悪魔研究の調査2
「まずはここ、聖王国の所有だけどドルドアレイク辺境伯が管理を任されていた場所ね。 こんなところで聖王様たちも知らない実験をしていたとは思えないけど…… 何か手がかりがあるかもしれないわ」
朽ち果てた廃墟、まさにそんな言葉が相応しい場所。
重要な研究であったのなら資料などとっくに回収されていると思うが、とは言え誰かの目を欺くためそういう感じに管理している可能性はある。
もしかしたら回収し忘れた重要な証拠が残っているかもしれない、研究員の記した日記など定番中の定番だろう。
ここ最近冒険者の領分を逸脱した仕事が多いなあなどと思いつつ、ラフィニアは人けの全くない建物の扉に手を掛けようとしたその時……。
「お前たち、ここで何をしている?」
それは男の声、直前まで気配はしなかった。
つまりはそれほどの手練れと言うことだ。
「誰!?」
ラフィニアはその一瞬で武器を抜き構える、リックも最近は手慣れたものですでに戦闘態勢へと移行していた。
ラフィニアたちが緊張感を高める中、無警戒に佇むノールとエルビーの姿が目に映る。
その状況から察するのも一瞬のことだった、突然現れた男に敵意はない、そういうことだろうと。
実際男の顔には見覚えがあった。
「あ、あなたはこの間の……」
「久しいな、まさかこんな場所で会うとは思わなかったが」
そこにいたのは聖都に向かう馬車に同乗していた一人、ニヴィルベアを共に倒した無口な男だった。
「こちらにも事情があってね、むしろあなたがいることに驚いているのだけど」
「俺は事情があってこの建物を調べていた、まあ中には人もおらず手がかりも無し。 今はこうして建物の周囲に何かないかと探していたところだ。 それで、お前たちはここが何の建物か知っているのか?」
その男の質問にラフィニアは答えるべきか悩んだ。
男の素性は当然知らず、この研究施設の関係者と言う可能性は捨てきれない。
場合によってはドルバス卿たちの仲間という可能性だってある、迂闊なことは言えないだろう。
「いや、すまんな。 そう言えば冒険者だったか、任務として訪れているなら簡単に話すことなど出来ぬか。 ここは聖王国ドルドアレイク辺境伯、ドルバスという男が管理している研究施設の一つだ。 俺はその研究について調べごとがあってここに来た」
「調べごと?」
「ああ、奴は捕らえた亜人種などを使って怪しげな実験をしていると聞いていた。 それを調べに来た」
「亜人種って……」
正直そこまで考えてはいなかった。
悪魔の研究、その依り代として選ばれているのは魔獣だとばかり思っていたのだ。
亜人種、つまりエルフなどと言った人間によく似た種族。
そしてノールたちから聞いたエルフ誘拐と言う話が脳裏をよぎる。
「その、それは確かな情報なのかしら? ああでも、あなたも誰かの依頼で動いているの? だとしたら話せないかしらね」
「いや、俺は俺の意思で行動しているに過ぎない。 確かな情報かは分からんな、それを確かめるためにこうして調べて回っている」
「そうなのね…… ねえ回っているってことはここ以外にも?」
「ああ、その通りだ。 だがこれまでめぼしい情報は何もなかったがな、残念だ」
その亜人種を使った実験が悪魔に関連したものであるならラフィニアたちとしても無視はできない。
他にも回っていたのなら口頭ではなく地図などを受け取っている可能性は高いが……。
「ねえ、地図か何かある? もしよければ見せて欲しいのだけど」
「ああ構わん」
ラフィニアは男から数枚の紙きれを受け取る。
それはドルドアレイク領周辺の地図と言ったところだ、迷宮の地図とは違い位置関係が分かりやすく書かれている。
おそらく彼に渡すために新しく書き起こされたものだろうと思えた。
「この地図って、もしかして裏組織から?」
「そういうことは詳しくはないが、かなりの苦労はした。 怪しげな場所も多かったからそうだな、たぶんその裏組織と言うもので合っている」
以前ザリオに見せてもらった大迷宮の地図は分かりづらく書かれていた。
それは万が一奪われても読めなければ意味がない、意味がないものを奪おうとする者はいないという理由から大迷宮に挑む冒険者の間では当然のことであったからだ。
ただしそれは他人には読めないというだけで書いた本人は正確に把握できるものでなくてはやはり意味がない。
今回、男が持っていた地図は難読化されていない、本人以外でも正確に把握できる地図なわけである。
実のところ、表に出る地図と言うのはかなりいい加減に書かれている。
その理由はいろいろあって、聞いた話から大雑把に書いただけとか、どうせ自分が行くわけではないしと適当に書いただけとか、国が管理する地図でさえその程度だったりする。
まともな理由を挙げるならば正確な位置を記した地図が敵に渡った場合に問題になるなどだろうか。
逆に裏組織では正確な地図を持つものが多く、それゆえラフィニアもこの地図の出所が裏組織だろうと判断したのだった。
もちろんそれ以上に間違った地図も多く、買う側は慎重に見定める目が必要なのは言うまでもない。
「なるほどね……」
「何がなるほどなんだ?」
「こっちが私たちの依頼主から渡された地図よ、比較してみて」
ラフィニアは男から預かった地図と最初から持っていた地図をリックに手渡した。
「は? えっと…… うわっ、なんだこれ、見事に一致……」
「何? すまぬがそちらの地図を見せてもらえるか?」
「ええ、いいわよ」
ラフィニアの言葉に従いリックは地図を男に渡す。
