復讐の刃2
「では私たちも戦うとしましょう、先ほども言いましたが早く終わらせなければ楽しい試合が終わってしまいますからね、あの少女がどのようなことをしてくれるのかも見たいですし。 おっと失礼……私、名をセイムエルと言います、こっちはイビエラ。 どうせ死ぬのですから覚えておかなくても結構、冥途の土産としてお持ちください」
そう言うとセイムエルがどこからともなく剣を出しそのままノールへと斬りかかる。
対してノールはフレイヤワンドを取り出し魔法を展開した。
「ほう、それがフレイヤワンドですか。 そして見事なまでの魔法障壁、素晴らしいですね。 ではこんなのはいかがでしょう?」
虚空からセイムエルの持つ剣と同じものが次々と出て来てはノールへと降り注ぐ。
セイムエルの猛攻にノールは魔法障壁で受けたり、時には躱すことで凌いでいる。
そして役目を終えた剣は虚空へと消えていく。
ノールとセイムエルとの戦いが開始されたことを横目で確認したラフィニアは目の前のプリシュティナを睨みつける。
その先に探し求めていた仇がいるのにプリシュティナによって邪魔をされるからだ。
プリシュティナはやはり強い、大迷宮の時と違い今回は仲間と連携して戦えているのにも拘わらず、目の前のプリシュティナは余裕の表情を浮かべ逆にラフィニアたちは苦戦を強いられているのだった。
幾度とないラフィニアの攻撃はプリシュティナによって弾かれ、時には避けられてしまう。
リックも参戦し二対一となった今でもそれは変わらなかった。
プリシュティナと言うたった一人の悪魔に二人掛でも苦戦しているというのに、セイムエルにイビエラと言う悪魔二体を相手にしなければならないノールは大丈夫だろうか。
(せめてエルビーちゃんがいれば……)
いない者のことを考えても仕方はないがそう思わずにはいられなかった。
「さすがラフィニアさんですわね、人間相手にこうも思い通りにいかないというのは初めてですわ」
「それはどうも、私も悪魔というのがここまでしつこいとは思ってもいなかったわね。 できればそこをどいてほしいのだけど」
「ええ構いませんことよ、四精霊の宝珠を譲っていただけるのでしたらね」
「あら? もう必要ないのかと思ったけど違うのかしら?」
ラフィニアはプリシュティナの言葉に疑問を抱く。
白の悪魔の封印を解くために宝珠が必要だということだったが、そもそもリーアは10年前にも活動していたし今はプリシュティナたちの後ろで高みの見物を決め込んでいる。
(もしかして封印されているのはリーア本体じゃない?)
複数の封印が重なっていると言っていたのでラフィニアはてっきりリーアが幾重の結界に包み込まれている状態を想像していた。
しかしそれぞれが異なるものを封印していて、宝珠は分断されたリーアの『力』を封印するものだったという可能性もある。
なんにしてもあれを渡すわけにはいかない。
「前にも言ったけどそんな危なっかしい物持ち歩いているわけがないわよ」
「そうですの、それは残念ですわ。 でしたらここを通すわけにもまいりませんわねっ」
プリシュティナが言葉と共に地を蹴りラフィニアとの距離を詰め、再び両者の剣戟が鳴り響く。
そんなプリシュティナたちの戦いを見てセイムエルがわざとらしく声を上げる。
「ふむ、しかし妙ですね。 プリシュティナならばあの程度の人間などすぐさまに片づけられると思ったのですが……。 私としてはさっさと終わらせて聖都での試合観戦に向かいたいというのに。 あの少女が見せてくれるという芸も楽しみにしているのですよ」
ノールを相手に余裕を見せつけるセイムエル、その言葉はもっともだとラフィニアも思う。
それはまさに今ラフィニア自身が実感していることだからだ。
何よりセイムエルの言葉はプリシュティナにも届いているはずだがプリシュティナにそれを気にする様子がない。
戦いが続くことでラフィニアもいつも通りの冷静さを取り戻し状況を把握出来るようになってきていた。
セイムエルのほうはそうでもないのだがプリシュティナのほうは戦い方からして違和感しかない。
プリシュティナの目的が四精霊の宝珠ならばもっと積極的に行動して奪いにくればいいはず。
(いや、そもそも大迷宮で私が持っていないというのは知ったはずなのよね、信じてないだけかもしれないけど)
いずれにせよ積極的な攻撃をせず防御に徹するようなプリシュティナの戦い方は不自然だった。
何よりもノールとセイムエルの戦いが気になるようで時折そちらに気を取られているのが見て取れる。
最初はこちらの油断を誘っているのかと思ったのだがたまに思い出したかのように攻撃を仕掛けてくるあたりこちらの戦いに集中できていないと言った感じだった。
(舐められているというよりは手を抜かれているようにしか思えないわね……。 それとも何かを待っているのかしら?)
