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いざ大迷宮へ

 ノールたちは馬車に揺られヨルシア大迷宮を目指していた。

 冒険者が仕事を受ける際には本来冒険者ギルドを通さなくてはならない。

 もちろんギルドのルールなので従わない者たちと言うのも一定数はいるそうだが、その場合は依頼者が支払うべき後金を支払わなかったり、冒険者が前金だけ貰って逃げたとしてもギルドは補償してくれず損をするだけということ。

 多くの冒険者ギルドはその依頼者を出禁にするとか、逃げた冒険者に対してはその資格を剥奪する。

 過激なギルドだと依頼者への取り立てはもちろん、見せしめとして逃げた冒険者を他の冒険者に追わせるなんてこともある。


 今回は国が主体となって行う本格的な調査ということもあり、冒険者ギルドへは事後承諾と言う形で報告が行われていた。

 つまり時系列を無視すればこの任務も冒険者ギルドからの依頼と言う形に収まるわけだ。

 ただそれまでの冒険者ギルドに依頼する調査と違い、勇者パーティや冒険者チームだけでなく護衛や食事の準備をする者など総勢で数十人規模と言う大所帯となった。


「なんかあ、護衛の仕事してた時みたいね。 馬車いっぱい」

「けど今の私たちは守られる側だからね、気楽でいいわ」

「わたしは退屈しそう」


 そんな会話で暇を潰す。

 馬車はディエンブルグを経由しそこからは真南に向かい、一度隣国アルメティアに入る。

 そこから西進しマラティア国の迷宮都市ラフィンツェル、そこにあるヨルシア大迷宮の入口へと向かうと言うわけである。

 マラティアも聖王国に接する国ではあるが徒歩ならまだしも馬車では行くことが出来ないそうだ。

 所要日数はエスラミエルースから聖都ミラリアにかかった日数と同じかそれ以上かかるとラフィニアが言っていた。

 何せ移動は馬車一台だけでなく何台もいるからトラブルの確率も増えると言うもの。


 しかし幸い大きなトラブルも起こらずディエンブルグに到着すると用意された宿で一泊する。

 ただラフィニアたちチームだけは宿ではなくディエンブルグ領主カイザックの屋敷に案内されたのだった。

 ラフィニア曰く、今回の依頼がカイザックの根回しによるものだと言うことを印象付けるためだろうと。

 またそれは同時にラフィニアたちの後ろにはカイザックがいると示す意味も含まれているわけである。

 ノールとエルビーはいつものように食事をして寝て朝を迎える。

 ラフィニアとリックは夕食後もカイザックと少し話をしていたようだ。

 少しばかり早い起床に朝食と済ませ、ノールたちは再度合流するのだった。


「アルメティアに入るとは言っても国境沿いの小さな街しか寄らないわ。 まあ聖王国とラフィンツェルを結ぶルートだからそれなりに栄えてはいるけど」


 ラフィニアの言うように街はそれほど大きくはない、とは言っても王国のラビータぐらいはある。

 アルメティアの街はそれなりに開けた場所に築かれていたが、マラティアの街は必要最小限と言った感じだ。


「住む人の特色かしらね。 アルメティアは先進的に開発していくけど、マラティアは自然の中で生きていくと言う感じがするわ。 まあ大迷宮と言う自然のものに頼った生活をしているのも大きいんじゃないかしら。 一応冒険者ギルドもちゃんとあるし迷宮ではなく森で魔獣討伐して生活する人もいるけどね」

「そうなんだ。 じゃなんで迷宮に入るの?」

「それはやっぱり稼ぎがいいからじゃないかしら。 でも気を付けてね、その分危険なわけだから」

「なるほどお金がいっぱい。 だからいっぱい料理が食べられるのね」

「ほんと気を付けてよ、迷宮の中は魔石を持った魔獣や魔物しかいないわ」

「マモノって何?」

「えっと、そうね……魔獣はなんだかわかる?」

「魔獣……魔石を持った獣!」

「そうね、じゃあ獣以外の魔石を持ったものはなんて呼ぶと思う?」

「ハッ……それが魔物ね!」


 魔物のことは王国にいるときにも度々話題に出ていたがエルビーの関心は別の部分に向いていたらしく気づいていなかったのだろうか。


「魔獣と魔物の違いって何?」

「違い? んーなんて言えばいいのかしら。 魔獣は結局のところ元が獣なのよね。 土台となった獣がいるし、その強さも元の獣に左右される。 けど魔物はね、元の生物が分からなかったり、複数の生物が混じり合っている状態だったり、そもそも生物ですらないってところなのかしらね。 ゴーレムとか体は石だったり金属でしょ。 それとこの間戦ったニヴィルベア、今までは魔獣とされていたけどレッサーデーモンが融合した姿と言うならたぶん魔物に分類されるようになると思うわ」

