動乱の始まり
ラフィニアたちを送り出しエインパルドは巫女の話を聖王に伝えるべく王の執務室へと向かった。
そして神務局局長に探りを入れてみて分かったことは掃除屋はいまだに巫女を狙っているということ。
クレヌフや内務局局長を糾弾することも必要だが、まずは巫女の安全を確保することが最優先だろうとエインパルドは判断した。
「それで話とはなんだ? 私は忙しいのだぞ?」
「それは承知しております。 ですが緊急でしたので」
「緊急事態か、貴様があの少年を隠していたこと以上に緊急なことなどあるのか? 各地の神殿を通じて情報を集めていたと言うのに、すべて無駄だったと言うことではないか」
「それは申し訳なく思っています。 ですがお伝えしてしまえば明確な根拠もなく他の者への口止めなど出来ないでしょう、それを避けるためあえてお伝えしなかったのです」
「つまり、それは明確な根拠が出てきた、そういうことなのか?」
「ええ、実は――――」
エインパルドはすべてを聖王へと伝えた。
「まさか、そんなことが……」
「陛下、まずは掃除屋の動きを止めていただけますか?」
「そうだな、しかしあのクレヌフがそんな真似をしていたとはな……」
「ええ、巫女の話に偽りはないと思います。 そして内務局長についても……」
「奴め…… 私の娘を襲わせておいてのうのうとしておったというわけか。 ロイマスよ、今から神務局長にクレヌフ、それから内務局長を王の間に呼べ」
「承知しました」
「我々も向かうとしよう」
◇
「――――クレヌフよ、何か弁明はあるか?」
聖王の言葉に項垂れるクレヌフ。
そんなクレヌフに神務局局長オズウェルが言葉を掛ける。
「なんと…… なんと愚かなことを…… このようなことが明るみになれば、聖王国にどれほどの損害をもたらすのか、お主は考えられなかったのか」
「な、何をおっしゃいますかオズウェル様! 偽りであっても勇者の誕生は急務だったのです、そうでなくてはあの者たちに攻め入れられてしまうのですぞ!」
「クレヌフ、お主はいったい何を言っているのだ? あの者たちとはいったい……」
「神務局長殿、それについては私がご説明いたしましょう」
「それはどういうことかね? 外務局長」
「クレヌフ殿、あなたにそういった情報を伝えていたのはセイムエルと言う商人では?」
「そ、それは……」
「その者が第二王子やボンボルドを扇動し、まさか王女暗殺まで計画されていたのですから、ご自身の名がいつ上がるかと肝を冷やしたことでしょうね」
「あの者がそんなことに関わっているとは知らなかったのです、ただ商人として様々な情報を得ていると。 その情報の中で隣国クラノイスダールが本格的に戦争準備をしていると聞いたのです。 ですが勇者というドラゴンにも勝る強者が誕生すればいかに彼の国と言えど考えを改めることでしょう。 そう思い、その商人の口車に乗ってしまいました。 聖下、もうしわけございません……」
「クレヌフ殿、商人の口車に乗っただけでそこまで大それたことがあなたに出来るとは思えぬのですが? あなたに協力を申し出た者がいるのではないですかな?」
「いや…… それは……」
何やら口ごもるクレヌフ。
エインパルドはそんなクレヌフの態度を見て確信する。
「内務局長殿、あなたも先の商人と度々会っておられましたね。 クレヌフ殿に進言されたのもあなたでは?」
「はっはっはっ! 面白いことを言いますなエインパルド殿。 いや、確かにその商人とは何度か話をさせていただきました。 彼は様々な地へ赴き商売しているそうでいろいろ面白い話を聞くことが出来ましたよ。 ですがエインパルド殿、そんなことが罪になるのですかな?」
内務局長の言い分は間違っていない、それだけで罪に問うことは無理だろう。
「ああ、それからクレヌフ殿についても同じですな、確かにクレヌフ殿からそんな話を聞きまして、偽りであっても勇者様が誕生すれば彼の国に対する牽制にはなるでしょうなとお話はしました。 ですがそれは冗談のつもりだったのですがね、まさかクレヌフ殿が本気になされてしまうとは……私も今驚いているぐらいですよ」
冗談という言葉で片づけていいものではないはずだとエインパルドは思う。
そしてそれは聖王エルマイスも同じだった。
「ヴィクトルよ、冗談、などと言う言葉で貴殿の発言が取り消せるとは思わぬことだぞ。 貴殿の立場であればそれは真実にもしてしまえるのだ」
