表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/166

聖王国の姫

 ――――それはノールたちが初めて聖都ミラリアを訪れた後に行われた勇者お披露目前日のこと。


 騎士の名はフレデリカ。

 王族に名を連ねた王族騎士であり現聖王の直系の子であるルナ姫の護衛騎士。

 まだあどけなさの残る彼女だが他の護衛騎士の中では文武に優れた才を持っていた。

 1年ほど前に前任の護衛騎士から引き継ぎを受け、こうして護衛の任に就いている。


「デックラン、様子は?」

「変わりなしだよ」


 そこは王城の裏側にある離れで今は幼いルナ一人だけしか住んでいない。

 これは聖王国のしきたりでもあり聖王の子は10歳になるまでここで過ごす決まりがあるからだ。

 そしてこの離れは王族以外の出入りが禁止されているため、必然的にその護衛は王族騎士のみとなる。

 デックランはフレデリカのひとつ下で、彼とフレデリカは親が兄妹と言う関係であり当然デックランも王族に名を連ねた者の一人である。


「なら予定通り神殿に行こうか」


 神殿とは言っても各国の街にあるような神殿とは違い、巫女が神託を受けるための特別な神殿であり同時に巫女の住まいでもあった。


「姫様、そろそろ神殿に行くお時間です」

 

 フレデリカが声をかけるものの部屋からの返事はない。

 その代わりと言わんばかりに扉が開き中から少女が出てきた。

 聖王の第三子にして第一王女であるルナ姫である。

 彼女は準備万端と扉の前で待っていたのだろうとフレデリカは推測する。


「早く行きましょう」


 甲高い声を抑え気味にして言うルナからは遊びたい子供心と王女としての自制心とがせめぎ合っている様子が手に取るようにわかる。

 ルナを先頭にフレデリカとデックランは神殿へと向かった。

 神殿も王城の敷地内にありフレデリカたちが住んでいる騎士寮とルナが住む離れの間にあった。

 そしてそこも王族、そして神官の中でも一部の者しか立ち入りを許されていない場所の一つ。


 ルナが神殿へ行くことは公務ではない。

 その昔ならば離れには側室の子なども居てルナが寂しい思いをすることはなかっただろう。

 しかし現聖王は正妻を一人娶っただけで側室を置こうとはせず、結果的にあの広い離れにルナ一人が生活している。

 二年ほど前、かわいい我が子が一人寂しい思いをしていると知った聖王は神殿に住む、ルナより少し年上の巫女と会うことを許可してくれたのだった。

 つまりそれまで友人と呼べる親しい友が居なかったルナにとっては初めての友となる少女。


 その巫女も、巫女となった日より許可された者以外と会うことが許されず神殿からも出ることが出来ないと言う生活を送っていた。

 巫女の少女は女神より与えられた定めであると素直に受け入れているようだが、一人寂しくしているルナを見ているフレデリカにとっては巫女がどんな思いをしていたのか想像に難くない。

 ルナは最初の頃こそ神殿へ行くのは聖王に言われた義務としていたようだが今では自ら行きたいと言うほどにまでなっていた。

 互いが互いにとって良い遊び相手になっているとフレデリカは思っている。

 そんな生活が繰り返されていたある日……。

 夜遅く、いつものように王城の西側にある騎士寮から離れに向かう途中でそれは起こった。


「騎士様……騎士様……」


 声がする。

 フレデリカは囁く声のするほうを振り返った。


「巫女様?」


 そこにいたのは巫女だった。

 しかしフレデリカは巫女の不可解な行動に疑問を抱く。

 巫女は神殿の外に出ることを禁止されていたはず。

 いやそれ以前に自分を呼ぶ理由が思いつかない。


「巫女様、なぜこのような場所に? 見つかっては一大事ですよ」

「私のことはいいのです。 騎士様、今すぐここを離れてください、どうか……どうか今すぐに……」

「お待ちください巫女様、離れろとは一体どういうことですか? どうなされたのです?」

「女神よりお言葉を賜ったのです。 ルナ様が……ルナ様の命が狙われているのです、ですからどうか今すぐに……」

「なっ……ルナ様が? どうして……いやそれならば応援を呼んで守りを固めなければ……」

「なりません! ルナ様を狙っているのは外部の者ではないのです。 その者たちにさとられる前にすぐにここを離れてください、安全な場所に……はやく……」

「分かりました、ですが巫女様は大丈夫なのですか?」

「私は大丈夫です……お早く……」

「感謝します」


 フレデリカは駆け出した。

 騎士寮で休憩した後、もう一人の護衛であるデックランと交代するところだったのだ。

 おそらく、誰からも見咎められないと言うこのタイミングも女神の神託にあったのだろう。

 それはつまり――――


(巫女様の言葉は真実になるっ!)


