次の任務、クルクッカへ
ゲインが次の依頼を受けてきた。
依頼の内容は商人の護衛だそうだ。
今いるグリムハイドを北に馬車で6日と言ったところにあるクルクッカと言う街で王国では交通の要となっている。
規模はグリムハイドよりも大きく商業を中心に発展した街である。
このクルクッカの近くには魔法共生国という魔法研究を第一とする小さな国があり、その研究をする上での物資調達などをこのクルクッカの商人に依頼することも少なくない。
今回はそんなクルクッカを拠点にする商人からの依頼だ。
クルクッカから王都エステリアを超え、西の港町ラビータに向かう馬車の護衛となる。
ラビータは聖王国に向かう船が出る港町なので、おそらくは商品を守るのが仕事となるんだろう。
依頼の詳細についてはクルクッカで依頼者と打ち合わせをする手はずとなっていらしい。
今回の依頼では一つ、気を付けなければならないことがある。
それはクルクッカまでの道のり、そしてラビータからの帰りの間、すべて自腹である。
その分、依頼料が高め設定らしいのだが……。
ビッツはいつものように適当に聞き流しつつ、ラビータまでの道のりを想像して嘆息する。
(えーと、つまり全工程で考えると、またグリムハイドに戻って来れるのは約一月半後と言うことか……。俺としては短い仕事を数こなす方が性に合っているんだがな……)
◇
クルクッカに向け出発する日となった。
依頼の日時から逆算するとまだ少し早いが、まあ早めに着いてゆっくりするというのもいいだろう。
トラブルに巻き込まれて指定日に間に合わないんじゃ大ごとだ。
クルクッカまで移動だが当然馬車を使う。
こういう時、今までは4人だったので定期的に出る乗り合いの馬車を利用していた。
料金だけを見れば貸馬車のほうが断然お得だが、それでも普段乗合馬車を利用しているのにはワケがある。
街道沿いとは言え魔獣が出るかもしれないし、ここらじゃ滅多にいないが盗賊が出るかもしれない。
そんな時、戦闘で馬車が壊れたり馬が使い物にならなくなったらどうなるのか。
借りた者が弁償するのである。
さすがに全額とまではいかないが、ビッツたちのようなしがない冒険者にとっては大きな損失になる。
それに比べて乗合馬車というのは魔獣に襲われて馬車が大破したとしても弁償をする必要ないのだ。
さらに乗合馬車によっては護衛が一人か二人同乗することがあるため、戦えない人々にとっても安全な移動手段と言うわけである。
もっとも戦える者には必要ないのだが、移動中の警戒も不要と言うのは楽でいい。
戦闘に自信がある者なら、条件次第だが道中の護衛をかって出て料金を割引してもらうと言うのもよくある光景だ。
今回は6人となり混み具合によっては全員乗れない可能性が出てくるので貸馬車を使うことにした。
そんな貸馬車ではあるが何も利点が安いだけと言うわけではない。
なんと言っても利用者が自分たちだけと言うのは荷物を多く積めるし広々とするし時間を気にしなくていいのである。
御者さえしなければ心も体も休められるわけで、当然誰からも異論などあるはずもないというわけだ。
(あれ? そう言えばだいたいゲインが御者やっているけど文句言われたことなかったな。なんでだ?)
