エルビー、聖都に向かう
エルビーは飛んでいた。
ふと思い返してみるとこれほど長い距離を飛ぶのは初めてだ。
『グリムハイドに行くとき飛んだっきりだものなあ』
ドラゴンの姿となったエルビーは自然と念話になっているがそれに答える相手はおらずただの独り言になっていた。
もっともノールに出会う前のエルビーはほとんど一人だったのでそうした行動のほうが多かったのだが……。
『聖都ってこっちで合っているのかな? 馬車で行くのとは全然違うからよく分らないや』
ノールとラフィニアの言葉を思い返してみる。
『んと、まっすぐ? 北に? 道なりに進めば聖都に着くって言ってたわよね。 でもこの道であってるのかな』
国境を隔てる門はさっき見かけたので間違ってはいないと思うが街道に沿って進むというのは思いのほか難しいものだった。
『馬車に乗っていると気づかなかったけど、街道ってまっすぐな道じゃないのね。 他の道にも繋がっているから違う道を辿っちゃってないか心配だわ……』
おそらくは街道から離れた他の街へと続く道なのだろうか、ひとつ救いがあるとすれば街道に比べてさらに細くなんとか見分けがつくというところだった。
それでも初めての経験なだけあって不安にもなってしまう。
『うぅー、お姉ちゃんってこんなに大変だとは思わなかったぁ』
アムライズィッヒ、人間たちの間ではドラゴンズ・ピークと呼ばれる山。
エルビーが他のドラゴンたちとそこで暮らしていた時、そのドラゴンたちの中で最年少はエルビーだった。
年の近い者はミズィーと言うドラゴンしかおらずエルビーにとっては姉のような存在である。
ドラゴンは血の繋がりによる家族と言う概念を持たない、生まれた子は皆の子供でありその子からしたらすべての大人が親のようなものとして育つのだ。
それは姉や兄、妹や弟と言うものも同じでエルビーはミズィーを姉と慕って育ってきた。
他のドラゴンにも兄や姉と呼べる存在はいたが自分と遊んでくれるのはそのミズィーだけだったというのも理由の一つだ。
もっとも魔法の勉強を始めた頃からちょくちょくからかわれるようになって嫌いになったが……。
『違うのよね、ミズィーはお姉ちゃんとしてちゃんとしようとしていただけなんだ、きっと。 今度会ったらごめんって謝ろう』
エルビーにとってノールは新しくできた弟のようで嬉しかった。
出会った頃は突然人間の姿にさせられたりと戸惑うこともあったし、こっちの話を聞かないで身勝手な行動取ることも多かったと思うが今ではそんなことも楽しいと感じている。
『ミズィーもそうだったのかな。 そう言えばこの前会った時も怒ってたっけ、今どうしているのかな? なんか会いたくなってきちゃった』
人間の姿だったら目を潤ませていたかも知れないがドラゴンの姿のエルビーにそういった変化は見られない。
昔の思い出に浸りつつ聖都を目指すエルビーは街道を行くおかしな集団を目撃する。
『ん? あれがノールの言ってた侵攻って奴かな。 けど止めるってどうすればいいんだろう? 人間がいっぱい死なないようにって止めるのだから死なせちゃダメなのよね、もうやっぱりノールは我が侭だわっ』
エルビーはそう言いながらも弟に頼られているのだと嬉しく思いつつ、どうすればいいか集団を観察しながら考えていた。
よく見てみるとその集団はその前を走る一台の馬車を追いかけているように見える。
『あれ? 聖都に向かってるわけじゃなくてあの馬車を追いかけているのかな? じゃあ侵攻する集団じゃない? うーーん、まあどっちでもいいか』
あとは止める方法だが殺さずにそんなことをするのは一つしかないだろう。
エルビーは先を行く一台と追いかける集団の間ぐらいにまで飛ぶと一気に急降下する。
「なんだ!?」「うぎゃー」
エルビーが降り立ったのは街道からちょっとだけずれた位置、代わりに長い尾を街道に横たわらせ道を塞ぐ。
突如現れたドラゴン、というより突然出来た尻尾の壁に急停止することも出来ずに衝突する馬車や止まることは出来たが驚いた馬から振り落とされる者たちの悲鳴で一時は騒然としていた。
「いてててて……なんだ? いったい何が落ちてきやがった?」
「あわわわわわわ……」
まったく状況が飲み込めていない者やエルビーの姿を見て言葉を失っている者など多数。
