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ノールの決断

 ノールを神殿で保護すると言う聖王の命令。

 もしそうなればラフィニアにとって悪魔たちへの繋がりが絶たれると言うことにもなる。

 それはつまり目的の遂行の障害となると言うことだ。

 ラフィニアとしてもそれだけは何としても避けたいところだったが良い方法が浮かばない。


「ちょっと待ってくれっ! 俺たちの話も聞かずに何勝手に決めてんだよ! ノールにはまだやることがあるんだぞ?」

「貴様、陛下に対しなんと無礼な――――」


 宰相ロイマスの言葉を制しエルマイスはリックを見据えて言い返す。


「お前は、確かリックと言ったな。 勘違いをするでないぞ、女神がノールを探せと仰ったのだ、ならば巫女と同様、神殿にて庇護するのが妥当と言うものではないか」

「庇護するってそれは……」

「女神が、いったいどのような理由でその者を探すよう仰ったのかお前に分かるのか? もしその者の命が何者かに狙われているのだとしたらどうするつもりだ」

「いや……それはさ……」

「言葉もなかろう、ノールは神殿にて保護する」


 リックは言葉に詰まった、うまい切り返しが思いつかない。

 大迷宮で操られたリィベルに刺されたノールの姿が思い返される。

 聖王の言う通りその命を狙われているというのなら無理をせず安全な場所にいるべきだと思える。

 ただそれでは困るのだ、ノールは今のラフィニアにとって必要な存在なのだから。

 リックはふと隣で跪いたままのラフィニアを見やる。

 しかしその表情から彼女が何を考えているのか読み取ることは出来なかった。


「ノールよ、これは其方のことだ。 一応望みがあれば聞くだけは聞いておく、無論先ほども言ったが神殿にて巫女と同様に保護することは決定事項ゆえ覆ることはないが、それで構わぬな?」


 リックはノールを見上げる。

 その顔は何かを考えているかのようにも見えるが、以前エルビーが言っていたように実は何も考えておらずフリをしているだけなのだろうかと少しだけ可笑しくも思えた。


「巫女? 巫女…… ああ……分かった、神殿に行く」


 ノールは何やら考えた後に決断した。


「え? ノール神殿に行くの? そっかあ、じゃあ私もそうしようかな、神殿っておいしいものとかあるかしら?」

「もちろんあるとも、では二人は神殿で預かることとしよう」


 ノール自らが受け入れたことにエルマイスは安堵した。

 拒否したとしても認めることはしないが、まだ幼い子供が嫌がる姿を見てなんとも思わないわけではなかったからだ。

 エルビーを保護する理由はないがそれでノールが安心するのなら問題ではないとエルマイスは思った。

 対照的にラフィニアの心は曇り切ったまま、ノールがいったいなにを思って決断したのか分からずにいる。

 そしてエルビーもまた、別の物に釣られて行くことにした。



    ◇



「それで、諦めて帰って来たのか」

「諦めただなんて人聞きの悪い、相手は聖王様よ? 私にどうしろと言うのよ」


 ノールとエルビーがそのまま神殿で保護されることになり、ラフィニアとリックは報告のためフォントラッド商会を訪れていた。

 ラフィニアとしてはすぐにでも報告したかったがエインパルドのほうの時間が取れず、結局こうして報告できたのは二日後のことである。


「内務局長相手にあそこまで啖呵を切っていたしもしやとも思っていたのだがな。 できればフリュゲル殿の誘いを断り戻ってきて欲しいと思っていたぐらいなのだがな」

「聖王様からの誘いだと言われて断るなんて出来ないわよ、けどせっかく悪魔たちに近づいてきたと思ったのに残念だわ。 早くあの子たちと合流できればいいのだけど」

「合流か、それは難しいだろうな」

「それはどういうこと?」

「巫女と同じく保護する、陛下はそう言ったのだな?」

「ええそうだけど」

「君たちは巫女が神殿でどういう扱いを受けているのか知っているのか?」

「え? 巫女は神殿に住んで神託を聞くのでしょう? それがどうしたの?」

「巫女となったものは死ぬまで神殿から出ることは許されない。 いや死んでもなお遺体が故郷に戻ることもないがな」

「それってどういう…… だって、代が変わればそれまでの巫女は家に帰れるのでしょ?」

「ラフィニア殿、巫女は様々な神託を授かる。 その中には決して表に出せないようなものも含まれているのだよ。 つまり巫女とは機密情報の塊なのだ、そんなものを国が軽々しく手放すと思うかね?」

