 大勢の騎士で取り囲みそれでもなかなか倒すことが出来なかった魔獣をドラゴンはたったの一噛みで絶命させていた。


「なんなのだいったい……何が起きている……?」


 エルマイスは目の前で起きている状況が理解できなかった。

 ドラゴンは魔獣を次々と倒していくのに、その近くの人間には一切手を出そうとしない。


「失礼します、貴族街にいたすべての魔獣が討伐されたとのことです、もちろんあのドラゴンによって……ですが」

「そうか、それでそのドラゴンは何をしているのだ?」

「ハッ、それが……城の中をのぞき込んだと思ったら手を突っ込んで中から魔獣を引っ張り出しておりました。 他にも植込みの中も見ていたりするのですが、その……」


 なぜか言い淀む騎士に臣下の一人が先を言うように促す。


「まるで迷子になった使い魔(ペット)を探しているかのようでした」

使い魔(ペット)? どういう意味だ?」

「はい、その背の低い植込みの中に大きな魔獣が隠れているはずがありませんので……」

「ますます訳が分からぬな、ドラゴンの知能が低いなどとは思わぬが行動がまるで人のようではないか」

「はい、実は私も迷子の使い魔(ペット)を探している人のように見えてしまいました」


 エルマイスはそんな報告を受けた後、しばらくしてそのドラゴンが南の空に飛んでいくのを見た。

 そして魔獣のいなくなった城はあっという間にエルマイス率いる聖王軍に制圧されたのだった……。

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