帯同者 ―される者(エルビー)―
はあ……。
何度目かのため息。
ノールと言う人間に出会った翌日。
とりあえず今はその人間についていくことにしている。
全裸にマントはわたしでもマズいんじゃないかと思った。
『あのさ、わたし、今裸なんだけど』
「知ってる」
『あのさ、わたし、服着たいんだけど』
「お店で買える」
『あのさ、わたし、今お金持ってないんだけど』
ノールは何やら考えているようだ。
ノールの釈然としない態度に改めてため息が出る。
はあ……。
「あっち」
あっちってどっちよ!
人間の体と言うものにまだ馴染まない。
ドラゴンと人間では歩き方もバランスのとり方も全然違う。
頑張って歩いているとなんとか目的地にはたどり着いたようだ。
『ここどこよ』
「服が買える場所」
『買ってくれるの?』
昔、仲間のドラゴンから聞いたことがある。
人間は服と言う物を着て生活している。
さらに裸マントは変質者の証なのだと。
その変質者とは蔑まれる者の意味らしい。
それは嫌だ。
そんなことを思っている間に二人はお店に入る。
中は広く様々な服が置かれていた。
おや?
外を歩いていた人間が来ていた服とはちょっと形が違う気もするが。
なんていうかこうヒラヒラが多い?
店員が近寄ってきて試着するかどうか聞いてきた。
そもそも着方が分からないんだけど。
試行錯誤の末、やっと着ることができた。
たぶん。
なに?なに!これ!かわいい!
ドラゴンの時に着飾るなんてことをしたことないのもあってか、身体を装飾すると言う新体験にテンションが上がっている。
とりあえず外で待つ人間に見せる。
『どう?』
「動きづらそう」
『何言ってんの?余裕よ!』
服を購入したエルビーはそれを着たまま外に出る。
『あ、ローブ返すね』
それを受け取り身に纏うノール。
残念なことにまともな金銭感覚を持たないノールはその服がかなりの高額商品だったと言うことに気付かなかった。
そんな二人はさらに街の中を歩く。
『ねえ、武器も必要じゃない?剣がいい。剣』
「わかった」
向かったのは総合武具店。
そこは以前、ノールがビッツにローブを買ってもらった店だ。
「エルビー。声で話す練習もしたほうがいい。人間は念話では話さない。それとドラゴンであることは隠したほうがいい。人間はドラゴンに恐怖する」
『別に怖がる奴は怖がらせておけばいいじゃない?』
「怖がるだけならいいけど……」
『いいけど……何?』
「エルビーが人間に危害を加えないと言っても今の人間は信じてくれない。エルビーを排除しようとするかもしれない。そうなるといずれは争いになる。ドラゴンと人の戦争。戦争になると勇者が生まれる。エルビーは勇者に勝てない」
『そっ、それは……』
エルビーにとっても勇者と言う存在は未知数だった。
そして勇者にドラゴンが滅ぼされたと言うことは、人間の間では伝説と言う程度であってもドラゴンの間では事実として語られているのである。
ノールの言葉に一瞬イラっとしたエルビーだったが、目の前の人間に勝てないのも事実なので黙ることを選択した。
道すがら街を眺める。
今自分が着ている服以外にも様々な服が売られている。
どれもこれをかわいいような気がしてきた。
着てみたい。
ふと自分がドラゴンだったことを思い出す。
そんなドラゴンの自分がこの服を着ている姿を想像して……。
ドラゴンじゃ、似合わないな。
『ねえ。私の剣、まだ?』
ノールは振り返りエルビーを一瞥するとまた前を向いて歩きだす。
エルビーに遠慮はない。
「もう少しで着く」
『あっそ』
そこからしばらくは黙って歩いていた。
「あああああ゛あ゛あ゛あ゛ま゛ま゛ま゛あああままままままままま」
「どうしたの?」
『どうって……練習よ。声で話す練習』
「ううううええええええいいいいいいいいいいいいいいえええええええおおおおおおおお」
「がががががばばばばばんんんんんんんんみみみみみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃ」
「みゃーぬ。ん?にゃーる。んん?みょーる。んんん?みょみょみょもももものののの」
「のーる。のののの。ノール」
