追う者と追われる者
ノールたちは聖都への帰路についていた。
行きと同様ディエンブルグにも立ち寄るので、その際領主カイザックに報告しておく。
本当ならその必要もないがカイザックの伝手で今回の遠征に参加しているということにしているので怠るわけにも行かなかったからだ。
勇者パーティに悪魔が潜んでいたことにカイザックも驚いていたがそれも最初だけ、もしかしたら少しは予想していたのかもしれないとラフィニアは思った。
「まあそんな感じで、最後の最後で敵の待ち伏せを受けて命からがら逃げ帰って来たってわけ」
報告と言っても先日隊長に報告した以上の報告はしない。
ノールと悪魔の関係、その中でヴァムがどういった立ち位置なのかという問題もあり安易に話せるような内容でもない。
そのヴァムも今いなくなるとリィベルが心配だと勇者に説得され結局は聖都まで同行することとなった。
勇者たちがどう決着をつけるかは分からないが、エインパルドに話すかどうかはそれから決めても遅くはない。
一通りの説明を終えカイザックもそれに納得してくれたのか特に何も言うことはなかった。
ディエンブルグを出発してからも順調に移動している。
悪魔の襲撃に少しだけ警戒していたがこの様子なら大丈夫だろう。
ヴァムが同行することになったのも今思えば結果的に良かったのかもしれない。
そんなことを考えてしまったからか、面倒ごとと言うのは素通りしてくれないものだとラフィニアは渋い顔をする。
外が慌ただしくなり始めたと思ったら馬車が止まってしまったのだ。
御者に聞いてもおそらく分からないだろう、前の馬車が止まったから同じように止まっただけだろうから。
ため息とともに何が起きたのか確認しようと扉を開け、外に身を乗り出すとちょうど護衛騎士隊長の後ろ姿が見えた。
「隊長さんが見に行くってことはよほどのことがあったのかしら? ここからじゃ分からないわね、ちょっと見てくるわ」
「わたしも行く!」
そう言ってエルビーはノールを引っ張っていく。
「なんだよ、全員行くのかよ。 じゃあ俺も」
遅れてリックも外へ出た。
馬車の先頭、その先には別の馬車が一台止まっている。
いや止まっていると言うよりかは乗り捨てられているという表現のほうが正しいのだろうか。
なにせ片輪は街道を外れているし、周りを見渡しても乗っていた者たちがいないのだから。
「この馬車がどうかしたのか?」
普通の馬車に比べれば明らかに豪華でおそらく貴族が乗るような馬車だとは分かる。
だが持ち主のいない馬車にそこまで気を掛ける理由がリックには分からなかった。
「この紋章ってまさか……」
ラフィニアは馬車についた紋章に見覚えがあるらしく困惑した表情を浮かべながら呟いた。
「ああ、そのまさかだ。 これは王族の紋章、つまりこの馬車は王家のものと言うことになる」
そう言う隊長の顔からは血の気は完全に引いており、目の前で起きている事態がいかに大変なことかを物語っている。
「王族って、なんだってそんな人の馬車が乗り捨てられてんだ?」
「そんなの決まっているじゃない。 何者かの襲撃よ」
「襲撃って……いやそもそも護衛はどうしたんだよ」
「そんなことよりどうする? 隊長さん」
「申し訳ないが放置はできない、我々は周辺の捜索に当たる。 皆はここで待っていてもらえるか」
「待って、その装備で森の中は不利でしょ。 私たちも協力するから、ここの護衛だって残しておかないとならないでしょ?」
「分かった、では頼むとしよう」
「あっちから音がするわ、剣の音!」
エルビーは叫ぶと同時に走り出した。
ノールも釣られるように後に続く。
「あっちょっと二人とも! 隊長さん、私たちは先行するわね」
そう言うとラフィニアとリックが二人の後を追う。
4人と数名の騎士が森の中へと消えていった。
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森の奥、すでに倒れている一人の騎士、そして子供を守るように別の騎士が剣を構える。
