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聖都奪還2

 聖都の奪還、聖王エルマイスが掲げた目標である。


「メレディック卿、聖都奪還に向け其方らの兵を一部借り受けたいのだ」

「我が兵を、ですか?」

「うむ、ヴィクトルらが率いてきた騎士がどれほどの数かは分からぬ。 本来ならば調査をさせてからが良いのであろうが、時間が経てば経つほど奴らにとって有利になっていくはず。 我らが女神を裏切ったなどと言う噂が広がれば多くの神殿騎士が奴らの味方に付いてしまう恐れもあるやもしれぬ。 王族騎士とて精鋭ではあるがさすが数には勝てぬであろう」

「陛下、その事ですがひとつ気になることが……」

「フリュゲルか、気になることとはなんだ?」

「はっ、クレヌフの言葉通りであるならクラノイスダールは戦争準備を進めていると。 我々は偶然にもこの地に逃げ延びることが出来ましたが、本来であれば王城にて拘束されていたはず。 そんなときにクラノイスダールからの侵攻があったらどうでしょう?」

「つまりはクラノイスダールと繋がっていたのはアルハイドではなくヴィクトルらだと言うことか?」

「あるいはその両方かと。 聖王国侵攻を目論むクラノイスダール、アルハイド殿下は奴らに利用されていたのかもしれません」

「なるほど、その可能性も捨てきれぬか。 今聖都奪還に向け戦力を集中させてはその隙にクラノイスダールによってエデルブルグが落とされるやもしれぬ、そういうことだな?」

「お言葉ですが陛下、我がエデルブルグ、これまでもクラノイスダールの侵攻に耐えてまいりました。 今更クラノイスダール如きの侵攻に破れるほど軟ではありませんぞ」

「ですがエデルブルグ卿、今度ばかりは王都からの増援はありません。 それどころかクラノイスダールがヴィクトルらと通じていたのならば好機と見て本格的に大部隊を投入してくる可能性だってあります」

「むむっ、そのようなことは……」

「メレディック卿、神殿騎士を除いた其方らの兵のみでこのエデルブルグの防衛は可能か?」

「はい、もとより神殿騎士は頭数に入れておりませんので。 我らの兵のみで可能でございます」

「ならばエデルブルグ卿にはこのまま防衛を任せ、一部の神殿騎士を除き聖都奪還に向かう。 戦力は多いほうが良かろう、途中の街々でも神殿騎士らを取り込んでいくとする」


 神殿騎士は神殿を守護するものであり命令権や人事権はその教会の司教にある、さらに司教やその神殿は神務局の管轄となっている。

 つまり司教だけでなく神殿騎士もまた神務局の管轄となるのだが、中央ですべての神殿騎士を用意することなど不可能に近い。

 そのため特に地方領の場合、神殿騎士の多くは現地から集めたものとなる。

 そして中央から離れるほど神務局の影響は弱まり、代わりに領主や司教の意向が色濃く現れるようになっていく。

 ここエデルブルグでは領主メレディックの息のかかった者が司教を務めているため、エデルブルグの神殿騎士は中央よりも領主メレディックの命令を優先するのだ。

 彼らが中央寄りの者ならばもしかすればここでも反乱が起きていたかもしれないが、領主メレディックが聖王に忠誠を誓った今、その心配はないと言って良いだろう。

 問題はエデルブルグ辺境伯領を抜けた先、そこでどれほどの神殿騎士をこちらに引き込めるか、エルマイスはそれが勝利の鍵となると考えていた。


「ですが陛下、このエデルブルグではまだ勇者が偽りだったなどと言う噂は立っておりませんが、聖都に向け進むほどに噂は広まり不敬にも陛下のお言葉に耳を貸さぬ愚か者が出てくるやもしれませぬ」


 メレディックの心配にも頷ける。

 おそらくヴィクトルらの都合の良いように噂は広まっていることだろう、そして悪を討つために自分たちは立ち上がったのだと付け加えているかもしれない。


「うむ、しかし偽りの勇者か。 彼の者には申し訳のないことをしてしまったな」

「へ、陛下がそのように思われることでは! これもすべてヴィクトルの、そしてドルバス卿の策謀ではありませんか」

「ロイマスよ、たしかに私が関わっていなかったことではある。 だがアルハイド同様に私もまた付け入る隙を見せてしまったということよ。 ところでリオンにはもう話はしておるのか」

「はい、それは私が。 さすがに衝撃はあったようで力なく項垂れておりましたが、一応は受け入れているようにも思えました。 今は冒険者らと共に別室で控えていることと思います」

