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アルハイドの覚悟5

 貴族街の門は完全に閉ざされている。

 普段であれば許可を持つ商人らが出入りするこの門だが今は決して開かれることはない。

 何も知らずにいつものように貴族相手の商売に来た数名の商人はこの異常な事態に遭遇し途方に暮れていた。


 そしてそんな混乱は城の中でも起きていた。


「どうやら包囲されてしまっているようだが、どうするつもりだ? ヴィクトル」


 アルハイドは城の外を眺めつつ、同じく外を見ていたヴィクトルに詰め寄る。

 ただし、アルハイドの声からは焦りも緊張もまったく感じられない。


「い……いったいどこに隠れていたというのだ……」


 対してヴィクトルは焦りの色を隠せてもいない。


「ヴィクトル殿、何を恐れる必要があるか? この程度何も問題にはならぬよ」

「ああドルバス卿…… いやしかしこれでは……」

「大丈夫だ、少しはアルハイド殿下を見倣って落ち着いたらどうだ? しかし、ヴェルクリフ殿下はいったいどこに隠れていたのだ? 忌々しい」


 ヴィクトルらが王城を占拠してからというもの、第一王子ヴェルクリフの行方は分からずにいた。

 それがつい先日になって何事もなかったかのように、王族騎士だけでなく神殿騎士らを率いて城を取り囲んでしまったのだった。


「で、ですが奴らは城を知り尽くした王族騎士です、万が一攻め入れられてしまえばひとたまりもないのでは?」

「ハハハッ、心配せずとも大丈夫だともヴィクトル殿。 ヴェルクリフ殿下のことだ、城を知り尽くしているからこそ落とせないこともすでにご存じであろうよ。 それに数の上でも断然に我々のほうが有利なのだ、何も問題はあるまいよ」


 ドルバスは自領のほぼすべての兵を連れてきていた。

 残念ながら貴族門の見張りや貴族街を見回っていた兵の一部はヴェルクリフの騎士らに打ち取られた。

 さらには貴族門の閉鎖によりドルバスの軍は貴族門の中と外で分断されてしまったがそれはヴェルクリフたちも同じこと。

 仮にヴェルクリフが外から友軍を引き入れようと開ければ外にいるこちらの軍が雪崩れ込むことになる。

 今後のことを考えれば貴族門の奪還に出るべきだが、貴族門はまだしも貴族街を手中に入れる意味は今のところない。

 それよりも守りを固め来る日に備えるほうこそが重要とドルバスは考えた。


「配下の者の話では騎士らはそれほど多くない、貴族街を見回っていた兵も逃げる際に追撃はなかったと言うしな。 もとより攻め入るつもりはなく貴族門を抑えた兵糧攻めが狙いなのであろう」

「ドルバス卿、其方ずいぶんと余裕があるようだな。 籠城戦など、食料の備蓄があるとは言えそう長くはもたんぞ? 何か秘策でも用意して来たか?」

「それはアルハイド殿下、えーと……」

「アルハイド殿下、秘策などと言うほどのものではありませんよ、ただ…… そう、間もなくアルメティアがここ聖都に向け進軍してくるというだけのことです」


 ドルバスはそれがさも当然のことかのように言う。


「アルメティアが? クラノイスダールではなくか?」

「ええ、ええドルバス卿の仰る通りなのです殿下。 侵攻を仕掛けてくるのはクラノイスダールではなくアルメティアなのですよ、ククックククッ」


 ドルバスがやっと秘密を開示したことで緊張も解けたのだろうか、それまでの心配は嘘だったのかと思えるほど嬉しそうにヴィクトルが笑う。


「当然ヴェルクリフ殿下はその事実を知らぬ。 焦らず待っておればやがて我らの手番となろうぞ」

「なるほど、それがドルバス卿の秘策、いや余裕の正体と言うわけか」


 もはやドルバスはアルハイドのことを見ていなかった。

 城から見える光景、そこに無数に横たわることになるであろう王族騎士らの姿を夢想して……。


「だがドルバス卿、父上の行方も分かってはいないのであろう? その対策はしてあるのか?」

「ふむ、それについても問題はないかと。 厄介な勢力と言えば国境警備を担うディエンブルグ領とエデルブルグ領の2つ。 しかし聖王陛下もクラノイスダールが攻めてくると勘違いしているはずゆえ、エデルブルグの協力は得られますまい。 とするとディエンブルグであるが奴らも転移魔獣の件があるからさほど兵を貸し出すことは出来ぬはずよ」

