悪魔研究の調査4
国境を隔てる門が見えてきた。
この門はアルメティア領の中にあり、つまりはアルメティアだけが出入りを制限しているという意味でもある。
門の前には数名の兵士が暇そうにしていた。
近づく馬車に気づいた兵士が総出で出迎えてくれる、滅多に人も通らない門だし、よほど仕事に飢えていたのだろう。
御者が馬車ギルドの証明札を見せる。
「おぅあんたか、久しぶりだな。 後ろは客か?」
「ええ、なんでも冒険者さんでこれからお仕事に向かうところらしいでさあ」
「冒険者か、ギルドカード見せてくれ。 それで後ろの子供もか?」
「ええ、そうよ。 二人もギルドカード見せてあげて」
ラフィニアとリックが、そしてラフィニアに言われノールとエルビーもギルドカードを見せる。
「ああ確認した。 で、そっちは奴隷ってわけか」
「そうよ、何か問題あるかしら?」
「いや、それならいい」
もう少し嫌そうな態度をされると思ったがラフィニアは肩透かしを食らった気分になる。
一人の兵士が話している間、他の兵士は馬車に不審な点がないか確認をしている。
大迷宮に行く際にはなかったが、まあ聖王国の紋章入りの馬車と今乗っている貸馬車で扱いが違うのも当然かとラフィニアは思った。
(いや、それだけ暇なのかしらね)
たいそうな造りでもない馬車などそう入念に調べる意味もないのでおそらくそれが本当の理由だろうと推察する。
さすがに見る場所もなくなり諦めたのか、あとは話をしている兵士に任せると言った感じで一人また一人と持ち場へと戻っていった。
「もういいかしら?」
「そうだな、特に問題はなさそうだ」
「そう、じゃあ行かせてもらうわね」
「ああちょっと待った、聖王国から来た人なら分からないかもしれないから一応忠告しておく。 その奴隷だが壊されたくなきゃちゃんと見張っといたほうがいいぞ、ここじゃ獣人ってだけでひどい扱いを受けるからな。 奴隷であっても同じ、持ち主が見てないところで何されるか分からんから気を付けろ」
「ええ分かったわ、ありがとう。 それじゃあ」
獣人を連れ入国するのは初めてだったためどうなるかと思いもしたが、思ったよりもすんなり入れたことに安堵する。
兵士が言っていたようにここでの獣人の扱いは物同然。
そんなわけでこのアルメティアに亜人種が訪れることは皆無と言って良い。
もし見かけるとすればそれは呑気な観光客などではなく奴隷ぐらいなものだ。
このアルメティアでは今でも奴隷の売買が行われており、それは奴隷であれば獣人であっても街に入ることが出来るということに他ならない。
「なあ、ノールの転移でパッと入ったほうが楽だったんじゃねえの? わざわざ奴隷紋付ける必要あったのか?」
リックが今更にそんなことを言い出した。
それもひとつの案として考えたが、この先のことを考えるとあまり得策とは言えない。
「オーダルが人間だったなら逆にそうかもね。 けど獣人と知られれば襲われるだろうし、襲われて反撃でもしようものならお尋ね者よ? もちろん犯罪者としてではなく危険な獣人としてね。 それにアルメティアの人たちに私たちの仲間だって言うのは通用しないわ、国境で確認しているのはそういう仲間として入ろうとする亜人種を未然に防ぐためでもあるのね」
無駄なやり取りをしなくて済むという点ではまずラフィニア、リック、エルビーでアルメティアに入り、その後ノールとオーダルがこっそり転移して入国するのが正解にも見える。
だが正規に入国する亜人種がいない前提であれば、奴隷ではない亜人の仲間というのも存在しないわけだ。
そういった亜人種がどういった扱いを受けるかは目に見えている。
「だからこそ奴隷として入るほうが後々を考えれば楽なのよ、行く先々で獣人とバレてもそれは私の持ち物を意味するから大丈夫ってわけ。 逃げながら調査するって言うのは私的には避けたいわね」
目的地となる研究施設はアルメティアに入って街を2つか3つ超えた先にある。
またその施設も地図を見る限りでは街の中の一区画に存在しているようでさすがに人目に付かず行動するのは難しいところだ。
「街の中に危険な研究施設なんてあると思うか?」
「どうかしら? 悪魔の研究施設と聞けば住民も反対したかもしれないわね。 けどそんなこと公表するわけがないし施設の危険性について街の人は知らないんじゃないかしら。 聖王国が悪魔の研究をしていると言うのは周知の事実だけど、アルメティアも悪魔を研究しているなんて聞いたことがないもの。 ドルバス卿からしたら良い隠れ蓑になっていたのかもしれないわね」
この辺りでは珍しい大きな街、その中に研究施設はあった。
特に街そのものに目ぼしい特産もないし、この街が特別発展するほど他の街とで人の往来に大きな差があるわけでもない。
つまりこの街には研究施設からそれなりの金が流れているのだろう。
街の中心からはだいぶ離れ周りの建物も人が住んでいるのかいないのか分からないような古い建築物。
その中に一際広大な面積を有した建物があった。
柵で囲まれており門から建物までも十分な距離がある。
知らぬ者が見れば大層な貴族が富豪の屋敷と勘違いしてもおかしくはない造りだ。
ただし、その中の草木は一切手入れもされておらず、どちらかと言えば没落した後という印象を与える。
「お客さん方、着きましたぜ」
