裏切りの結末
「余所見している暇はないんじゃない? フフフフフッ」
まったくその通りだ。
悪魔の言葉にラフィニアの胸の中には後悔が渦巻く、プリシュティナが悪魔の仲間とは考えもしなかった。
いや一度は考えたかもしれない、しかしこれまでのことで警戒心を解いてしまったのだろう。
プリシュティナの振り下ろす剣が妙にゆっくりに見える。
だがここからリオンを救うことは無理だ、それどころか隙を見せてしまったせいでラフィニア自身も悪魔の攻撃を避けられないだろう。
一瞬の判断ミス、それがこんな結末を迎えるとは夢にも思っていなかった。
(やっぱり復讐に生きちゃダメだったのかな……)
視界のすべてが眩い光に包まれる。
悪魔の攻撃だろうか、ラフィニアは消滅していく自分の姿を想像してみたものの上手く想像することさえ出来ない。
「うぎゃああああ…………」
無音とも思えていた世界に悲鳴が響き渡る。
無意識に自分が発しているのかと思ったが、自分の声にしては少し幼すぎる。
(あれ? これ誰の声だ?)
薄れゆく光の中、徐々に戻りつつある視界。
「えっと……何が起きたの?」
光を失った洞窟にまだ馴染まない目を擦りながらもじっくりと辺りを観察する。
さっきまでいた悪魔の少女がいない、おそらくあの悲鳴は悪魔のものだったのだろう。
リオンの無事を確認しようと見やれば、立ち尽くすのみで特に怪我を負った様子はなかった。
ただ、その傍らには腕を引き千切られたプリシュティナが怨めしそうにヴァムを睨みつけている。
「ふむ、好機と見たが外してしまったか」
そう、あの光はヴァムの放った魔法だったのだ。
「ヴァム……さん、これはいったい…… 悪魔はどうなったの?」
「奴なら消滅してしまったかのう、もう少し耐えられると思っていたが予想以上に弱かったわい」
飄々と言うヴァムにプリシュティナが怒りをあらわにする。
「ヴァムっ! 貴様なぜ!?」
「なぜ? 異なことを言うものじゃのうプリシュティナよ、お前たちの行動が目障りだということ以外に何がある?」
「お前に……お前に勇者を守る理由がどこにあるっ!?」
「それはお主に語ることでもあるまい、さっさと滅びるがいい」
「なめるなっ!」
「勇者様伏せてっ!」
プリシュティナとヴァムの魔法が炸裂する。
「ふむ、逃げられてしまったわい」
「ヴァムさん、あなたは……」
「まあ大方予想はついておるのじゃろう? そうじゃよ、ワシも奴らと同じ悪魔じゃよ」
「やっぱり…… でも、味方だと思っていいのかしら?」
「ラフィニア殿、ワシはアクマじゃ。 悪魔は決して人の味方などにはならん、今は敵対しておらんと言うだけのことよ」
「そうね、そうだったわ」
そういうとラフィニアは深くため息をついた。
気を落ち着かせたラフィニアにヴァムが話を切り出す。
「ところでラフィニア殿、四精霊の宝珠を隠してあるというのは本当なのかのう?」
「ふふっ、さあそれはどうかしらね」
「ふむ、ではワシに預ける気はあるかね?」
「ないわ、味方じゃない人に預けるほど馬鹿じゃないわよ、私も」
ラフィニアはにべもなくそれを断った。
ラフィニアが今持っていないというのも紛れもない事実だ。
エインパルドから宝珠を預かったその日、ラフィニアはノールに声を掛けていた。
宝珠をノールに預かっていてもらうというのがラフィニアの考えた策だったのだ。
こんな子供が持っているとは思わないだろうから敵の目を欺くことが出来る。
そしてラフィニアを殺した後、本当に宝珠が見つからなければ敵も慎重にならざるを得なくなるはず。
(とは言っても、こうして分断されちゃうとさすがに心配よね、ノール君大丈夫かしら?)