「でも、でもあの子は巫女じゃないわ! そうよ、あくまで巫女と同じように保護すると言っただけじゃない。 事が済めば解放してくれるんじゃないの?」

「君の言う『()』とはなんだね? いつその()と言うのは解決するのかね? その間、あの子はあの神殿から出ることは許されない。 言っておくがこれでも軽い場合の話をしている、機密情報の塊である巫女と接する可能性のある彼を神務局が黙って解放してくれるという保証はどこにもない」

「そんな……まさか…… あ、ああ…… ………… ……」


 ラフィニアはエインパルドの言葉を理解した。

 大衆の一部でしかない自分は耳触りの良い神託しか知らない。

 だから神託のすべてが自国にとって都合の良いものしかないものと思い込んでいた。

 だがそれは大きな勘違いだ、女神に国の都合など関係あるはずがない。

 人間を守る為の神託ならば、聖王国にとっては都合が良くない神託もあったことだろう。

 そのすべてとまでは言わないが、いったいどの程度の神託が公開されず秘匿されていたのかなど分かったものじゃない。

 そしてそんな事実が明るみになれば、聖王国が諸外国から非難を浴びることだってありえる。


「ち、違う…… 私は……」


 言い訳だ。

 何も違わない。

 復讐と言う目的のために自分が選んだこと。


「だって…… 私にはどうすることも……」


 どうすることも出来なかった? 違うだろう、そもそも自分がノールを巻き込んだのだ。

 ノールに協力させて欲しいと言いながら、やることはすべて自分で決めていった。

 自分の復讐にあの子たちを巻き込んだだけ。


「お、おいラフィニア」


 名を叫ぶリックの声は、もはやラフィニアには届かない。

 息苦しくなる胸を押さえながらラフィニアは自問自答を繰り返す。

 だが問う必要なんてない、答えはもうすでに出ているのだから。


「私が…… 私があの子を…… あの子の人生を…… 潰してしまったの……?」


 呼吸が荒くなっていくのが自分でもわかる。

 パニックを起こすな冷静になれと自分に言い聞かせるが、冷静になろうとすればするほど今度は自分のしたことが脳裏に浮かんでくる。


「ああったく、恨むんじゃねえぞっと」


 リックはそう言いながらラフィニアの頬を平手打ちした。


「ああもう、やっちまったぁ……あ~あ。 おいラフィニア、しっかりしろって」


 ラフィニアは打たれた頬を抑え、少しだけ頭がすっきりしたことに感謝した。


「ありがとう、ごめんなさい。 ちょっと頭冷やしてくるわ」


 心配そうに見つめるリックを置いてトボトボと部屋を出ていく。

 頬がジンジンと痛むことで思考が乱されるおかげか、少しは冷静になれたようだ。

 顔を洗おうと思ってここまで来たがその頃には頬の痛みも若干薄れ、その代わりと言わんばかりに自分のしたことが後悔となって押し寄せてくる。

 涙が溢れ止まらない。

 こうして泣いたのはいつぶりだろうか、もしかしてリックに泣き顔を見られてしまっただろうか。

 少しずつではあるがそんなどうしようもないことを考えるほどには冷静になってきたようだと安堵する。

 それからしばらくして落ち着いたのか、なんとか涙も止まったラフィニアはエインパルドたちのいる部屋へと戻った。


「平気か?」


 まだ心配そうな顔で聞いてくるリックにどう答えれば安心させてやれるのだろうかと悩む。


「ええ、あなたの攻撃が良かったみたいだわ」

「うぐっ…… なあラフィニア、ぜっっっっったいに、ご両親に今のこと言うなよ、頼むぞ」

「あら、私を黙らせるために顔を殴ったリックのことはちゃんと話しておこうと思ったのだけど?」

「やめてくれ、誤解を招くような言い方するな、頼むから」

「ふふっ」


 いつも通りのラフィニアに戻ったことにリックの頬が思わず弛む。


「あああ、おほん、続き、いいかね?」

「あ、はい。 エインパルドさんお見苦しいところをお見せしてすみませんでした」

