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絶望の中の光

 薄れた光の中、リオンの眼前には見覚えのない光景が浮かんでいた。

 そこが迷宮の中であることは間違いない。

 だが先ほどまでいた空間とは全然違っている。

 何が起こったのか理解できぬまま辺りを見渡してみる。


「俺……ヤバいかも……」

「ほんと、この状況はかなり不味いことになったわね」

「うわっ! あ、ラフィニアさんいたんですか……」

「あら、いないほうが良かった?」

「そういう意味じゃないですっ! てっきり俺ひとりなのかと思ってたんで居てくれてすっごくうれしいです」

「それは良かったわ、咄嗟に飛び込んでしまったらこの有り様よ」

「もしかして俺を助けようとして? だったらすみません、けど二人で魔物と戦うのってかなり厳しいですよね」

「魔物ねえ…… 正直言ってそれ以前の問題なのだけど」

「え? それってどういう意味ですか?」

「あなた、自分が今どこにいるか分かる?」

「えっと、それは…… あっ」

「気づいた? さっきと場所が違う、迷宮のどこに転移させられたか分からないから戻りようがないのよ」

「ほんと、すみません……」

「あなたが謝ることではないわ、あの転移トラップは避けようがなかった。 それに飛び込んだのは私の判断よ、いずれにせよ二人でどうにかしないことには……」

「ほっほっほっ、二人などと、ここに老いぼれもおりますぞ」

「ヴァム!」

「ヴァムさん!?」


 ラフィニアは驚愕の表情を浮かべていた。

 ヴァムまで転移に巻き込まれているとは思っていなかったからだ。

 そんな気配はなかったし、そもそもラフィニアでさえギリギリだったのにヴァムが間に合うとは思えなかった。

 ラフィニアの胸中はあっという間に疑惑の念でいっぱいになる。


(ザリオの言っていた暗殺、やはり勇者様を狙っていた? ヴァムが暗殺者なの? いや……それどころかもし悪魔だったら)


