聖都奪還4
エルマイス率いる聖王軍は順調に聖都に向け進んでいた。
出発当初に比べその軍勢は数倍にも膨れ上がり千人近い規模となっている。
街道には魔獣も現れるが軍勢の前にはなす術もなく散り、そして道行く者を襲おうと待ち構えていた山賊たちはその軍勢を目にして息を潜める。
エルマイスとリオンは王族騎士団団長フリュゲル、そして数名の家臣を連れ騎馬隊と共に先を急いだ。
エルマイスはまっすぐ聖都を目指しているが臣下を枝葉のように散らして行きより多くの協力を得ていく。
時にはエルマイス自らが領主と会いそして協力を得る。
王であるならば命令すればいいという臣下の言葉もあったが、今ここで強権を振るうことは逆に不信感を強めかねない。
それでも合流を断ったのはほんのわずかな数のみ、その理由も街の防衛から外すことは出来ないと言ったものがほとんど。
「街の防衛など……神殿騎士は神殿を守る者、つまりは聖王陛下の御心に従うべき者たちだと言うのに、いつから民を守ることになったのやら」
「王とはつまり女神の代行者。 神殿騎士とは民ではなく神殿、つまりは女神のための騎士ですからな。 そして女神の代行者である王のためとも言えるわけです。 領主ともあろう者がその程度を知らぬはずがないのですが……」
「そうなのだ、陛下がご命令なされれば領主とて断ることなど出来ないでしょうに。 陛下、なぜご命令なされなかったのです?」
もちろん命令であったなら領主も拒否はできなかっただろう。
しかしディエンブルグやエデルブルグのように街の防衛のため独自の兵を維持しているところばかりではなく、その多くは神殿騎士に頼っていると言うのが実情であった。
神殿騎士であればその維持費は神殿から賄われる、つまり領主としては少ない費用で街の防衛が出来ると言うわけである。
エルマイスもまた、そう言った実情は把握していた。
「そう言うな、女神とてただ試練を与えるだけではないのだ。 巫女や我が娘の時のように救いの手を差し伸べてくださることもある。 ならば代行者としても民を守ることは必要であろう。 それにそういうところには代わりに食糧など物資を出してもらっている、それとて重要なもの」
「陛下の仰る通りですぞ、戦とはただ兵力を集めればよいというものではありませぬ。 これだけの兵力を維持するにも食糧は大事ですからな」
この先、これだけの数の兵に必要な物資を一か所だけから調達しようとすればそれこそ王族に対しての反感を強めてしまう。
エルマイスが命令しなかったのには意味がある。
最初に神殿騎士を軍に入れるよう話をする、それがなされれば良いがそうでなければ次。
領主として神殿騎士は王に従う者と言うことは分かっているが現実としてそれをすることが出来ないのだ。
そこに、ならば代わりに出来る限りの食糧をとなれば、神殿騎士を連れて行かれるよりはましと考える領主もいる。
それこそがエルマイスの狙いでもあった。
「王都周辺からのみ食糧を調達すれば早い段階で限界が来る。 強引に騎士の数を増やしても比例して戦力が増すわけではないのだ。 それに今ここにいる騎士がすべてではない、これからも続々と集まって来ることだろう。 籠城となれば我々はその間、大軍勢を維持せねばならぬのだからな」
全体としては大規模な進軍だがそのすべてがエルマイスたちと同じ速度で進軍できるわけではない。
まずはエルマイス自らが聖都周辺に辿り着き陣を敷くことを目的とし行動する。
「陛下、今聖都はどのようになっているのでしょうか?」
臣下の一人が尋ねる。
「ふむ、残してきた家族が心配か?」
「も、申し訳ありません。 このような時に……」
「いや、それが普通よ。 私とて妃や息子たちが心配だ、それが例え愚かな息子であってもな。 だが楽観的と思われるかも知れぬが私はそこまで不安を感じてはおらぬ」
「それはなぜでございましょうか?」
「ドルバスらの目的は侵略ではなくおそらく乗っ取りであろう、我らを悪役に仕立て上げてな。 無論私に与する貴族らには剣を突き付けるかも知れぬ、だが無理に事を運ぼうとすれば仕損じる。 何せ奴らの味方は内務局のみ、その内務局でさえすべてが味方と言うわけでもないのだからな」
