聖都奪還1
大蜘蛛のいるところから少し離れた場所に移動し、エインパルドはエルマイスたちに説明していた。
エインパルドとしては一刻も早くここを離れたいところだがノールに姫の迎えを頼んだ手前、少し離れた場所で待つことになってしまったのだ。
(まあそれだけ陛下も姫様のことが心配と言うことか……)
ある程度説明を終えた頃、また大蜘蛛のいる辺りが光り輝く。
それを見てエインパルドは自分たちもこんな感じで転移して来たのだろうなと思うのだった。
光が薄れ消えたその場所には多くの騎士らがいた、そしてノールの近くにはエルビーと姫の姿……となぜか勇者リオン。
「おおルナよ、無事で良かった」
「お父様!」
まず何よりも先にルナを見つけたエルマイスが声を上げ、ルナもまた父を見つけ駆けだし抱き着く。
「お父様、聞いてください! エルビー様はすごいのです! たくさんいた騎士たちをお一人でばったばったと倒されていくのです! それはもうおとぎ話に出てくる戦乙女のようでした!」
それは神話とは違ったある一人の、聖王国で英雄と呼ばれた数十年ほど昔の女騎士の話だ。
エルマイスもルナが突然の襲撃に恐怖していたわけではないと知って安心している。
エルマイスとルナが話す傍らでノールの連れてきた騎士の一人がフリュゲルを見つけると駆け寄った。
「団長、副団長リジェルド様から言伝を預かってまいりました」
「リジェルドのやつは来ていないのか?」
「ハッ、まだ妃様と王子殿下お二方が城内に取り残されていると思われるため、リジェルド様は複数名の騎士らと共に残るとのことです」
「そうか、他の者らは無事なのか?」
「神殿騎士らとの戦闘で怪我をした者は多くいますが命まで奪われた者はこれまでのところおりませんでした。 ただ我々が、その転移?と言うもので移動したときは戦闘の只中でしたので騎士寮に残った面々が今どうなっているかまでは不明です」
「そうか、奴らが無駄に命を奪うことをせねば良いが……」
エインパルドは連れてこられた騎士の数を見て少しだけ安堵した。
この先のことを考えれば戦力は多いに越したことはない。
初めて見るエデルブルグの景色に燥ぐエルビーを横目にエインパルドはノールに声を掛ける。
「ノール君、ご苦労だったな。 よくこれだけの者らを連れ帰ってくれた、感謝するよ」
「ちょっと、わたしも結構頑張ったんだけど。 ノールってば行ってくるとか言って突然いなくなったと思ったら、突然戻ってきてまぁた勝手に転移しちゃうんだもの」
「ああ、もちろんエルビーもよく頑張ったよ、偉いぞ」
「えへんっ!」
「それでもう一ついいか、なんでリオンまで?」
「城にいたから連れてきた」
「ああまあそうだろうけどもな……」
「あのー、俺から説明させてもらえます?」
「ああどうぞ」
「俺、城の一室を借りてたんですけど、そうしたら周りが騒がしくなって。 これってヤバいかもと思って隠れたんですよ。 それでちょっと静かになって来たなぁと思って出たらノール君がいまして。 あとはもう何が何だか……」
「有無も言わせず転移させられたということか、まあご苦労だったな。 それと無事で何よりだ」
ルナ姫との再会をひとしきり喜んだのか、エルマイスはコホンとひとつ咳ばらいをして話しかけてきた。
「ノールよ、エインパルドからすべて聞いたぞ、其方が巫女までも救ってくれたのだと聞いて驚いておる。 其方ほどの者を神殿で庇護しようなどと無用であったのだな。 それから騎士らよ、其方らもこれまで我が娘ルナをよくぞ守り抜いた、大儀であるぞ」
ノールに連れてこられた騎士の一団は聖王の前に跪いて首を垂れる。
そして聖王らと一緒に転移した騎士団長や騎士たちも共に並ぶ。
「我々はこの先も陛下に変わりない忠誠を捧げてまいります。 そしてあの愚かな者たちを必ずや打ち取って見せます。 どうかご命令ください」
「うむ、フリュゲルよ、其方の忠義を疑ったことなど一度としてない。 逸る気持ちも分かるが今は辛抱の時、まずはエデルブルグ辺境伯に会う」
「陛下、すでに使者は向かわせております。 ただ、彼らが味方あるという保証はございません。 万が一、ドルバス卿と結託していた場合、我々は手詰まりと言っても過言ではないでしょう」
「ああ、分かっておるともロイマス。 その時は、その野望ごと打ち砕くまで」
街のほうから数台の馬車が近づいてくる。
「陛下、来ました。 フリュゲル騎士団長、念のため警戒を怠らぬように」
「ハッ」
宰相ロイマスの言葉に騎士たちの緊張が高まる。
馬車から降りてきた男は数名の神殿騎士を伴い聖王の前に跪く。
その男は老齢の身でありながらも体格はがっしりとしていていまだ衰えを感じさせていない。
「お久しぶりでございます陛下。 して、これはいったい何事でございましょうか」
男は異常と言える数の王族騎士らが整列している状況に僅かながらに困惑している様子。
王族騎士と言えば王を守る以外にも王城などの警護も任務に含まれている、さらに王族騎士自体がそれほど多くもない。
そんな数少ない王族騎士がこれほどここにいる、王城の警護などどうなっているのかと疑問に思うのは無理もないことだった。
「ああ久しいなメレディック卿、突然すまぬ。 しかし、どう説明したものか。 いや……ありのままに語るしかないか」
エルマイスはドルバスが内務局局長と共に謀反を起こしたことを告げる。
「なんですと!? まさかそんな……」
「驚くのも無理はない、私とていまだに信じられぬ、だが事実よ。 メレディック卿よ、力を貸してくれるか?」
