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大迷宮上層と階層主

 大迷宮上層。

 床や壁の一部は石畳で覆われていて、内部は比較的広く大柄なミルドが手にしている武器を振り回しても問題がないくらいにはある。


「ここって人間が作ったのかなぁ? 何のためにこんな迷路みたいなの作ったのかしら?」


 エルビーが零す。


「もともとあった洞窟を使いやすいように拡げたって感じね、何か実験施設だったり関係者の居住空間だったのではないかと言うのがいまのところ有力な説よ」

「こんなところで行う実験とか間違いなく普通のモノじゃないだろうな」

「まあそうでしょうね。 中層に進むと人の手はあまり入ってこなくなるの、ところどころに人が掘り進めたような痕跡が見受けられたから出入りはしていたみたい。 けど下層はもう完全な天然の洞窟でね、それを見て私が思ったのは洞窟を掘り進めたら下層に繋がっちゃったって感じだったわ」

「繋がって危険になったから放棄した? ならここらの魔獣は下層からやって来たってことか?」

「可能性は十分にあるでしょうね、魔獣がうろつく中で実験施設なんて作ろうと思わないだろうし、造りを見ても魔獣を警戒している様子はない。 上層ほど弱い魔物が多いのも弱いものは殺されないように逃げて自分より強いものがいないところに住み着く、そうやって時間をかけて今のバランスになったのかもしれないわ」

「もしかして森とかにいる魔獣もここから出てきたやつなのか」

「それはどうかしらね、そうかも知れないし違うかもしれない」

「けどそれなら昔の連中も愚かなことしてくれたもんだな、おかげで魔獣が溢れて危険な世の中だぜ」

「今回の調査目的である転移魔獣の原因、それが下層より先にあって自然現象であるなら洞窟が繋がる前から転移魔獣はいただろうし、そういうのが最初から森に拡がって行った可能性は残るわね」

