聖都奪還5
聖王国首都――聖都ミラリア――、その西側に位置しおおよそ聖都を一望できる丘の上にエルマイスは聖都奪還のための陣を築いた。
各地より集めた神殿騎士や有志の兵は最終的には六千以上にも及ぶ。
とは言っても集まったのはあくまで聖都までの街道とその周辺にあった街だけであり、時間があればもっと多くの騎士を集めることも出来ただろうが今は仕方がないとエルマイスは思った。
「これほどの数が集まればドルバス卿がどれほどの軍を用意していようとも負けるはずがありません。 我々の勝利は約束されたも同然です!」
「だが油断は禁物だぞ、連中がどんな奇策をもって待ち構えているか分からぬのだ。 しっかりと状況を調べ必要な対策を――――」
「それはもうやっているではないか! 平民の街や貴族街など確実に奪い返せるが問題は城なのだ、あれを取り返さなければ勝利などとは言えんぞ」
「城などこの数をもってすれば余裕であろう、今すぐすべての部隊に攻め入る命令を下すべきだ」
「貴殿はあの城がどういうものか知らぬのか? 数では決して落とすこと叶わぬ、そういう造りになっているのだぞ」
「何を言うか、城の備蓄とて無限ではない、いずれ腹を空かせて音を上げるに決まっている。 白旗を上げるのを待つだけではないか」
「そんな悠長なことをしている時間はないのだ、策を練り今すぐ城を奪還せねば他国の侵攻を受けることになるぞ」
「クラノイスダールはエデルブルグが押さえ込んでいるのだぞ、問題なかろう」
今後の方針を決めるべく作戦会議を開いたものの、数名の臣下らが思い思いのことを言い合っていることに内心エルマイスは辟易していた。
(いったい、この国はどこで道を間違えたのだろうか……)
彼らは城を攻めることしか頭にない、確かにドルバスの目的からすればその心配はないのだがそれでも……。
「いい加減静かにせよ」
エルマイスのその静かな声に全員が黙り込み互いに顔を見合わせていた。
「其方らの思いは分かっているつもりだが少し頭を冷やせ。 ここまで、数々の言葉の中で民の心配をするものが一つとしてあったか? 城を取り戻すのは目的でない、国の、民の平穏のために取り戻すのだ。 それを忘れてはならぬ」
「も、もうしわけありません陛下。 奴らは民に手を出さないと分かっておりましたので、その事への配慮が欠けておりました」
「そうだろうとも。 だが悪戯に騎士らを突入させれば奴らとて指を咥えて見ているわけにもいくまい。 そうなれば街にも、そして民に被害が及ぶ危険もある。 そもそも進軍すれば街への門を固く閉ざすことであろう、秘かに正門と貴族門を掌握せねばなるまい」
「仰る通りです陛下。 例えばですが商人などに扮して騎士らを潜入させるのはいかがでしょうか」
「それは無理だ、一度に何百人も入ろうとすればさすがに怪しまれる。 荷を検められることを考えれば武器の類も持ち込めぬであろう? かと言って少人数では門を制圧することもままならぬ」
「数人ずつ入れば良かろう? 武器は……そうだ、街の武器商人らから供出させればよいのだ、何も持って入る必要はないぞ」
「どうやって供出させるのだ? 我ら立場を証明するものを持って入ろうとすれば検められた時に捕まってしまうではないか。 だが何も証明するものなくそのようなことを商人に言っても門前払いだ、最悪物乞いと思われてドルバス卿の騎士らが呼ばれ捕まってしまうぞ?」
「も、物乞いなどとそんな!」
「いや、だが平民の武器商人に知り合いなどおらぬではないか。 取引のありそうな貴族に声を掛けようにも貴族門から先には証無しには入れぬ」
「一人ぐらい顔を覚えられている者はいないのか?」
「この中なら陛下ぐらいしか……」
「ばっ……馬鹿者! 貴殿は陛下に顔繫ぎをさせる気か!?」
「そ、そんなつもりでは! もうしわけありませんっ!」
「そもそも陛下のお顔ならさすがにドルバスの部下共も知っているのではないか?」
