帯同者 ―する者(ノール)―
ノールはエルビーを連れ階段を上がっていく。
エルビーは見るものすべてに歓声を上げていた。
食事にしてもそうだが、自分も同じ気持ちだったはずなのに声に出すことは無かった。
エルビーは声に出して自分の気持ちを伝えている。
気持ちと言うのは声に出さないと伝わらないものなのだ。
この子はドラゴン。
人間ではない。
そう、ドラゴンと人間の生存は相容れないなんてことはない。
互いの無知が引き起こした結果なのだと。
途中、他の二部屋に人の気配があるか探るがやはり皆無だった。
どこかへと出かけているようだ。
部屋の扉を開け、内を見たエルビーがまたも騒ぎ出す。
「ねえ、なにこれ?これで寝るの?へぇ」
そう言って無遠慮にベッドにダイブする。
「うっわぁ、なーにこれ!ふっかふかあ」
顔を埋め、全身を沈ませるようにしてその感触を楽しんでいるようだ。
ただノールの目には突然の水たまりから抜け出せなくなって藻掻いている虫にしか見えなかったが。
ふと気づくとエルビーが静かになっている。
枕に顔を埋めているのでもしかして息が出来ずに……なんて想像もしたが寝息が聞こえる。
自分が休むはずだったベッドを占領され、ほんの少しだけ不機嫌になっていた。
いつの時かのように部屋の片隅で寝ていると人が上がってくる気配、ビッツたちだ。
ノールは起き上がり、ビッツに会うため部屋を出た。
「あ? ああ? ええええ? ノール? なんでここに!?」
突然のことに混乱するビッツ。
混乱するビッツを見て理解が追い付かないと言うような顔をするノール。
そんな二人を見て、だから言ったのに、と余裕そうな表情を浮かべるゲイン。
あとは何を考えているか分からないダーンに、何も考えていないルドー。
今この瞬間、この場には様々な表情が犇めき合っていた。
またしてもビッツたちの部屋で作戦会議である。
「ああ、え~っと。どうして?」
何がだろう?と首を傾げるノール。
するとゲインが助け舟を出す。
「いや、済まないノール。ビッツのやつ飛んだ勘違いをしていてな。ほら昨日ドラゴンが現れただろ? それでノールがちょっと意味深なことを言って去っていった。まあ端的に言うと、もうここには戻ってこないんじゃないかってしょぼくれていたのさ」
「ちょっ!……と、それは大げさだろ?」
「何が大げさなもんか。今日の仕事だってほとんど身が入ってなかったじゃないか。お前らしくもない」
「うぐっ……」
「で、いないと思っていたノールと昨日の今日でまさかの再開で混乱したってわけさ」
やはり分からない。
「昨日、すぐ戻ると言ったはず」
「ああ、そうだな、けどたぶんとも言っただろ? 大人の世界じゃそういうときは大概戻ってこないもんなのさ。俺はノールなら大丈夫だ、ちゃんと戻ってくるさと言ったんだがね」
ゲインはビッツに視線を向けそのまま続ける。
「どうにも今生の別れとでも思ってしまったらしい。それにほら、相手はドラゴンだろ? さすがに戦って勝てる相手じゃないしな―。まあそんなわけなんだ。察してやってくれ」
やはりドラゴンだ。
ビッツたちは警戒しているのだ。
嘘をつくのは良くないと思うけど真実だからとすべて話すのも違う気がする。
真実を話せばエルビーが討伐されるかもしれない。
ビッツたちが大丈夫でも他の人間も同じように接してくれるとは限らないのだ。
ともかく今はエルビーがドラゴンであることは言わない。
みんなこれから食事にするとのこと。
当然自分も食べる。
エルビーは今眠っているからとりあえず大丈夫。
待ちかねた夕食。
さっきも食べたわけだけど、あっちは宿の主人が子供ならこの量で大丈夫だろう、という程度の量しかなかったので物足りなかった。
今回は大人もいるので料理がいっぱい運ばれてきた。
その大人と言えば料理より酒を中心にするので、その代わりとばかりに自分がいっぱい食べるのだ。
そんな食事の最中、上の方で気配を感じる。
あっ、エルビー起きちゃった。
ドタバタと騒がしい音を立て階段を降りてくる。
たぶん来る途中壁とかに激突していた音だと思う。
どうしよう、ドラゴンですとは言えない。
そんなノールに向かってエルビーが文句を言ってきた。
「ちょっと! あんた何一人で食べてるの?! 私も起こしなさいよ!」
そんな言葉にポカーンとする一同。
「えーと。ノール。その子は?」
ゲインの問いかけに回答を困っているとエルビーが先に口を開いた。
「わたしはエルビー。ノールの、ええ~っと……そう昔の知り合いよ!」
「ああ、俺はゲインだ。この冒険者チームのリーダーをやっている。こっちはダーン、その隣がルドー、最後にビッツだ。よろしくな」
「そうなの、よろしくね」
てっきり自分はドラゴンだと言いだしてしまうかと思ったのだが。
「それでノール。わたしの食事は!?」
「えっ……」
ノールは困ってしまう。
ここの食事は自分払いじゃない。
なので一緒に食べようとは言えない。
「ならそこに座って君も食べると良い」
「ほんと?ありがと。えーと、ゲイン」
