巫女の行方
「お前たち、まず今の状況を私に分かりやすく簡潔に説明してくれないか。 私には彼が、ノール君が突然現れたように見えたんだが」
「気のせいでは?」
眉間を押さえながらエインパルドが問いただそうとするのでラフィニアはなんとか誤魔化せないかと試みた。
「なるほど、瞬きすらしていない一瞬に人が現れたのは気のせいか。 そもそもそこの扉を開け出入りした形跡すらないがそれも気のせいか」
さすがに隠し続けることも無理と思ってかリックは話すことにした。
「いや、うん、まあ無理があるよな。 ああ説明しろって言われてもなあ、まあ簡単に言うとノールは転移魔法が使えるってことだよ」
「ただの子供がか?」
「ああ……ああ! あれだ! フレイヤワンドのおかげじゃねえかな、なあラフィニア」
「え? ええ、ああそうね、きっとそうよ、わあすごい、私もフレイヤワンド欲しいなぁ」
「お前たち私を馬鹿にしているのか?」
エインパルドの言葉にラフィニアもわずかにたじろぐ。
「そんな滅相もない」
「まあいい」
「あ、いいんだ……」
どう言い訳をしようかと考えていたラフィニアは少しだけ肩透かしを食らった気分になった。
「いや良くはないが目の前で起こったことは事実でしかないだろう、それより巫女の話だ」
「おっと、そうだったそうだった、巫女様が居なくなったって話だったな」
「それってエインパルドさんは知っているってことなのかしら?」
まるで他人事のように見ているノールに代わってラフィニアが聞くとエインパルドはパタパタと右手を振りながら答える。
「ああいやすまんが私も居場所を知っていると言うわけではないのだ。 それでノール君はなぜ巫女の居場所など聞くのかね?」
「巫女に聞けばリスティアーナが僕を呼ぶ理由がわかると思った。 だから神殿に行った。 でもルナが巫女はしばらく前から居なくなったと言っていた」
「それって……」
「ほら、なあ、ほらほら、だから言っただろラフィニア。 ノールは自分の目的があったから神殿に行くって言ったんだよ。 お前が巻き込んだんじゃないってことさ」
「姫様の言うように巫女は行方不明だ。 詳しい話をしてもいいが……いいがこれから話すことは他言無用だ。 城の中でも緘口令が敷かれているということを忘れないで欲しい」
「分かった」
「お前たちが大迷宮から戻る前のことだ。 実は城が魔物の襲撃を受けた」
「え? マジかよそれ」
「ああ、ところがその襲撃と言うのがなんとも不可解なものでな。 いや襲撃と言ってもどこかが破壊されたと言うわけでもないのだ。 その魔物が姫様の離れに取り付いたため当然王族騎士らが討伐へと動き出した。 ただその場にいた王族騎士たちは姫様がいらっしゃらないことを知らなかったからな。 下手に刺激して中の姫様が怪我をしては拙いと攻撃出来ずにいたのだ」
「姫様が城に戻ったのは俺らと一緒にだったからな。 言わなかったのは混乱を避けるためだったのかもしれねえけどそれが裏目に出たってことか」
「まあそういうことだ。 騎士寮からも休んでいた多くの騎士たちが駆り出され現場は混乱状態にあったらしい。 しかもその魔物も何かするわけでもなく、結果的に両者がにらみ合うだけの状態が続いたと言うわけだ。 そして巫女はおそらくその隙に抜け出したのだと思われる」
「巫女様は自分から逃げ出したってことなのか? 誘拐されたとか、その魔物に拉致されたとかじゃなくて」
「その辺は推測だ、事実は分かっていない。 だが魔物はしばらくすると何事もなかったように帰っていった。 その時巫女の姿はなかったわけで、ならば巫女が自ら逃げたと考えるのが妥当だろう。 誘拐犯が魔物を操っていたというのなら話は別だがな」
「それってまさか……」
「ニヴィルベアの時のように悪魔が憑依なり融合なりしていて操られていたかもしれないと言いたいのか? 可能性は否定できんがそれすら確証のある話ではあるまい。 何より魔物が一切攻撃してこなかったことが謎なのだ。 巫女を連れ去るのが目的なら陽動として攻撃させるはずだし、そのまま魔物に連れ去らせたほうがいいだろう?」
「たしかにわざわざ魔物を囮にして別の人間が誘拐するのはまどろっこしいわね。 それが人間でなく悪魔でも同じ」
「いや、姫様の離れに取り付いて騎士たちの攻撃を封じると言うのはいい手だと思うぜ? 普通に騎士たちを襲っていたら返り討ちにあうかもしれないだろ?」
「それはないな。 正直に言ってあの魔物が襲って来ていた場合、騎士たちは全滅していたはずだ」
「そりゃさすがに言いすぎじゃねえか? それどんな魔物だよ」
「大蜘蛛だ、人間の手にはあまりある化け物だ」
「え? えーと…… 大蜘蛛って大きい蜘蛛?」
「そうだが?」
「ああ…… それって……」
「たぶん、あれね……」
「なんだ? 何か心当たりでもあるのか?」