「田舎の巣穴からほとんど出たことがないような奴らだぞ、知るわけがない。 平民の姿に変装すればあるいは」
「それでは武器商人にも気づいてもらえぬではないか?」
「名乗ればよかろう、それでも気づかぬようならこの国の民として失格だ」
「あの皆さま、話がとんでもない方向に逸れている気がするのですが?」
「あ……」
宰相ロイマスの言葉でやっと止まったことにエルマイスは嘆息した。
「仮に正門を突破できたとしても貴族門の問題がある、今は潜入させた者からの報告を待つ以外になかろう。 今後の方針として日数をかけるということは難しい、各地より補給も集まっているがそれにも限度と言うものがある。 部隊の終結が完了する前に情報収集を済ませ再編が完了次第攻勢をかける。 それで後続の部隊はどうなっている? それから補給についてもだ」
「あ、はい。 現在報告から計算した総数の四分の三弱が集結しております。 残りもあとわずかとのこと」
「補給に関しては多く集まっていますが……陛下の仰られた通りあまり長い日数を維持するのは難しいところかと」
「ふむ、ならば貴族街を取り戻すまでを第一作戦とし以降を第二作戦とする。 第二作戦に移れば騎士の数も多くは必要なくなるだろう、その際に一部ドルバスに加担した者らを引き受けてもらいそれぞれの街でしばらく管理させよう。 どの程度の数になるかは不明だがさすがに捕らえた者すべてを聖都で見るのは無理だろうからな。 その際ソヤツらの処遇はこちらで決めるということは厳命しておけ、勝手に処分させぬようにな」
「承知しました」
話もキリが良いところで騎士の一人が入ってくる。
「失礼します、先ほど偵察に出ていた者らが戻ってまいりました」
「報告を聞く、ここへ」
「はっ」
呼ばれた騎士が入り報告を始める。
だがその報告の内容は想像していたものとかなり違っていた。
「グレーテもヴェルクリフも無事と言うのか」
「はい、妃様も殿下もご無事でした、この目で確認しております。 こちらからも陛下の率いる軍が街の外に陣を敷いていることをお伝えいたしました。 それでこちらの書簡を預かっております」
「そうか、それは良かった。 しかしドルバスめ、アルハイドをどう利用するつもりだ? いやそれは後で考えるか、まずはそれを確認しよう」
エルマイスは渡された手紙を読み始めた。
そこには現状がつらつらと書かれておりそして今後の作戦についても書かれている。
「なるほど、そういうことか。 皆の者聞け、ヴェルクリフの言葉通りならば貴族街、そして平民の住まう街には王族騎士らが潜伏しているということだ、そしておそらくこれは正しい。 そこで第一作戦について話をする」
まず作戦の開始は五日後の早朝を予定する、これは後続の部隊を待つことなく実行される。
作戦開始から貴族街奪還までを迅速に完了させるためには後続部隊の合流を待つべきではあるが、相手に猶予を与えるのは得策ではないようなので仕方がない。
平民街を制圧する部隊と貴族街を制圧する部隊にわけ、貴族街の担当部隊は平民街での戦闘には参加せずとにかく貴族門を目指すこと。
正門は作戦当日に掌握、そして貴族門は作戦前からヴェルクリフの率いている騎士らによって掌握した後そのまま閉鎖、当日は作戦開始とほぼ同時に両方が開けられる。
そこにエルマイスの軍が突撃するというわけだ。
軍が突入すれば当然戦闘になる、敵の反撃を抑えることを考えると夜間の奇襲が一番と思えるのだが、そうすると戦闘の余波で火災が発生した場合に逃げ遅れる者が出てくる危険がある。
そこで住民たちは起きているが外に出始める前、もちろんそれでも貴族門までの道には多くの店が並ぶので従業員らが開店の準備で出歩いていることだろう。
「平民の街の防衛に関しては冒険者ギルド、それから商業ギルドを中心にいくつかのギルドから協力を取り付けることが出来たようだ。 無論、制圧のため平民の街に一定数の部隊を配置するが主力は貴族街の制圧に回す」
「ギルドが協力ですか? それは……信用できるのでしょうか?」
