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悪魔研究の調査5

「これは……何かしらね? 魔力を濃縮する研究? そんなこと出来るのかしら……」

「魔石なんかでもより強い魔力に曝されているとそれだけ強い魔力を帯びるようになるんじゃなかったか?」

「そうね、ただそういった方法で魔力を貯めるのには限界がある。 無理やり詰め込んでも一気に放出してしまって実用的じゃないし、最悪魔石そのものが耐え切れず粉々に砕け散るわ。 ここではそう言った問題を解決してより多くの魔力を蓄える研究をしていたみたいね」

「なるほど、ってことは魔石に取って代わる技術ってことか……ん? いやちょっと待て、もしそんなのが世に出たら魔石なんてただの石ころになっちまうってことか? 貴重な俺たちの収入源だぞ……」

「それはまだ大丈夫じゃないかしら? 効率を考えれば魔石のほうがはるかに簡単なようだし。 ただ金に糸目をつけないような、そうね、軍事利用とか国家規模の事業とかなら使い道は山ほどあると思うけどね」

「そうか、ならいいんだ。 ところで、ノールとエルビーはどこ行ったんだ?」

「今更ね。 あの子たちはこういう研究とか興味なさそうだし、その辺歩き回ってるんじゃないかしら」

「興味ないってさ……一応は依頼で来てるんだぜ? 俺たち。 興味のあるなしで言ったら俺だって興味ないってのに」

「その興味のない仕事のおかげでいっぱいただ酒が飲めたのでしょ? 文句言わないの」


 普通に考えれば宿も食事もその代金は自腹なわけで、こうして経費として支払ってくれると言うのはなかなかにない美味しい仕事なわけだ。

 寝床も食事も活動するうえで必須なわけで自腹だから控えようと言うわけにもいかない。

 でも酒は完全に嗜好品だし、前回に至っては飲んだせいで一日行動が遅れたまである。

 これが普通の依頼だったならばその宿代を支払うために報酬から引く羽目になるところだった。

 このぐらいの仕事で文句言うなとラフィニアとしては思えるほどだった。


 書類を眺めているとどこからかノールが姿を現す。

 ふらっと現れたのはノールだけでエルビーの姿は何処にも無かった。


「ラフィニア、あっち」


 何をしていたのかと思えば何の説明も無しにただそう言って奥の方を指さす。


「何? あっちに何かあるの?」


 もちろんいずれは捜索する予定ではあった、しかしあえて呼びに来ると言うことは何かを見つけたのかも知れないと、ラフィニアは眺めていた書類を置きついて行ってみることにした。

