狙われたノール
「勇者様、毒とか大丈夫かしら?」
ラフィニアは傷の手当てをしている勇者たちに声を掛けてみたが、見た感じ酷いダメージを受けている様子はない。
「ああ大丈夫ですね、リィベルとプリシュティナが上手く敵を引き付けてくれたおかげで俺もスコピエも毒は喰らってませんよ」
「そう、それは良かった。 じゃあリック、ちゃんと薬飲んでね」
「分かったよ、この解毒薬不味いから嫌なんだよなー」
「まさか、それが嫌で勇者様に譲ろうとしたわけじゃないわよね? 子供じゃないんだからそんな馬鹿なことしないでよ」
「いやだってほんと不味いんだって、これ。 そうだ、エルビーに飲ませてみよう、どんな反応するんだろ? あいつ」
「バカ……」
「け、けどまああれだ、なんとか倒せたな、な? これでやっと下層にいけるわけだよ」
ラフィニアのジト目をなんとか躱そうと話題を変えてみることにしたリック。
「でも下層でいったい何を調べればいいんだ?」
こうして話題をふればラフィニアはすぐ普段通りの態度に戻って答えることを知っている。
しかし、ラフィニアから返事はなく何か考え事でもしているのかと振り返ってみると、リックの目には苦しそうに胸のあたりを抑えているラフィニアの姿が映る。
「あ゛あ゛っ……! うぐっ!?」
「は? おい、ラフィニアどうした?」
「分からない……けど……これは……」
「リオン様!? どうされたのです? リオン様!」
プリシュティナの悲鳴にも似た声に見てみればラフィニアと同じように膝から崩れ落ちる勇者リオンの姿。
その傍らには勇者の落とした剣が転がる。
何が起きているのか、リックは一瞬毒の可能性を疑ったが自分が知っている症状とはまるで違うことでそれを否定する。
ガギィーーーーン!
洞窟内に突如甲高い音が響き渡った。
「おい今度はなんだ!?」
リックが音のした方を振り返るとエルビーがスコピエに襲い掛かっているのが見えた。
(って違う、スコピエがエルビーに斬りかかってんのか?)
スコピエによって幾度となく振り下ろされる大剣による斬撃、エルビーはその攻撃を防ぐことに徹底している。
「ちょっとぉ! なんで急に切りかかってくるのよ!」
皆の注目がエルビーとスコピエに向かう中で、リィベルは勇者が落とした剣を拾い上げそのまま歩き出す。
ノールの前にやって来たリィベルは少女の力では重いはずのその剣をなんとか持ち上げ、そしてそのまま突き出した。
ノールはわずかな衝撃と共に体の一部が熱くなっていくのを感じる。
剣はノールの肩口に突き刺さりそこから赤い血が流れ出ていた。
刺さったままの剣をノールは両手で掴むと顔を上げリィベルに視線を向ける。
リィベルから敵意は感じない、その表情からも。
もし敵意でも感じたなら気づけたことだろう。
虚ろな表情のリィベルを見つめながらノールは首を傾げる。
自分がなぜ刺されたのか、ノールがその結論を出すより先にリィベルの目に涙が浮かび、それは頬を伝って流れ落ちた。
リィベルの中で感情と行動が一致していない、そう考えたノールは一つの結論を導き出す。
しかしそれと同時にエルビーが叫んでいた。
「ノール! 大丈夫!? ああもう邪魔っ!」
攻撃の手を止めないスコピエに苛立ちを隠そうともしないエルビー。
「いいわよ、邪魔するって言うならこっちだって!」
エルビーが剣を振り上げる。
「エルビー攻撃はダメ」
「ダメってちょっと何言ってるのっ!?」
「ダメ」
ノールの滅多にない強めの口調に少し気圧されつつエルビーは攻撃することを止める。
その間もラフィニアは自分の意識が何かに蝕まれていくのを感じていた。
経験のない感覚、バジリスクの毒と言う可能性も否定できないが何かおかしい。
ラフィニアはリックに支えられながらも出来る限り周囲の様子を探ろうとした。
ミルドたちは毒の影響もあってかまだ動ける状態ではない。
ラフィニアが渡した解毒薬は安価のため、完全にその効果が現れるまでに多少時間がかかる代物だ。
(解毒薬を飲んだとは言え確実に毒を受けているはずのミルドたちは影響が出ていないのも不自然かしらね、毒じゃないならいったい何が……)
気を抜けばすぐにでも意識を失いそうになる。
ラフィニアの視界にはリィベルがノールを剣で刺し、エルビーとスコピエが戦っている姿が映る。
そして視界には入っていないためはっきりとは分からないが、さっきのプリシュティナの悲鳴からすれば勇者も何らかの影響を受けているだろう。
(プリシュティナは影響を受けていない? そうか!)