エインパルドから渡された地図もご多分に漏れず正確とは言えなかったが、それでも大まかな位置は問題なく読み取れる。
そんな地図に示された場所と男の持つ地図に示される場所が見事に一致しているのだ。
裏組織の情報網と言うのも侮れないものだとラフィニアは思ったが、それ以上に気になったのは関係性だ。
聖王国では亜人種と言えどその売買は禁止されているわけで、亜人種を使った実験ともなれば正規の方法で実験体を確保することなど不可能なはずだ。
であるならば当然その確保にも裏組織が関与していると思われるが、その裏組織が亜人種の実験施設としてこれらの候補地を挙げたのだ。
その信憑性は非常に高いものだろう。
「ほう、これは……」
男もまた地図を眺め感嘆の声を漏らす。
「まあ極秘ってこともないから話すわ。 私たちドルドアレイク辺境伯領で行われていると思われる悪魔の研究について調べていたの。 ほら、一緒にニヴィルベア倒したでしょ? 簡単に言うとあれの延長線上の依頼よ」
「あの魔物か、なるほど。 しかし悪魔研究とはな……。 つまりだ、亜人種もまた、その悪魔の依り代として利用されている可能性が高い、そういうことだな」
「ええ、その可能性は高いわ。 最悪、もう命はないかもしれないわね」
「それは覚悟していたことだ、だがこれ以上無駄に命を奪わせるわけにはいかない。 …… ん? これは……本当に同じ場所が示されているのだな。 しかしそうなると……」
「なに? 何かあるの?」
「うむ、お前たちの地図に記されている場所はすべて俺が見てきたところなのだ。 しかし悪魔研究とやらに関係しそうな、いや手がかりと言えそうなものなど何一つなかったぞ」
「うわぁーそれマジか。 どうする? ラフィニア」
「手がかりがないとすると難しいわね」
「いや待て。 実は一か所だけまだ調べていない場所があるのだ」
「ほんと? それはどこ?」
「これだ、ここに記された場所。 お前たちの地図には載っていないが俺が貰った地図には記されている。 ここは俺も調べようと試みたが無理そうでな、諦めるか迷っていたところだ」
「ここって……」
「ってアルメティアじゃねえか」
「でもどういうことかしら? 他の場所が一致しているところを見ると、そのアルメティア領の施設もドルバス卿が関わっているとみるべきよね。 でもなんで他国なんかに……」
「つまりあれだろ、聖王国に秘密の研究をそこでしていたってことじゃねえか?」
「なるほど…… そうね、その可能性は十分にある、調べてみる価値はあるわね」
「お前たちはアルメティア領に行く方法があるのか?」
「ええ、冒険者は通行が認められているのよ。 まあ通行料はたんまり取られるのだけどね」
「そうなのか……頼みがある、俺も一緒に連れて行ってはもらえないか」
「それは構わないのだけど……」
「なんでアルメティアは調べられなかったんだ?」
「私たち冒険者はギルドカードがあるから通してもらえるけど、彼は冒険者じゃないからよ」
「ああそっか、忘れてた。 けどそれなら一緒に行っても通れないことは同じじゃねえのか?」
「いや、一つだけ方法がある。 ただ…… お前たちの協力が必要不可欠だ」
「俺たちの協力?」
「協力と言っても出来ることなんてそんなに……あっ……そう、なるほど…… そういうことなのね」
ラフィニアには心当たりがあった。
ただしそれは普通の人間には決して理解できない、いやされない方法だった。
「あなたが望むのであれば私たちは構わないわ、けどあなたは本当にそれでいいの?」
「ああ、目的のために必要なことならばその程度受け入れる覚悟はある」
「え? いやちょっと待てって。俺ぜんっぜん話が分からないんだが」
「後で話すわ、それよりいったん街に戻りましょうか。 準備も必要だし」
近くの街に戻ったラフィニアたちは宿の一室を借りる。
ラフィニアは他の者を残し必要なものを買いに行くと言って出て行ってしまった。
例に洩れずエルビーは付いて行くと言い出したがラフィニアはにべもなくそれを却下する。
「必要な物買ったらすぐ戻ってくるし、途中で食べ物も買ったりしないし見て回ることもしないわ。 エルビーちゃんはここで待ってて、なんならリックに食事をたかってもいいから」
「じゃあ待ってる、行ってらっしゃーい。 さあリック! ラフィニアが帰ってくる前にいっぱい食べるわよ!」
「え? いやなんで俺!?」
リックの抗議もむなしくラフィニアはさっさと行ってしまうし、エルビーも当然のように宿の一階にある食堂へと向かう。
一言も喋らず名前すら出ていなかったのに、ノールも当然とばかりエルビーに付いて行くのだった。
「はあ、しょうがねえな…… あんたも飯まだだろ? 事情は知らねえしここじゃ聞かねえけど付き合ってくれるよな?」
「あ、ああ…… 分かった」
トボトボと歩くリックに男は付いて行った。
リックがたどり着くとエルビーらはすでに注文した後らしく、料理が運ばれてくるのを今か今かと待っていた。
「もう注文したのかよ、どんだけ腹減ってたんだ」
「わたしは常に腹ペコなの」
「ああそうかい、じゃあ俺もなにか頼むとするか。 あんたもなんか頼みなよ」
「いや、気遣いはうれしいが俺はあまり持ち合わせがないのだ」
「心配すんなって、ラフィニアが言い出したことだし後からあいつに全部請求するから。 あっ、せこいとか言うなよ。 どうせあいつも全部依頼者に請求するつもりだろうから問題ないって話。 だから気にせず注文してくれ」
「ずいぶんと気前のいい依頼者なのだな」
「その分危険な思いをしているってことさ……」