失意の二人
「父上、ルナが襲われたとはどういうことですか!?」
「騒がしいぞアルハイドよ」
第二王子であるアルハイドは臣下からルナが襲われたという事実を聞いた。
居ても立っても居られなくなりそのまま、父、聖王エルマイスのいるであろう王の間までやって来たのだ。
王の間には父だけでなく兄のヴェルクリフの姿もあった。
「も、申し訳ありません。 それでルナは今どうなったのですか?」
「問題はない、多少疲労の色は見えるが怪我などは一切しておらん。 護衛の者らが身を挺してルナを守ったのだ」
「そんなこと当然でしょう、それが役目なのですから。 聞けば以前から狙われていたというではないですか、それも本当なのですか?」
「ああそうだ、その狙いについてはまだ調べている最中だがな」
怪我はないと聞いてほっとするアルハイドだったが、わざわざ護衛の功績などねぎらう気にもならなかった。
なぜまだ5歳の妹が狙われるなどと言うことになるのか、そのことのほうが重要である。
この場に兄がいるということはもしかしたら自分だけが知らされてなかったのだろうか。
「兄上もご存じだったのですか?」
「いや、俺も先ほど父上から話を聞いたばかりだ。 今でも信じられないさ」
「アルハイド、お前には後から話を聞くつもりだったのだ」
自分ひとりが蚊帳の外だったわけではないようだが、しかしそれすら知らなかった自分に何を聞くことがあるのだろうか。
「私に? いったい何を……」
「今回ルナを襲った者のうち5名を捕らえることが出来たのだが、残念なことに牢の中で自害したようだ。 監視の兵によれば突然もがき苦しみだし間もなく絶命したのだという。 おそらくは服毒したのであろうな」
「それでは首謀者に繋がる手がかりは得られなかった、ということですか?」
捕らえられた全員が揃って服毒出来る状況とは、監視はいったい何を見張っていたのだとアルハイドは憤りを覚える。
そんなアルハイドを見つめる聖王、そして兄ヴィルクリフもまた、弟のアルハイドを見据えた。
何かを言いたげなその視線、しかし黙したままの二人。
「父上?」
「だがなアルハイド、それ以前に暗殺を企んでいたと思しき者たちは捕らえておるのだ。 今はそやつらから事情を聞いているところ、なあアルハイドよ、そやつらが耳を疑うようなことを申しておるのだ」
勿体を付けるその言い方にアルハイドは僅かばかりに嫌悪感を滲ませて尋ねる。
「それはいったい何ですか? 父上」
その言葉にヴィルクリフはアルハイドから視線を逸らした。
アルハイドは得も言われぬ二人の態度に思わず息を飲む。
「アルハイドよ、お主はいったい何をしようとしていたのだ?」
「はっ?」
その言葉の意味がアルハイドには理解できなかった。
「とぼけるなアルハイド! 貴様という奴は!」
唇を噛みしめアルハイドを睨みつけるヴィルクリフ。
アルハイドは兄の見たこともないような激昂に戸惑いを隠せない、なぜ兄はここまで怒っているのか。
「アルハイドよ、捕らえた者が言うのだ。 自分たちは第二王子を旗印に集ったのだとな、お前が私や兄ヴィルクリフのやり方に異論を唱えていたのは知っている。 だがな、なぜそれで妹のルナを襲う必要があるのだ?」
父の言葉には心当たりがあった。
それは妹を襲撃したことではなく、第二王子である自分を旗印に集った者に対してだ。
「そ、それは……」
さほど年も離れていない兄と弟、ただ先に生まれたというだけで王になる兄より自分のほうが王にふさわしいのだと。
そういうことは考えていたし、いずれ兄と争うときになって後ろ盾となる者が誰もいないのでは話にならないと同調する者を集めていたのは事実だった。
「アルハイド、俺を狙うのならわかる、俺が退けば王となるのはお前だからな。 ではなぜルナを狙ったのだ? まだ五つの実の妹を貴様は手に掛けようとしたのだぞ!」
「お、お待ちください! 確かに私は後ろ盾となりそうな者に声を掛け仲間として集めておりました、ですが妹の襲撃など私は知りません!」
「だが捕らえられた者たちがそう証言しているのだ、そしてその証言通り平民街に潜伏していた実行犯と思われる者たちもすでに拘束している。 まさかまだ残党がいてルナが襲われるなどとは考えもしなかったがな」
違う、そうではない。
そもそもそんなことをする連中を集めたつもりはないのだ。
なぜ? その疑問が頭を過ぎったとき、アルハイドは一人の男のことを思い出した。
「私がそんな…………そうだ、きっと奴です、ボンボルドが他の貴族たちを誑かしたに違いありません。 あとセイムエルと言う男、兄上も何度か見たことあるはずだ! 私とその男が会っているところを!」
「ヴィルクリフ、それは誠か?」
「名は知りませんが、確かに商人風の男と度々会っているのを目撃したことはあります」
「奴はボンボルドとも話をしていました、商人として武器だけでなく人も集められると。 きっと私を利用し知らぬ間にそういう者たちまで集めていたのです!」
「ではなぜその者たちが姫を狙うのだ? お主がそう命じたのではないのか?」
「し、してません! 私はただ親交を深め、その……いざというときには力を貸してほしいと話をしただけに過ぎないのです。 私が妹の暗殺を命令などするわけがありません!」
「だが奴らは言っているぞ? これは王子の命令だったとな」