 ノールが指し示す先には他よりも頑丈そうな扉、そしてそこを開けると下り階段がある。


「なるほど地下ってことね、怪しい研究に地下室は必須よね」


 階段を下りる。

 さすがに地下まで日の光は届かないようで壁には明かりとなる蝋燭が灯り、その光がほんのりと周囲を照らし出している。

 階段を下りた先にはまた一つの扉が……。

 その扉は子供程度なら通れるぐらいには開け放たれており、先頭にいたリックは慎重に扉を開けるとその先の光景に思わずうなり声を上げた。


「うわぁぁ……こりゃいったいなんだ?」


 中にはすでにエルビーがいた、どうやらさっき開いていたのはエルビーが入るために開けたのだろう。

 そしてエルビーが見つめる先には沢山の檻が置かれていた。


「これ、全部……魔獣!?」

「そうみたいだな、しかも大迷宮にいたようなのばっかだぜ? これ」


 すべての檻に魔獣がいるわけではなく、おそらく中に何かがいるのは半数以下と言ったところだろう。

 ただ、その檻の中にいるのはどれもが魔獣で大迷宮で戦ったことがあるものばかりだった。


「ノール君が言っていたのってこれのことだったのかしらね?」

「ああ、まあ確かに人間はいなかったな、人間は」


 言っていたと言うよりも言っていなかったことと言うのが正しいだろう。

 二人が驚いていると静かに魔獣を見ていたオーダルが声をかけてきた。


「おい、この魔獣の下に描かれている魔法陣、お前たちはこれが何かわかるか?」

「ほんとだ、良く見りゃこれ全部の檻の中に魔法陣が描かれているぞ」


 魔法陣そのものがどういった効果を生み出すのか、そこまでは分からない。

 ラフィニアは何か手がかりはないかと机の上に無造作に置かれている紙の中から数枚取るとそれを読み始めた。

 それとは別にリックとオーダルは檻の魔獣を見て回る。


「なんなんだ? この魔獣共は」

「俺たちが近づいても威嚇すらしないのは不気味だな。 足元の魔法陣が関係しているのか」

「そもそも俺たちに気づいていないって感じだよなあ。 なあ、ラフィニアはどう思う?」


 リックの問いかけに少し遅れてラフィニアが答える。


「どうやら当たりみたいね、あともしかすれば大当たりかもってところ。 ここにいる魔獣が大人しいのはレッサーデーモンが憑依しているためね」

「うっ悪魔かよ……それで何で大人しくなるんだ?」

「命令待ちの状態なのよ、ここにある資料を見る限りね。 ここでは効率的に悪魔を憑依させる実験が行われていたみたい、そこらの魔獣はその成功例ってわけ」

「なるほどなあ」

「その実験は魔獣だけか? それ以外の、例えば亜人種などの情報はないのか?」

「残念だけどないわね、あくまで魔獣だけかしら。 もう少し調べてみないことにははっきりと言えないけど」

「そうか……」


 ラフィニアにも大方の予想は付いていた。

 オーダルは亜人種と言っていたが目的は獣人族、つまり同族の捜索なのだろうと。

 誘拐され、奴隷にされ、そして実験体にされている。

 おそらくそう考え調べていくうちにドルバス卿に辿り着いたのだ。

 しかしここにその実験体はいない。


「なあ、これなんだと思う?」


 リックが誰と無しに問いかける。

 それは平べったい小さな木箱のようなもので大きさは両手のひらに乗せてちょうどいいぐらいだろうか、蓋もついており開けると奇麗な升目に仕切られその中に小さな瓶のようなものがいくつか入っていた。

 リックとラフィニアはそれぞれ手に取り眺めている。

 それを見て興味を持ったエルビーとノールも小瓶を手に取った。


「中に入っているのは液体? 青っぽい色……何かしら、これ」


 ラフィニアが疑問にエルビーが答えた。


「奇麗な青……これってあれじゃない? えーっと、死の水よね」

「え?! 何それこわっ!」


 リックはエルビーの言葉に危うく手を放しそうになった。

 しかし死の水などと聞いて落としでもしたらそれこそ死が待つのみだと、全身から汗が噴き出す感覚に襲われつつも慎重に木箱へと戻す。


「ふはぁ……そんなヤバいもの雑多に置くなっての……」


 リックはいまだ収まらない動悸を落ち着かせようと深呼吸した。


「じゃなかった、なんだっけ? ノール」

「高濃度の魔力。 この量でも、たぶん危ない」

「魔力? この青っぽい液体が?」


 リックと違いラフィニアは小瓶をゆらゆらと揺らして中身を観察している。


「さっきの奴ね。 けどこれをどう使うのかしら…… まあこれも大事な証拠ね」


 ラフィニアは小瓶を戻し再び資料の確認を始める。

 エルビーは小瓶をポケットにしまい、再び室内の散策へと戻っていく。

 ノールは考えた、木箱に戻すべきなのか、ポケットにしまうべきなのかを……。

 そんなノールの葛藤をよそにラフィニアは資料の中に気になるものを見つける。


「ねえこれ。 他の研究施設の場所じゃないかしら? ほら、こことここ」

「今度は森の中……か」

「真っ黒な資料も見つけたし、私たちとしてはこれで任務達成かしらね。 あとは依頼者さんに報告してお任せするだけだけど、あなたはどうする?」

「俺はこの二か所を調べに行く。 ここなら俺一人で動いても目立ちそうもないしな」

「そう分かったわ、じゃあ奴隷紋は解除しましょうか」

「それだがもう少しこのままでもいいだろうか。 万が一の時も奴隷として主の命令で来ていると言い訳できそうだしな」

「それは構わないけど……」

「もちろんお前たちの名は出さんさ、そうだな…… そのドルバスの奴隷と言ってみるのも良いかもしれんな。 関係者なら何かしらの反応を示すかもしれないし」

「フフッ、それは良い案ね。 じゃあ私たちはそのころには聖都に居ると思うから、そうねフォントラッド商会を訪ねてくれればわかるようにしておく。 それでその時に奴隷紋を解除するわ」

「なんだオーダル、もう行っちまうのか?」

「ああ協力してもらった借りは返したいところだが……」

「いやいやいいってそんなこと、それより必ず戻って来いよ! 奴隷紋解除もそうだけどさ、また一緒に飲もうぜっ!」

「ああ約束しよう」

「熊さん行っちゃうの? 元気でね」

「あ、ああ…… お前たちもな」


 若干顔を引きつらせていたが怒っているわけではなさそうだった。


(熊人族を熊さん呼びって、ほんと恐れを知らない子たちね……)


 ただ帰って報告と言うわけにもいかないので、それっぽい資料を持っていき証拠として渡す。


(国を超えて調査するのってさすがに聖王国でも難しいような気もするけど……まあそこはエインパルドさんの頑張り次第よね、外務局長なんだし)


 オーダルはすでにおらず、そしてラフィニアたちも良さそうな資料を適当な袋に詰め終わりそろそろ帰ろうかと思った時、ふと気づけばまたノールとエルビーが居なくなっていた。