 もしそうならノールの不可解な行動にも説明がつく。

 ノールは実験と言ってヴァムから首飾りを受け取ったわけだが、あれはもしかしたら証拠となる首飾りをヴァムから取り上げるのが目的だったのかもしれない。

 五つあるうちの三つは解呪のため破壊してしまい残り二個、ノール自身は持つことが出来ないと判断したようだがそれでエルビーなら持てるかどうかを試そうとしたのだろう。

 ノールが精神支配を受けるわけでもなく逆に破壊してしまったのはよく分らないが、つまりは首に付けずともノールが持っていればいずれは破壊してしまう。

 他に信用のおける者で影響を受けるかどうかわからなかったのはエルビー一人と言うことになるわけだ。


 そんなノールの意図に気づいたラフィニアに戦慄が走る。

 自分の勘が正しければ最悪の事態だとラフィニアはヴァムに気づかれぬようにそっと剣を構えなおした。


「ほっほっほっ、しかし困ったことになりましたな」



    ◇



 エルビーは戦っていた。


「いっぱいね、うじゃうじゃいるわ」

「お、おい小娘っ、何をそんな楽しそうにしている!? このままでは埒があかんぞ」

「私の魔法で一掃できればなあ」

「なんだ、そんなことが出来るならさっさとやれっ小娘!」

「むぅ……簡単に言わないで欲しいわね、魔法なんて集中しないと使えないのに。 あとわたしはエルビーよ」

「どうだっていい、お前の名など。 それより先ほどのは何だったのだ、ほかの連中はどこに行った?」

「と言うより、わたしたちが別の場所に飛ばされたのよ。 転移魔法ってやつね」

「なんだと? これが転移魔法と言うものか。 しかしそうなると帰るに帰れないということではないのか?」

「んー、まあ自力じゃ無理かな。 けどノールいるし問題ないわよ、そのうち探しに来てくれるから」

「そのうちだと? この数の魔物を相手にそんな悠長なことは言ってられぬだろう」

「そうね、ちょっと厄介なのも来たみたいだし」

「何!?」

「ほら、あそこ」


 エルビーが指す方向に一匹。


「あれは、ミノタウロスか!」

「洞窟住まいの牛は二足歩行するのね、ちょっと驚きだわ」

「あれはそういう魔物で牛とは別物だ」

「え? そうなの? 焼いたらおいしいかなって思ってたのに、食べられないのかな?」


 そう言いながらエルビーはよだれを拭う。

 ミノタウロスが手にした斧を振り上げ雄叫びを上げた。

 その覇気に臆したのか今までエルビーたちを襲っていた魔物の群れが一斉に引いていく。


「なんだ? いったい何が起きた?」

「へえ、あの牛、わたしたちと一騎打ちがしたいみたい」

「ば、馬鹿な。 魔物にそんな知能などあるはずが」

「けどみんなあの牛に道を譲ったわよ、つまりそういうことでしょ」


 ミノタウロスは走ることなく、歩くような速度でゆっくり近づいてくる。


「ねえ、わたしが戦ってもいいわよね?」

「何を言っている? 正気か小娘」

「いいじゃない、だって楽しそうだものね」



    ◇



「み、みんなどこ? リ、リック……」


 リィベルは呼び慣れない人物の名を呼んだ、それまで自分の名を呼んでくれていた人物、あと少しで手が届くところにいた人物。

 名を呼べば彼が返事してくれるのではないかと期待して。

 しかし辺りを見渡してみても誰もいない。

 壁に生えた植物が淡い光を放っている。

 遠くまでは見えないが近くなら人の顔ぐらいは判別できる程度の光。

 すぐ近くにいたはずのリックの姿は見当たらなかった。

 暗闇、そして孤独。

 こんな洞窟奥深くで無事戻れることなどあるはずがない。

 絶望が心を支配していく。

 そこから生まれる恐怖。


(こわい、こわい、こわい、こわい、たすけて、たすけて、たすけてたすけてたすけてたすけて――――)