借りてきた馬車に荷物を積みながらビッツはそんなことを考えていた。
自分ならやりたくないことを文句を言わずやる人間のことなど理解できるわけもない。
結論が出ないまま荷物の積み込みを終えいざ出発と言うとき、ノールがはるかぜ亭でサンドイッチを大量に注文していた。
(いやその量は昼で食べきれないだろ。腐るぞ、それ)
そしてエルビーは受け取ったサンドイッチをもう食べようとしてノールに止められている。
(さっき朝食食べたばかりだろうが……)
ビッツは信じたかった。
馬車の中、心も体も休まるはずなのだと。
――◇◇◇――
馬車はグリムハイドを離れクルクッカを目指す。
さて二人の服装だが今回長旅と言うこともあり、今着ている服だと汚れたり暑かったりして大変だぞ、と言ってもっと動きやすい涼しげな服を買わせてある。
それと聞くとこの二人は馬車と言う物が初めてらしい。
ほんとどうやってここまで来たんだろうか。
ノールは外を眺めているだけだがエルビーは騒がしく燥いでいる。
乗合馬車でなくて良かったと本気で思う。
ちょっと静かにしてほしいと思ったのは俺だけじゃないはずだ。
クルクッカまでの道中、魔獣に襲われる危険だってあるんだ、御者をしているゲインが集中できないじゃないか。
そのクルクッカからここグリムハイドに伸びる街道は比較的新しいものだからか、安物の馬車でもさほど不快な乗り心地にはならなかった。
それでも6日かかるのだしマッタリとして向かいたいものだ。
途中にある町は規模こそ小さいが、まあ街道沿いだけあって宿などは充実している。
もうすぐで昼を過ぎるかと言う時間、特に魔獣も盗賊も、こういうときの定番である突如聞こえる悲鳴もなく馬車は進行は順調そのもの。
問題があるとすれば、ノールとエルビーだろうか。
お腹の虫が限界のようである。
「ねえ。あとどのくらいで着くの?あとお昼まだ?」
「あと半分くらいだよ。それとお昼は……」
エルビーは御者席に身を乗り出しながら質問し、それにゲインは丁寧に答えつつそのあとはよろしくと言う感じで俺の方を見やる。
いや俺はそいつらの保護者ってわけじゃないぞ、まったく。
この行程、一日目は夜になってしまうため、あまり早く昼飯を食べてしまうと夕食までもたないのだ。
その点を何度もエルビーには説明していたんだが、今がすでに限界だと言う。
それに同意するかのように頷くノール。
仕方がなく俺は二人にゴーサインを出した。
まったくこういうときの息はピッタリだな。
二人は温くなったサンドイッチを食べる。
「シャキシャキしない……」
とノールが文句を言っている。
それは諦めろ。
そう思いながら街道に目を向ける。
街道の両端には柵が設置されているがおそらく魔獣除けだろうか。
今のところ魔獣はおろか獣の気配も感じない。
もし森から出てきた魔獣に襲われると非常に厄介ではあるがこの柵がある。
おそらく魔獣が柵を乗り越えている間に迎え撃つ準備をしろと言うわけだろう。
なかなかない気配りだ。
ただ、そんな柵も所々壊れて役に立っていないのだが。
西側の魔獣が水場を求めて強引に突破しているのかもしれない。
それから幾分か進んだ頃、道を行く少年を発見した。
少年とは言ってもノールより年上だ。
話を聞くとこの先、つまり俺たちの今日の目的地となる村に帰るところだと言う。
夜明け前に街を出てなんとか夜になる前に着くことを想定していたようだが、徒歩より若干早い馬車で夜になるタイミングなのだ。到底徒歩では不可能である。
というわけで少年を説得し馬車に乗せる俺たち。
来るときも魔獣に遭遇しなかったし、出来れば節約したかったという理由らしいが、魔獣に襲われる可能性なんて運でしかない。
