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大迷宮中層

 大迷宮中層。

 それまであった石畳はすっかりなくなり地面はデコボコで少しだけ歩きにくさが増していた。

 その代わりと上層では多く見かけていた横穴の数が少ない。


「穴が少ないわね、食糧確保できるかなあ?」

「私はあんなの食べないわよ」

「ええ美味しかったよ、えっとね何というかこうあっさりしているのに身が――――」

「やめてっ! 聞きたくないっ」

「しょうがないなぁ……けどこの辺にはいそうもないわよね」


 そう言いながら周辺を警戒するエルビー。

 もちろん警戒の理由は奇襲対策ではなく食糧発見が目的である。

 キョロキョロするエルビーを一瞥した後、リオンが話しかけてきた。


「あのラフィニアさん、さすがにあの作戦だとちょっと不安なんですけど」

「あ、やっぱり? まあそうじゃないかとは思っていたわ、聞きたいことあるなら答えるわよ」

「じゃあ……この先にもまたさっきの階層主のようなものはいるんですか?」

「いるわよ」

「えっ……えぇぇぇ……」

「けど私としてはビオラルタルのほうが厄介なくらいだから大丈夫よ」

「そうなんですか?」

「ええ、中層の階層主は倒せるし倒していい魔物だから」

「倒していい?」

「そうよ、中層の階層主はバジリスクよ」

「えっ!? ……あっ……」


 その名を聞いて驚きの声を上げたのはリィベルだった、咄嗟に出たらしく慌てて両手で口を塞いでいる。

 リィベルの驚きようにさらに不安になったリオン。


「そのバジリスクってどのくらい強いんですか?」

「うーん、そうね……オーク一匹を丸のみにするぐらいかしら」

「すみません、想像できないです」

「ちょっと! バジリスクって強力な毒を持っていて見た者を石に変える凶悪な魔物だって本で読んだわよっ!? そんなの倒せるわけないわよっ!」

「安心して、たしかに毒牙を持っているけど噛まれなければ問題ないし、そもそも人間なんて噛まれるとか以前に丸呑みされるだけだから毒とか意味ないのよ。 それと石に変えると言うのも毒爪で切り裂いた部位を石のように変えちゃうと言うだけ。 巨体ゆえに動きは緩慢で今のメンバーなら簡単に避けられるわ」

「でもそんな毒を持っているならやっぱり……」

「バジリスク対策の解毒薬はちゃんと持ってきた。 接近して叩くのは私たちがやる、あなたたちは魔法で援護してくれればそれで問題ないから」

「他の冒険者さんたちが先に討伐してくれているとかはないですか? いや、ないですよね……」

「下層に向かう冒険者と言うのが案外少ないのよね、儲け以上にリスクが大きいから。 それに仮に誰かが討伐してくれたとしてもね、階層主としてひとつの個体が陣取っているわけじゃないのよ、複数のバジリスクがあの辺をテリトリーとしていてそのうちの一つを抜ける必要があると言うだけ。 主を失った領域にはまた別のバジリスクが住み着くだけだし」

「なるほど討伐に意味はないと言うことですか」

「まあそうね、ただ討伐しないと通れないから倒しては行くけどね」

「分かりました、ところで帰りもやっぱりビオラルタルと戦うことになるんですよね?」

「そうよ、捕食できないと判断したらさっきみたいに諦めて次の餌が来るのを待つから作戦としては行きの時と同じね」

「そもそもなんで討伐しないのよ? 毎回同じことするのは厄介じゃないの」


 リィベルの疑問はもっともだろうとラフィニアも思う、しかしそうするにはそうするだけの理由と言うものがあるのだ。


「あの時も言ったけどしないんじゃなくて出来ないのよ、ビオラルタルが通るものすべてを捕食しているって話はしたでしょ? 上層にいるような小さな魔獣は横穴を使って移動しているから自由に行き来できるけど、横穴を通れない大型の魔獣や魔物はビオラルタルがあそこで通せんぼしているから上層には来れないでいるの」

「つまり、それを倒すってことは上層も大型の魔獣や魔物が溢れかえることになるってわけですか、やっかいなものですね。 それで中層の魔物の強さってどのくらいなんですか? 上層に比べ強いのは分かりましたが先ほどの言いぶりからだとよほど強いものが出てくるんじゃないかと思えるんですけど」

「それぞれの強さは大したことないわ、中層でCランク冒険者相当ってところ、群れて行動しないからそれ自体は脅威にならない。 ただここが迷宮だということを忘れないで。 魔物たちにとって私たちは餌でしかない、餌の侵入に気づいた魔物たちはこぞって押し寄せてくる。 Cランク程度の強さでも場合によってはものすごい数を相手にしなくてはいけなくなる、しかも逃げ場のないこの大迷宮でね」