 巫女の言葉ではまだ相手には感づかれていないと言うこと。

 いやそれが神託であるのなら未来を視たという可能性だってある。

 誰かに相談している暇はないし、そもそもその相談相手が敵ではないと言う保証がない。

 フレデリカ自身とデックランでこの国の第一王女であるルナを守り切らなければならない。

 周りに怪しまれないように、しかし急いでルナの部屋まで向かう。

 扉の前ではもうすぐ交代の時間だからか、若干だらけた様子のデックランが大きな欠伸をしていた。


「デックラン」

「おおフレデリカ、待ってたぜ。 これでやっと眠れる――――」

「スマンがお前の休憩は無しだ、今すぐ姫様を連れてここを発つ。 いいか、このことは誰にも言うな。 誰一人に感づかれることなくこの場を離れる」

「え? お、おいちょっと何を言って――――」

「今説明をしている暇はない、姫様の命が懸かっている。 いいからお前は馬車を調達してきてくれ、何か聞かれたら明日の準備と言えば問題ないはずだ」


 姫の命、そう聞いてデックランの顔つきが変わった。


「分かった、いつもの場所に回せばいいな」

「ああ、それでいい」


 デックランが居なくなった後、ルナはすでに寝ている時間だと言うことを思い出しノックしようとした手が止まる。

 フレデリカはノックせずに部屋の扉をこっそりと開けた。

 中ではルナが気持ちよさそうに寝息を立てている。

 寝ているまま連れ出してもいいが、万が一寝ぼけたルナが大声を出してしまっては台無しになる。

 そう考え静かに起こしある程度事情を説明してから連れ出すことにした。

 急いだところで馬車の準備もすぐには終わらないだろう。


「姫様……姫様……起きてください姫様……」

「う……うーん……なに? 誰? フレデリカ? どうしたの? もう朝?」

「姫様、お静かに……絶対に大きな声や音は出さないようにお気を付けください。 今あまり良くない状況になりました、夜遅くに大変とは思いますが、これから別邸へと向かいます」

「良くないこととは何ですか? 怖いことですか?」

「大丈夫です姫様、このフレデリカを信じてください、あとついでにデックランもいますから」

「うん、わかった……」


 動きやすい服に着替えたルナをフレデリカは抱き上げ馬車を待機させているはずの場所に向かう。

 人気はない、だが油断してはならない。


「デックラン、どうだ?」

「準備はできた、乗れ」

「姫様、狭いですがここにお隠れください。 少しの辛抱です、門番にも姫様が外に出たことを知られたくはありませんので」

「うん……」


 ルナの小さな声からは緊張と不安が感じられた。

 まだ5歳と言う歳なのに事態を把握し受け入れている。

 ルナを隠し、フレデリカ自身も隠れると馬車は出発した、もちろん御者はデックランが務めている。

 門へと近づくと馬車の音に気付いた門番が声を掛けてきた。


「なんだ? デックランじゃないか、こんな時間にどうしたんだ?」

「まったくだよ、これから休憩だったんだぜ俺、なのにフレデリカの奴が明日の準備しとけってさ」

「明日の準備? ああそう言えば明日か。 今頃になって準備たぁそりゃまた大変だな」

「なあ、自分はいっぱい休んで清々しい顔で出てきたってのによ、酷いと思わねえか?」

「ハハッ、いいのかそんなこと言って。 明日フレデリカに言っちまうぞ?」

「うわぁやめろやめろ、俺の扱いがもっと酷くなる。 なあ俺も眠いしさっさと終わらせたいんだ、行っていいだろ?」

「おっとすまん、いいぞ」

「ありがとよ、それとついでだけどよ、このこと他の奴に言わないでくれるか? 姫様にはびっくりしてもらいたいからな」

「分かったよ、うまくやれよ」

「おうよ、じゃあな」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