壊れた柵を見れば、壊す何者かがいると言うのは想像に難くないだろう。
森を抜けてしまえば魔獣の心配も無くなるんだがな。
日も傾き始めもう少しすれば魔獣たちも活動を始める時間だ。
西側に住む魔獣、一角狼は特に問題ではないがやはり灰色狼が厄介だ。
川よりも東側に縄張りを持つ灰色狼が街道に現れるということはよっぽどでも無い限りない。
それを分かっていて川の西側に街道を作ったのか、ただの偶然だったのか、それは当時の人にしか分からないことだろうな。
どうであれ、こんな森の中でも魔獣に襲われる危険はかなり低くなっているというのは確かなことだ。
しかしそれは可能性の話、絶対とは言えない。
冒険者だけなら自分の身は自分で守るで良いが、馬は自分で自分の身を守ってはくれない。
もし襲われ使い物にならなくなった場合、買い取りとなってしまう。
とても高いものでもないが、決して安いものと言うわけでもない。
何より替えを手に入れるまでの移動手段を失うし良いことなんて一つもないのだ。
故に今後の仕事を成功させるためには必ず守り切らなければならない。
なんか最後だけ聞くと格好いいセリフに聞こえるが馬のことだからな。
まあ小さな怪我程度ならゲインの治療魔法で癒すことも出来るんだが、その時に負った心の傷ってやつかな、そういうので襲われた街道には出たがらなくなることがある。
実に厄介なんだ。
というわけで、俺たちメンバーは当然そんなことは知っているが最近入った二人、ノールとエルビーはそんな事情知らないだろうから説明はしておく。
優先させるべきは自分の命、ただ余裕があったら馬も守ってくれってな。
そんな説明をしているうちに暗くなってしまった。
月明かりがあるとは言え、森の中は真っ暗で何も見えない。
こんな場所を子供が一人で歩くなんて危なっかしい事この上ない。
視界が開けて川が見えたりすると安心する。
ちなみにだが、馬の休憩はこういう川が近づいたときに行っている。
何時間も休みなしじゃ馬が潰れてしまうからな。
特に1日目は長丁場なので休憩も多めに、こまめに入れるようにしている。
それもあって余計に時間がかかるわけだがこればかりは仕方がない。
村の子供を見やると、まあ案の定後悔はしているようだ。
こんな道を一人で歩くのはさすがに怖いだろう。
大人だって夜は出歩かないと言うのに。
灯りが見える。
どうやら最初の村に到着したようだ。
3人の子供にそのことを告げる。
村の子供は安堵した表情を浮かべ、ノールは興味深そうに村の方を見て、エルビーは寝息を立てている。
まったくもって平和だ。
俺たちは村の入り口で少年と別れた。
少年は感謝の言葉と、それとお礼にと金を出そうとしたがそれは断った。
次からは乗合馬車を使うように言って、少年の頭をポンと叩く。
村に入りよく利用する宿に向かう。
出発した時にも言ったが、街道沿いだけあって宿は充実している。
選び放題だ。
その中で俺たち好みの宿である。
飯が上手くて酒もうまい。
食材はどの店も同じぐらいだろうから腕の問題ってことなんだろうか。
別段、特産も何もない平凡な村だ。
こういう街道を行く人をターゲットにした宿が主軸となってそれを支える様々な仕事で維持されているのだろう。
ちなみにだが、村の人が街に行く場合、グリムハイドかクルクッカ、どちらに行くだろうか。
正解はどちらにも行くだ。
クルクッカなんて6日もかかるのに行くのか?なんて思われるかもしれないが、クルクッカまでの道のりはすべて日中で隣の村に行ける。
つまり時間はかかるが安全。
グリムハイドは一日で行けるが着くころには夜になっているので安全を考えるなら乗合馬車の利用は避けられない。