「なるほど、つまり俺たちは魔獣誕生の秘密に迫ろうとしているってわけか。 しかし迷惑な自然現象だな、神様ももう少し考えて世界作ってくれればいいのによ」


 ラフィニアとリックがそんな会話を交えている中、エルビーが何やら考える仕草をしている。

 それに気づいたラフィニアが声を掛けた。


「どうしたの? エルビーちゃん」

「んっとね、洞窟に入る前ラフィニアが言ってたでしょ、罠に気を付けろって」

「ええ」

「人間が作った洞窟に人間が作った罠があって人間が引っかかる、人間ってバカなのかな?」

「プハハハッ、いやエルビーほんとその通りだな」

「こういうのはだいたい盗賊対策なのよ。 罠の規模から考えるとそれだけ重要な場所だったとも言えるのよね」


 ミルドたちを先頭に時々現れる魔獣を適当に討伐しながら一行は迷宮の奥へと進みゆく。

 洞窟には至る所に横穴がある。

 比較的小さな魔獣や魔物がその横穴から襲い掛かってくることがあるので気を付けろとミルドが注意していた。

 実際その横穴の奥からは魔獣の気配がするけど、襲ってくるどころか穴から出てくる様子すらない。

 そういえば野生の動物ほど勘が鋭く襲う相手は慎重に選んでいるのだと聞いたことがある。

 ドラゴンであるエルビーの気配も並みの悪魔なら気取られない程度には隠れているようだが、そういった勘は弱い魔獣のほうが上なのかもしれない。

 とは言っても全く出てこないわけでもなく、こうして定期的に魔獣と遭遇し戦闘にもなっている。


「弱い魔獣しか出てこないしなんだか拍子抜けよね」

「まったくだぜ、骨のあるやつはいねぇのかよ」

「勇者様のお力に恐れをなして出てこれないのですわ」


 勇者パーティが口々に言っているが、ここには弱い魔獣しかいないのだから当然なのではないかと思う。

 そんな勇者たちを見てリックがぼそりと呟く。


「あいつらが中層行ったら涙目になりながら必死に戦っている姿が目に浮かぶぜ」

「それ、結局私たちも必死にならざるを得ない状況なんだけど?」


 洞窟の中は昼なのか夜なのかも分からない、と言うよりも昼だとか夜だとかはあってないようなものだ、疲れたら休むし眠くなったら寝る。

 安全そうな場所を探しては交代で休憩したり睡眠をとったりして大迷宮を進んでいく。

 時には他の冒険者たちと出会うこともあり情報を交換したり場合によっては共闘したりしていた。


「今日は、ってもう今が昼か夜かなんてわからねぇが、ともかくここで休むぞ。 この後の作戦も考えなきゃいけねぇしな」


 ミルドの大きな声が洞窟内に響き渡る。


「作戦?」

「ほぅ、もしやここが上層と中層の間に棲むと言う階層主の巣なのかの?」


 今更どんな作戦を考えるのかと疑問符を浮かべるリィベル、階層主と言う存在に思い当たったヴァムがそれぞれ疑問を口にした。

 上層、中層、下層と呼ばれているがそれを明確に分けるものが階層主と呼ばれる存在だった。

 つまり上層と中層の間に階層主がいるのではなくて、階層主の手前が上層、その先が中層と便宜上分けられていると言うわけである。

 

「その通り、ビオラルタルって呼ばれる植物系の魔物でここを根城にして通る生き物を片っ端から捕食するのだ。 本体は地中深くにいて触手のようなものを伸ばし餌を捕食する厄介な奴でな。 倒すことは出来んが俺たちの目的はここを通るだけだから問題にはならない」

「じゃあ攻撃を避けながら通り抜けるってこと?」


 リィベルは森の魔獣を相手に幾度と戦ってきた経験はあるが、植物系の魔物と戦うのは初めてだった。

 ましてや触手を持つとなると本でしか見たことがない。

 仮にもAランク冒険者ですら手も足も出ない魔物とこれから対峙するのかと思うと不安にもなる。


「それが出来るなら一番いいがまず無理だろう、全方位から襲ってくる触手を避けるのは至難の業だぞ。 ある程度触手を失うと攻撃してこなくなるのでその時が一番安全に抜けられるのだ」


 それを聞いてリィベルは少し安心した、敵も無敵ではないと言うなら効果的に敵を消耗させることを考えればいい。


「弱点はないの?」


 昔読んだ書物には植物系ならば火が有効だと書かれていた、ならば火が弱点である可能性は高いとリィベルは考える。

 そしてその考えは正しかった。


「弱点は火属性らしい、あまり広い空間でもないが高威力のものでなければ問題はないだろう」

「そう分かったわ」


 迷宮と言うより洞窟での戦闘自体初めてに近いが書物にもその手の注意事項は書かれていた。

 狭い空間で爆発する魔法はその衝撃を術者自身も受ける危険があるとか、火の魔法では突然苦しくなって死に至る場合があるとか。

 あまり使う人はいないが毒の魔法というのもあり注意して使わないと大変危険なんだそうだ。

 書物で読んだ知識が役に立っていると分かり、リィベルはつい嬉しくなって頬が緩みそうになる。

 魔法使いとして後衛から火属性魔法で攻撃する、自分の作戦はこれだろうとリィベルは考えていた。


「火の魔法ね、なら! ここはわたしの出番――――」

「エルビーちゃんは今回大人しくしててね、あんな威力で撃たれたらこっちも被害出るから」


 ラフィニアは、以前エルビーがニヴィルベアを一撃で消滅させたときのことを思い出していた。

 倒したではなく、文字通り消滅したあの時のことを。


「えっ、でもわたし火の魔法はすっごく得意なのよ」

「ふーん、ノール君そうなの?」


 そんなラフィニアの声にはもしかしたらと言う期待感は一切ない、エルビーの勘違いだろうと言う不信感だけだ。

 そして首を横に振るノール。


「うらぎりものぉーーー!!」

「もう少し練習してからのほうがいいと思う、この前もみんな焼けるところだった」

「だそうよ、エルビーちゃんは剣でも十分通用するんだからそっちで頑張ってね」


 ラフィニアは丸焦げは御免だとばかりにエルビーが魔法を使うことを禁止したのだった。


「ノール君は魔法で?」

「僕は短剣がある」


 ローブを着ているせいか気づきにくいが以前ビッツから貰った短剣を腰のあたりに下げている。

 ノールはそれを引き抜きラフィニアに見せた。


「あら、短剣なんて持ってたの気づかなかったわ。 ノール君なら魔法でもよさそうだったけど、まあ短剣のほうが良いならそれで行きましょうか」

「ビオラルタルの触手は先端が口のようになってる。 それに噛みつかれたら痛いじゃすまんからな、気を付けるのだぞ。 魔法使いは魔法攻撃で構わんが触手の動きは素早く狙いを定めにくい、攻撃を当てることより味方との距離に注意しつつ牽制を目的とするようにしてくれ」