そんなプリシュティナの動きにラフィニアもついついノールたちの戦いに目が行ってしまう。
普通に考えればそれは致命的な油断になるがプリシュティナはその隙を突いて攻撃してくることもない。
それならプリシュティナの相手は自分ひとりにしてリックをノールの援護に回そうかと思うのだが、そういう行動をとるとなぜかプリシュティナに邪魔をされるというわけだ。
(プリシュティナにとっては完全に時間稼ぎよね、これ……)
ラフィニアも分かっているが打つ手はなく、その時間稼ぎに付き合うしかなかった。
ノールとセイムエルの戦いは互角のようだがプリシュティナと違ってセイムエルが手を抜くことなどないだろう。
そしてセイムエルの余裕からは何か奥の手のようなものを隠し持っている気がする。
(プリシュティナはそれを待っているのかしら? でもいったいなんのために……?)
セイムエルの攻撃は単調なものだ、虚空に生まれた剣が死角から飛び、ノールが魔法障壁で弾いたり避けたりすれば今度は新しい死角から剣が襲い掛かる。
その攻撃以上に厄介なのが人質となっている人間たち、どうやらノールは魔法で攻撃しようにもその線上に人間がいるため思うように攻撃できずにいるようだ。
人間を盾にして攻撃する、それがこの悪魔の戦い方なのだろう。
それでもノールは場所を変え人間を避けて魔法を放つ。
以前見た広域暴雷陣は味方に大きな損害を与えず魔獣のみを殲滅していた。
あの魔法が使えればあるいはとも思えるが、こんな狭い場所で使えばさすがに研究員を巻き込む可能性はあるしそれどころか建物の崩壊を招く危険もある。
かと言って弱い威力の魔法では悪魔にダメージを与えることも難しい。
その結果、どちらの攻撃も相手にダメージを与えることが出来ないのである。
「ふむふむ、無詠唱での魔法障壁、思った通りお強いですね、あなた。 そこらの人間ならこの攻撃でとっくに死んでいますよ」
その言葉を聞いたノールは僅かにショックを受けた。
攻撃を防ぐということに集中しすぎていて詠唱することを忘れていたからだ。
「……こ、このフレイヤワンドは優秀」
とりあえず誤魔化しておくことにした。
「ほぅ、やはりそのフレイヤワンドですか。 確かアーティファクトと言うのでしたかね、人間と言うのはただ愚かなだけと思っていましたがなかなかに面白いことを考えるものです。 力ではなく知識で我々に対抗しようとするとは……。 正直不愉快ではありますがね、いやいや今は素晴らしいと称賛の言葉を送っておきましょうか。 しかし、それではいつまで経ってもこの私には勝てませんよ? どうしますか?」
ノールがふと何かを考える仕草をしている。
それは幾度となく見た光景でラフィニアの経験上ロクなことにならないという前触れでもあった。
降り注ぐ剣を防ぎつつ、ノールは更なる魔法を放った。
「聖闇崩界」
セイムエルの周囲に無数の光の点が生まれ渦巻く。
上級魔法の中でもさらに上位の部類に入る魔法の一つ。
「なっ何ィ!?――――」
セイムエルは驚きの声を上げると同時に光の柱に飲み込まれた。
そして同じく驚く表情を浮かべたプリシュティナはラフィニアたちから大きく距離を取るとその光景を凝視する。
その僅かな隙すらも逃すまいとラフィニアは一気に詰め剣を振り下ろした。
しかしあと少しと言うところで届かず、ラフィニアの一撃は空振りに終わる。
「さすがに今のは危なかったですわね……」
「何よ、あなた全然余裕で避けるじゃないの」
「いいえ、わたくしのことではありませんわよ」
プリシュティナの言葉にラフィニアはセイムエルのほうを見やる。
そこには先ほどまでと変わらぬ姿のセイムエルが立っていた。