なので時間的に余裕があればクルクッカへ、金に余裕があればグリムハイドな感じなのがこの村なのだ。
宿に着くとは何も言って無いのにエルビーが飛び起きた。
「わたし肉がいい!」
寝起きの第一声がそれかよ。
まあ安心しろ。
ここの肉料理はとてもうまいから。
――◇◇◇――
昨日はたくさん食べた。
今はと言えば朝食だが、やっぱりたくさん食べる。
ああ、ノールとエルビーが。
特にエルビー、朝からがっつり肉料理を注文していた。
ノールは肉だけではなく、魚も好きらしく朝食には俺たちと同じ焼き魚を注文していた。
2日目以降は余裕がある。
多少遅めに出発しても日が暮れる前には到着する予定だ。
とは言うが旅路にトラブルは付き物なので念のために朝食後すぐに出発。
もちろん、この宿特製のサンドイッチは忘れない。
忘れたら二人から何言われるか分かったもんじゃないからな。
いやほんと、完全に二人の保護者みたいになってるな……。
まだまだ森だ。
2日目、3日目と特に問題は起きずに予定通りに進んだ。
そして4日目。
今日目指す村は森を抜けてすぐのところにある。
つまり今日を乗り切ればいつ魔獣に襲われるかと言う心配が不要になるのだ。
あとは盗賊や魔獣や行き倒れたゾンビに出会わないことを祈る。
昨日に引き続き順調かのように思えた。
まだ昼前と言うのに空が暗くなっていく。
遠くで雷鳴も聞こえるようになった。
今はゲインが御者をやっているが気持ちばかりの日除けだしまあ濡れるだろうな。
ご愁傷様。
俺はと言えば子守りの最中だ。
まだ昼前だと言っているのにサンドイッチを寄越せと煩い。
ノールはと言うと、早く食べたいと言うより今回具材が不明なため気になって仕方が無いようだ。
そんなことを言っている間に降り出してきた。
雨が幌に当り音を立てる。
サンドイッチに夢中だったエルビーが何事かと外を見る。
ただの雨だよ。
馬車の中に吹き込んでくるぐらいには土砂降りだけど。
通り雨だろうからゲインも一度馬を止めて中に避難すればいいのにな、と俺は思う。
ゲインもダーンもこういうところ真面目なんだよ。
御者側の幕を少し開け顔をのぞかせる。
「ゲイン、さすがにこの土砂降りじゃ馬の方も心配だし、一度馬を外して木陰に避難させた方がいいんじゃないか?」
「あ、ああ……、そうだな」
ずぶ濡れになりながらも空を見上げ雨雲の様子をうかがうゲイン。
俺はと言うと、雨宿りによさげな木陰がないか街道に沿って視線を巡らせる。
そう、木陰に避難。
そう…。
………。
魔獣対策の柵が邪魔だ。
いっそ壊すか?
そう思った俺は昨日の壊れた柵を思い出す。
なるほど……な。
壊すことを諦め、とりあえずもう少し先まで行く。
馬とゲインには申し訳なくも思うが。
良い場所はないかと走り続けていると、雨が弱まってきた。
空を見上げると晴れ間も見える。
こりゃもう上がるな。
「ゲイン、どうする?」
「このまま進もう」
「おぅ……、そうか、分かった」
そんな言葉を交わしつつ、濡れずに済んだことに安堵した俺は馬車の中に向き直った。
エルビーがびしょ濡れになっている。
えっ? どういうことだ?
わざわざ後ろの幕を開け、身を乗り出して雨に打たれていたようだ。
そしてノールはと言うと開けた幕から吹き込む雨に打たれてびしょ濡れとまでは言わないが結構な被害を受けている。
あと床もびしょびしょになっている。
はぁ……。
何のための幌だと言うのか。
そしてもうすぐ昼時だなんだが。
「ノール、エルビー。乾くまでサンドイッチはお預けな」
それに対して不満を口にするエルビー。
絶望した表情を浮かべるノール。
いやそこまでの表情をすることではなくないか?