「失礼ながら陛下、子供のお使いではないのです。 私が如何なる言葉を発したとして、それは私の権限の与り知らぬところではございませんか。 もし相談などであれば神務局長殿にすべきでしょう。 私はただ内務局として、真偽を問わず勇者が居れば外からの圧力は減るだろうとそう世間話をしたに過ぎませんよ」
苦しい言い逃れだと言いたいところだが責任を問われるべきはクレヌフだし、その監督責任は神務局局長のオズウェルにある。
部外者である内務局局長に非がないとは言えなくとも責任云々は問えないだろう。
エインパルドとしても効果が弱いのは承知の上、ただこちらに警戒して動きを鈍らせてくれるならそれでいい、そう考えていた。
「おやおや、皆さん集まってどうされたのです?」
突如現れたのはドルドアレイク辺境伯ドルバス卿。
勇者のお披露目にもなぜか出席していた人物だ。
ドルバス卿は見慣れぬ女性を従え、そこにいるのが当然とばかりにしている。
エインパルドは空気の読めない男だと思ったがすぐに考えを改める、そんな男が辺境伯のはずもない。
「ドルバス卿、申し訳ないが今は立て込んでおる。 用ならばあとで聞くゆえしばし待たれよ」
「これはこれは陛下、お気遣いありがとうございます。 ですがそのお気遣い、無用にてございますゆえ……」
「何を……」
エインパルドはドルバス卿の態度に一抹の不安を覚える。
「し、失礼します!」
騎士の一人が慌てた様子でやって来た。
「何事だ、申せ」
「はっ! 周辺の街や村などで神殿が襲撃を受けていると報告がありました!」
「待て、今何と言った?」
その報告に誰もが耳を疑った。
「襲撃です! 詳細は不明ですが、どうやら暴動が起きているということであります!」
「暴動だと? いったいなぜそのような……」
エルマイスは信じられないといった顔で呟く。
クレヌフや内務局を糾弾するどころではなくなってしまった。
エインパルドはふとタイミングよくやって来たドルバスを見やる。
笑っていた、こんな状況だというのに驚くこともなく笑っている。
そしてそれは内務局局長のヴィクトルも同じだった。
「陛下、暴動とはただごとではありませんな。 しかし、いったい何が原因で暴動など」
エインパルドはそんなヴィクトルの言葉に焦りを覚えた。
「陛下! 暴動の理由ですが、その、信じられないことですが、勇者が偽物であるという情報が各地に広まっているようです! 現在聖都の神殿にも民たちがつめかけているようで。 いかがいたしましょうか」
――――なぜだ? なぜ……。
「どういうことだ!? なぜそんな情報が広まっておる! エインパルド、其方もしや……」
「いえ陛下、私ではありません。 私が聞いたのもつい先ほどですので、おそらく巫女とは別の情報源が……」
そこまで言ってエインパルドは気づいた、その情報源がどこか。
簡単な話である、偽りの勇者を画策した者ならば知っていて当然なのだから。
「内務局長…… あなたが……」
「おや? なんのことでしょうか」
ヴィクトルの顔には言葉とは裏腹に笑みが零れている。
「してやられた……」
悔しそうにするエインパルドを見てヴィクトルの笑みが深まる。
「何ということでしょうか、偽の勇者などと。 陛下、此度の件、どのように責任を取られるおつもりで?」
「ドルバス卿、何を言っているのだ」
「おや、お分かりになりませんか? 各地で暴動が起きているのですぞ。 神務局、いえ陛下は女神の信徒たる国民を騙したのです、責任を取るのは当然ではないでしょうか?」
間違いない、内務局局長とドルドアレイク辺境伯は繋がっていた。
だが何のために……。
悪化していく事態に思考が追い付かない。
「拘束しろっ!」
ドルバスが声を上げる。
そしてその言葉とほぼ同時に神殿騎士たちがなだれ込んできた。
抵抗しようとした王族騎士らが抵抗むなしく拘束されていく。
「ドルバス卿! いったいこれは何のつもりだ! これは明らかな謀反であるぞ!」
「宰相殿、言葉にはお気を付けください。 この場にて正義は我々にあるのですから」
「まさか、このようなことを画策しておったとはな。 エインパルドの言うように、娘の暗殺も貴様らが命じたことなのか」
「さあなんのことだか。 まあその姫も今頃拘束されていることでしょう。 ああ護衛の騎士が馬鹿なことをしていなければですがね、ファッファッファッ」
エインパルドはこの状況を打開すべく考えを巡らせてみるものの何一つ浮かんでくることはない。
「さあ、あなた方も観念してください。 大人しくいていただければ痛い目を見ずに済みますよ」
聖王に宰相、そしてエインパルド、他にも神務局局長やクレヌフらがドルバスの言葉で次々と拘束されていく……。