復讐の刃1
「まさか……ドルバス辺境伯の目的はアルメティア軍を引き入れること……?」
ドルバス卿の目的はアルメティア軍を聖王国内に引き入れることかもしれない、それははっきり言ってかなり不味い状況であった。
アルメティアから国を守る役目のドルドアレイクが裏切ったのであればアルメティアの侵攻は聖都まで一直線、その間何の障害もなくほぼ消耗することなく聖都へ攻め入ることが出来る。
途中には街もあるがせいぜい僅かな神殿騎士しかおらず多勢に無勢、侵攻を抑えるだけの戦力もなく何も知らない街は蹂躙されることだろう。
さらに聖王率いる騎士らはドルドアレイクから連れてきただろう神殿騎士らを想定した人数のため、アルメティアの大軍とぶつかればまず間違いなく負ける。
ラフィニアはなんとか打開する方法を考える。
仮にノールの転移でも聖都には直接行けないと言っていたし、あの大蜘蛛のもとまで転移したとして聖王らの進軍に追いつくことが出来ない。
まだ間に合うかどうかは別として今からでもエデルブルグ辺境伯に全軍を以って聖都へ進軍してもらうべきだろうか。
どれも現実的ではなく不可能だ、アルメティアの裏切りとも言えるその行為にラフィニアも思わず顔をしかめる。
「ああイイ……イイですねぇその表情……これだから人間は虐めがいがあるのですよ。 えぇえぇ、そのまさかです。 聖王率いる騎士とアルメティア軍の激突はもう間もなくでしょうね。 私、出来れば一部始終を観戦したいのですよ。 なのであなた方を相手にするのは時間の無駄と思っていたのですが、まああなたのその顔を見られただけ良しとしましょうか」
そう言う悪魔の愉悦に満ちた笑みを見てラフィニアはきつく唇を噛み締めた。
ノールの言葉から悪魔が戦争を引き起こそうとしていることは想像していた。
「そうやって戦争を引き起こし多くの人間に殺し合いをさせる、やっぱりそれが目的だったのね」
とは言っても想定していたのは王都とエデルブルグでの二正面作戦。
それが片方は欺瞞でもう一方に戦力を集中させるとは思ってもみなかった、聖王を始めエデルブルグも気づいてはいないだろう。
「もちろんその通りです。 ですが、それだけではないのですけどね。 いや、だってねラフィニアさん、それではどちらかが勝者になってしまうではありませんか。 最後まで楽しむのであれば勝者など不要だと思いませんか? いやいや、勝ったと喜ぶところに奇襲をかけもう一つの絶望を与える。 最高だとは思いませんか? ああなんと素晴らしい…… 私の立てたこの計画……」
悪魔の言葉にラフィニアは疑問符を浮かべる。
(奇襲? 聖王様が勝ったところにアルメティアをぶつけるということ? いや違う)
悪魔の言う勝者とはドルバス卿と聖王らの衝突の結果を指しているはずはなく、アルメティアとの衝突の結果を言っているはずなのだ。
(その勝者に奇襲をかける? でも誰が、どうやって?)
深まるばかりの謎を前にラフィニアは先に考えるべきことがあると頭を振って思考を引き戻す。
(まずはアルメティアを何とかしなくちゃ……)
ラフィニアは考える、何か打開策はないかと。
しかし残念なことに何も思い浮かばない、思い浮かぶのはノールの転移による方法だが転移できる先が限られるのでは意味がない。
魔力が目印……。
「ねえノール君、一応聞くんだけど聖都に転移ってまだ出来ないわよね?」
ノールは考える。
「いえいえラフィニアさん、知っていますよもちろん。 その少年は転移魔法を扱える、悪魔である私から見てもまったくもって恐ろしいことですがね。 しかし残念なことにどこにでも行けるわけではない、そして聖都には転移できないのも把握しているのです。 フフフッ」
いったいどこからそんな情報を得たのだろうか。
いや、今はそんなことを考えている余裕はない。
「ノール君、例えばリィベルなんてどうかしら? あの子は今聖都に居るはず、あの子の魔力を目印に聖都に転移できない?」
「人間の魔力は弱い、それと距離が離れすぎているから無理」
「でもノール君、エデルブルグから聖都にいた私のところまで転移して来たじゃない、同じように――――」
「あれは一度エルビーのところに転移して、そこからラフィニアのところに転移した」
ノールの言葉にエルビーが何か思い出したかのように言う。
「あっ! 一瞬だけノール見かけた気がしたけどあの時のことね。 じゃあ一緒にいた子がえっと、そのミコって子なのかしら?」
「そう」
転移には転移先の目印となる魔力の量が重要なのだろうとラフィニアは考える。
近ければ人を目印に転移できるけど遠くなるにつれ、より強い魔力量がないと目印に出来ない、きっとそういうことなのだろう。
それは聖剣のことを踏まえても言えることで、自分で言ったことでもあったが勇者の力に耐えられるものだからこその聖剣なのだ。
つまりエルビーはそれだけの魔力量を持っているということでもある。
(もしかして、エルビーちゃんが勇者ということだったり?)