「いやこちらこそ少し言い過ぎたと反省しているよ、申し訳ない。 私もそうならないように全力を尽くすつもりだ。 どこまでできるかは分からないがね」

「その、よろしくお願いします」

「ラフィニアさ、自分を責めすぎだぜ? ノールの言葉思い出してみろよ。 あいつは自分から行くと言ったんだ、そりゃ聖王の前に出ることになった原因は俺たちかもしれないが決めたのはノールだ」

「責めてなんていないわ、私は逃げているだけよ。 言い訳して、逃げているだけ」

「いいや、ラフィニアは自分を責めすぎている。 自分を責めて苦しくて、そこから逃げようとする自分をさらに責めてる。 それを責めすぎと言わなくてなんて言うんだよ。 まったく嫌なことからは逃げたっていいじゃねえか、人間ってのはそうやって自分と折り合いつけながら生きて行くもんだぜ」

「あなたに諭されるのってなんだかちょっと嫌ね」

「ひでーな、まあいいけど。 なあ王都に向かっている最中、ニヴィルベアと戦う前の会話覚えているか?」

「会話?」

「そうエルビーが言ってたやつ。 ノールはやることが決まっている場合話さないことが多いって、エルビー言ってたじゃねえか。 ノールって他人の意見に流されているように見えるけど、エルビーが言ってたようにあいつの中じゃとっくに決まっていたことなんじゃねえかと思うんだよな。 今回の件もあいつなりに理由があって神殿に行くって決めたんだろうさ」

「そうかしら、もしそうなら…… いえ、でもあの子が私のせいで神殿に囚われてしまう事実は変わらないわ、あの子はそれを知らない。 ならやっぱり……」

「あ! それだよそれ! それずっと引っかかってたんだけどさ。 巫女さんならそりゃまあ逃げる事も出来ないんだろうけどさ、あいつは問題ないんじゃねえかなって」

「えっと、それはどういう……」

「ああ、さすがのラフィニアでも思い至らないか、あれだよ、あれ。 大迷宮からの大脱出!」

「あ……」

「思い出したか、あれがある限りノールを捉えるなんて無理なんじゃ――――」

「何?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」「きゃあっっ!」「ぶはっっ おほっ げほげほっ……」


 ラフィニアとリックの背後に忽然と現れた者に二人が驚き、エインパルドは飲んでいた茶を噴出していた。


「ってノールじゃねえか、なんなんだよお前は急に出てきて!」


 怒るリック、驚きのあまり胸のあたりを抑えながら地べたに座り込んでいるラフィニアは若干放心状態で、エインパルドに至っては目の前で起こった事態を飲み込めずにいた。

 そんな三人の様子にノールはコトンと首をかしげる。


「来たら呼ばれたから答えただけ」

「ああうん、そう言われればなんもおかしなところがないフツーのことなんだけどな、お前の場合来たらってのが転移で突然すぎるからびっくりするんだよ」

「あっ」


 リックの怒っている理由を聞いてノールは思い出した。

 以前サティナにも同じこと言われたことがあった気がすると。


「だいたい転移のことは秘密にするってそう言っただろ? 見ろよ、エインパルドさんとか口パクパクしたまま身動き一つしねえぞ? どうすんだあれ。 ラフィニアに至っては完全に動きが止まっているし」

「あ、ああ、私のことは放っておいていいから。 ノール君の姿見れてとてもうれしいわ私。 あと腰が抜けて動けない」

「手伝うか?」

「うん、お願い」


 ラフィニアを椅子に座らせるとリックも座り直し、そしてノールに尋ねる。


「で? 用事は何なんだよ」

「あ、そうだった。 巫女がいない。 どうして?」

「えっとすまん省きすぎ。 もうちょっとわかりやすく言ってくれ」

「ルナに巫女が居なくなったと聞いた。 どこ行ったか知らない?」

「は?」「え?」


 リックとラフィニアの声が見事にハモった。

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