「だが各地で神殿騎士らを集めればアルメティア軍にも対抗できるのではないか?」

「ハッハッハッ。 アルハイド殿下、確かに聖王国中の神殿騎士を集めることが出来ればそれも可能かも知れぬ。 だが守りの砦ドルドアレイクに騎士は一人もおらず、陛下の逃げ延びた先からこの聖都までの間で集めた神殿騎士などものの数ではない」


 そう断言するドルバスにヴィクトルの内にあった不安はどこかに消えてしまっていた。


「なるほど、確かに突発的なことゆえ騎士を集めている余裕はありませぬな。 つまりアルメティアさえ来てくれれば我々の勝利は確定するわけですな」

「うむ、その通りだ。 だからなヴィクトル殿、何も心配することはないのだよ」


 ヴィクトルとドルバスは計画の成功を確信していた。

 何もミスはない、予定通りなのだと。

 そしてそれからさらに数日が経つ。


「どういうことだ……もう十分に待ったではないか」

「ドルバス卿……?」


 ヴェルクリフにより城の周囲を包囲されてからと言うもの、大きな衝突はないが散発的な戦闘は発生している。

 そんな状況もあってかドルバスの声には明らかな苛立ちが含まれていた。

 ドルバスの態度に心配になるヴィクトル。


「なぜだ、なぜアルメティア軍はやってこないのだ。 もう来てもいい頃合いだぞ?」

「き、きっと想像以上の軍勢を率いているのでは? それで進軍速度が遅くなっているのやもしれませぬ」

「ライアス! ライアスはどこだ! ……あ奴め、このような時にどこをほっつき歩いておる!」

「ドルバス卿……」

「ヴィクトル殿、情けない声を出すな、大丈夫だ、きっともうすぐ……」


 言いかけた瞬間、王の間の扉が開かれる。

 入ってきたのはドルバスが連れてきた兵の一人。


「ドルバス卿! き、貴族門がっ!」

「ああ! やっと来たか!」

「おお、待ちわびましたぞ!」

「い、いえドルバス卿、その、やって来たのは聖王率いる王族騎士団です!」


「なにィ? 奴らもう動き出していたのかっ!」

「そ、そんな馬鹿なっ! 何かの間違いではないのか!?」


 二人は急いで外を見る。

 それはまさに見慣れた姿だった。

 遠目からでもわかる聖王エルマイスとそれを現す旗印……。


「平民街にいた兵はどうしたのだ? すべてやられたのか?」


 貴族街を囲む壁の外から煙が上がっているのは見える。

 時折聞こえる爆発音、それはヴェルクリフらによるものではなく聖王エルマイスの軍によるものだった。


「ああ…… そんな、間に合わなんだか……」


 落胆するヴィクトルにドルバスは落ち着いて状況を分析する。


「まだだ! ヴェルクリフと合流したとてすぐに城に攻め入ることは出来ぬ。 その間にアルメティア軍が来てくれれば我々の勝利だ!」


 ドルバスは信じて疑わなかった。

 この日のため秘かにアルメティアの貴族を屋敷に招待し物や金を使って彼らとの関係を強くしていったのだ。

 そしてアルメティアの中で軍部を預かる者とも交流を持ちこの計画を持ち掛けた。

 彼らは十分な数の兵を動かすと約束してくれていたはずなのだ。

 仮に聖王らが数千の軍勢を引き連れて来ていたも余裕で勝てる程度の軍勢を……。

 決行当日、王の間に向かえば都合の良いことに重要な者らはすべて集まっていた。

 あとは拘束しアルメティアの進軍を待つのみだった。


 ところが一人の少年により計画が狂ったのだ。

 押さえておくべきエルマイスに逃げられてしまった。

 エルマイスが人質だったならその身を案じて無理な城落としなど進めることはない、だが残ったのは第一王位継承者のヴェルクリフですらなく第二王子のアルハイド。