ふとそんなことが頭に浮かぶ。
「ってそんなことは後よ。 ああもうどうすれば……」
心の声が漏れ出ていることにも気づかずラフィニアは頭を抱えて呻いている。
ラフィニアの様子を見てノールは疑問に思う。
「ラフィニア、何か問題?」
「えっ? 何かって…… ノール君この前言ってたわよね、あなたが人間を守る理由よ、このまま行けば多くの人が死ぬわ。 きっとそこには恨みや恐怖などがいっぱい集まると思うの、それって魔王復活の原因になるんじゃない?」
「それは困る」
「でしょ? そのためにアルメティアの侵攻は絶対に阻止しないとならないのよ。 何か方法はないかしら」
「方法……ここから聖都にはどう行けばいい?」
「え? えっと、そうね……来た道を戻って国境の門に着いたら、そのまま街道を北へ向かえば聖都に出るわよ」
「なら方法は、ある」
「えっ? 本当?」
ラフィニアの疑問にノールは頷き、そしてエルビーを見やる。
「うん、エルビーに聖都へ行ってもらう」
そんなノールの視線を受けて今度はエルビーの頭の上に疑問符が浮かんでいる。
「へっ? なんで私?」
突然のことに呆気にとられるエルビー。
「えっとノール君、エルビーちゃんなら聖都の状況に対応できるって言うの?」
「たぶん……今の聖都には転移できないけど。 エルビーなら、頑張れば先にたどり着けるかもしれない」
「そう、こっちも大変そうだけど、それならエルビーちゃんに頼むしかないかしらね」
「えええええ!! わたしが!? 走って行けって?」
そんな人間側のやり取りを見ていた悪魔セイムエルはさらに笑みを深めて言う。
「フハハハハハ! どんな策を講じるのかと思えば! 今からなど到底間に合うわけがないでしょうに。 能力はあれど所詮は子供と言うことでしょうか? いや人間ならばこの程度とも言えますね。 良いですよ、止めませんとも。 そちらの少女の力も知っています、さすがに戦力として侮れません。 私としてもいなくなってくれたほうが目的遂行のためには都合が良いですし。 それに何より、この状況でその少女がどんな芸を見せてくれるのかも興味が湧きましたからね」
知っていると言うがこの悪魔は何も知ってなどいない、とノールは思った。
『ドラゴンに戻す、あとはまっすぐ飛んでいけばいい』
ノールは気づかれないように念話でエルビーに語り掛ける。
「そっか、ふーん、仕方がない。 うん、仕方がないわね! ノールに出来ないことを代わりにお姉ちゃんの私がやってあげるわ!」
声に出してそう叫ぶとエルビーは踵を返し階段を駆け上がっていく。
この地下にある部屋は結界が張られている。
あまり強くない結界だがその先でエルビーをドラゴンに戻してもたぶんこの悪魔たちには気づけないだろう。
それからノールはもう一つ、エルビーに伝えなくてはいけないことを思い出した。
『エルビー、もし途中で聖都に向かう人間の集団がいたら、それがアルメティアの侵攻だと思うから止めて』
エルビーからの返事はなかった。
たぶん念話で話しかけていることを失念していて、そのまま声で返事しているのだろう。
「ノール君、その、うまくいくの?」
ラフィニアもまさかノールに策があるとは思っていなかった、しかもそれがエルビーとは……。
それがいったいどういう策なのかラフィニアも知りたいところではあったが、出来ないと高をくくっている悪魔たちにまで知られるわけにもいかない。
ラフィニアがそんなことを考えているとセイムエルの後ろから別の者が出てきた。
「くだらぬ話はそのくらいでよかろう。 人間の浅知恵などに興味はない」
その声の主は白髪の女、そしてそれはノールが城で見た悪魔。
ドルバスの横にいた時とは姿こそ違うがその魔力には覚えがあった。
だがその悪魔に覚えがあったのはノールだけではない。
「お前は……フフッ…… そう、こんなところに隠れていたのね。 聖王国中探しても見つからないわけだわ」
ラフィニアの言葉にその悪魔が答える。
「お前など知らぬ」
「10年前、お前が殺して回った村の生き残りよっ!!」
それこそ10年前ラフィニアの住む村を襲い家族を殺した白い悪魔だ。
ラフィニアは地を駆ける。
きっと本人が冷静だったなら、よくそんな速さで動けるものだと感心していたことだろう。
だが今のラフィニアにそんな余裕は微塵もない。
「おい! ラフィニア待て!」
普段目にしないラフィニアの行動に慌ててリックが後を追う。
ラフィニアは剣を抜きリーアに迫る。
「そう簡単には行きませんわよ」
間に割って入ったのはプリシュティナだ。
そしてラフィニアたちとプリシュティナの攻防が始まる。