 それから少しの間休息を取った。

 起きたら軽く食事をして準備を整える。

 休息した場所からビオラルタルのいる領域までは少し歩く。

 触手がどの程度伸びるのかわからないので寝ている最中に襲われると言う可能性もないとは言えないからだ。


「あの辺りがビオラルタルのテリトリーだ、全員気を引き締めろ」


 ミルドが示すのはこの先で全体が広くなる場所だった。


「まるでこれから戦いに赴く剣闘士みたいだな、あそこから出たら歓声が聞こえてきそうだぜ」

「観客がいるとしたら全部魔物だぞ? 後が大変そうだ」

「試合開始の合図はないがな、気を抜くんじゃないぞ」


 リックが軽口を叩き続けてラジがそれに乗るとミルドが再度締める。


「エルビー……上」


 ノールがそう言った途端、ノールとエルビーが両方の壁を蹴って飛んでいた。

 二人の先にはちょうど二本の触手が伸びてきているところだった。

 二人同時にその天井から生えてきていた触手を切る。


「クソッ! まだ広間じゃねぇぞっ!」

「迂闊っ! 天井の見えない位置に穴を作っていたかっ! ザリオ、なぜ気づかなかった?!」

「無茶言うんじゃねぇよミルド、植物系の魔物は気配を探りにくいのは知っているだろが」

「良く気付いたわね二人とも、お手柄よ」

「ここじゃ不利だ、広間まで走れ」


 通路には天井、壁、床と所々に穴が開いていて出てくる触手を切り裂きながら走る。


「広間に出たら一斉に襲ってくる可能性があるから気を付けるんだぞ、行くぞ!」


 全員が飛び出すかのように広間に出る。

 そして空中に拡がる光景にほとんどの者が絶句した。

 一面を触手が覆いそれが襲い掛かってくる。


「きゃぁっ!!」


 悲鳴はリィベルのもので、そのあまりの光景に彼女はその場にしゃがみ込んでしまった。


火炎陣(ファイアストーム)


 ノールは透かさず魔法を放つ。

 虚空に生み出された炎の渦が無数の触手を飲み込む。

 焼けた触手がポトポトと落ちてくるが誰も気にすることなく、炎に耐えた残りの触手や新たに出てきた触手を切り刻んでいく。

 戦況はこちらに有利だろう、何せ最初の魔法で触手の大半を失っているのだから。

 どのくらい時が経ったのだろうか、前方だけでなく後方から出てくることも警戒しつつ触手を切っていると突然触手の動きが止まった。

 それはまるで誰かに号令されたかのようにぴたりと止まり、そしてゆっくりと穴の中へと戻っていく。


「戻った? ってことはこれで終わりか?」

「ああ、たぶんな」

「なら進みましょうか」

「そうするか、だが油断するでないぞ」

「そりゃもちろんだ」


 ゆっくりと中層に続く通路に向かう。

 触手は穴の出口付近でまだウニョウニョしているが襲ってくる気配はない。


「なんか地面から少しはみ出している触手がもの凄く嫌なんだが…… どうせ引っ込むなら完全に引っ込んでくれよ」

「穴の中に水でも流して水攻めとかどうだ?」

「相手は植物だぞ? むしろ喜ぶだけだろ」

「そもそも量が足らん」


 前を歩く勇者パーティたち。

 ラフィニアは偶然にも気づいた。

 一本の触手の違和感。

 そしてその触手が勇者目掛け伸びる。

 いや、触手が向かう先は勇者ではなく隣のプリシュティナだ。


「危ないっ!」


 ラフィニアは考えるより先に体が動いていた。

 触手がラフィニアの体を貫く――――


「ラフィニアさん! 大丈夫ですの!?」

「平気平気、買ったばかりの胸当てで助かったわ」


 ――――かのように見えたものの新しく買った胸当てがそれを防いでいた。


 そしてその触手はノールの短剣によって切り落とされる。


(あの触手は何? 偶然? まるでプリシュティナを狙ったかのようだったけど……)


 ラフィニアは胸当ての触手が当たった部分を軽くポンポンと叩きながらザリオの言っていた暗殺と言う言葉を思い出していた。

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