真の隠し場所を探るために仲間の命まで奪うことはなくなるだろうと読んだのだが、まさかこんな形で分断されると言うのは誤算だった。
もちろんその心配は宝珠のことだけじゃない、ノールたち自身のことも心配している。
ともかく他の仲間が無事であることを今は祈るしかない。
「そうか、ならば仕方がない。 だがあの者、プリシュティナだけでなくリーア様の復活を望む者は多くいる、そういう者たちから常に狙われることになるが大丈夫かの?」
「ええ、覚悟の上だもの」
言葉ではそう言いつつもラフィニアにも自信はなかった。
「あのう、いまいち状況飲み込めていないんですけど……」
「えーとね、勇者様は白の悪魔ってご存じ?」
「はい聞いたことならありますけど。 10年ぐらい前に聖王国で大暴れした悪魔だとか。 その白の悪魔がリーアと言う名前なんですか?」
「そうよ、けどね記録によればリーアは数千年前に封印されたままのはずなの、そして私はその封印を解く鍵を持っているってわけ。 あの悪魔たちはリーアの封印を解きたくて鍵を狙っているってことね」
「それがその四精霊の宝珠と言うもの、ですか」
「四精霊の宝珠はその名の通り、地、水、風、火の四つの精霊の力を用いた封印の鍵なのよ。 そして封印されているのがリーアってわけね」
「そんなヤバいもの持っててラフィニアさん大丈夫なんですか?」
「見ての通り命からがらよ、これのせいでみんなを危険に巻き込んだんだとしたらちょっと申し訳なく思うんだけどね」
ふと今はいないリックの姿を思い浮かべる、もし本人がいたらこんなこと決して言うことはなかっただろうと思いながら。
「まったくですよ、俺危うく死にかけたし…………ってあれ? ラフィニアさん、なんですか? その顔」
「言わないほうがいいかなあ?とも思ったんだけど、勘違いしたままだとあなたも危険だしなんかイラっとするから教えておくけど。 あなたの場合、宝珠とは無関係にあなた自身も狙われていると思うわよ」
「え、ええーっ! なんでですか!?」
「リーアの封印は四精霊の宝珠だけじゃないのよ、いくつもの封印が施されていてその数だけ鍵も必要になっているの。 勇者であるあなたの力も封印を解く鍵である可能性があるのよ」
「俺、勇者辞めます」
「それは私じゃなくて女神様に言ってね、あとあくまで可能性の話だから。 宝珠はね、数枚の紙と一緒に木箱に収められていたんだけど、その紙には宝珠と封印についての概要みたいなのが書かれていたの。 その中で勇者や女神と言う言葉が書かれていたらしいわ。 ただ実際に勇者と言う存在が封印とどう関係しているのかまではまだ分からないみたい」
「そんな曖昧な情報で俺は狙われてるんですか?」
「人の歴史に語られていないだけで悪魔たちは知っているのかもね。 それに鍵として必要なかったとしてもかつてその悪魔を封印したのは勇者だもの、封印を解いたあとで障害になるはずの勇者様を始末しようとしても不思議ではないわね、今のあなたはまだ強くないし。 ああ……ヴァムさんは悪魔ならその辺の事情知らないかしら?」
「すまんな、ワシもその封印に関しては詳しくないのじゃ。 おそらくあの方ならば知っているかもしれぬが、さすがに紹介などはできんよ」
「そう、それは残念ね」
「ところでラフィニア殿、四精霊の宝珠を見せてもらうこともダメなのかの」
「だーめっ」
当然だ、持っていないのだから見せられるわけがない。
だがそれは秘密にしておくべきことだ。
持っていると思われれば先ほどの悪魔と同様強引に奪おうと襲ってくるかもしれない。
だが持っていないかもと思っていてくれている間は突然命を奪われることもないだろうから。
「ふーむ、ケチじゃのう」
「それより、これからどうやって合流すればいいのかしら? 分断されたままはさすがに厳しいと思うわよ」