「多勢に無勢……ということですね……」

「そういうこと、けど連中が求めているのは冒険者じゃなくて()だからね。 弱った魔獣や魔物がいればそっちに群がるのよ、共食いってやつね。 私たちはその間に逃げる。 言葉足らずだったけどミルドの言っていた通り抜けるのが目的と言うのはそういう意味なのよ」

「世界のためには魔獣や魔物は倒さなくてはいけないって思ってたけど、そういうわけではないんですね」

「冒険者は英雄でも勇者でもないからね、なんら使命を帯びることなく生きるために魔物や魔獣と戦う、それが冒険者なのよ」

「何よそれ、冒険者は魔獣に苦しむ人々のために戦っているのでしょ?」


 本当にリィベルの言う通りなのだろうかとラフィニアは考える。

 幼かった頃は自分も同じように考えていたように思う。

 でももしそうなら、自分の家族はなぜ殺されてしまったのか。

 冒険者たちはなぜあの悪魔たちと戦って自分の家族を守ってくれなかったのか。


(ああ、我ながらここまで捻くれちゃっているとはね)


 その冒険者だって多くが殺されている、冒険者たちは守ってくれなかったのではない、守れるだけの力が無かったのだ。

 だがそれを誰が責められようか。

 彼らが殺されることなく、しかも逃げ出したのだとしても。

 今の自分があの場所にいたのなら必ず守ったのだろうか。

 その命を賭して大切な、大好きだった家族を自分は守ったのか。

 ふとリィベルの質問に答えていなかったことを思い出し、周りにそんな冒険者がいただろうかと記憶を探ってもみたが思い当たる人物は浮かんでこない。


「そんな冒険者いるのかしらね? 結局みんな生きることに精一杯になっているだけだと思うわよ。 勇者や英雄に憧れていられるのは子供のうちだけ。 大人に守ってもらえるからそういう夢を見ることが出来るのよ」


 きっとそうだ、ニヴィルベアに殺されかけた自分を救ってくれたあの冒険者でさえ使命などではなくただの偶然だったはず。

 私を守るだけの力があったから守ってくれただけで、自分の命を賭してまで私を守ろうとしていたわけではないに決まっている。

 冒険者に他人の命を守る義務はない、そう思わないと……そうでないと自分はこの世界を嫌いになりそうで怖い。


(だってそうでしょ? 誰かを守ることが誰かの義務であるなら、自分の家族を守ってくれなかったことは怠慢でしかないじゃないの)


 そしてそれはラフィニア自身にも突き刺さる言葉となる。

 自分より幼い妹を守れなかったのは自分の怠慢なのか。


(違う、誰かを守るのは義務ではなくただ守れるから守るだけなのよ、私が妹を守れなかったのは怠慢でなく自分がまだ幼く力が無かっただけ)


 意味のない言い訳だと理解はしているが、それでもそう自分に言い聞かせるしかなかった。

 冒険者になった当初は自分が妹を見殺しにしたのだと、そんな悪夢にうなされることさえあった。

 そして妹や家族のために復讐をする、それが失った家族を思う自分の役目なのだと。

 今はそんな言い訳のおかげか悪夢を見る機会は減った。

 ラフィニアは恐れていたのだ、亡くした妹になぜ見殺しにしたのかと恨まれているのではないかと。

 妹は優しい子で誰かを恨むなどあり得ない、そんな思いもあるが渦巻く怨念があの子をどう変貌させてしまうのか分かったものではない。

 ラフィニアにとって復讐とは、そんな憎悪から逃れるための言い訳となっていた。


「魔獣に苦しむ人々のために戦うのは勇者様や英雄のあなたたちに任せるわ。 私は、私のために戦っているから」


 我ながら嫌な言い方をしたとラフィニアは思う、きっと彼らは非情な女と思うだろう、けどそれも間違いではない。


(私は恨みを晴らすために戦っている。 なんてことを考えつつも、いざとなると先に体が動いちゃうのよね。 心の底じゃまだ勇者や英雄に憧れているのかしら? ……ふふっ私もまだ子供だったってことかしらね)


 プリシュティナを庇い攻撃を受けてしまった時のことを思い出し苦笑する。


「その、勇者の自分がこんなこと言うと怒られるかもしれないけど、今の自分たちはこんなところで何してるんだろうなってちょっと思うんですよね。 あ、いや転移魔獣の調査が必要なことも十分理解しているんですけどね。 今日から勇者と言われて与えられた任務が誰かを救うのでもなくただの調査って言うのも」