『やっと言えたあ』
それからもしばらくはいろんな言葉の発声を練習していた。
「あーあー。あめんぼあかいなあいゆえに」
「ぶきー。ぶきー。ぶきはまだかなー。わたしのけんー」
「ここ」
「ぶきー。ぶ…ん?」
『ここが武器屋ね!』
油断すると念話に戻ってしまうけど。
「そう。ここで買う」
エルビーはノールがそう言い終わる前に店に入った。
店内には所狭しと様々な武器が並べられている。
剣、大きな剣から小さな剣まで。
槍、斧、金槌。
中には何に使うのか分からないものまである。
まあいい。
目的は剣だ。
剣の中でわたしにぴったしな剣を買う。
ふと一本の剣が目に留まる。
『これがいいわ!』
刀身に文字のようなものが刻まれた剣。
それ以外はいたって普通の剣。
そう、それ以外は。
ただし、少女の体格には不釣り合いな大きさの剣だろう。
「そう」
ノールは一言そういうとそれを手にしたエルビーと共にカウンターで仕事をしている店主のもとに向かう。
「いらっしゃい。なかなかいいのを選んだね。お嬢ちゃん。それは魔法の剣ってやつさ。刀身に文字が刻まれているだろ? この店でもその1本しかない珍しい剣さ」
「ほら、ほら!さすがあたし。こういうの見る目があたしにはあるわけ。なんていうの?ビビッと。これだ!ってね。まあ?わたしにかかればこんなもの楽勝なんだけどね」
「ほう、たいしたもんだねえお嬢ちゃん。おっと、一応説明しておくと」
店主は仕事の手を止めるわけでもなくそのまま説明を続ける。
「魔法の剣と言って売りに来た奴がいたわけで買い取らせてもらった剣だが、その扱い方が全く分からねぇ。これ俺の爺さんの話しな。つまりそれ以来ずっと売れ残ってる。そんなわけで早く誰か買ってくれないかな?と投げ売りしてる処分品だ」
・・・・・・・・。
すっと無表情になるエルビー。
「ダメじゃん!!!」
エルビーは両手で強く握りしめた剣を掲げながら叫んだ。
「その剣で良いと思う」
「いやだって処分品よ!?」
「いや、処分品って言ったって剣としての機能が失われているわけじゃないぜ?ちゃんと切れるし戦える。たぶんだけど。ただ一本だけずっとあってもな」
仕事が一段落したのか店主はようやく手を止める。
「商売ってのは商品と金を転がしてなんぼだろ? 爺さんはそいつの話を信じてそれなりの金を払っちまったわけだが、まあ昔の話だ。今更元手だけでも回収しようなんて思わないさ。だから同等の剣より若干安くしているぐらいで廃棄物とかそういう意味じゃないから安心してくれ」
「う゛……それなら、まあ……でもなぁ」
「その剣が良いと思う」
「なんだったらもっと負けてやるぞ? それにほら、お嬢ちゃんの服。そういう服にはこういうちょっと意味ありげな剣のほうが映えるってものじゃねえか? かわいさマシマシだぜ?」
エルビーの表情が変わる。
いや、ノールの言葉に購入を決めたわけで、決してカウンターにいる店主の言葉に騙されて買おうとしているわけではない。
服を買い、剣も買った。
店を出たエルビーは買ったばかりの剣を改めて眺める。
まあ剣の良し悪しなんてドラゴンだった自分にわかるわけもない。
正直剣であればなんでもいいだろう。
ただし見た目は重要だけど。
(ぐぅぅ……)
エルビーのお腹が鳴った。
その音を聞き、ノールはお金の入った革袋を取り出し中を覗き込んだ。エルビーもまたノールに近づき一緒に中を覗き込む。
『少な……』
「う~ん……」
『あのさ、わたし、今お腹空いているんですけど。』
「僕も。」
『あのさ、わたし、今空腹で倒れそうなんだけど。』
「僕も。」
『あのさ、わたし、今あっちのほうから良い匂いがするんだけど。』
「僕も。」
ノールは革袋から最後の数枚となったお金を取り出す。
「この辺りの料理は高いと聞いた。高いとちょっとしか食べられない。宿に戻ればこのお金でもそれなりに食べられるはず」
「宿ってどこ?」
「あっち」
あっちってどっちよ!
フラフラしながらも歩くエルビー。
空腹とわかってからまるで力を奪われたかのような感覚に襲われる。
気づくと地面ばかり見ている気がする。
ああ、牛でも落ちてないかな?
あれ?