「つまり、魔獣以外が魔物なのね!」

「ええ、さっきもそう言ったのだけど……。 けどまあ、その魔獣もひっくるめて魔物っていう人もいるのだけどね。 あまり深く考えなくてもいいんじゃないかしら」

「そっかあ、じゃあ忘れるわ」


 そう言うとエルビーは座席に寝そべる。

 そのまま足をパタパタと動かしているが顔に当たるのでやめて欲しい……。


「いや、忘れる必要はないと思うのだけど……」

「暇だからあれこれ聞いているだけで、そこまで興味のある話ってわけでもないんだろうな」

「そうみたいね、大迷宮で変にはしゃがなければいいのだけど」


 ラフィニアは一抹の不安を抱きながらも今回の任務が無事に終わることを願っていた。

 馬車はトクトクと森の中を進む。

 時折魔獣が出ては護衛の騎士が討伐している。

 馬車の揺れがちょうど心地よく感じ、気づけばエルビーの足も動かなくなっている。

 たぶん寝入っているのだろう、そしてノールもまた意識が吸い込まれるように眠りについた。



    ◇



「ノール君、エルビーちゃん、もうすぐ着くわよ」


 それはラフィニアの声。

 ノールは目を覚ますといまだ寝息を立てているエルビーを起こそうと体を揺する。

 しかし分かってはいたが起きる様子はない。

 でも大丈夫、起こす魔法がある。


「エルビー、夕食」

「うがぁっ!? ……あへ? おにくふぁ?」


 右腕でよだれを拭うと自分がまだ馬車の中にいることを思い出したようだ。


「ひどい……わたしのお腹はお肉で調整されたと言うのにお肉がない」

「ふふっ、まあそう言わないの。 迷宮に入るのは明日からだしあと街に着けば本当に夕食だから」

「よし! じゃあ今の分もいっぱい食べよっ! 今食べるはずだった夕食の分をこれから出る夕食で食べればぴったり帳消しよねっ」

「どういうことだかほんと意味分かんねえ」


 ラフィニアの話ではもうすぐ着くらしい。

 しかしノールとエルビーの興味は街に着く前のとあるものに向けられていた。


「ねえラフィニア、アレ何?」

「ああ、あれは氷よ」

「氷? ひんやり冷たい氷?」

「そ、その氷」

「なんでそんなのがあそこにあるの?」


 それは当然の疑問だった。

 街に向かう街道の中、木々に囲まれ山のような氷の塊が佇んでいる。

 知らない者が見ればその不思議な光景に目を奪われることだろう。


「まあ氷と言ってもただの氷じゃなくてね、あれは“アバタルの氷塊”と言って、その昔暴れていた大きな魔獣を封印したものなんだって。 つまり魔法による氷ってわけ」

「ん? でも中に何もいないわよ?」

「下」

「え? なにノール、下って?」

「地面に埋まっている。 中に魔獣がいる」

「へえノール君は知っていたのね。 その通りよ、見えているのは封印の一角、巨大なクレーターの中で封印された魔獣が時間と共に埋もれちゃったのね」


 ノールは知っていたわけではなく魔力の流れからそう判断したに過ぎず、魔獣から漏れ出た魔力を吸い取ることで解けることがない氷の塊が出来上がっているようだ。

 氷の牢に閉じ込め魔力を吸い続けることで魔獣を封印しているのだろう。


「そうなんだ、強かったのかな」

「封印されているってことは倒しきれなかったってことだからやっぱり強かったんじゃないかしら」

「ドラゴンより?」

「さあどうなのかしらね? ドラゴンは世界で最強の生き物と言われているけど、だからと言って世界に棲む生き物すべてと戦ったことがあるわけじゃないだろうしね」

「ふーん……」


 その氷の塊も景色の一部となって後ろへと流れて行った。

 それから間もなくして街が見えてきた、ようやく目的地に到着である。

 マラティア国、迷宮都市ラフィンツェル。

 それまでの街と違い街の中は沢山の人間で溢れかえっていた。

 迷宮に挑む冒険者、その冒険者に物を売りつける商人、どこかで拾ってきたような物を商人に買ってもらおうとしている子供、などなど。


「どうしたの?」


 ノールの様子にラフィニアが声を掛ける。


「ああ、あの子供たちのこと? 王国や聖王国じゃあまり見かけないことだけどここじゃありふれた光景よ。 国の財政は大迷宮のおかげでそれなりに潤っているはずだけど、そこに住む人たちには関係のないことだもの。 彼らは彼らでなんとかしてお金を稼ぐ方法を探してる。 それは子供であっても例外じゃないわ……」


 そこまで言うとラフィニアは口ごもった。

 そんなラフィニアの気持ちを察してかリックが続きとばかりに語り始める。


「ここにはこんだけ人がいるけどさ、この中でここに家をもって暮らしているのなんてほんの一握りでほとんどはよそ者なのさ。 特に冒険者みたいなのが稼ぐために来ては気分転換に女を抱いてそいつがガキをこさえちまう。 それでも母親がいる奴はましだが病気だとかで死んじまったりするとな、ああやってゴミ拾って売ったりと自力で生きて行くしか道がねえのさ」