「それならば安心するがよい、ワシとて高位の悪魔じゃからな。 その後は…… まあ跡を濁さず、じゃな」
「ヴァムさん、それはどういうこと?」
「どうもこうもない、プリシュティナが勇者のパーティに入り込みおったからその邪魔をするためにワシも参加したにすぎぬよ。 それに悪魔とバレたのに共にいるわけにもいくまい?」
「待って、ちょっと待って。 ヴァムさんの言うこともわかるけど、このタイミングで居なくなられるのはかなり困るわよ。 二人も戦力を欠いた状態で来た道を戻らないといけないのよ!?」
「そうだよヴァム、俺はそんなこと気にしないぜ? 生きて帰りたいってほうが優先だ」
「ね、ヴァムさん、勇者様もこう言っているし私も他の人たちには黙っているから。 せめて大迷宮を抜けるまでは一緒にいて欲しいわ」
「いやラフィニアさん、俺としてはその先も一緒にいて欲しいんですけど? 初任務で勇者パーティ崩壊とかシャレにならないよ」
「勇者様の都合はともかく、今はここを切り抜けることが優先よ」
「ラフィニア殿、ワシは悪魔じゃよ?」
「ええ知っているわ、だから味方にはならない。 でも敵じゃないなら共闘もあり得るのでしょ?」
「ふむ、まあそうじゃな。 はっきり言えばお主がここで朽ち果てようとワシには関係のなきことじゃ。 しかしそれで奴らが利するのは都合が悪い、と言うか不愉快ですらある。 良かろう、ここを脱するまでは共にいるとしよう」
「いや、だからこの先もさ――――」
◇
「ああ、いつまで洞窟を彷徨えばいいんだろうか」
リックは愚痴りながらもトボトボと歩き続けた。
「しょうがねぇだろ、魔物が襲ってくるんだからよ。 魔物倒したってそこに居続けたら血の匂いで他の魔物も寄って来ちまうし。 セーフティポイントでも見つけない限り魔物に見つかったら移動していくしかねぇんだよ」
「でもよザリオ、さすがに休みなく戦って移動すんの疲れるって」
項垂れるリックの姿にリィベルの不安は増すばかりだった。
「他のみんなは無事なのかな……」
「あっすまん……そうだよな心配だよな、俺たちより他の連中のほうが大変だろうし。 えっとあれだ、みんなそれなりに強いし大丈夫だろ。 まあプリシュティナとヴァムは気づいた時にはもういなかったから少し心配ではあるが…… イヤあの二人だって強いしなんとか切り抜けているさ」
「うん、そう……だよね、ありがとう」
俯きながら発せられたその声に力はない、心の内はまだ心配なのだろう。
まあ当然だとリックは胸中で呟く。
ここにはAランク冒険者が4人いるしその4人とも剣で戦うのがメインであるため、よほど大きな怪我でもしなければ休憩と食事さえできれば何とかなる。
しかし他のものは多くて二人、プリシュティナとヴァムに至っては一人で転移してしまっている可能性すらあるのだ。
この大迷宮をたった二人で生き残るのは例えAランク冒険者であっても難しいことなのだから。
「ただいまー」
「お、おう…… おかえりエルビー、いやほんと唐突だな」
「あれ? リックたちだけ? 他の人たちは?」
「まだ戻ってきてねえよ、そっちも迎えに行ってくれるんだろ? ノール」
「必要ない」
「え? なんで?」
リックの問いかけに無言でリックの背後を指し示す。
「また後ろかっ! ……っておお、ラフィニアおかえり」
「はあ…… ちゃんと戻れた…… よかったぁー」
リックたちを見たラフィニアはほっと胸を撫で下ろす。
「戻れたと言っていいのか? まあそれは置いといて、どうやって戻って来たんだ?」
「それについてはおいおいね、それよりまず話しておかなきゃいけないことがあるのよ」
ラフィニアが神妙そうな面持ちにリィベルの手が震える。