「まあ心配はもっともであろう、ドルバスはともかくヴィクトルや関係する者と繋がりのある冒険者や商人もいる、彼らがヴィクトルに作戦内容を漏らさないという保証はない。 ただ、ヴェルクリフらはその辺りも抜かりはないと話だ。 それからフリュゲル、街道の封鎖状況はどうなっている?」
「ハッ、一部を除き完了しています。 そこにも現在向かっているところですので間もなくすべての街道で封鎖完了するかと」
「よろしい。 さてまず商人らによる作戦漏洩の危険だがヴェルクリフが貴族門を封鎖することによりそれは不可能となるだろう、すべての商人の出入りが出来なくなるのだ。 騒ぐ商人も出てくるだろうがそこはギルドに任せることにしてあるそうだ、無論国としても後腐れがないようにする用意があることは伝えてある」
「なるほど、商業ギルドは分かりました。 ですが冒険者ギルドまで、その、これはいわば戦争ではありませんか、いずれかに加担するというのは彼らの流儀に反するのでは?」
「今回冒険者ギルドには依頼と言う形で出している。 ただその内容は戦闘への参加ではなく住民の保護を前提としている。 仮にだが我々の軍が市民に手を出そうとした場合、冒険者はそれに対しても反撃することだろう。 冒険者ギルドとしても放っておけば街全体が戦火に巻き込まれる危険があるというのに見て見ぬ振りも出来ぬ話よ」
そしてエルマイスは臣下らを見渡し付け加える。
「ただし、何事にも絶対はあり得ぬ。 これらはあくまで犠牲を最小限にする手でしかないということを忘れてはならない。 作戦に当たる騎士一人一人がそれを肝に銘じ民を守るべく行動するように厳命せよ、無論これは騎士だけでなく我々にも言えることだ」
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作戦の日。
早朝から開始された作戦だが日はすでに天頂を超え緩やかに傾き始めていた。
絶え間なく届く報告は作戦が順調に進んでいることを証明してくれている。
しかしこうして離れた地に居ても時折爆発の音やそれらしき煙が見えることにエルマイスは住民たちの心配をせずにはいられなかった。
「報告します! 貴族街、制圧が完了したとのことです」
「なんとっ!」
「それは良かった」
「我々の大勝利ですな」
「まだ喜ぶには早いぞ、貴族街を制圧しただけだ。 我々も向かうぞ、フリュゲル、準備を」
「ハッ!」
聖都に入ると苛烈な戦いが繰り広げられていたことを実感する。
焼かれ破壊された家、いまだ転がる騎士の死体。
それが敵のものか味方のものかはまだ分からないが、どちらのものであっても避けたいことであった。
貴族街を制圧する騎士らが突入すると同時に閉ざされていた貴族門が今一度開け放たれる。
そこには貴族街制圧の指揮を執っていたヴェルクリフの姿があった。
「ヴェルクリフ、無事で何よりだ」
「父上、いえ陛下もご無事で何よりです。 貴族街の閉鎖、そして城の包囲は完了しております。 しかし、これほどの騎士を集めるとはさすがは陛下と思わずにはいられませんでした」
「私の力など微々たるものだ、様々な者たちが私に力を貸してくれた、その賜物よ。 それでヴェルクリフ、城攻めの準備は?」
「それが……」
「ん? どうした、何か問題があったのか?」
「はい、どういった仕組みかは分かりませんがおそらくはドルバスの置き土産かと」
エルマイスが詳しく事情を聞こうとしたとき、それは現れた。
南の空から大きな影がエルマイスの頭上を通り抜けていく。
そしてその巨大な生物は城の真上までやってくるとさらに上昇し、そしてくるっと回転したのと同時に急降下した。
「ば……馬鹿な……なんだ……あれは……まさかっ! アレもドルバスの仕業か!?」
ヴェルクリフは驚愕していた。
エルマイスもまた言葉を失っていたが、しかしそれに恐怖することはなかった。
それは王国での話を聞いていたからだろうか、グリムハイドの危機を救ったという、赤きドラゴンの話を……。