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分かたれた仲間たち

「さてそろそろ出発するとしよう」

「おいミルド、毒のほうはもういいのかよ?」

「解毒薬がしっかり効いてきたみたいだ、もう問題あるまい」

「その前にこの先の調査について詳しく話してほしいわね」

「うむ? なんだ聞いていないのか?」

「私たちが知っているのは調査のために同行する、と言うことだけなのよね」

「よくそれで依頼を受ける気になったものだな、まあいい。 では軽く話しておくとしよう、調査と言っても一からすべてを調べろというものではない。 過去の調査状況から未調査だったところや不十分と思われるところを再調査するのが目的だ」

「それってどのくらい残っているのかしら?」

「ふーむ……ザリオ」

「ん、なんだ? ああそういうことか、いいんじゃねぇか? 信用できねえ奴らってわけでもねぇし、ほれよ」


 そういうとザリオは革袋から数枚の紙の束を取り出す。

 それを受け取ったミルドは紙を広げ地面に並べて見せた。


「これは……地図ね、けど私たちに見せちゃってもいいの?」

「お前ら俺からこの地図を奪おうってか?」

「しないわよ、そんなこと。 それにどうせ他人には分からないように書いてあるんでしょ」


 冒険者にとって迷宮の地図と言うのは一つの財産でもあった。

 地図があれば迷うことなく目的地に向かえるし危険な区画に入り混んでしまう心配もない。

 行きも当然だが帰りにとっても地図は生命線である、広大な地下大迷宮は一度迷い込んだら生きては出られない。

 貴重なものであるから他の者に奪われないようにと、熟練の冒険者たちは自分たちにしかわからないように細工していることがほとんどだった。


「へへっ、その通りだぜ。 だがまあお前たちのことは信用しているのは嘘じゃねぇさ」

「それはどうも、と言っても読めない地図見せられてもどうにもならないのだけど」

「まあ聞け、重要なのはそこじゃねぇさ。 今回の調査目的は地図のこの辺り、手前が再調査区画で奥が未調査区画でな。 調査が進まなかった理由はどうやらこの周辺は魔物がうじゃうじゃいるらしく後回しにされた区画ってわけさ」

「っておいザリオ、それってまだ戦闘が残っているってことじゃねえか?」

「そういうことだがまあ安心しろって。 さっきのバジリスクみたいな戦闘が後数回あるってだけさ、余裕だろ?」

「ああそりゃ退屈しすぎて居眠りしちまいそうだな……ここでお前らの帰り待ってていいか?」

「もう馬鹿言ってないで続き」


 ラフィニアは呆れた表情で続きを促す。


「へへっそうだな、全体像は分からねぇと思うから説明してやるがこの辺りは最下層の奥やその先の深層へ向かうルートからは外れた区画なのさ。 ここの情報はまったくと言っていいほどなくてな。 まあ想像するに多くの者が魔物の群れを見て引き返すか、うっかり踏み込んじまって死んでるかさ」