「早く食べたいなら、外に出て乾かしてこい。あと馬車からは離れるなよ」
さっきまでの雨が嘘のように上がり、強い日差しがこれでもかと言うほど降り注いでいる。
エルビーはともかくノールの方はさほど時間もかからず乾くだろう。
しかし、この暑い中よくもあそこまで走り回れるものだな。
走り回っているのはエルビーだけでノールは離れないようについて歩くだけだが。
もう少し行けばちょうどいい休憩場所がある。
川のすぐそば。
今は川沿いを移動してはいるが馬と降りるにはちょっと傾斜が気になる。
目指すのは荷車を外せば馬も川の水を飲めるような場所だ。
ノールの方はすでに乾いているようだが歩くのも楽しいのだろうか馬車に戻ってくる様子はない。
エルビーの方は服を乾かすと言う目的を忘れて、川の中に入ってやっぱり燥いでいる。
ノールにも川に入るよう誘っているが、さすがに言われたことを忘れてはおらず誘いを断っているようだ。
そんな感じで川沿いを進むこと暫し。
休憩するのによさそうな場所に到着した。
その間に馬もゲインもすっかり乾いてしまったようだ。
良かった良かった、風邪をひかないようにな。
ノールとエルビーを呼び食事。
ノールはともかくエルビーは乾くまでお預けと言う言葉も忘れている模様。
まあいいけどさ、どうせすぐ乾くし。
ノールお楽しみのサンドイッチだ。
今日の具材は? と言うと。
燻製にした肉のスライスを挟み込んだ一品。
独自のソースがかかっておりこれがまた美味い。
ノールがよく言うシャキシャキ感はないがこれはこれでノールは気に入るはず。
「シャキシャキしない」
あれ? お気に召さなかったのだろうか。
そんなことがふと頭を過ったが考えすぎだったようだ。
美味しそうにいっぱい食べている。
さぞ美味しかったのだろう、俺の分まで食ってやがったぞ、こいつ。
食事を済ませ馬にも食事と十分な休憩を与えて、全員馬車に乗り込み出発となった。
道中は様々な人とすれ違う。
同じように貸馬車で移動する人。
乗合馬車に乗り移動する人とその護衛。
徒歩で向かう人。
稀にだが荷車が脱輪して立ち往生している馬車を見かける。
そういう時は通りがかった者が協力して引き上げたりする。
街道とはそうやってお互い協力し合う場所でもあるのだ。
中には複数の馬車で隊列を組んでいるのも見かける。
ああいうのは貸馬車か自前の馬車を使う人たちが護衛料を出し合い一緒に行動しているのだろう。
一台で一人の護衛を雇うより複数台で護衛を複数人雇ったほうが効率は良くなる。
護衛も互いに協力体制を築けたりチームで護衛に当たれるので楽になるのだ。
なぜか乗合馬車もその隊列に混ざっていることもあるが。
順調に森の中の街道を進む。
今日はもうすぐで次の村に着く。
森が途切れればその先が村だ。
まだかなり日暮れまで時間はあるが、かと言って強行してこの村を飛ばすと痛い目に合う。
時間は余るがその分村でゆっくりできる。
それでいい。
4日目の目的地である村に到着した俺たち。
まあ想像はしていた。
どうせ言うだろうと。
昼飯と夕飯のちょうど間ぐらいと言う時間なのに食事をせがむ者が一人。
こんな時間に食べたら夕飯が入らなくなるぞ。
そう言いたいのだが、この少女は夕飯も問題なく平らげることだろう。
まあそういう俺たちも小腹が空いた感じはあるし、時間もあるから酒でも飲むかって気分にもなる。
先に宿を取り馬を預けて、さあ飯屋に。
ここの宿屋は飯は提供していない。
周りにいっぱい飯屋があるってのもその理由の一つだろう。
とりあえずここで注文するのはパスタだ。
そう麦の料理。
それ自体はあまり味がしないのだが、様々なトッピングを施すことによっていろいろな味や触感を楽しめる料理。
俺としては海の幸をトッピングしたものが一番好きなんだが、こんな森の中じゃそれは無理って話だ。
諦めて挽いた肉を味付けし絡めたパスタ料理を注文する。
ノールはどれも興味をそそるものらしく迷っていた。