ラフィニアが気力を振り絞って叫んだ。
「リック! 私の、この首飾りを壊して!」
「ってどういうことだよ?」
「たぶん精神支配よ、この首飾りっ……いいから早く!」
勇者パーティは全員聖王国の司祭から受け取った首飾りを身に着けているはず。
プリシュティナだけはラフィニアにそれを譲ってしまった。
首飾りの所有者とこの状況が完全に一致しているとラフィニアは考えたのである。
「お、おぅ分かった」
わずかに焦る気持ちを抑えつつ、リックは腰から短剣を抜き出すと首飾りに付いた宝石に向け振り下ろした。
「どうだ?」
リックはよろめくラフィニアを再び支え、表情から状態を探ろうとする。
幾分かラフィニアの顔から苦しさが遠のいたように見えた。
「ええ、妙な感覚は消えたわ……けどまだ思うように体を動かせない」
ラフィニアの言葉で原因が特定できたと判断したリックは、いまだスコピエと戦闘状態にあるエルビーに向かって叫んだ。
「よしっ! エルビー! そいつが付けてる首飾りを破壊しろ」
「簡単に言わないでよっ! それよりノールは……」
「そっちは俺が何とかする!」
リィベルはノールに突き刺さった剣を引き抜こうとするが、ノールは掴んだ剣を離そうとしない。
そしてノールに駆け寄ろうとするリック。
だがそれより先にノールが魔法を唱えた。
「――――魔法解呪」
リィベルの首飾りにはめ込まれた宝石から淡い光が消え粉々に砕け散る。
支配から解かれたリィベルはその場に崩れ落ちた。
「お、おいノール大丈夫か?」
「平気」
「平気ってお前その怪我……」
「大丈夫」
そういうとノールはおもむろに剣を引き抜く。
「おぉぉおいそんな乱暴に……と、ともかくこれ飲め」
リックは呆れた顔でノールを見るとさっきラフィニアから渡された回復薬のひとつを腰にぶら下げた革袋から取り出しノールに手渡した。
「エルビーそっちは大丈夫か!?」
「だいじょぉぉぉぶ!!」
叫ぶエルビーはスコピエの攻撃をかわし下から剣を突き上げる。
スコピエもまたその攻撃をかわそうとしたが揺れ動く首飾りの鎖に刃が当たった。
鎖は千切れ首飾りはするりとスコピエの首から落ち地面に転がる。
同時にスコピエの動きも止まるとそのまま倒れていった。
「エルビーのほうは片付いたか、リィベルは……大丈夫だ、気絶しているだけっぽい、はぁ何だったんだいったい」
安心したのかリックもその場に座り込む。
しかしラフィニアはその状況に安心できずにいた。
(何? この違和感、何か見落としている?)
いまだ優れない頭を働かせて状況を整理する。
「ちょっと待って、勇者様たち全員があの首飾り貰っているなら……!」
ラフィニアの言葉でその場に緊張が走る。
首飾りを持つ者はまだ一人残っていた。
全員の視線が一点に集まる。
「わしは大丈夫じゃが」
あっけらかんとした顔の神官ヴァム。
「なんでだよ……」
リックの言葉に答えたのはラフィニアだった。
「そうか神官だものね、呪術寄りの精神支配に対して耐性があっても不思議じゃないわ。 私だってこの胸当ての魔法耐性がなかったらやばかったかもしれない、勇者様は……勇者なのだから当然ね」
回復薬を飲み傷も癒えたノールはヴァムのもとへと向かった。
「その首飾り、貸して」
「うむ? これをか。 構わんがどうするつもりじゃ?」
「じっけん」
差し出された首飾りだがそのまま受け取っても大丈夫なのかとノールは躊躇する。
指先で軽く突いてもみるがすぐに影響が出るわけではないようだ。
ノールは首飾りをまるで汚物を持つかのように指先で摘むとそのままエルビーに近づいて行った。
しゃがみ込んでスコピエが落とした首飾りを剣で突いているエルビーの背後へと周り、そっとエルビーの首に手を回して――――。
「ん? な……ってぎゃあーーーーー! ちょっとなんでわたしにその首飾り付けようとしてんのよ!? わたしまで呪われちゃったらどうするの?」
「じっけん、しようと思って」
「実験じゃないわよ、試すなら自分に付ければいいでしょ?!」
「ん……それは」
「何? ノール、もしかして怖いの?」
「そうじゃないんだけど、たぶん僕が付けると――――」
ノールはそう言いながら自分に首飾りを付けてみる。
「どう? 呪われそう?」
エルビーの問いかけにノールが答える前に、その首飾りが破裂した。
「あぶなっ! 何いったい……」
「――――こうなる」
ノールの視線の先には砕け散り地面に落ちた首飾りの残骸。
「だとしてもわたしで試すのはダメよ」
「おいエルビーとノール、ラフィニアから伝言だが」
「ん? なに?」
「大事な証拠品を壊して遊ぶなってさ」
「わたしはヒガイシャーーー!!」
「どーどー、俺に当たるなって。 しかし証拠品つってもこれどうやって回収すればいいんだ? 下手に持って精神支配受けちまったら意味がないだろうし」
「そのためにエルビーで実験しようと思ったのだけど、ダメと言われた」
「ああエルビーなら精神支配受けない可能性があったってことか、けどイチかバチかすぎない? それ」
「精神支配受けても魔法で解けるし最後の一個を持ち帰れば問題ない」
「なるほど、その実験用の一個をお前さんが無駄に壊しちまったってわけか。 でも首にかける必要あったのか? まあいいけどさ。 そうなるとこの最後の一個だがどうする?」
地面に転がったままの首飾りを指さしリックが尋ねる。
「ヴァムに持ってもらうしかない、効果がないことは証明済み」
「そうだな、というわけでヴァムさん、これ預かってもらって構わないか?」
「もちろん構わんよ」
そういうとヴァムは無造作に首飾りを拾い上げポケットにしまい込んだ。