エルビーは隣の席から椅子を一つ持って来て勝手に座る。
そしてふと思い出したのか、それとも聞く機会をうかがっていたのか、ゲインは昨日のことについて質問をしてきた。
「なあノール。まあ言えない事情があるかもしれないので深く詮索はしないが、言える範囲で良いので昨日何があったのか教えてくれないか?」
ノールはゲインの言葉に少し目を伏せる。
もっと気遣えバカヤロウと言う表情をゲインに向けるビッツ。
ノールは考える。
ドラゴンとは言えない。
しかし何も言わないわけにもいかないだろう。
『ねえ。何をそんなに考え込んでいるの?』
そうだった。
自分とエルビーは念話が使えるということを忘れていた。
『昨日はゲインたちと一緒にいた。でもドラゴンの存在を感じたので離れて向かった。エルビーがドラゴンだとは言えない。言わないほうが良い。そうするとエルビーが何者かと言う説明をどうしたらいいか分からない』
『なーんだ。そんなこと』
そういうとエルビーはゲインたちに話始めた。
「昨日ノールは私と一緒にいたの。そう、えーと、わたしはね、ノールの知り合いなんだけど。この街には、偶然? そう偶然? あ、え~とノールに会いに来たのよ。そうしたらね、そう、え~っと、迷っちゃって。それで、とっても弱い惨めな人間の前に勇猛で果敢で聡明でそれでいて品格のあるドラゴンが現れてものすっごく恐怖したってわけ。それを感じ取ったノールが助けに来たって話なのよ」
偶然会いに来たとはどういう意味か。
それとエルビー、一生懸命ドラゴンを持ち上げようとしているけど、今の君もその弱い惨めな人間なんだけど分かっているのかな?
あと最後雑。
「うわっ、そうか、それは災難だったな。俺の前に世界で最強とも呼ばれるドラゴンなんて現れたら……。あ、ダメだちょっと想像できんレベル」
「!! そうなの! そうなのよ! ゲイン分かってるわね!! この骨付き肉上げるわ!」
「あ、いや、遠慮しとくよ」
「そう?おいしいのに」
何やらビッツがゲインに目配せしている。
「それでノール、とエルビー。これからはどうするんだ?」
ビッツが不安げな表情を浮かべこちらを見ている。
「特に決まっていない」
「そうか、じゃあ、そうだな、今まで通り一緒に行動するってことでいいのか?」
「大丈夫。だけどエルビーも一緒になると思う」
エルビーも一緒に付いてくるっぽいけど大丈夫?
そんな感じでゲインの質問に答えるノールだった。
「そうか、まあ一人増えるぐらいどうってことないさ。しかし、そうだな、今後の報酬をどうするかだ。いつまでも四等分でビッツに支払わせるのも悪いだろうし」
「いや、俺は別に構わねぇぜ?」
そんなビッツにため息をつくルドー。
「な、なんだよ、ルドー。言いたいことあるならはっきり言え」
「別に」
「いや、ビッツのためと言うよりノールに申し訳ないかなと。前回、前々回とノールの活躍は大きかった。その報酬がビッツの奢りじゃ、割に合わないように感じるんだ」
「その点については同意だな。あの魔法は決して侮れない実力である」
あまり喋らないダーンがゲインの言葉に続ける。
「へーー。やっぱノールって強いんだね。戦わなくてよかったわ」
ノールを除く全員の視線がエルビーに集中する。
「た、戦う? ん? どういう……会いに来たって? あれ?」
「へえ。嬢ちゃんも冒険者だったのかい?」
小さな声で疑問を口にするビッツに、普通に疑問を口にしたルドー。
「あ、そうだった。エルビーは冒険者登録まだだった」
ノールはそのことに今更になって気づき、どうすればいい?とビッツたちを見るとゲインが答えてくれた。
「まあ、冒険者じゃなくても冒険者と共に行動は出来る。一人じゃ冒険者として行動できないってだけのことさ」
それに続けてビッツが補足を入れる。
「ただ冒険者じゃないと入れてもらえない場所もあるので注意が必要だけどな。この辺りにはそんな場所もないから心配は要らない。本人が必要と感じたら受ければいいんじゃないか?」
なるほど。
なら後でいいかも。
「ところで、えーと、エルビーは戦うとき何を使うんだ? もしかしてエルビーも魔法使いなのか?」
「わたし? 魔法使いじゃないわ。わたしが使うのは、そう、これ!! 剣よ!!」
そう言い放ち掲げた右手には……
なにも持っていなかった。
「剣はノールの部屋に置いてあるわ」
「そうか。あ、ところで、そうすると、エルビーもこの宿に泊まることになるのか?」
「当然よ!」
「だよな、となるともう一部屋借りる必要があるのか」
「なんで?ノールの部屋で私は十分よ」
「あれは僕のベッド」
「あんた床で寝てたじゃないの」
「なら二人部屋にでも移るか?」
「そうね!それがいいわ!」
「よし分かった。その辺はあとでやっておくとして。食事が終わったらすぐにでも移動できるように荷物を纏めておいてくれ」
「ええ」「わかった」
こうして風狼の牙に新たにエルビーが加わることとなった。
しかし、この後訪れる本当の危機を予見できるものは、この時誰一人としていなかった。
そうこの世界の女神ですらも……。