「おいおい、こりゃなんだ? 木でも倒れてきたのか?! クソッたれが……せっかくいい獲物見つけたってのによぉ。 にしても木にしては変な模様だな。 しかもなんだこの硬さは」
その男は悪態をつきつつ抜いた剣でエルビーの尻尾を叩いている、もちろん男はそれがドラゴンの尻尾であるとは分かっていないようだ。
そしてエルビーはその男たちが山賊なのだとその時やっと理解した。
『なんだ、やっぱり侵攻している集団じゃなかったのね、じゃあどうしよっかな~』
一向に逃げようとしてない山賊たちを見ながらエルビーは考える。
「お、おい、ホレスやめろ……そ、それを剣で叩くな……」
「あ? 何言ってんだ? グドル。 コレのせいで獲物逃したんだぞ? お前よくそんな落ち着いていられるな、俺は怒りで頭が沸騰しそうだぜ」
時間が経つにつれ他の者はそれの正体に目が行く、そしてじっとこちらを見つめているソレと目が合うことで今自分たちが置かれている状況を飲み込み始めていた。
「な、なあ、あのバカは放っといて、とりあえず逃げようぜ……。 ありゃダメだろ、出会っちゃいけねえ奴だろ……」
「逃げるってよ……逃がしてくれる……のか?」
「あのバカホレスが食われている間になんとか……」
「あんな馬鹿一瞬だろ、すぐ俺たちのほうに来るぞ……」
ホレスを除く山賊たちもまたどうするべきか考えている。
「おい、お前らさっきから何コソコソ話してんだ? この邪魔な木どかしてよ、さっさとさっきの獲物追わねえのかよ」
「だから剣で叩くなつってんだろっバカホレス!! お前そんな赤い木なんて見たことあんのかよ! いい加減気づけよ間抜け!!」
「っていうか周りをよく見ろボケ!!」
「カス!!」
「え? お前らなんでそんなひでぇこと言うようになったんだ? だいたいこんなもんで……」
「だから叩くな言ってんだよぉーーーー!!」
どうにも一人が気づかないせいで逃げようとしない山賊たち。
ならばとエルビーは一度尻尾を持ち上げ、そして再度地面へと叩きつけた。
「なんだ!? 木が動い――――」
ようやくホレスがエルビーの存在に気づき、そして目が合った。
それと同時に言葉を失うホレス……。
「ど……えーと……ドラ…ゴン…?」
ホレスの言葉にエルビーは首を縦に振る、そして咆哮を上げた。
山賊たちは悲鳴を上げながら思い思いに逃げ出す、来た道を戻るものや森の中に逃げ込む者など様々だ。
『ふぅー、これでヨシ』
ようやく逃げてくれた山賊を見てエルビーは安心した。
空へと舞い上がったエルビーは再び聖都を目指し飛び始めた。
少し進むと先ほどの馬車が若干速度を落として進んでいる。
馬車の幌の後ろから身を乗り出し、近づくエルビーを指さしている子供たちが見えた。
『あの子たちも馬車で旅しているのかな? どこから来たんだろう? 聖都に向かうところなんだよね、きっと』
自分が馬車に乗って旅をしている時のことを思い出したエルビーはなんだか楽しい気分になり、横にくるりとひねるように回転しながら飛んで見せた。
『わたしの姿ちゃんと見えたかな? またどこかで会えると良いなー』
ノールは知らない人間たちに会えるのが楽しいと言っていたがエルビーにはよくわからなかった。
エルビーにとっては知らない土地に行き知らない景色を見るのが何よりも楽しく、それが旅をする理由であった。
けど少しだけ、知らない人に会うのも楽しいかと思い始めていた。
知らない土地には知らない人がいて、知らない人たちが見たことのない街を作り出していく。
聖都ミラリアを前にトルネオの言葉を聞いた時、心の中に生まれたものが何かやっとわかったような気がする。
いろいろなものが繋がり世界を形作っている、きっとノールもそういう世界を見るのが楽しいのだろう。
あれから随分と飛んでいるはずだがいまだに侵攻する集団を目にすることはなかった。
やがてエルビーの目の前に見たことのある景色が広がる。
聖都ミラリアだ。
『やっと着いたぁーっ、あれ……でもでも、そういえばわたしここで何すればいいのかな? 侵攻する集団なんていなかったよね。 もしかして森の中を進んでいるのかも? まあいいや、うーんと、お城で待っていればいいよね』
そう独り言ちるとエルビーは城を目指した。