 しかも犯罪者として捕まっているため人質としての価値はさらに低く、最悪実の息子を見殺しにしてでも城を落としに来るかもしれない。

 もはやドルバスに残された時間はあとわずか、今アルメティアが攻めて来て聖王の軍と衝突してくれなくては先がない。

 だがドルバスはアルメティア軍がやってくることを信じて疑わなかった。


(何も聖王国を狙っているのはクラノイスダールだけではないのだ。 アルメティアにとっても聖王国を落とすのは悲願だったはず……)


 先の内戦などで荒れたアルメティアの復興に協力した聖王国、だがそれを理由に様々な条件を課されていたのも知る人ぞ知る問題であった。

 マラティアはヨルシア大迷宮に関わる利益の一部を聖王国に差し出しているが、アルメティアは国内でも十分とは言えない量の資源を持っていかれている。

 もちろんタダではなく対価は貰っているが他国へ輸出した場合の額を考えれば頭を悩ます問題なわけだ。

 今回の騒動はアルメティアとしてもまさに絶好の機会と言える、彼らがそんな機を逃すとは思えない。


 自分の計画に問題がなかったのか、改めて考えを巡らせるドルバスに対してヴィクトルはただ不安を感じオロオロしているだけ。

 そしてそんな彼だからだろうか、玉座で不敵に笑う人物を見逃さなかった。


「で、殿下? アルハイド殿下、何を、そのような顔、嬉しそうにされているのです?」

「ああいやすまぬヴィクトル。 いやなに、こうもうまくいくとは思ってもいなくてな。 今までの貴様らは見ていて滑稽だったぞ? よく面白おかしく踊ってくれたものだ、とな」

「え……?」


 理解が追い付かず言葉を失うヴィクトル、聞き捨てならないと問いかけるドルバス。


「アルハイド殿下、失礼ですが、それはどういう意味でしょう? 我々が……滑稽?」

「なんだ、まだ気が付かぬのか。 この城を知り尽くしているのが兄上だけと思っていたか? そんなはずなかろう、そして兄上はまだしも母上まで見事に逃げ果せるなど出来ると思うか? さすがに協力者無くして無理とは思わなかったのか?」

「あ…ああ……あああああああああ!!! きさまっ! きさまっ! きさまっ! きさまあああ!!」

「ハハハハッ、そんな興奮するなドルバス卿、頭の血管が切れてしまうぞ?」

「そんな、なぜ? アルハイド殿下、なぜですか!?」

「なぜ……だと? ヴィクトル、私はお前に言ったはずだぞ? 私が受けた屈辱は必ずこの手で晴らすと……」

「それはっ、それはあなたを捕らえた聖王らにィィィ!!」

「ぬかせ! 私と兄上は王位継承権を争う身、自らの失態で落ちることに何ら思うところなどない! だがなヴィクトル…… お前は、お前たちはっ、この私に妹を殺させようとしたのだぞっ!! なんと惨めで、どれほど屈辱だったことか…… せめて一度、一度だけでもルナを抱きしめてやりたかったが、それももう叶わん。 自分を殺そうとした兄など誰が愛してくれようか。 貴様らだけは、絶対に許さん」

「フンッ、吠えたところで殿下にはなにも出来まい。 アルメティアが、彼らが来てくれればそれで――――」

「来るはずがなかろう」


 笑いながら言うアルハイドの言葉を理解するのと同時にドルバスが硬直し言葉を失う。


「なんだ? 察しの悪い奴らだ。 貴様ら、自分らで吹聴していたのではないか? この私、アルハイドはクラノイスダールと繋がっているのだと。 フンッ、その通りだとも。 私はクラノイスダールの貴族と連絡を取り合っている。 そして此度は逃がした兄上たちに連絡役をお願いしたのだ。 今、アルメティアは大軍を率いて聖王国に攻め入ろうとしていると」