「ば……馬鹿な、そんなことあるはずがない……何かの間違いだ……」
アルハイドはその場に崩れ落ち王族騎士らによって連行されていく。
◇
「――――ということになったわ。 正直、ここまでどうやって戻って来たのか記憶が曖昧なのよね、私」
会議の後、別室で待機していたリックたちのもとへと戻ったラフィニアは、聖王からの呼び出しを説明する。
「あの二人を聖王の前に出すってのか? 俺は自殺願望とかないんだが、不安しかないぞ?」
「あら奇遇ね、私もまったく同じ心境だわ。 どうしようかしら、逃げる?」
「逃げ切れるのか?」
「冗談よ、諦めて行くしかないわ」
しばらくすると迎えの者がやって来た。
その男もまた王族騎士と言うことであり、つまりは王族だ。
謁見の間へと通されたラフィニアたちの緊張が高まる。
それでもラフィニアは貴族らしい挨拶を難なくこなして見せた。
「おい…… おいラフィニア」
挨拶の最中、隣でラフィニアと同様に跪くリックが小さな声で呼んでくる。
こんな状況で何をしているんだろうかと叱りたい気持ちをグッと我慢する。
「なあおい、ラフィニアってば………」
「静かにして」
結局、状況を把握する気がないリックを小さな声で注意した。
「いやだってよ、あの二人、あのままでいいのか?」
横目でちらりと見ればいつも通りに立ったままのノールとエルビーが見えた。
「あなたが注意して、隣なんだから」
「む、無理言うなよ……」
リックはラフィニアの無茶ぶりに非難じみた声を漏らす。
「顔を上げよ。 まずは礼を言わせてくれ、愛おしい我が子を救ってくれたこと感謝する」
聖王の言葉に顔を上げるラフィニアとリック、しかしいまいちピンと来ていないらしいエルビーが疑問をそのまま口にする。
「えっと…… 誰?」
「ばっ……馬鹿、聖王様だよっ」
焦るリック。
「無礼者! 陛下の御前であるぞ!」
聖王の横に立つ男が声を荒げた。
「良い」
「し、しかし……」
「まだ子供ではないか、ルナより少し上と言うぐらいか。 貴族でもなければこういった場での作法など知るはずもなかろう、大目に見るがよい」
「承知しました……」
「私はこの国の王、エルマイスと言うものだ」
「王様? じゃあ長老様と似たようなものかしらね」
「お前たちの長老様と言うのがどういう者かは知らぬが、ふむ……まあそんなところだ。 ところで王国から来たと言うのはお前たち二人で間違いないな?」
「そうよ、私たち王国から来たの。 わたしはエルビー、こっちはノールよ」
「はっ?」
聖王が二人を凝視したまま固まる。
(あれ、これってもしかして今まで名前も知らなかったと言うこと? だとすると、ちょっとまずいことになりそう……)
ラフィニアはすでにノールたちの名前はバレているものと思っていた。
その上での対応なのだろうと。
しかし今の聖王の反応を見ればそれが間違いであったことがわかる。
「い、今ノールと申したか?」
「そうよ、それがどうしたの?」
「いや…… そうか、そういうことか…… あの狸めっ……」
どうやら正解らしい。
ラフィニアが上級貴族であり他は平民、おそらくだがラフィニアと愉快な仲間達ぐらいにしか思われていなかったのだろう。
「ロイマス、オズウェル内務局長とクレヌフ最高神官長をここへ」
「承知しました」
聖王はオズウェルとクレヌフを呼ぶように宰相のロイマスに命じた。
しばらくすると突然の呼び出しに慌てた二人が息を整えながら入ってきた。
「お、お呼びでございますでしょうか、陛下」
言葉を発したのはオズウェル、クレヌフはそのまま跪いている。
「うむ、急な呼び立てすまぬ。 かねてより神務局で探していた人物、女神の神託にあった者を見つけることが出来たのだ、そこの少年こそがノールである」
「な……なんと!? それは誠でございますか!」
驚きながらクレヌフはノールを値踏みするかのような視線を向けた。
「ああ相違ない、例の件もあるゆえその者は厳重に保護せねばなるまい。 オズウェルよ、神殿の威信にかけて職務を全うするように関係するものらに厳命せよ。 クレヌフ、其方も神官たちに細心の注意を払うように指示しておけ」
「承知しました陛下、しかしいったいどのようにして?」
「まさに灯台下暗しというやつだ、外務局の狸が隠しておったのだ。 どおりで見つからぬわけよ」
「エインパルドですかっ!? ぐぬぬっ、アヤツいったい何を考えておるのだ」
「まったくだ……まあ奴にもいろいろ思うところがあったのだろう、追及は後ほど私がしておく。 其方たちはその者のことを集中するがよい」
「ハッ、ではその者の身柄は我々で責任をもって預かると致します」
「うむ、多少窮屈に思うかもしれぬがやむを得ないことだろう」
ラフィニアは言葉を失っていた。
こちらの都合を聞くこともせずに聖王やオズウェルは勝手に話を進めて行ってしまう。
(ノール君を神殿で保護するですって? そんな、冗談じゃないわよ、認められるわけないじゃないっ)
ラフィニアはエルマイスを睨みつける。
そんな視線を感じ取ったのか、エルマイスは先手を打つかのように言葉を発した。
「これは王命である、決定事項とし如何なる異論も受け付けぬ」
ラフィニアは唇を噛みしめた。
白い悪魔へと繋がるせっかくの手がかりを失うことになるかもしれない、だが今のラフィニアに聖王の命令に逆らうことなど出来るはずもなかった。