「御者さん、私たちどの程度で仕事終わるか分からないのよ。 御者さんはどうします?」
「ああ、そうだな……この街にも馬車の組合ってのがあるんだが、今日明日はそこにいるよ。 その後は帰っちまうけどそれでいいかい?」
「その組合でも馬車は借りられるのかしら?」
「ああそりゃ問題ないよ、金さえ払えばね」
「了解、それじゃそれでお願いするわ」
ラフィニアは一度ここまでの費用を清算し御者から受け取りのサインをもらう。
「なんだ、あんたちお偉いさんの依頼で来てるのかい?」
「そうだけど、分かるの?」
「分かるも何も、そんな面倒なことさせるのはお偉いさんたちだけだからだよ。 知ってたらもう少し吹っ掛けてたんだがなぁ、ハハハハ!」
「悪い御者さんね、今度はもう少し多めの額にしておくわ。 お互いしっかり儲けを出しましょうね」
「おっと、悪さじゃ姉さんには敵わねえや。 それじゃ俺は行くぜ、気をつけてな」
そういうと御者は馬車を走らせ街の中に消えていった。
「どっちも悪だよな」
「あら、どうせ金なんていくらでも出るって宿屋で宴会していたのは誰だったかしら? あんなにいっぱい一度に注文して」
「うぐっ……で、でも結局全部食べたんだからいいじゃねえか」
「食べたのは私とエルビーちゃんたちだけね、あなたたは自分で注文した分も食べずにいたみたいよ? 別にお金のことは良いけど食べ物を粗末にするのだけはしないでね」
「それは……すみません」
ラフィニアはそう言いながらその時のことを思い出していた。
記憶にあるのは無駄に大量に並んだ料理の数々と、ちゃんと全部食べろよと言う宿の主人の顔だった。
「それはともかく、ここが目的の場所なのよね」
「相当古い施設みたいだな」
「ああ、だが見てみろ。 馬車の轍だ、そして古いものでもない」
門から建物まで幾重もの轍が走っている。
雨でも降ればこんなものすぐに消えてしまうだろうに、これだけしっかりと残っているところを見れば人の出入りがあることはまず間違いない。
建物への侵入は夜が定番とは思うが、もともとこの周辺に人の気配は感じられない。
堂々と入って行っても咎められないのではないかと思えるが……。
「どうしようかしら? 夜まで待つ?」
「夜になったからって人が居なくなるとは限らねえぞ」
ここが研究施設であれば昼夜問わず人が居てもおかしくはない、むしろ怪しい研究となれば夜のほうが活動的かもしれないだろうとリックは言う。
しかしそんな心配は不要だったらしくノールがあっさりと答えた。
「大丈夫、人間はいない」
「そうなの? なら大丈夫そうね、行きましょうか」
誰もいないのに遠慮などする必要もないとラフィニアたちは格子状の門扉を開け中へと進む。
偶然か不用心なのかは分からないが鍵はかかっていなかった。
建物の扉まで来たところでリックが何かを思いついたかのように言う。
「なあ、俺気になることがあるんだけど言って良いか?」
どうせくだらないことだろう、なぜいちいちそんなことを聞くのかとラフィニアは思う。
その質問をする時間で本題を言えばいいだけではないのかと。
「なんでそんなもったいぶるのよ」
「いや俺の勘違いかなとも思うんだが、ちょっと、まあ気になったものでな」
「で? なに?」
「ああ……ノールさ、人間はいないって言ったけど、人間以外はいるってことなのかと思ってさ」
それはまさにラフィニアが玄関の扉を開けた時だった。
だからもったいぶらずに言えば開ける前だっただろうに、この男はわざとやっているのかと少しイラついたのは正直な気持ちだ。
「どうした? 二人とも」
開けた扉に手をかけたままのラフィニアに疑問を持ったのかオーダルが聞いてくる。
「いえ、なんでもないわ。 リック、ここまで来て引き返すわけにも行かないわよ、人間以外がいるっていうなら当たりの可能性も高いのだし行くしかないわね」
とりあえず、ラフィニアは誤魔化した。
外から見た建物は2階ぐらいありそうだったが、どうやら天井が高く作られているだけで一階しか存在しない建物のようだ。
仮眠用のベッドだろうか、そういった簡易なものはあれどここに住んでいるような人はいないように見受けられる。
外観の印象と違い内部は思ったよりきれいだった、つまり奇麗に保っている人がいたということでもある。
「やっぱ俺の勘違いだったかな、人っ子一人いねえし」
「そんなはずないわ、埃の積もり方、人の動きが無ければこうはならないもの」
例えば明かりとなる蝋燭。
今は昼なのですべて消されてはいるが、もし長い月日無人だったのならその蝋燭にも埃が積もっていないとおかしい。
そして出しっぱなしになっているカップなども気がかりだ。
今日がたまたま施設の全休日だったとしても出しっぱなしで帰る者がいるとは思えない。
「ふむ、直前までは誰かいたようだな」
「あっ、このカップまだ温かいわ」
「じゃあ全員揃ってどこに? まさか感づかれて逃げたってことか?」
「騎士団が攻めてきたならまだしも私たち5人だけよ? 大切な研究放っておいて逃げるなんて考えられないのだけど」
一通り調べてみたものの有益な情報は何もなさそうだった。
それでもと探しているとノールがどこからかふらっと現れる。
ラフィニアたちは捜索に夢中でノールとエルビーが何をしているかまで把握していなかった。