「そうか、すこしリオンと話がしたい。 フリュゲルよ、呼んでもらえるか」

「ハッ、今すぐ」


 エルマイスは傍に控えていた王族騎士団長のフリュゲルに命じた。

 フリュゲルは扉付近にいた騎士の一人に目で合図を送ると、その騎士は扉を開け偽勇者リオンを呼びに行く。


 しばらくしてリオンを連れた騎士が戻ってきた。

 突然一人だけ呼び出された理由が分からずリオンはソワソワと落ち着きなくしている。


「リオンよ、其方はもう話を聞いたか?」

「あっ、はい……その、聞きました。 あの、自分が実は勇者じゃなかったというのは驚いたというか、でもああやっぱりなとも思いましたけど」


 何かをごまかすかのように苦笑いを浮かべながらリオンは言った。


「やっぱり? もしや気づいておったのか?」

「いや、そういうわけじゃないんですけど。 ただ勇者と呼ばれるわりにそれっぽい力もなかったですし。 なんていうかもしかしたら何かの間違いで無関係な自分が連れてこられただけなのかなとか思ったりもしてまして。 いざ大迷宮に入るってときもなんだかものすごく怖くなってきちゃって……」

「だが大迷宮では十分な活躍をしたと聞いたぞ?」

「そうなんですか……自分ではあまり活躍できたとは思ってないですけど。 ただそれでもみんながいてくれたから頑張れたのかも知れませんね」

「そうか……」


 エルマイスはリオンから視線を外しふぅとため息を吐き出す。

 そして改めてリオンを見やる。


「してリオンよ。 其方、これからどうするつもりだ?」

「それは……あの、自分は勇者を騙った罪で処刑とか、そんなことになったりするんでしょうか……」

「馬鹿な、其方を勇者と担ぎ上げたのは我らだ、それを今更其方に押し付けることなどせぬ。 ただ其方にも申し訳ないことをしたと思っておる、もし何か望みがあるならば申してみよ」

「望みですか、そうですね……特に今はないです。 あ、でも今実家に帰ってもどうしようかと思うところですけど」

「其方は確か、ドルドアレイクの出身だったか」

「はい、外れの村ですけど」

「ふむ…… クレヌフよ、そもそもの話なのだが神託がなかったのならばいったいどのようにしてこのリオンを勇者として選びだしたのだ?」

「は、はい! えーとそれはヴィクトル様から腕の立つ者がいると言われまして……」


 突然名を呼ばれたクレヌフは裏返った声で返事をする。


「ヴィクトルが?」

「陛下、おそらくドルバスが都合の良さそうな人間を見繕っていたのかもしれません」


 疑問に思うエルマイスにエインパルドが言う。


「なるほど。 リオンよ、今すぐどうこうすることが出来ず申し訳ないが、其方の立場など含め私が責任を持って対応すると約束しよう。 それまで其方もここにいるがよかろう、もし望みを思い浮かんだなら遠慮なく申すがよい」

「はい、よろしくお願いします……」


 リオンは力なく返事を返した。

 そんなリオンを見てエインパルドは一つの策を思いつく。


「陛下、一つ案があるのですが……」

「ほう、案とな? 言ってみよエインパルド」

「はっ、幸いなことに正式に貴族や国民に向け発表したわけではありません。 聖都やその周辺では噂によって暴動が起きたという話になっておりますが私としては正直懐疑的に思っております。 ただの噂でそこまでのことが起きるのかと、おそらくですが暴動は一部の者らによるもので多くの者が静観していると思うのです」

「うむ、確かにその通りよな。 噂ぐらいで神殿を襲い、それがデマだったとなれば罪に問われるのは自分らと分かり切っているはず」

「ええ、ですので陛下、此度の聖都奪還の進軍、勇者リオン殿にも同行してもらうというのはどうでしょうか」

「何を言っておるのだ貴様、この期に及んでまだ民らを騙せと申すか!」


 エインパルドの提案にエルマイスは声を荒げて反発する。


「いえそうではありません。 何も勇者リオンは本物だという必要はありませんし、各領地、街などから神殿騎士を集める際には正直に言ってもよいと考えています。 ですがどうでしょう、国の転覆を謀るヴィクトルに担ぎ上げられ偽の勇者と呼ばれた者が、今、国のためと立ち上がるわけです。 確かに女神の神託ではありませんが一人の英雄として民に認めさせるには十分ではないでしょうか」