「俺たちが王国から帰ってきたときにさ、ディエンブルグを出た後で見かけたんだよ。 街道から少し離れた木と木の間に糸張ってさ」
「なっ、お前たちなぜそれを報告しなかった!?」
「いや報告ってもな、その時は別にあんたと協力関係にあったわけでもないしなあ。 御者だってそれ見てんだからそっちから報告行ってるだろうって思うじゃんか普通」
「んー、いやそれなら報告は行っているだろう。 たぶんどこかで止まっているのだ、まったくどこの部署だいったい……」
「けどそうすると巫女様がどこにいるかなんてわかんねえよな、どうすんだ? ノール」
「その蜘蛛の近くに巫女がいるかもしれない」
「え゛っ、いやいやそりゃねえだろ。 巫女様わざわざ蜘蛛に付いて行ってるってことか?」
「逆、蜘蛛が巫女に付いて行っている」
「ほう、なんでまた?」
「それは知らない」
「そうだとしてどうするの? その蜘蛛がどこにいるかだって分からないわよ?」
「蜘蛛の居場所は分かる。 大きな魔力、魔力知ってる」
「ああ、それって……」
「行ってくる」
「あ、ちょっ…… って行っちゃったよ」
「ふふっ、ふふふふふっ」
「なんだよラフィニア、急に」
「だって、ほんとリックの言う通りだったなと思って。 自分で決めたことをただ実行しているだけなのね、あの子」
「そうだな、まったく世話のかかる奴だぜ」
「それよりもだ二人とも。 先ほどの転移と言うものについて詳しく話を聞こうか」
「あっ、忘れてた……」
◇
「これって、どうしますか? 隊長」
「どうとは?」
その男、ノウゲンは副官の疑問に疑問で返す。
「いや、だって。 あれじゃ巫女殺れないじゃないですか。 なんなんですか、あのバカでかい蜘蛛は」
実のところノウゲン自身も副官の言いたいことは分かっていた。
分かってはいたがどうすることも出来ないことを聞かれたとして、どうとも答えることが出来ないだけだ。
「イルマンド、お前はアレをどうにかする妙案でもあるのか?」
「いやいや、あるわけないっすよ」
「だろうな、俺も同じだ」
「ですか、じゃああきらめて帰ります?」
「ふん、任務を放って夕食にありつけるとでも?」
「いや、そりゃまあそうなんですけど……」
彼らの任務は逃げた巫女を連れ戻すか始末すること。
要するに他の人間と接触させないことが目的であった。
「まったく、なんで俺掃除屋なんてなっちゃったんですかね?」
「俺が知っている限りでは、たしかお前は面白そうだったからと言っていたが」
「はあ、そん時の俺は馬鹿だったんですね」
「フンッ、まるで今は違うみたいな言い方じゃないか」
「いやあ、気づいたんだから昔よりは成長しているでしょうよ」
「だと良いがな。 それより任務の話に戻すぞ、アレは確かに化け物だが巫女は人間だ」
「そりゃ分かってますけど、それが何なんですか?」
「ただの人間が森の中であの化け物に匿われて一生暮らすなど無理な話さ。 いずれ人の街に行く。 だがその時あの化け物は付いて行けない、そこが狙い目と言うことだ」
「なるほど、化け物が離れた隙に殺るってことっすか。 けど巫女が殺られたことであの化け物が暴れたらどうします? それどころか街に近づいても離れない可能性もありますけど」
「あんな化け物が街に近づけば神殿騎士らも動く。 そうなれば僅かな隙も生まれよう、まあ騎士や住民の犠牲は多少ならば止むを得ないことだな」
「さすが隊長っす、じゃあとりあえず当面は泳がせて、隙をつくって事ですね」
「そういうことだ」
「しかし、よほどあの環境が嫌だったんですね」
「何がだ?」
「いやだって、命狙われるの覚悟で逃げ出すって相当なもんでしょ」
「そうだな、俺には理解できない。 衣食住すべて用意され平和に生きて行けるなど願ったり叶ったりだと思うのだがな」
「けど家族と引き離され外部との接触も一切禁止なんですよ、巫女って」
「たったそれだけではないか。 世の中拷問を受けたり目の前で家族を殺されたりと、もっとひどい目に遭っている者らは大勢いるのだぞ?」
「いや、隊長、それどこの話っすか?」
「南の国のことだ」
「ああやっぱり。 あっちっていまだに戦争してるんすかね」
「さあどうだかな」
「まあ家族と会えない、外部との接触を禁止されているって点じゃ俺らも同じですよね。 かと言って自分のいた組織に命狙われてまで逃げたいとは俺は思わないっすけど。 もしかして巫女ってそのこと知らなかったんじゃないっすかね、だから逃げちゃったとか」
「そんなはずはないだろう、ちゃんと説明を受けているはずだ。 まあまだ子供だと言うだけのことではないか、親兄弟が恋しくなってしまったと」
「なるほど、それは可能性としてありそうですね」
「さて、このままいくと数日の内には近くの街に着くことだろう。 一部を先行させて始末する算段を付けておくとするか」
「了解」