「なるほど強硬な手段では多くの貴族を動かせない。 それどころか内部からも反感を買いかねない、そういうことですね」
「うむ、特に内務局が抱える派閥は他と違いややこしいからな、ヴィクトル1人で掌握できるものでもあるまい。 あとはドルバス次第ではあるが……、いずれにしても無駄な殺生などはしておらぬだろう。 私をすぐさま殺さなかったのも穏便に国を乗っ取るつもりだったのだろうと考えておる」
「ですが、陛下を逃したことで対応を変える可能性もございませんか?」
「なくはない……な。 だが城にはまだ妃やヴェルクリフ、そしてアルハイドがいるのだ、私の代わりに利用しようとする可能性は高い。 特にアルハイドは牢に捕らえたままだった、まず逃げ出すことは不可能だろう。 この期に及んで愚かなことをしていなければと、私はそちらのほうが心配なくらいだ……」
アルハイドの罪は決して軽くない。
それはアルハイド自身も分かっていると思うのだが何分エルマイスには自信が持てなかった。
問答無用で捕らえたことを恨んでいるかもしれない、そうなればヴィクトルやドルバスらに協力してしまうシナリオも想像に難くないからだ。
(アルハイドよ、どうか早まった真似だけはしてくれるなよ……)
それはアルハイドへの不信よりも父としての心配であった。
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街道は間もなくドルドアレイクから聖都へ向かう街道と合流する地点に差し掛かる。
「敵襲!! 敵襲!!」
先頭から響く笛の音、そしてそれを伝える声。
通常の魔物程度ならば先頭の騎士だけで散らして終わっていたのだがここまで警戒するということは厄介なモノらが現れたということだろう。
「報告します! 先頭にて複数のワイバーンを確認しました。 現在交戦中であります」
「ワイバーンか、厄介な……」
空を飛ぶワイバーンを相手に騎士部隊というのは相性が悪い。
遠距離攻撃魔法を扱える者もそれなりにいるが基本は剣での戦闘がメインであるからだ。
さらに最近のワイバーンは遠距離から攻撃するモノが現れたという報告もある。
「あの聖王様、とりあえず俺もちょっとは魔法使えるんで参加してきます」
「ああリオンよ、あまり無理はするでないぞ」
「はい」
そういうとリオンは馬を走らせた。
聖王の軍勢と言えどエルマイスが直接引き連れている騎士の数はさほど多くはない、おそらく百にも満たないだろう。
そんな彼らが統制の取れた攻撃を仕掛けている隙間を縫って、空を飛ぶワイバーンの近くにまで寄るとリオンは馬を降りる。
「ちょうどいい、コレ試してみるか」
それは普段からリオンが使っていた剣。
多少値は張るものの決して高くもない普通の剣だった。
「確か使い方は魔剣と同じでいいとか言ってたよな……風の魔法だったっけ? じゃあ風魔刃みたいなものかな」
リオンはあの時の会話を思い出しながら独り言ちていた。
何体かは倒され残ったワイバーンはあと五体、騎士たちの攻撃もそれなりに当たってはいるのだがそれ以上にワイバーンからの魔法が厄介であった。
攻撃魔法を放とうとするとそれを察知して先に攻撃してくるため、数の上ではこちらが断然有利なのだが手数で言うなら相手のほうが上だろう。
風魔法の力、それがどういう攻撃になるのか予想もつかないのが、とりあえず五体が纏まっているときに狙うほうが当たる確率も上がるだろうとリオンは考えた。
そして……。
「くらええええええええ!!」
空を飛ぶワイバーンに向け魔力を込めた剣を振る。
体から手を伝い魔力が剣へと流れていくのがよく分かる。
「……うぐっ!?」
昔、魔剣を触らせてもらったことがある。
魔剣に魔力を吸われる感覚、それ自体は同じなのだが今回のコレは消費量が半端ないことに驚くと同時に呻き声が漏れた。
リオンの目には剣で切り裂いた空間が歪んだように見えた。
その歪みは狙っていたワイバーンの群れに向かって膨らみながら伸びていくと、到達した瞬間に数千以上の刃で切ったかのようにワイバーンの体を粉微塵に変えたのだった。