「嘘でしょ……悪魔ってあの直撃を食らっても平気なわけ?」
「そうですわね。 直撃だったなら、いくらセイムエルでも無事では済まなかったでしょう。 先ほどのわたくしと同じ、直撃するより先に逃げたということですわ」
ノールが使った魔法は悪魔に対して特に有効とされ聖王国内でも扱えるものはそう多くはないと言うレベルのもの。
ましてや術者が王国民となれば希少とも言える存在だが、その攻撃すら悪魔にとっては躱せば済むという程度なのだろうか。
「いやはや…… さすがに今のは驚きました。 なるほどなるほど、たしかにその魔法ならば周囲の人間を避け私だけを狙うことも可能ですね」
もちろん人間ならば直撃であってもダメージを受けないというわけではない。
誰しもが持つ負の力に作用しダメージを与えるため、存在が負の力そのものと言うような悪魔にはかなり有効なだけだ。
この魔法の利点は広域暴雷陣のように攻撃の余波で周囲の人間を吹き飛ばすこともなければ、攻撃範囲をかなり絞りこめるので人質を自分のそばに立たせるなどしない限り周りの人間が邪魔になることもない。
そして効果が期待できると踏んだノールは追い打ちをかけるように魔法を放つ。
「聖闇崩界」
光の柱がセイムエルに襲い掛かる。
「ぐはッ……! ま、まさか無詠唱だけでなくそんな続けて――――」
「聖闇崩界」
先ほどまでと違いセイムエルが慌てている。
「ふんぐっ!? む、無駄だっ! どんなに強力な魔法とて当たらなくては意味が――――」
「聖闇崩界」
「えぇい鬱陶しい!! 馬鹿の一つ覚えのようにばかすか撃ちおって! ああ貴様が強いのは認めてやる! だがな、知っているぞ!! 貴様の弱点っ!」
セイムエルの雰囲気がガラリと変わる。
ノールの攻撃の後、その一瞬を狙ったかのように人質となっていた研究員たちが一斉にノールに襲い掛かる。
これまでセイムエルの猛攻を余裕で防いでいたノールに今更研究員程度ではどうすることも出来ないだろうとラフィニアは思っていた。
だがそれこそが狙いだったのだろう、研究員の行動に虚を突かれたノールに生まれた僅かな隙、虚空から生み出された剣はノールの持つフレイヤワンドへと直撃する。
「これで容易に魔法も使えまい! 止めだっ喰らえっ!!」
セイムエルの叫びと共にノールの間近に迫った研究員が手を突き出す……。
研究員の手から腕ごと切り裂くように飛び出した一本の剣がノールに突き刺さる、それも一人だけではなく襲い掛かったすべての研究員たちから。
そのすべてがノールの心臓目掛けて伸びていた。
「やった! アハハハハハハッ!! 残念だったね、その剣はね、ただの剣じゃないんだよっ! すべて僕の体の一部なのさ! セイムエル様が人間を操り僕が君を貫く! 成功だ!」
それまで黙って見ているだけだったイビエラが歓喜の声を上げている。
それこそがセイムエルの奥の手、虚空から出現すること自体は魔法だったためノールも予測出来ていた。
だが人間の手から飛び出した剣はイビエラが事前に人間の体に埋め込んでいたもので世界に干渉して発動する魔法とは異なる。
世界への干渉を読み解くことで魔法を認識していたノールであっても魔法でないものを予測することは出来ないのだった。
悪魔が自分の体を剣に変えているとは思わなかった、ノールにとってはそれが誤算だったのかもしれない。
「フハハハハハ、ようやく邪魔者を消し去ることが出来た。 貴様の行動は少々目に余るのだ、これで我々の計画も容易になるというものだ」
人質となっていた人間の腕、そして剣で貫かれたノールの体からはおびただしい量の血が流れ出ている。
そこはまさに血の池と化していた。