「其方の言い分は分かった。 だが私としては彼にそこまでの責を負わせるわけにはいかぬ」


 これ以上自分らの失態でリオンを振り回すわけにはいかない、おそらくそう言うことなのだろうとエインパルドは考える。

 だが、今のままではリオン自身も負の評価のままで終わってしまう。

 彼が実家に帰りづらいというのもそういう理由があるとエインパルドは考える、ならば我々で実績を、正の評価を与えたのち実家に帰してあげればいい。

 エインパルドがそのことを伝えようとするより先に、リオンが申し訳なさそうに声を掛けてきた。


「あの、それなんですけど、もしよければ俺もついて行って良いですか?」

「リオンよ、これは我ら王族の失態、そして国としての責務である。 勇者ではない其方にこれ以上の心労を掛けさせるわけには……」

「いえ、俺なんかが行っても役に立たないかもしれないし、もう勇者じゃないと言われればそれまでなんですけど。 でも勇者と言われて嬉しくなかったわけじゃないし、力とか関係なくせめて一度くらいは勇者らしくしたいなって思いまして。 もちろん邪魔だというのなら諦めますけど……」

「リオン…… いや勇者リオンよ。 其方の思いしかと受け取った。 エインパルドの言うように女神の神託ではない。 だが女神の神託だけが勇者を決めるとはどこにも書かれていなかったと記憶している、ならば私は其方を勇者であると認めようぞ」

「あ、ありがとうございます、そう言ってもらえると嬉しいです。 本当に何が出来るか分かりませんが、精いっぱい頑張りたいと思います」


 勇者の同行は戦力としてではなくその威光だ。

 おそらく聖都に近づけばそれだけ偽勇者の噂は広まっていることだろう、だがそれは同時に聖王国に新たな勇者が誕生したと言う話を知っていることでもある。

 聖王と勇者が武器を取り聖都奪還に向け動く、そして早馬を使いその噂を流しておく。

 すると各地の神殿でも真の勇者と偽りの勇者という噂が同居することとなり、一方的な噂ではないことから彼らも今以上に慎重に行動することだろう。

 あとは聖王エルマイス、その人の人徳に懸かっていると言っても良い。

 そしてエインパルドが考えるべきことは他にもある……。


「陛下、もうひとつよろしいでしょうか?」

「またなんだ? エインパルドよ」

「悪魔のことです」

「悪魔だと? ふむ、あのノールと言う者が何者かに頼まれ悪魔の調査へと来た、それは聞いた。 そう言えばドルバス卿の手の者らに拘束された際に其方が言っていたな、それのことか?」

「はっ、まさしくそれです。 それでまだ噂と言う段階でしかない話なのですが――――」


 古くから行われていた悪魔の研究、その筆頭とも言えるべきなのがドルドアレイクと言う地であった。

 無論その研究そのものは王族からの許可を得てのことであり現聖王であるエルマイス14世も知っていること。


「問題は悪魔の研究と言うより悪魔を用いた実験に主眼が置かれていたことでしょう。 ドルドアレイクでは本来、悪魔の研究とは悪魔を倒すために行われておりました。 しかし悪魔との戦いなど伝説となる程度の話、国境を守護する任を与えられているドルドアレイク領にとってはそれこそどうでも良かったのかもしれません。 代わりに彼らが心血を注いだ研究と言うのが悪魔を戦力に加えるというものだったようです」

「悪魔を戦力に加えるだと? それはいったいどういうことだ」

「そのままの意味です陛下、魔獣に悪魔を憑依、もしくは融合させ意のままに操れる悪魔部隊を作る。 おそらくそれがドルドアレイクの、いえ現領主ドルバスの目的でありましょう」

「なるほど、奴らが悪魔研究を意欲的に行っていたのにはそんな裏があったわけか。 しかしだ、ドルドアレイクが意欲的に研究をしていたのは昔の話、私はそう聞いているのだが? 事実、ヨルシア大迷宮での実験など行われてはおるまい。 その点についてはどう説明する気だ?」

「はい、おっしゃる通り前回の調査でもヨルシア大迷宮で不審な点は見つかりませんでした。 ならばドルドアレイクそのもので何かしらの研究が行われているのではないかと私は思うのです。 そこで陛下、彼の地を調べる許可を頂きたく存じます」

「調べるのは構わん。 だが人手は貸せぬぞ? なんと言っても今、この国はそれどころではないのだからな」

「承知しております。 そもそも騎士を動かせば目立ちます、敵に悟られるでしょう。 なので調査は少数精鋭、そこで先の冒険者らに依頼したいと考えます」

「ふむ、それにはノールらも含まれるということか」

「はい、彼らの目的はその悪魔共にあると聞いております。 彼らならば喜んで協力してくれることでしょう」

「良かろう、まずはその者らに話を聞こうではないか。 ルナの礼もしかと言えておらぬしな」


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