「リオン様、これだって立派な救済の一つですわ。 転移魔獣がいなくなることで救われる人が必ずいますもの」

「ありがとうプリシュティナ」

「ああごめんなさい勇者様、余計なこと言ったわね、私」

「いえそんなことはないですよラフィニアさん、進む道は人それぞれだと思いますから。 俺はこの道を選んだ、ただそれだけです」


 彼らの思いを否定したいわけではない、だが自分では認めたくないとそんな思いからラフィニアの口が重くなる。

 前方から声がした、警戒しつつ先頭を行くザリオの声だ。


「とうとう出てきやがったぜ、全員気を抜くなよ」


 その言葉に勇者たちの間にも緊張が走る。

 中層では魔物が群れで行動することはほとんどない。

 だから最初の会敵は一体か多くても二、三体と言ったところ。

 しかし戦えば敵か味方かどちらかが必ず血を流すことになる。

 するとその血の匂いに引き寄せられ他の魔物がやってくることになるのだ。

 戦闘に時間をかけるのは愚策でしかない、一気に片を付けると言うのがここ中層での定石。


「あっ……」


 ラフィニアから間の抜けた声が漏れ出る。

 誰かが何かを言う前にエルビーが飛び出したのだ。

 向かう先は魔獣が一匹。

 大型なものではないが上層にはいない大きさの魔獣だった。

 剣を抜いたエルビーはためらうことなく肉薄し、振り上げた剣でそのまま魔獣の首を切り落とす。

 それは本当に一瞬の出来事だった。


「やったぁー! お肉げっとぉー」

「またあの子は……」


 エルビーの緊張感が無さ過ぎる様にげんなりとするラフィニア。


「エルビーちゃん、今狩ってもセーフティポイント以外では休めないから無駄になるわよ」

「え? ウソ……」

「仮に持って行ったとしてもその魔獣の血に引き寄せられて他の魔獣が押し寄せてくるから……あとヨダレ拭きなさい」

「置いてっちゃうの?」

「うーん、どうする? ミルド」

「置いていくのが最善、と言いたいところだがもうすぐでセーフティポイントだろう? それまでに食糧が手に入るとも思えんし持って行っても良いかもしれんな。 どれ、俺が持つとしよう。 嬢ちゃん、代わりに先頭に立ってくれぬか」

「ほんと!? わぁーい」

「魔物にあったらその調子で頼むぞ」

「まっかせなさーいっ」


 ミルドは魔物の頭部を残し、胴体から血が滴らないように袋をかぶせ担ぎ上げる。

 先頭を歩くエルビーにはやはり緊張感がない、さらには先ほどまでと違い警戒する様子もなくなっていた。


「エルビーのやつさっきまでと違って警戒心無くなってるな、大丈夫かアレ」

「あれね、今までも脅威に対して警戒していたわけじゃなかったんだわ、獲物を逃すまいと集中していただけね、きっと。 素敵な食材が手に入ったからどうでも良くなったんでしょ」


 中層にはセーフティポイントと呼ばれる場所がある。

 それはかつて中層に訪れた者たちが自分たちの安全を確保するために作ったものだ。


「具体的に言うと行き止まりになっているただの横穴だけど」

「身も蓋もない言い方だな」

「あら、蓋なら出来るわよ」


 と、リックの言葉にラフィニアは簡易的に設置された扉を閉めて見せた。


「知ってるよ、そういう意味じゃねえっての。 あと真顔で言うな」

「なんか、そのすみません。 ほんと俺たち何も知らないんだなって……」

「どこかで教えているわけでもないんだし初めてなら誰だってそうなるわよ。 むしろ初めてなのにあそこまで無警戒でいられるエルビーちゃんたちのほうが心配なくらい」


 ラフィニアの視線の先にはエルビーとノールがいた。

 狩った魔獣を焼いて人一倍食べた後二人揃ってそのまま寝てしまっている。


「それだけ仲間、いやお前さんたちを信用しているんだろう、それは悪いことではないさ。 それよりここまで魔獣一体だけで済んだがこの先も同じように進めることなどないだろう。 勇者たちよ、警戒は俺たち冒険者がやるからお前さんたちはこの娘らと同じように少し肩の力を抜け、今のうちにしっかり休まんと体が持たんぞ」

「そうですね、じゃあそうさせてもらいます」


 その場で横になる勇者たち。


「私も休ませてもらうわ、リック、何かあったら起こしてね。 あと交代はいつも通りで」

「おう任せとけ」


 ラフィニアはそう言うとエルビーたちの近くまで行き横になる。

 いつものことだがこの洞窟の地面は少しだけ冷っとしていて眠りにくいのが難点だと、そんなことを考えながら眠りについた。

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