「プリシュティナは? プリシュティナは一緒じゃなかった?」
「リィベル落ち着けって。 一人で転移してたとしても、ほらノールがいるぞ、な? ノール、今からプリシュティナのもとに向かって――――」
「そのプリシュティナのことだから聞いて」
ラフィニアは事の顛末を話し始めた。
ただしありのままを伝えるわけにはいかない。
それは今のリィベルの様子を見ても明らかだった。
「ウソよっ! プリシュティナが悪魔なんて、そんなことあり得ないわっ!」
リィベルが叫ぶ。
「嘘じゃないわ、すべて本当のことよ」
「リィベル、ラフィニアさんが話したことは本当だよ。 実際、俺は死にかけたぐらいだし」
「そんなの、ほら、あの首飾りよ。 同じように何か別のもので操られていたのかもしれないわ、助けに行かないと」
リィベルの言葉に全員が黙り込んだ。
「リィベルよ、お主の気持ちは分かる、パーティの中では一番慕っておったからの。 だが奴のそれは優しさではないのじゃ、悪魔ならば付け入り取り込むのは良くあることじゃて」
「ねえリィベル、別に悪魔だからって嫌いになれとか敵対しろって言っているわけじゃないの。 私だってあのプリシュティナがまさかって、今だって信じられないくらいよ。 仮に操られているとして、彼女はあの場から逃げ出したの。 ならこの大迷宮からも逃げ出しているって思わない? おそらくまたどこかで会うことになると思うわ、その時にでもじっくり話をしなさい。 でも、今は自分の身の安全を最優先に。 分かった?」
「で、でも……」
「言っておくけど、プリシュティナってばとっても強かったわよ。 三人いなかったら危なかったわね」
それは真実とは違う部分。
「そうだぜリィベル。 ほんと俺ヤバかったんだから。 ラフィニアさんの機転とヴァムの咄嗟の行動がなければ死んでた。 頑張って反撃してやっとの思いで退散してくれたってところなんだよ。 あれだけ強いなら大丈夫だって」
合流前、勇者が言ったのだ。
真実を語ってもリィベルは信じないだろうし、慕っていたプリシュティナを探しに行こうと言い出すはずだと。
この嘘はその対策だった。
他のメンバーには後日真実を話せばいいだろうとラフィニアは考える。
(ヴァムさんのことは…… 自分で話してもらえばいいわね、私が伝えることじゃないわ)
黙っていると約束もしたのだしヴァムについては話す必要もないだろう。
雑な説得にも思えるが他に妙案も浮かばない、リィベルにはこれで納得してもらうしかない、そう思うラフィニアとリィベルの間にリックが割り込む。
「なあリィベル、プリシュティナのこと、探しに行きたいか?」
せっかく成功しそうな説得に何水を差しているのだろうか、ラフィニアは怒りのこもった視線をリックに向けた。
案の定、リィベルは縋るような目をリックに向ける。
しかしリィベルが何かを言おうとする前にリックは続けた。
「ここにいる全員を、危険に晒してまで探しに行きたいか?」
期待していたものとは違う言葉にリィベルはその表情を曇らせる。
「酷なこと言っているのは分かっているよ、けどこれが冒険者ってやつだ。 一人の選択が仲間の命運を分ける。 なぁリィベル、お前は仲間の命を背負えるか?」
諭すように語るリックの言葉にリィベルはゆっくりと首を振った。
ただそれまで一緒にいたミルドたちが「お前が言うな」と胸中で呟いていることなどリックは知る由もない。
「なら、今は戻ろう。 手持ちの回復薬は底を尽きかけている。 それでもプリシュティナが心配だって言うならさ、そうだな、俺がお前の前に連れてきてやるさ。 そこで心配させんなって文句の一つでも言ってやれ。 それでどうだ?」
返事はない、ただじっと待つ…… リィベルは目に涙を浮かべ、そして小さく首を縦に振ったのだった。