エルビーは他の席で他人が食べている物を見て、それを指さし注文している。
おいやめろ。知らない人に向かって指をさすな指を。
ノールはその土地のおすすめだとか特有の料理を選んでいるように思える。
意外に食通なのかもしれない。
エルビーはとりあえず今、自分が食べたいものを注文している感じだ。
よって今エルビーの前に並ぶ料理は非常にバラエティに富んだラインナップとなっている。
注文しすぎだろ。
あとその食い合わせ大丈夫か? ってものも並んでいる。
ちなみに、俺を始めとしてゲイン、ダーン、ルドー全員が食事より酒を注文している。
あまり飲み過ぎると明日に響くからほどほどにだけどな。
そんな楽しいおやつタイムは過ぎ、とりあえず宿に向かった。
部屋を割り当てた後、夕食の時間を告げ、それまでは自由行動と言うことで解散する。
とはいえ田舎の村、見るもんなんて何もない。
俺たち4人は部屋で休むことに、ノールとエルビーは少し見て回ると言うことだ。
二人揃って村の端まで行ってみたり、中央付近にある不思議な像を眺めてみたりしていたようだ。
像の腕とか折ってなきゃいいけど。
ちょっとした不安がよぎる。
しかしだ、田舎の村が物珍しいと言うのはやはり貴族の子供なんだろうか。
でもあの食事へ執着は貴族らしくない。
そして夕食の時間となる。
今回は俺たちも含め肉料理だ。
俺たちはさっき食べなかった分しっかり食べる。
ノールとエルビーはさっき十分食べたのにまだ食べる。
ほんと、貴族らしくはない。
――◇◇◇――
5日目の朝。
いつものように朝食だ。
そしていつものように肉料理を食べるエルビー。
ノールは俺たちと同じような食事をする。
今日も昼用のサンドイッチを、と注文するとサンドイッチ用のパンが終わってしまい作れないとのこと。
パンって何?と聞いてくるエルビーに、絶望の顔をするノール。
いやだから、そこまでの表情をすることではなくないかなぁ?
じゃあ代わりに昼に食べられる軽食は作れないかと聞いてみると、他のパンはあるのでそれに挟んだ料理なら作れると言うことだった。
まだパンって何? と聞いてくるエルビーに、サンドイッチ用ではないパンに挟んだ料理に興味津々なノール。
「じゃあそれで。6……いや8人分作れる?」
「大丈夫ですよ。ただ少しお時間をいただきますが宜しいですか?」
「ああ、構わない」
そんなやり取りをし出来上がりを待つ。
そして出来上がったものを受け取ったわけだが……。
もうこの時点でとても旨そうな香りがする。
こんなの持っていったらうちの猛獣が黙ってないだろうな、なんてことを想像しながら馬車に戻った。
「なに! すごく良い匂い! お腹空いたわ! 食べよう!」
良い匂いには同意だが、お腹空いたはさすがに嘘だろ?
さっき食べたばっかりだぞ?
なあ、嘘だと言ってくれ。
5日目の行程は、非常に楽だ。
森はすでに抜けたので魔獣の危険はない。
襲ってこようものなら遠くからでもその接近を発見できる。
道は広いし、これはもうゆったり馬車に揺られてしまって寝てしまうかもな、なんて思っていた。
だが、そんな俺たちの考えは否定されてしまったのだ。
―――暑い―――
おそらく一同が同じ感想を抱いているであろう。
森の中を進んでいる間はなんだかんだで涼しさを感じることもあったのに。
今はただただ暑いだけだ。
特に今日は風がない。
幌の中で日差しは避けられても熱せられた空気からは逃げようもなかった。
そんな俺の目には今、信じられない、いや、信じたくない光景が映っていた。
エルビーがまたしても走り回っている。
若さか? 若さゆえのなんとかってやつか?
茹だるような暑さの中、俺はある考えに思考を占領されていた。
「昼飯のパン、この暑さで腐ったりしないよな?」
その漏れ出た独り言に誰も答えることは無く、ただ胸中でそれぞれの答えを思うのみだった。
だからさノール、そこまでの表情をすることではなくないか?