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聖都奪還3

 エルマイスの指示によりフリュゲルが一人の騎士へノールたちを呼びに向かうよう命じる。

 さほど時間もかからずにノールとエルビー、そしてラフィニアたちがやって来た。


「まずは其方らに礼を言おう、我が愛しい娘ルナを救ってくれたこと感謝するぞ、そしてエインパルドより其方らの功績は非常に大きいものと聞いた。 ラフィニア、リック、そしてノールにエルビーよ。 よくぞこの国のために働いてくれた、聖王エルマイスの名において礼を言おう。 そしてこれからも国のために力を貸してほしい」


 ラフィニアとリックは跪く。


「身に余るお言葉、大変ありがたく存じます」

「えっと、自分もその、ラフィニアと同じ気持ちです」


 そしてエルビーは何やら考え込んでいる様子。


「おほんっ! ゴホンッ! ああ……えっとエルビー? 一応聖王のお言葉なんだが?」


 エインパルドがわざとらしく咳払いをしてエルビーに小さな声で話しかけた。


「うーん、別に聖王国のためにしたわけじゃないし、ねえノール」

「うん」

「いや、それは分かるけども……」


 そんな二人に少し慌てた様子でエインパルドが言った。


「私の言葉も台無しだな」

「も、申し訳ありません陛下」


 そして少ししょんぼりとするエルマイスにエインパルドは声を掛ける。


「いや構わぬさ、その二人は王国の冒険者。 聖王国のために尽くす道理もないだろう。 ただこれからも協力は頼みたい、どうだろうか」

「それは別に構わないわ! ねっノール」

「構わない」


 ノールは頷く。

 その後エインパルドはそれまでの話をラフィニアたちに聞かせた。


「――――と、そういうわけで君たちにはドルドアレイク辺境伯領に赴いてもらい悪魔に関する調査をして欲しいのだ」

「また無茶なこと言ってくれますね、エインパルドさん。 でも勇者様までそんなことになってたのね、大丈夫なのかしら?」

「やっぱり不安ですか、ラフィニアさんから見ても……」

「別にそういう意味じゃないのよ、ただ今回の占拠に悪魔が関わっていないとも思えないし。 大迷宮でのことは報告したけどたった一体の悪魔に私も勇者様も苦戦した、もし本当に奴らが魔獣を従えさせることが出来るならかなり脅威でしょうね。 王族騎士が弱いと言うつもりはないけどドルバス卿の兵と戦いつつ悪魔や魔獣を相手にするのは並大抵のことじゃないと思うわ」

「ふむ。 かつて、伝説となった勇者となればあるいはと思うが…… いや我らの手に聖剣でもあれば話は違っていたのやもしれぬ……」


 エルマイスの言葉にエルビーがビクッと反応する。

 ただそれに気づけたのはラフィニアとリックだけだろう。


(それがあるのよねぇ、こっちの手に聖剣…… けどあの様子じゃ貸してくれると思えないし、そもそも借りるだけです終わったらちゃんと返してねなんてのが国の人たちに通じるかもわからないし)