「もちろんでございます陛下。 我らは聖王国の剣と盾、それはつまり陛下の剣と盾でもあります。 我らエデルブルグの者すべて、身命を賭して陛下をお守りいたします」
「感謝する。 そして此度の件、エインパルドめが良く働いてくれたのだ、国が一枚岩でないことは承知していたつもりだが、こうも大きく割れるとは思ってもみなかった」
「いいえ陛下、私だけの力ではとても。 これも冒険者の協力があってこそです、もし彼らが居なければ国が割れるどころか奴らの思惑通りになっていたかもしれません」
「うむ……。 まずはメレディック卿、今後の話をするために場を設けて欲しいが構わぬか」
「御意にございます。 こちらへ」
◇
隣国クラノイスダールとの国境に位置し、その防衛を任されているエデルブルグ。
古くからクラノイスダールとはいざこざが絶えなかったと言われている。
その理由はクラノイスダールの侵略行為に他ならない。
聖王国はドラゴンの脅威に晒されていたとは言えその領地は広く、そしてそのドラゴンが住むと言われる北の山々からの恩恵は計り知れず……。
そんなクラノイスダールの侵攻から聖王国を守り続けてきたのがこのエデルブルグと言うわけである。
「さて、まずはエインパルド。 お前は今回の件、どこまで予想していたのだ?」
エルマイスの問いかけに首を横に振るエインパルド。
「いえ、さすがにここまでのことは想定しておりませんでした。 内務局が何やら企んではいると思っておりましたがまさかドルバス卿と共に謀反を起こすとは」
「ふむ、そうか。 さてクレヌフよ、貴様のしたことは決して許されることではないぞ。 だがもし国のためであるとするなら、今こそ忠誠を示すがよかろう。 この期に及んで隠し事などすまいな?」
「も、もちろんでございます聖下。 これほどの大罪、切り捨てられる覚悟はしておりましたが、よもや助けていただけるとは思ってもおりませんでした。 聖下の寛大な処置に感謝しております」
「勘違いするでないぞクレヌフよ。 其方を生かしたのは女神の意思であろう、我らはそれに従うのみよ。 さあ話せ」
「はい――――」
謎の商人セイムエル、内務局局長ヴィクトルから紹介された人物である。
彼は様々な国をまたいで商売をしており、その中には隣国クラノイスダールも含まれていた。
話を聞くとセイムエルはヴィクトルだけでなく上級貴族であるボンボルドや第二王子アルハイドとも繋がりを持っているのだとか。
実際に一緒にいるところを目撃したこともあり疑うこともしなかった。
そんなセイムエルからつい最近クラノイスダールに行った際、何やら戦争準備を進めているようだという話を聞かされた。
もちろんそれだけだったなら信じなかったことだが、クラノイスダールの貴族と繋がりがあると噂されていたアルハイド王子がいたことでクレヌフの中で信憑性が増してしまっていたのだった。
そこへヴィクトルが追い打ちをかけるようにやたらと神妙な面持ちで話しかけてきた、女神を敬わない外務局が何やら工作をしているのではないかと……。
クレヌフとしては派閥争いにはあまり興味がなかった、それはすべては女神が決めることでありその言葉に従っていればいいからだ。
ただ外務局の派閥だけは違った、外国との貿易こそ聖王国の発展には必要で女神を信奉する意味はないという考えは決して受け入れがたいものだったから。
もちろん、それはヴィクトルによって大いに歪められた話であったと今ならわかる。
しかしその時のクレヌフは与えられる情報が一方的に偏っていて危機感だけが募り、そしてそんな心の隙をまんまとヴィクトルに利用されたわけだ、何かしら手を打たなければ国が危ういと。
「愚かな……。 そのような話をなぜヴィクトルとだけするのだ? 其方の上司とも言える神務局長オズウェルに相談するという方法もあったではないか」
「それが、私は以前よりアルハイド殿下とクラノイスダールの関係についてはヴィクトル様から聞かされたのです、そしてエインパルド様も加担している可能性があると。 オズウェル様に相談しなかったのは、時折オズウェル様とエインパルド様がお話しされているのを見かけておりましたのでこの件が漏れては一大事とまだ相談するなと止められておりました」
「私は、確かに外交のが重要性は訴えていたが聖王国における女神のあり方を軽視するつもりなどなかったのだがな……。 そもそもそんなアルハイド王子やその取り巻きのボンボルドと繋がりを持っていると思った商人の言葉をなぜ信じたのだ?」
「申し訳ありません、エインパルド様。 あのセイムエルと言う男、決して誰かに肩入れして話すようなことをせず、あくまで世間話のようにクラノイスダールでのことを語ってくれたのです。 アルハイド殿下との繋がりと言っても商人ゆえの根回し程度にしか思っておりませんでした。 それにヴィクトル様ともお話をされておりましたので危機感は抱いておりませんでした」
「なるほど、完全にヴィクトルの掌の上というわけか」
「はい、エインパルド様の仰る通りにございます。 面目ありません」
「しかしまたしてもアルハイドか、実の子ながら情けなく思う」
「ですが陛下、王子もまた騙されたものとみて間違いはないでしょう」
「そうかも知れぬ、だが騙されていたとしてもアルハイドの罪が許されることはない、付け入る隙を見せたのはアヤツの落ち度よ。 クレヌフよ、其方の言い分は理解した。 さて、我々はなんとか逃げ果せることが出来た。 しかし何もせずにこのままと言うわけにもいくまい。 聖都奪還、そのための行動を起こそうと思う」
エルマイスの目がギラリと光る。
まだ挽回のチャンスはあるのだと、その言葉にエインパルドは力強さを感じた。