「そんな場所に向かえって国は俺たちに死ねと言っているようなものだぞ?」

「勇者ってのはドラゴンを殲滅するほどの強者だぜ? そのぐらい余裕だろうさ……と偉い連中は考えているんだろうな、へっへっへっ」

「その勇者の顔色がすこぶる悪く見えるのは俺の気のせいか?」


 リックの言葉にリオンは苦笑いを浮かべながら返した。


「あ、いえ、そんな危険な場所だというのは、今初めて知ったもので」

「勇者様だって最初から強いわけじゃないでしょ、これからどんどん強くなっていくのよ」

「だと良いんですけどね……」

「とにかく確実に退路を確保しつつ進めるところまで進む、それ以外にないわね」

「そういうことだな、じゃ今度こそ出発だ、いいな?」

「はぁ仕方ない、おーい、ノール、エルビー行くぞ」

「やっと出発?」

「そうだ、しかしお前らほんと元気だな、休めるときはちゃんと休めよ」


 大迷宮下層――――。

 ミルドを先頭に一行は複雑に入り組んでいる大迷宮を突き進んでいく。

 ここまで魔物の数に大きな変化は見られないが中層と比べ強い魔物が多くいることにリックは不安を覚える。


「このレベルのがうじゃうじゃいるところに向かおうとしているんだよな? 俺ら」

「まあそういうことよね」

「でさ、退路を確保するってことはだ、基本殲滅していくってことだよな?」

「当然、これ以上の進行は無理と判断して引き返すことになったとき、後ろも前も魔物だらけじゃもう逃げきれないと思うわよ」

「だよな、まあ分かっていたけどさ」


 ザリオを先頭に迷宮内をどんどん進んでいく。

 分かれ道になっても迷うことなく目的地へと近づいていた。

 魔物が現れればミルドたちが前に出て片っ端から殲滅していく。


「さてと、ここが最後のセーフティポイントだ。 この先は未知、途中でセーフティポイントを確保できるかもわからん。 そのつもりでしっかり休息をとってくれ」


 冒険者チームも疲労は見受けられるがこういった場面にも慣れているのかそれで動きが鈍るということはなかった。

 しかし勇者パーティはその疲労が大きく影響しているようにも感じられる。

 特に顕著なのはリィベルとリオン、そしてプリシュティナだ。

 リィベルに至っては精神支配を受けて以降一言も喋っていない。

 ラフィニアは手持ちの回復薬の数を確認する。

 出てくるときにはかなりの数を持ってきていたが、それも今では心許ない数にまで減っていた。

 帰りにも必要になることを考えればここで不用意に使うことは出来ない。


「ミルド、あなたたちの回復薬はどのくらい余裕がある? こっちはギリギリだわ」

「ああこっちもかなり厳しいな。 ビオラルタルの異常な行動にバジリスクのコロニー、想定以上に消費してしまったところだ」

「そう、最悪途中で引き返す可能性も考えていたほうがいいわね」

「そうだな、あとは中次第だ。 魔物の数が激増するのは確かだが奥はどの程度続いているのか不明だ。 案外あっさり行き止まりに着くかもしれぬ」

「でもなんでそんな魔物が増えるんだろうな」

「不可解ゆえに何かある、それを調べるのが今回の任務でもあるのだぞ」


 リックの疑問に当然だと言わんばかりの表情でミルドが答えた。


「けどここで増えるのは魔物で魔獣じゃないんだろ? 転移してくるのは決まって魔獣。 ちょっと違わねえか?」

「魔獣がすべて魔物より弱いと言うことはないけど、弱い個体が追い立てられた末に転移トラップに引っかかってしまうと言う可能性もないとは言い切れないわよ」

「その理屈で行くとニヴィルベア3体より強い魔物がこの先にいるってことになるんだが」

「そんなのに出くわしたら迷わず逃げましょう、今回はその存在を見つけただけで十分な成果よ」

「ええー!? わたしたちで倒さないの?」

「エルビーちゃん無茶言わないで」


 素っ頓狂な声で言うエルビーをラフィニアが宥めていた。


「さて、そろそろ休憩も十分だろう」


 ミルドの言葉に全員がぞろぞろと立ち上がる。

 奥に進むにつれ魔獣の数は増えその強さも増していくが今のところ危険な魔物の気配もなく、調査はほぼ終了と言える段階にはなっていた。


「この先行き止まりのようだな」

「そうね、じゃああとは帰るだけかしら?」

「そうだな、一応念のために行き止まりであることを目で確認しておいたほうが良いだろう」


 ミルドとラフィニアがそんな話をしている。


「ラフィニアもミルドももう終わったみたいな顔してねえで戦いに集中しろよっ!」

「あら、こんなの片手間で十分でしょ? 戦いながらでも先のこと考えて行かなきゃ」


 襲い来る魔物を往なしながらラフィニアはリックの抗議を一蹴にした。

 エルビーが最後の一匹を切り伏せる。

 すべて倒し終えたことを確認すると、ミルドたちは先に進んだ。

 その先は少しだけ広くなった空間で来た道以外に出入り口はない。


「思った通り行き止まりだったわね、これで調査は無事終了かしら?」

「そうだな、しかし見事に何もなかったわけだが…… まあ結果は結果だ、十分であろう」


 あとは来た道を帰るだけ、そう安堵する面々にプリシュティナがポツリと言った。


「壁に抜け道などはないのかしら?」

「ん? なるほど、その可能性は失念していた。 魔法やアーティファクトによる仕掛けがないとも言えぬか」

「アーティファクトはともかく魔法なんて見抜けないわよ?」

「まあそれはそれで仕方なかろう。 ともかく調べる、それだけだ」


 それまで固まっていた者たちが調査のため散らばり始める。

 そしてその状況を狙ったかのようにリオンの足元が突如として光りだした。


「な、なんだこれ……」

「そこからすぐに離れろ!」

「転移魔法陣っ!?」


 偶然にも近くにいたラフィニアはリオンを助けようと光の中に飛び込むと二人の姿が掻き消えた。


「何? 何が起きたの? リオンはどうしちゃったの?」