 状況が状況だけに一時的に聖剣を借りるのが一番いいと思うが、言えば奪われ返して貰えないかもしれないし、それ以前にあのエルビーが貸してくれるかもわからない。

 エルビーだけ勇者に同行させると言う案も考えたが、聖剣を持つことを隠して彼女の強さを説明するのは難しく結局聖剣であることがバレる。


「ねえラフィニア、聖剣、あったほうが、いいの?」


 エルビーがそんなことを言い出した。


「え? そうね、聖剣があれば勇者様も強くなれるかもしれないけど。 でも、いいの?」

「やだ…… でも聖剣は勇者が持つものなんでしょ? あまり我儘ばかり言うと長老様に叱られるし」


 長老様という人物がどういう人かは知らないが幾度となく我儘を言って叱られたのだろうかとラフィニアは思う。


「其方たち、聖剣について何か心当たりでもあるのか?」


 ラフィニアとエルビーの会話を聞いたエルマイスが身を乗り出すように聞いてきた。


「その、エルビーちゃんが持つ剣ですが、おそらく聖剣と言われていたものかと」


 その言葉に周囲が騒めく。

 それも当然だろう、伝説の武器が目の前にあるというのなら……。

 エルビーは渋々ラフィニアに聖剣を渡し、受け取ったラフィニアがエルマイスに見せた。


「ほう…… これが聖剣なのか…… なんか普通にそこらで売っている剣にしか見えぬが……」

「えっと詳しくはありませんが、刀身に刻まれた文字が力を生み出しているようなのです。 見た目はただの剣ですが恐ろしいまでの力を発揮しているのをこの目で見ました」

「そうか! それは素晴らしい! では勇者リオンにこれを渡して――――」

「それはダメ」


 その場の空気が凍った。

 その発言をしたのは今にも泣きそうなエルビーでも何やら不機嫌にエルマイスを見るリックでも、ましてやエルビーを見て申し訳なさそうにしているラフィニアでもない。

 今までほとんど喋っていないノールだった。

 そんなノールにエインパルドは説明する。


「ノ、ノール。 ダメとはどういうことだ? これが聖剣であるなら勇者に、いや女神の神託を受けたわけではないから勇者とは言えないのかも知れないがこの剣で戦況が大きく変わるのであればリオン殿に持っていてもらうほうが良いと思うのだが……」


 エルマイスもそうだろうと言う表情でノールを見つめる。

 ただそのノールはコトンと首を傾げて言った。


「リオンがその剣を持ってもなんにもならない、その剣にあるのは不壊の効果だけ。 本物の勇者の力に耐えられるのがその剣と言うだけで剣そのものに大きな力はない」

「なるほど、真の勇者が持ってこその聖剣か。 しかしそれほどの剣を一人の少女に持たせているわけにもいくまいて。 これは我々聖王国で厳重に保管して――――」

「なぜ? それは王国でエルビーに買ったもの。 人の物を奪うのは盗賊のすることでいけないことだと聞いた」

「うっ…… いやそうではあるが……」


 純真な少年の瞳に思わず怯んでしまうエルマイス、ラフィニアは「この人、思った以上にいい人なんだなぁ」と心の中で思った。

 そしてそんな純真な少年の言葉に目をギラリとさせたリックが追い打ちをかける。


「いやいやノール、そんなことするわけないだろ。 仮にも聖王様だぜ? 国を奪われそうになった聖王様が必死にその国を取り戻そうとしているそんなときにだ、こんな小さな女の子から剣を奪い取るだなんて卑劣な真似するわけがないだろ。 あくまでエルビーの心配をしてくれただけさ。 けど聖王様、エルビーはぜんっぜん大丈夫なんでその剣返してもらいます」


 リックはエルマイスから奪い取るように剣を受け取ると、その手でエルビーへと渡す。


「わたしの聖剣……」

「エルビー、せっかく聖王様がお前を信じて預けてくれるんだからな、大事にしろよな」

「分かったわ、大事にする」


 そんなやり取りにエルマイスら国の重鎮たちは互いに顔を見合わせていた。


「と、ともかく陛下、その剣の今後のことは私にお預けください。 今は先に悪魔の話を……。 それでラフィニア殿、先ほどの悪魔に関する調査の話、受けてもらえるだろうか」