 リィベルは身に生じてく恐怖に耐えられなくなり、その場に座り込むと同時に大粒の涙があふれ出した。

 無音の洞窟にリィベルのすすり泣く声だけが静かに響き渡る。

 背後からわずかな物音がした。

 魔物ではなくもっと小さな、虫が這いずり回るかのような音。

 たかが虫、しかし今のリィベルにとってはそれだけでも十分に恐怖を刺激する。


「誰か……プリシュティナ、リオン、ヴァム、スコピエ…………リック……」


 不安に押しつぶされそうな中、か細い声で名前を呼ぶが誰からも返事はない。

 リィベルの不安はさらに加速する。


「そろそろかナ」

「そろそろネ」


 聞き覚えのない声がした。


「誰? 誰かいるの!?」


 知らない人でもいい、偶然にも他の冒険者に会えたのならそれだけで良い。

 一人じゃないのならそれだけで良い。


「フフフフフ、僕はフロール」

「私はフローラ」

「見ての通り悪魔サ」「見ての通り悪魔ヨ」


 姿を現した者は人間の姿によく似ているが所どころ違っている。


「あ、あくま? なんで……」


 悪魔でも良い、一人じゃないのなら……。

 一瞬そう思えた。

 だがその後の言葉でそれが何の希望にもならないことを知る。


「なんでっテ? そんなの決まってるじゃン、オマエを殺すためだヨ?」

「ほら、いーっぱい私たちの友達を呼んであげたワ。 あの子たちお腹がいーっぱい空いているみたいだかラ、ムシャムシャバリバリ、おいしく食べられてネ」


 辺り一面を覆う気配、壁から天井から何者かがポトリポトリと落ちてくる。


「この子たちは肉食だヨ。 時には大きな魔物すら襲って食べちゃうんダ、仲良くしてあげてネ」


 それは手のひらぐらいの大きさの虫だった。

 壁や天井、そして落ちてきては地面を覆い隠していく。


「あ、そうそう、安心してネ」

「すぐには殺さないヨ」

「手から足からゆっくり食べさせるからネ」


 もはや後悔しかなかった。

 地位だとか名誉だとかそんなもののためにここまで来てしまった。

 その最後が虫に食べられるなどとは、死体も残らず死んだことすら誰にも気づかれないのだろう。


「誰かお願い…… 助けに来てよ……」


 痛いのも嫌だ、誰か助けて欲しいとリィベルは願う。


「アハハッ! 無駄だヨ!」

「そう無駄なことヨ、お前ひとりだけ転移させたんだかラ!」

「もっと怯えロ」

「もっと恐怖しロ」

「誰にも聞こえなイ」

「誰も助けにこなイ」


 二体の悪魔が笑みを深める。

 リィベルはその笑みの理由を知っていた。

 悪魔は人が抱く恐怖を好む絶望を好む、そう書物には書かれている。

 優しい死など存在しないだろう、今から訪れるのは耐え難い苦しみを伴った死だ。

 嫌だ、苦しいのも、痛いのも、そして何より死ぬことが怖い――――


「誰か……誰か助けてーーー!!」


 それは心からの叫び、しかしその声に答えてくれる者は誰もいない。

 そんな絶望が心を埋め尽くそうとしたとき、悪魔たちがおかしなことを言い始めた。


「あれれ? オマエどうやってここに来たのかナ?」

「おかしいナ、小生意気なガキは甚振っていいって言われたから単独で転移させたのにネ」


 リィベルにはその言葉の意味が理解できなかった。

 今更何を言っているんだろうか、自分たちが連れてきたんじゃないのか。

 悪魔の思考は理解できないと思ったリィベルはふと視線を上げると足が見えた、誰もいないはずの場所に誰かが立っているようだった。

 さらに視線を上げそこに立つ人物と目が合う。

 その姿を見た瞬間、リィベルの心は嬉しさでいっぱいになった。

 見た目も幼く自分より頼りなく感じるし現状を打破できるとも思えない、けど一人ではないということが何より嬉しかった。

 仲間と言うものがどれほど心の支えになるものなのか、リィベルはこの時初めて実感したのだった。


「いるなら……返事ぐらい……してよ……」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔を両手で拭いながら笑顔でそんな文句を言う。

 ノールはコトンと首を傾げた。

 それも仕方がないことだ、ノールが転移して来たのはリィベルの叫びの直後だったのだから。

 そんな事情など知らず、リィベルは目の前の人物がなぜここにいるか分からずその疑問を口にした。


「どうして……助けに来てくれたの? 私はあんたを刺しちゃったのに」

「リックが助けに行くべきと言った」

「そう……なの、でも、そのラフィニア……さんとか、もう一人の赤髪の子とか、私より先に助ける人がいるんじゃないの……」

「ラフィニアは強いから心配ないとリックが言っていた。 エルビーも強いから心配はいらない。 リィベルは、一人で危険だと言っていたから来た」

「私のこと助けてくれるの?」

「そう言っている」


 そういうとノールは右手を差し出す。

 リィベルはその右手を取ろうと手を伸ばし……動きが止まる。

 リックが伸ばした手を取ることが出来なかった、その時の光景がリィベルの脳裏に浮かぶ。

 この手をつかもうとした瞬間、またどこかに飛ばされてしまうかもしれない、そんな恐怖が頭を過ぎる。

 伸ばすことも引っ込めることも出来ず戸惑っていると、ノールは何事もないかのようにその手を掴んだ。


「ねえねえ、オマエ、僕たちのこと無視してなイ?」

「失礼な奴ネ、一緒に殺しちゃおウ」

「君たちに用はない。 僕はリィベルを連れ戻しに来ただけ」

「そんなことさせるわけないよネー」

「まあいいけどサ、勝手に逃げることは僕らが許さないヨ」


 ノールたちに無数の虫が襲い掛かる。

 まるで波のように押し寄せて来る虫を見てノールは魔法の壁を展開した。


「へー、魔法障壁で防ぐなんてネ。 人間にしてはやるじゃン」

「けどいつまでもつかナー」


 悪魔の言葉を意に介することもなく、ノールはさらに魔法を発動する。

 

「――――爆炎陣(フレアストーム)


 ノールの詠唱を聞いた悪魔に動揺が走る。


「バカかッ? こんなところでそんな魔法自殺行為ダ!」


 炎が爆音を轟かせながら周囲を包み込む。

 炎が収まった後、辺りにいた虫はすべて焼き払われていたがノールはまだ魔法の壁を解かない。

 周囲はまだ高温のまま、この状態で解くとリィベルに影響を与えるかもしれないからだ。


「信じられなイ、信じられなイ」

「人間は愚かだと思っていたけど、これほどとは思ってもみなかったワ」

「魔法障壁は虫から身を守るためじゃなくてこの衝撃から身を守る為だったカ。 だとしても衝撃で洞窟が崩れたらどうするつもりだったんダ」

「崩れても誰もいないから問題ない」

「こいつ馬鹿ダ」

「人間なんてそんなものヨ、面倒になる前に殺しましょウ」

「なぜ?」


 悪魔の言葉にノールは疑問を投げかける。

 リィベルを助けに来ただけなのにこの悪魔たちはなぜ敵意を、殺意を向けてくるのだろうか。


「なぜだっテ。 やっぱリ、人間は愚かネ」

「そんな簡単なことも分からないんダ」

「人間はオモチャなのヨ」

「手足をもいであげるといい声で鳴くんダ、まずはお前から聞かせテ」

「後ろのはその後ネ」

「さア、恐怖に歪むその顔をいっぱい僕たちに見せテ」

「そしテ、絶望と苦しみをたっぷり味合わせてあげル」


 悪魔から感じるのは邪悪な者の気配。

 そして人間の絶望を糧とする存在もの


「そう、それが君たちの意思なんだね。 それなら――――」


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