対する三人の黒ずくめの者たちがそんな彼らを取り囲んでいた。
「みぃーつけたっ!」
エルビーは走る勢いを落とすことなく剣を抜きそのまま黒ずくめのほうに斬りかかる。
「何者っ!」
男の声。
その黒ずくめの男は誰何するものの動揺した様子もなくエルビーの攻撃を躱す。
しかしそれも不安定な初撃のみで次の一撃にはなすすべもなくあっという間に地に伏せていた。
エルビーはターゲットを替え斬りかかる。
その間ノールは囲まれていた騎士たちのもとへと歩き出していた。
騎士はひどく怪我をしており、満身創痍と言った有り様だった。
「き、君たちはいったい……」
どう答えるべきかとノールは考えラフィニアと隊長の会話を思い出す。
「王族の紋章を見つけた、探しに来た」
「それは我々を助けてくれるということか、いや今の状況を見れば他にはあり得ないか。 ならば頼む、このお方を連れここから逃げて欲しい」
「なぜ?」
「追手はアレがすべてではない、こうしている間に別の者もここに向かって来ているはず。 頼む、我らのことは捨て置いて構わん……」
「それは……もう遅いと思う」
「何を――――」
その騎士が言い終わる前にノールは魔法を展開する。
無数の氷塊がノールの頭上に生み出されていく。
「――――氷結魔散弾」
氷塊は四方に弾けるように飛び、そしてわずかな悲鳴が聞こえた。
「ノール君!」
遅れてやって来たラフィニアとリックはノールたちを見つけ駆け寄る。
エルビーはとっくに三人の黒ずくめを倒し、そして勝ち誇ったように仁王立ちしていた。
「おっと、こいつら何者だ? 生きてる?」
リックが地面に転がる黒ずくめの男をみて疑問を口にするが、ラフィニアは警戒しているのか男たちを探るように見ていた。
「あなたがたは?」
そう尋ねる騎士はまだ若い女の声。
「俺たちはそこの二人の仲間だよ。 ああ、安心していい、もう少しで聖王国の神殿騎士たちも到着するからよ」
「神殿騎士も一緒なのか!? それは……良かった……うぐっ」
「おっおい、しっかりしろって」
緊張が解けたのかその場で倒れこむ騎士をリックはなんとか支える。
「ノール君、他にもいる?」
「二人は、あそことあそこで倒れてる。 他は逃げた」
「そう、とりあえずこの周辺はもう安全と言うことでいいのかしら?」
「襲ってくる者はいない」
「分かったわ。 リック、回復薬の効きはどう?」
「そっちの意識失っていた方は怪我自体それほどひどくもないが、こっちはあんまり芳しくないな。 早いとこちゃんと治療させたほうがいいだろう」
まだ手持ちの回復薬は僅かながら残っているが、安い回復薬はすぐに効果が現れないので連続で使っても意味がない。
回復薬を二つ以上続けて使用する場合、効果が現れ始めたときに次の回復薬を使うのがもっとも効果を生むとされている。
そのため致命的な怪我の場合、安い回復薬では間に合わないなんてこともありえた。
「やっぱり高い回復薬も一つぐらいは持っておくべきかしらね……」
安い回復薬と高級な回復薬では大きな違いがある。
その一つとして安い回復薬は基本飲むことを前提としていることだ。
もちろん受傷個所にかけても良いがその効果は薄れてしまう。
対して高級な回復薬ならば飲むことが出来なくてもそれなりの効果が期待できるため、意識を失っている相手の場合には高級な回復薬を使うのが一般的となる。
もう一つは即効性の違い。
高級な回復薬は即効性があるので短い時間で多くの回復薬を投入でき、合わせて回復効果の高さから致命的な怪我であっても生存確率が上がると言うわけだ。
「けど割れやすい容器はなんとかして欲しいけどな。 後衛がいれば預けられるんだけど俺たち二人とも前衛だし、戦闘後に確認したら割れてた時は二日ぐらいはやる気が出なくなる」