あ、そうか。
エルビーはふと気づく。
今が人間の姿だったことに。
今が人間の街だったことに。
あたし、人間の食事って初めてかも?!
(ぐぅぅ……)
想像したらもっとお腹が空いた。
せめて肉のひとかけらでも落ちていれば。
さっきまで周りを見て楽しんでいたのに、今は周りを見ている余裕はない。
ドラゴンは大人になると食事を必要としなくなる。
それは大地から力を補給できるようになるからだ。
それが出来ない子供は大人たちが持って来てくれる食料を食べる。
肉とか果物とか様々に。
エルビーも幼い頃は食事をしていたが今となっては大地からの補給で十分となっていた。
しかし人間の体では大地からの補給が出来ていないようだ。
その結果お腹が空くと言う事態に陥っている。
いろいろと人間とドラゴンの違いを考えているとノールの声が聞こえる。
「ここ。宿屋」
危うく通り過ぎそうになるエルビーだったがノールの声でそれを見上げる。
ああ、これぞまさしく……って他のと違いが分からない。
宿屋と言うのは昔聞いたことがある。
人間が夜寝るところだったはず。
そう、ドラゴンで言えば巣穴と言ったところか。
ノールとエルビーは揃って宿に入る。
「ビッツは……いない。このお金でどれぐらい食べられるかな?」
ビッツと言うのが何かわからないが、たぶん人間だろう。
そんな二人のもとに女性が近づいてい来る。
「やあノールちゃん。今日は一人かい? いやかわいいお嬢ちゃんと一緒なのね。もしかしてデートかい?」
「デート?」
「あ、ごめんね。無神経に聞いちゃって。それで、これからお昼かい?」
「そう」
「なるほど。けど夕食までそんな時間もないし、軽く済ませとくかい?」
「うん。今持っているお金これだけ」
「ん?ああ、分かったよ。でもこれだけで十分さね。すぐ持ってくるから待ってな」
そういうと主人はノールの手の内から一枚だけ取り、店の奥に入っていった。
『ここ人間が食事をするところでしょ? 誰もいないわね』
「今は食事をする時間じゃないからだと思う。けどもう少しすると人がやってくる」
「へぇーそうなんだ」
エルビーはキョロキョロしている。
念話が入り混じった会話は知らない人が見たら不思議に思うかもしれないがエルビーにとっては無意識で行っていることなのでどうしようもない。
しばし待つこと、従業員の手によって料理が運ばれてきた。
ノールとエルビーのテンションが上がる。
ただしノールは表情に出さず、エルビーはうるさく。
「なにこれ?なにこれ?なにこれーー!」
料理と言う物から湯気が立っている。
その湯気に乗ってか良い匂いが鼻腔を擽る。
幼いドラゴンは食事をすると言っても人間のように料理をするわけじゃない。
焼いたりもしない。
生の肉をかぶり。
生の果物をぱくり。
そんなエルビーにとって、服に続いて二度目の新体験であった。
「うっまあーーーい。ヤバ。これヤバ。ヤバいってー」
「うん、おいしい」
一通り食事を終えると、また宿の主人がやって来た。
「なんかすごい嬉しいねえ。店の裏の方まで聞こえてきたよ。ありがとうね、お嬢ちゃん」
口の周りにいっぱいソースなどを付けて食べるエルビーに、主人は濡らして絞った手ぬぐいを渡す。
「こんなおいしいの初めて食べたわ! ここほんとヤバいわね!」
食事を終えた二人はおいしかった食事の余韻に浸っている。
そしてエルビーはふと疑問を口にした。
「で、この後どうするの?」
「お金も足りなくなりそうだし、今から街をめぐるのも夕食の時間的に難しい。だからビッツたちの帰りを待つ」
「ふぅ~ん、そっ」
エルビーはノールに連れられ階段を上がっていく。
「ねぇ、こっちは何なの?」
「寝室。寝たり冒険に行くときの準備をするための部屋」
「冒険?」
いくつかある扉のうちの一つを開け中に入る。
「ねえ、なにこれ?これで寝るの?へぇ」
そう言って無遠慮にベッドにダイブする。
「うっわぁ、なーにこれ!ふっかふかあ」
顔を埋め、全身を沈ませるようにしてその感触を楽しむ。
3度目の新感覚だ。
気付けばそのまま、エルビーは深い眠りに落ちてしまっていた。