「ああそうね、その話だったわね。 えっと、私、悪魔に関わることはノール君たちに協力する(・・・・)ということにしているのよ」

「では、彼らが行くというのであれば、君も協力してくれると?」

「ええ、そのつもりね」


 ラフィニアはそう答えたが本当は少しだけ違う、彼らが行くと言えば協力し、行かないと言っても自分だけでも行くつもりなのだ。

 彼女自身の中で行かないという選択肢はもう存在していない。

 目の前に悪魔の手がかりがある、エインパルドに会い詳しいことが聞けたことで確信を得た。

 今でもあの時の光景を鮮明に思い出すことが出来るのだ。

 人を殺し、村を焼き、家族を殺した悪魔、憎き白の悪魔(リーア)の姿を……。


「ラフィニア殿はこう言っているのだがノール君、君たちの考えを聞かせてもらえるか」

「どうする? ノール」


 エルビーの問いかけにノールは考える。

 王の間でドルバスと言う貴族の隣にいた悪魔、あれからは強い悪意しか感じられなかった。

 そしてその力は以前にも感じたことがあるものだった。

 王国、グリムハイドの西にある洞窟、白の悪魔(リーア)を封印したとされる地……。

 あの悪魔がそばに居たということはドルバスと言う男の領地で行われている実験と言うのが良いもののはずがない。

 それを断るなどノールにとって欠片もないことだった。


「行く」

「そうか、それは助かる。 ではラフィニア殿、そういうことなので構わないな?」

「ええ、異論はないわ」


 ラフィニアは心の中で「やっぱりね」と呟く。

 ノールが悪魔に執着する理由は分からないが、ただ頼まれたからと言う理由だけではないことはなんとなく察していた。

 頼まれただけで悪魔と対峙できる人などそうそういるはずがない、本人にそれだけの理由があるとしか思えないからだ。

 ノールたちの決断にエルマイスは小さくため息をつく。


「ふむ、しかし協力をお願いしている立場の私が言うのもなんだが本当にそれで良いのか? たった数名で敵の本拠地に向かうということになる、危険であることは想像に難くなかろう。 君たちのような子供を危険な地に赴かせるのは私の本意ではないのだが……」


 それはエルマイスの本音なのだろう、神殿に匿おうとしていたのも本気でノールのことを案じていたのだろうと今なら思えた。

 ラフィニアとしても決してノールを危険に晒したいわけではないのだ。

 だからこそラフィニアはその判断をノールに委ねることにした。


「ところでノールよ、其方にも聞きたかったことがあるのだ。 エインパルドから聞いたが、そもそも其方が悪魔と戦おうとするその理由とはいったい何なのかね?」

「理由?…… 理由……」


 エルマイスの言葉にノールは首を傾げる。

 なぜノールは悪魔に喧嘩を売りに来たのか、頼まれたから? それもあるが、それ自体はノールが悪魔と戦う理由ではない。


「聖王国にいる悪魔は何かを企んでいると聞いた。 悪魔は人の悪感情、恐れや憎しみを糧とし魂を喰らう。 その時、人間の魂は穢されてしまう。 悪魔によって穢された人間の魂は魔王を生み出しかねない。 魔王は世界にとって脅威となる、この世界だけでなくすべての世界の脅威。 悪魔たちの企みが魔王を生み世界を脅かすことになるのなら、そのすべて滅ぼす……」

「ま、魔王……だと?」

「ノール君、君は確か悪魔に喧嘩を売りに来たと、頼まれたと言っていたと思うのだが違ったかね? 魔王? どうしてそんな話になっているんだ?」

「頼まれたのは本当。 けどそれを受けたのは悪魔のやろうとしていることで魔王が生まれてしまう可能性があると思ったから。 それは阻止する」

「なるほど、これまでの君の行動理念はそこに集約されているわけか、今やっと理解したよ」


 エインパルドは合点がいったというような顔をして言う。


「待て、エインパルドよ。 それはどういう意味だ?」

「陛下、私は悪魔共の狙いが何なのか、それが気がかりでした。 今回の謀反、そしてクラノイスダールの戦争準備。 我々は聖都奪還を掲げましたが一滴の血も流さずに勝利をあげられるなど考えておりません、それはクラノイスダールからの侵攻が起きても同じことでしょう。 二つの戦場でかなりの犠牲者が生まれると予想されます。 悪魔共はそれ自体が狙いだったのかも知れません」


 エインパルドは一息入れ、そして話を続けた。


「彼は、ノール君はその戦争を阻止するために王国から来たのではないでしょうか。 誰に頼まれたのかは分かりませんが、おそらくその者もそれを危惧してのことだったのかと思います」