 突然のことに動揺を隠しきれないリィベル。


「クソッ、もしかしてこいつが転移トラップか」

「これが転移魔獣の原因と言うことか? リックよ」

「どうだかな、それなら転移先は森の中だ、ここよりは安全だろうさ。 けどもしそうじゃなかったら、最悪の事態だ」

「皆、周囲に警戒だ。 他にも転移するトラップがあるやもしれん」

「警戒って何をどう警戒するってんだよ?」


 警戒するようなものが周りには見つからない。

 すると再び薄暗い洞窟が溢れる光に照らし出される。


「今度はどこだ?」

「な? じょ、冗談じゃねえ! 今度は俺かよ!!」

「あれ? なんか私も範囲に入っているっぽい?」

「エルビー! 急いでそこから離れろ!」

「ふへへへ、行ってきまーす」


 笑顔で手を振るエルビー。

 光が消えた後、エルビーとスコピエの姿はなかった。


「どうなってやがる! 遠足気分かっ!」

「リック落ち着け、怒りの矛先がずれ始めてるぞ」

「すまねえ……そうだ! 全員集まれ、そうすればバラバラに飛ばされる危険もなくなるだろ」

「そうだな、そうするとしよう」

「リィベル! 何ボケってしている? 早くこっちに来い!」

「え?」


 リィベルの足元が淡く光りだした。


「え? え? 嫌……やだ、助けてっ、誰か……」


 目に涙を浮かべ必死に助けを求めるリィベル。

 リックは走り出した。

 このままではリィベル一人で転移することになる。

 森に転移させられたのなら問題はない、だがそんな保証もないし、もし迷宮内の他の場所に転移させられたりでもしたら今のリィベルでは到底生還など不可能だ。


「リィベル!! 動けっ、こっちに!」


 リィベルはなんとか魔法陣から出ようとするが恐怖のためか思うように足が動かない、それがリィベルの恐怖をさらに煽る。

 あと少しと手を伸ばしたリック、その手に触れることが出来たならきっと助かるはずだとリィベルも手を伸ばす。

 しかし、二人の手が触れる合うことはなくほんの僅かな差でリィベルの姿が掻き消える。

 光が消え何もなくなった空間をただ見つめるリック、彼の脳裏には涙を流しながらも安堵の笑みを浮かべるリィベルの表情が焼き付いていた。


「クソっ、クソッたれがぁッ!!」

「リック! 早く来い! そのままでは二の舞だぞ!」

「ふざけんなっ! お前らなんとも思わねえのか! こんなところであんな子供が生きて帰れるわけねえだろ! それを放っとけって言うのかよっ!」

「冷静になれリック、お前が騒いだところで事態は変わらん」

「そうだぜリックよ、リィベルやラフィニアたちのために俺たちが出来ることは何もねぇ。 俺たちに出来るのは自分を守ることだけだ」

「分かってるさ、今の俺じゃどうしようもねえってことぐらいよ…… けどな、あとちょっとだったんだぞ」

「ともかくこっちに来い、そこに一人でいるのは危険すぎる」


 皆がリックを説得する、リックの気持ちが分からないわけではない。

 しかし言葉にした通り今出来ることはなにもない。

 リックもそれは分かっている、だが冷静な思考とは別に込み上げる感情が今の彼を支配している。

 そんな感情を押しとどめようと彼の思考は何か助ける策はないかと足掻きもがいていた。


「ラフィニアたちとも分断されたわけだが、今はリィベルもラフィニアのいる場所に転移したと考えるしかあるまい。 ともかくこれ以上の調査は不可能だ、撤退するぞ」

「ラフィニアは、あいつは強い。 それに他の連中も一緒だろ? 心配はしてねえ。 でもリィベルは一人で転移してんだぞ? さすがに仕方がないなんて割り切れねえよ」

「ではどうする? ただ闇雲に探し回るか? 俺たちは撤退する、お前がどうするかはお前が決めることだから好きにしろ。 ただし忘れるな、もう一人お前が守らねばならぬ者がいることを」


 リックはミルドの言葉で一人佇むノールを見やる。


「ああ…… すまねえ。 そうだな、ノールを放って行っちまったら結局は同じことか。 しかし……なんとかならねえもんかな……」

「リック、リィベルは助けに行ったほうがいい?」

「は? そんなの当たり前だろ、でも俺には」

「そう、じゃあ助けてくる」

「いやだからそれが出来たら苦労は」


 ノールの周囲が光り輝く。


「え? おい、今度はお前かっ!?」

「大丈夫、リィベルは連れてくるから。 先に戻っていていい」

「それってどういう――――」


 リックがすべてを言う前にノールが消えた。


「なんなんだ! 今度はノールまでっ」

「落ち着けリック、あれはさっきまでの転移トラップとは違ったぞ」

「どういことだよそれ」

「さあな、それより……むさ苦しいパーティになってしまったな」

「な、なあ……本当にあいつらのこと放って戻るのか?」

「言っただろ、今の俺たちにはどうにもできないことだ」

「おい、リック。 オメェの気持ちは分かるけどよ、あいつらどこに行ったか分かるか? この広い階層をたった四人で探せるとでも? もし本気で助けたいなら今は戻ってギルドに捜索依頼を出すしかねぇだろ。 それにオメェは奥に転移したと考えているだろうが、もしかしたら帰り道の途中に転移しているかもしれねぇぜ?」

「ザリオの言う通りだ。 冷静になれ」

「そうだな……すまん、なら急いで戻ろう」


 リックは唇を強く噛み締めていた。


(何であいつらが……せめて転移したのが俺だったら、こんな嫌な思いはしなくてすんだのによぉ)


 そんな思いが込み上げてくる。

 そして、そんな愚かな願いに限ってなぜか叶えられてしまうのだった。


「あ、いけねっ」


 先頭を歩くザリオが呟いた。

 すると四人を包み込むように光が溢れ、その光が消えた後には誰も居なくなっていた。

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