高級な回復薬など出番がなければそのほうが良いが必要になることもある。
たいていは後衛の魔法使いや回復職に持たせるものだがリックたちのような前衛のみのチームでは保管の難しさが問題になっていた。
専用のポーチに入れ持ち歩いてはいるがそれでも戦闘中に割れてしまうことがあるほど。
普段持ち歩いてそんな戦闘で割ってしまうと依頼料によってはタダ働きになりかねないのだから精神衛生上持ち歩きたいものではないのだった。
ラフィニアとリックで傷ついた騎士の手当てをしている間に遅れて到着した神殿騎士たちが黒ずくめたちを拘束していく。
手当の終わった騎士は子供と共に神殿騎士に保護してもらいひと段落。
馬車に戻るとこちらは特に異常はなかったらしく、数名で馬車を引き上げていた。
隊長は助けた子供と少しの間言葉を交わしてその子供と共に引き上げた馬車に乗り込む。
隊列は少しだけ変えるようで、隊長の乗っていた馬車の前に王族の馬車と言ったところらしい。
ラフィニアたちも馬車へと戻り、しばらくするとまた動き出した。
「まさか、王女様拾っちゃうとはなー」
「あなた、そんなこと言ってると不敬罪で首刎ねられるわよ」
「おっと気を付けねば…… しっかしなんだって護衛二人で移動してたんだろうな」
「その辺は聖都に着いてからじっくり調べるんだろうけどね、事情を聴くにしても今の騎士様の容態じゃ難しいだろうし」
「無事助かると良いんだけどな」
「それは大丈夫でしょ、さっきので騎士様も一命は取り留めたように思うし隊長さんたちも高級回復薬持っていたみたいだから」
「そっか、じゃあ一安心だな。 ところでラフィニア、さっきからなんで騎士様?」
「なんでって…… あの人たちは神殿騎士じゃなくて王族騎士。 その名の通り王族に名を連ねる者ってこと、あの人たちに対する不敬も咎められるから気を付けてね」
「げ…… これだから貴族ってのは面倒なんだよな……」
「あら、私もその貴族なのだけど?」
「なんだよ、普段は貴族じゃないって顔しているくせに」
「私が貴族だと思って無くても、建前上は貴族なんだから仕方がないでしょ」
「建前ねぇ……。 ところであの黒ずくめの連中って何者だったんだ? なんか、あいつらのこと知っているふうだったしさ」
「知っているって程でもないのだけど、たぶん掃除屋と呼ばれている者たちよ。 どこに所属しているかは知らないけど一応は国の命令で動いているはず、その辺のことはザリオのほうが詳しいんじゃないかしら?」
「そうか、じゃあ今度聞いてみるか」
「あいつらなら前に王国で見たことあることあるわよ、いや服装がって意味ね」
「王国で? なんだってまたあんな連中と出会うんだ?」
「えっと、王国で商人の馬車を護衛していた時よね、たしか。 襲われたのよ」
「なんで王国の商人が掃除屋なんてものに襲われるんだ?」
「そんなの知らないわよ」
「エルネシア」
「え? なんて?」
「エルネシアを狙って襲って来たと言っていた」
「いやすまん、そのエルネシアって誰?」
「もしかして王国の第三王女? 確かそんな名前だったはずだけど」
「そう、エルネシア」
ノールはことの経緯を説明した。
港町まで商人たちを護衛する依頼を受けたこと、その際偶然にもエルネシアと名乗る少女が同行をお願いしてきたこと、そしてそれを受けたこと。
「それで盗賊に襲われてる中、便乗するようにあの黒ずくめに襲撃されたってわけか。 よくもまあ次から次へと巻き込まれるもんだな」
「人間種族と亜人種族の対立……ね。 けどそこに掃除屋が絡む理由が……いや違うわね、聖王国の裏組織にエルフ族がいるなんて思えないし掃除屋に見せかけた襲撃という可能性もあるのよね」
「裏組織に見せかけた襲撃なんて意味あるのか? 俺だってそんな連中のこと知らないのに、王国の人間が知っているとも思えないぞ」
「分からない人には分からなくていいのよ、でも分かる人には分かる。 例えばその組織の連中とか……ね」