「だがエインパルドよ、其方は魔王と言うものがどんな存在か知っておるのか?」

「いえ、残念ながら。 ただ世界の脅威となる魔王と言うものが悪魔共より弱いとは思いません。 聖王国はかつて白の悪魔(リーア)と言う悪魔に蹂躙されたことがありますがそれでさえ世界の危機たり得ませんでした。 その点を踏まえれば魔王というものがどれほど脅威なのか想像に難くないことでしょう」

「ああ10年前の…… あれはひどいものだったな。 人間同士の戦争があれ以上の悲劇を生み出すということか。 それは確かに避けねばならぬ事態よな」


 ラフィニアにはあの時以上の悲劇など想像出来なかった。

 多分だが渦中にいた人は皆同じだろうと思う。


 エルマイスはひとつ気になることが出来た。

 ノールにそのようなことを頼んだ者がいる。

 だが果たしてそのような知見を持つ人間がこの世界にいるのだろうか。

 女神に最も近いと思われるこの聖王国、その国王の自分でさえ初耳だというのに。

 悪魔の脅威、ドラゴンの脅威、それらは伝説となり今でも語り継がれ知らぬ者はいない。

 例えそれが悪魔の仕業だとは知らなくても、10年前の事実として記録に残されているし証言者もいる。

 王国ではついこの間、ドラゴンが現れ激しい戦闘を繰り広げたと聞くし2000年前のことでさえ伝承として残されている。

 では魔王は? いや聞いたことがない。

 ならいったい誰がノールに魔王の話を吹き込んだのか。

 エルマイスが知るそんな存在はたった一人だけ。


「ノールよ、ひとつ教えてはくれぬか。 それは女神のお言葉か?」


 エルマイスは確認しなくてはならないと思った、その言葉は女神の神託なのかを。

 ノールはその言葉の意味を考える。

 リスティアーナが魔王の誕生を望むはずはない、それはノールも同じで神として当然なことなのだから。


「これは神としての意思…… そしてこの世界で僕がやるべきこと……」


 そしてノールは答えた、この世界に居させてもらっている自分がリスティアーナに代わってするべきことなのだと。

 エルマイスはその言葉に衝撃を受ける、ここにいる者のうち何名がその言葉の真意に気づいたのだろうか。


(つまり、女神の意思でありやるべきことだと言うのか? 女神の神託? いや違う! まさか彼は…………彼こそが女神の……化身……?)


 それはまさしく女神が降臨されたのではないかとエルマイスは思った。

 女神の化身が男の子と言うのはどういうことかとも思うが、そもそもその容姿は中性的であり少女と言われたら納得するものだ。

 それに神は本来性別がないという話も聞いたことがあるし、もしかしたら悪魔たちを欺くための偽りの姿と言う可能性だってある。

 とは言え今それを口にして良いものかと躊躇う。


「陛下……?」

「あ、おほんっ、ああ、そうだな。 で、では、悪魔の件は、えーっと、ラ……ラフィニア、後は其方に任せるとしよう」

「はっ、承知しました」


 エルマイスにとってそれは深刻なことでもあった。

 勇者が偽りだった、そのことに大きな衝撃を受けたがそのことよりもこのような事態にあってまだ勇者が誕生していなかったことに驚きがあったのだ。

 10年前のみならず遥か昔にも世界を震撼させた存在の一人、白の悪魔(リーア)

 その復活となれば勇者がいないのはおかしいのではないかと。

 だが今この瞬間、エルマイスは納得した。

 勇者どころではなく女神その人が降臨されたのだとしたら……。

 それほどの危機がこの世界に訪れているということではないのかと。

 あまりのことに体が震えるのを感じる、手や足が小刻みに震えているのだ。

 他の者に動揺を覚られぬように平常心を取り戻そうと深く呼吸をする。

 何度か深呼吸を繰り返すと落ち着いたようでエルマイスは目の前で軽々しく女神の化身と話をしているエインパルドを睨みつけ命令する。


「エインパルド、お前は後で私のもとに来い」

「えっ? あ、はい……分かりました」


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