「ば……馬鹿な…… クラノイスダールは聖王国に攻め入ろうとしていたはず。 それが貴様一人の頼みで守る側に回ることなど……」

「守る? ああ違うとも。 クラノイスダールは聖王国にとっての敵だ。 だがお前はひとつ勘違いをしているぞドルバス、アルメティアにとっても敵なのだ、あの国は。 だから進言してやった、アルメティアを攻めるなら今が好機だとな。 アルメティア軍が来ない? 当然だ、自国が攻め入られているところで他国に侵攻する愚か者などおらぬよ」

「そんな……馬鹿な……」


 やっと現実を受け入れたのであろうヴィクトルはその場に沈み込む。

 しかしドルバスはまだ往生際悪く抗おうとしていた。


「ライアスっ! ライアスどこにいる! さっさと出てこい! 例の物を! 例の物を持ってくるのだ!!」


 叫び王の間から飛び出していくドルバス、だがアルハイドは追うことはしなかった。

 いや、する必要がなかったと言うのが正解だ。


「う、うわぁああっ!! なぜだ? なぜここにいる!? よ、止せ、馬鹿やめろーーーー」


 それは姿の見えなくなったドルバス最後の叫び。


「なんだ? ど、ドルバス卿? どうされたのですっ! ドルバス卿!」

「ヴィクトル、気になるのなら見に行ったらどうだ? フフッフフフフッ」

「アルハイド殿下、いったい、何をなされたのですか……」

「私よりお前たちのほうが詳しいのではないか? 私はただ、これを使ったまで」


 アルハイドが掲げて見せたのは中に液体のようなものが入った小瓶、その中にはさらに魔法陣のようなものが浮かび上がっている。

 ヴィクトルはそれに見覚えがあった、それどころか知らぬはずがないもの。

 ドルバス卿に見せてもらった物でドルドアレイク辺境伯領にて長い歳月をかけ研究しそして生み出された魔道具の一つ。


「それは……なぜあなたが……それはライアス殿が厳重に管理をしていたはず」

「そんなもの奪ったに決まっているだろう、奴は殺した。 とある商人が教えてくれたのだ、これのことをな」

「なんということを…… いや…… まさか…… それを城の中で使ったというのですか」

「そうとも、お前が想像した通りだ、どうせこの城の中にはお前たちとその配下しかいないからな」

「あ…あああり得ない…… 殿下、それがどういうことか理解されているのですか? そんなことをすればあなただって……」

「言っただろ? 共に最後までと。 私はもとよりここで死ぬ気だ、貴様らと共にな」


 ヴィクトルの背筋に冷たい汗が流れる。

 後ろを振り返るのが恐ろしい。

 姿など見えていないが、自分の後ろに何者かがいるのを感じる。

 ヴィクトルにはそれが何か分かっていた。

 アルハイドは今一度ヴィクトルが良く見えるように手に持つものを掲げて見せる。

 それは転移魔法陣の一つ。

 液体に見えたものは非常に高濃度な魔力であり、その高濃度魔力を消費し中の魔法陣が発動するという仕組み。


「転移魔獣の正体、それがまさか自国の研究成果だったとは思わなかったぞ? 呼び出される魔獣がどこで飼われているのかも知りたかったが、それは父上や兄上に任せるとしよう」


 一個人の魔力では不可能な転移魔法をその高濃度に圧縮された魔力を用いて実現した魔道具。

 それによって呼び出された強大な力を持った魔獣、高ランク冒険者ならまだしも自分にはどうしようもない存在。

 ヴィクトルの後ろにいるであろうそれを、アルハイドにはすでに見えているはずだった。

 しかしそんな化け物を前にしてもアルハイドはヴィクトルに視線を向けたまま離そうとしない。

 そしてヴィクトルは今更になって気づく、アルハイドの覚悟の重さを……。

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