「え…… えぇぇぇぇぇぇ……」
予想以上の魔力を吸い上げ、さらに予想も出来ないような効果を発揮した魔剣モドキを見つめるリオンに周囲の騎士から称賛の声が上がる。
「さすがは勇者様だ!」「あのワイバーンの群れが一撃だと!?」「俺たちのっ! 勇者様の勝利だぁぁぁぁ!!」
いまだ冷めやまぬ称賛の嵐の中、何か釈然としない気分になったリオンは馬にまたがるとエルマイスのもとへと戻っていった。
「リ、リオンよ。 先ほどの攻撃は其方のものか?」
「あ、はい。 一応はそうなんですけど……」
「なんと、そうであったか。 やはり其方の実力は本物だったのだな……」
「まったくです陛下、これほど心強いものはありませんな」
「いや、あの、ちょっと誤解があります」
「誤解だと?」
「はい、エデルブルグで聖剣の話をしたじゃないですか、エルビーの持っている剣のことで。 聖王様やラフィニアさんたちが出ていった後、ノールから剣を貸してと言われたんで渡したんです。 そうしたらこうなりました」
「渡しただけでそうはならぬだろ」
「えっと、エルビーが持っていた聖剣なんですけど刀身には『絶対に壊れない』と書かれているそうなんですよ、つまり書かれていることが効果として現れていると。 それでノールが俺の剣にも『飛び出す風の刃』って書いたらしいんですが……」
「その結果がアレ、ということか」
「はい」
「しかしそれはいったいどういう理屈だ? だいたい金属の剣にどうやって文字を記した?」
「それはもう不思議な光景でしたね。 ノールに剣を渡した後、見たこともない魔法陣が輝きながらブワッと、それも一つ二つの魔法陣じゃなくいっぱいにですよ。 魔法陣が消えて剣を返してもらったんですけどそしたらこんな感じに」
リオンは自分の剣をエルマイスに見せた。
「彫ったわけでもないようだし……、塗料のようなものでもないのか。 しかしそんな出来事があったなど私は聞いていなかったが」
文字の部分を爪でコリコリと削ろうとしているエルマイスの言葉にリオンも同意する。
「ええ、でも室内は大騒ぎでしたけどね。 エインパルドさんなんか口をあんぐりさせて固まってましたね、その後は平静を取り戻したのか俺から剣を取り上げて今の陛下と同じことしてましたよ。 ああ、それでエインパルドさんがその場にいた人たちにこのことは他言無用にって念を押してました」
「またあの狸か!! 口外させぬようにするのは構わんが、なぜ私への報告を怠るのだ」
エルマイスの呼び出しに応じたエインパルドは一切そんな話をしていなかった、だが今思えば様子がおかしかったことにエルマイスも気づいた。
そしてリオンも言ってはいけないことだったのだろうかと思ったが、さすがに国のトップである聖王にまで言ってはいけないことなどと誰が想像できようか。
リオンはしっかりと言わなかったエインパルドにも責任はあるだろうということにして、告げ口してしまった事実を忘れることにした。
「まあその件は後ほどじっくり聞くとするか。 それでリオンよ、その魔法、いや魔剣はどの程度使えるのだ? あれほどの威力だ、そうそう連続で撃つことも出来ぬと思うが」
「俺は一回しか撃てないです。 想像以上に魔力の消費が多いんですよ、なんか俺の魔力量に合わせて設定されたんじゃないかってくらいピッタリと。 でもこの剣は魔剣と同じように使えますしたくさん魔力を消費するぐらいで副作用もないらしいので他の人が使っても大丈夫みたいですよ」
「それは其方専用の剣ではないのか?」
「どうやら違うようですね」
「制限も副作用も無しにあの威力か」
「けどこの魔力消費の設定は絶対間違ってますよ、あんな威力要らないんで消費する量をもう少し抑えて欲しかったですかね」
「強大な力、豊富な魔力量を持つ者に相応しい武器……か、それはまさに聖剣の……」
エルマイスは自身の言葉に驚く。
まさに聖剣と呼ばれるに相応しい剣、そして聖剣を授けることが出来るのは女神以外にあり得ない……。
エインパルドは否定的だったが、やはり自身の考えは間違っていないのではなかろうか、と。