 嗅覚は素晴らしいがどこに行ったか分からないのでは意味がないとラフィニアは思う。

 いまだ魔獣のほうに興味が向いていたリックに声を掛け、今度はノールとエルビーの捜索へと向かった。

 魔獣が捕らわれた檻と檻の間、その奥で二人の姿を見つける。


「どうしたの? 二人とも」


 声を掛けたラフィニアにノールが答える。


「ラフィニア、もっと奥」

「えっと、もしかしてこれ以上のものが奥にあるって言うの……」


 少し嫌な予感がする。

 ここまで来たら十分なのでこの先に踏み込む必要はないとも思うが、何かあると知っていて確認しないと言うのも落ち着かない。


「仕方がない、行きますか」


 そんな独り言と共にラフィニアは扉を開けた。


「なっ!? こいつらこんなところに隠れていやがったのか!」


 驚くリック、それもそのはずで居なくなっていた研究員が集合している。

 暴れられても面倒だと思ったのだがなにやら様子がおかしい。

 さっきの魔獣と同じで、大人しいというかまるでこちらの存在に気づいていないかのようにも見える。


「おい、ノール! 人間はいないんじゃなかったのかよ!」


 リックの言葉にノールはコトンと首を傾げる、よくよく見かけるこの仕草はこの少年の癖なのだろうかとラフィニアは思った。


「待って、様子がおかしいわ。 それにノール君が嘘を言うとも思えないわね。 思い出してみてリック、檻の中にいたさっきの魔獣のこと」


 そしてノールに人間と判断されなかった彼らのことを。


「お、おい…… それってまさか、こいつらも?」


 たまらなくリックの顔が青ざめていく。


「たぶんそうなのよ、この人たち、もう人間じゃなくなっているんだわ」


 そしてそんな研究員の間から姿を現したのは見覚えのある人物だ。


「あら、お久しぶりですわねラフィニアさん」

「プリシュティナ!? これはいったいどういうこと? あなた、彼らに何をしたの!?」


 他にも気になることはあった。

 例えばヴァムにやられたはずの腕が戻っているとか、今までどこにいたのかだとか、だが今はそれどころではないだろう。

 ラフィニアの質問にプリシュティナは答えず、そこに現れたのはさらに別の二人。

 そしてそのうちの一人が答える。


「それについては私がお話いたしましょう」


 その男に見覚えはない、しかし聞いた覚えのある風貌をしている。


「あなた、もしかしてセイムエルって名前じゃなくて?」

「おや、いつの間にか私も有名になったようでうれしいですね、それともどこかでお会いになりましたかな」

「プリシュティナと共にいるってことは大迷宮でのことはあなたが仕組んだことなのかしら?」

「ええ、あの時は大変失礼いたしました。 あなたが大人しく四精霊の宝珠を譲って下さればと思ったのですが、こちらの手違いで勇者と同じ場所に転移させてしまいました。 しかし私も驚きましたよ、まさかあの勇者が偽物だったなどとは。 あのお方の邪魔になるので始末しておこうと思ったのですけど、そんな必要もなかったですね」

「それでお仲間の悪魔に返り討ちにされたのよね、いい気味だわ」

「ええまったく訳が分からないですよ、なぜ私たちの邪魔をするのか理解に苦しみます。 長い時を生きる間におかしくなってしまったのでしょうか」

「まああなたたちのことはだいたいわかったわ。 それで? いったい彼らに何をしたのかしら?」

「ああそうでした、そうでした。 彼らはもう用済みになりましたので、別のお役に立ってもらうことにしたのですよ」

「用済み? どういうこと?」

「それはこれから分かることです。 それよりよろしいのですか? 今頃聖都は大変なことになっているでしょうに」

「やっぱりそれにもあなたたちが絡んでいたのね。 けどお生憎様だわ、聖都奪還に向けとっくに動き出したわよ」

「おやおや、これから他国の進軍を受けるというのに内輪揉めで消耗するとは愚かなことですな」

「残念だけどクラノイスダールの侵攻なんかに負けるはずがないわよ、それとも私たちを相手にするのがそんなに怖いのかしら?」

「相変わらず減らず口がお上手ですね、ですが勘違いされておいでで。 私は一言もクラノイスダールの侵攻などとは言っておりませんよ」


 その悪魔の言葉を聞いてラフィニアの背筋に冷たいものが走った。

 それはずっと気になっていたことだった、なぜクラノイスダールなのかと。

 もちろん彼の国が常々聖王国にちょっかいを掛けて来ていたからだが、問題はドルドアレイク辺境伯とクラノイスダールの接点が思いつかなかった。

 クラノイスダールと繋がりがあると言われていた第二王子アルハイド殿下ですらそんな話はしていないはず。

 クレヌフの証言もクラノイスダールが侵攻するではなく戦争の準備を進めているという可能性に留めた話だった。

 だがこの悪魔の言葉が正しければすべてのことに合点が行く。


「まさか……ドルバス辺境伯の目的はアルメティア軍を引き入れること……?」


 ドルドアレイク辺境伯は城を占拠し国を掌握するつもりなど最初からなかったのだ、国を、この聖王国をアルメティアに売った……。

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