 あの子供が持っていたのは何だろうかと思っていたけどただのゴミだったのか。

 商人はゴミでも買ってくれるのだろうか。

 魔石が売れるのは知っているけど、それ以外にも売れる物があるとは知らなかった。

 必要ないと思って拾うこともしなかったけど、勿体ないことをしてしまったのかもしれない。

 ノールがそんなことを考えていると、リックはノールの頭を軽くポンポンと叩く。


「そんな顔するなって。 だからって全員がひどい冒険者ばかりじゃないんだぜ。 ここで出会って一緒になる冒険者だっているんだ。 ただよ、冒険者ってのは危険と隣り合わせの仕事だろ? 運悪く命を落としちまう奴もいるのさ。 まあ子供からしてみれば最初から見捨てられているのも途中で親を失うのも同じことなのかもしれないけどな」


 リックは相変わらず頭をポンポンと叩き続けている。


「子供のお前らがなんで冒険者なんかやっているのかは知らねえし聞くつもりもないけどよ、まあなんだ、冒険者ってのは互いに助け合うべきだと俺は思っている。 困ったことがあればいつでも頼ってくれていいんだからな」


 なら今度からは売れる物かどうか聞いてから捨てるか判断しよう、そうノールは思うのだった。



    ◇



 街のほぼ中心にある巨大な建物。

 一夜明けてノールたちは今そこにいる。

 ノールたちだけではなく勇者パーティとミルドと言うリックの知り合いの冒険者チームもいる。

 この中に大迷宮への入口があるらしい。

 中は冒険者たちで溢れかえりまるで冒険者ギルドのような雰囲気がある。

 そう思えば実は本当に建物の中にギルドがあった。

 ラフィニアが言うには街の中にも冒険者ギルドはあるけど、いちいちあそこまで行くのもめんどくさいとかやることが多いので大迷宮専用に設置した、言わば支部のようなものらしい。


「それで目的は予定通り下層周辺の探索と言うことでいいのよね?」

「ああ、うんその予定」


 ラフィニアの言葉に勇者が軽く答える。


「ちなみにだけど、この中で下層まで行ったことある人はどのぐらいいるのかしら?」


 続く質問にラフィニア本人も含め5人が手を挙げた、もちろんノールとエルビーは行っていない組である。


「ってちょっと待って。 あれ? 勇者様たちは誰も行ったことがないの?」

「ああえっと、俺たち全員大迷宮自体初めてで」


 ラフィニアの疑問に答える勇者。


「だって……あれだけ大迷宮はって……」


 ラフィニアはまさかの事態に呆れつつなんとか言葉にすると同時にリィベルを見やった。

 そんなリィベルはすぅっと視線を外し唇を尖らせラフィニアに抗議する。


「行ったことがないぐらい大したことじゃないでしょ。 大迷宮が危険な場所なのは誰だって知っていることなんだから」

「知ってるのと経験しているのじゃ全然違うじゃないの……」


 ラフィニアは右の手で頭を抱えかすれた声で呟く。


「まあ、だからこそ経験のある俺たちが指名されたと言うことでもあるんだがな、ガハハハ」


 両手を腰に当て胸を反らしつつミルドが高笑いを上げた。


「なるほど、あなたたちにはそういう意味もあったのね……」

「ん? 他の意味などあるのか?」


 内務局の工作でしょ? などとは言えない。


「いえ、なんでもないわ。 それじゃ迷宮内ではあなたたちが先頭と言うことでいいのかしら?」

「ふむ、そうだなそれが良いだろう。 俺たちを先頭に勇者のパーティ、そしてお前さんたちと並ぶ。 しんがりを頼むことになるが構わないか?」

「構わないわ、勇者様もそれでいいかしら?」

「ああ、いいです……それで」


 歯切れの悪い勇者の返事にラフィニアは少しだけ違和感を覚えたりもしたが気のせいだろうと流すことにする。


「ノール君エルビーちゃん、二人も迷宮は初めてでしょ? 一応注意事項ね、この迷宮は地下に広がっていて下へと降りていくものよ。 そして上層、えっと迷宮に入ってしばらくは侵入者を排除するための仕掛けがいくつもあるの。 ただ下層を目指すだけならそれほど多くはないけどくれぐれも気を付けてね」

「仕掛け?」

「そうよ、もしかしてそういう罠の類って見たことない?」

「うーん、ノールは見たことある?」

「ない」

「あらそう、なら壁や床、天井から垂れ下がっている何か、そういうものは不用意に触れないこと、分かった?」

「触れたらどうなるの?」

「最悪死ぬわよ、全部が全部そうじゃないけどね」

「へぇ……それは大変ね」

「いや大変なんて言葉じゃ済ませられないんだから気を付けてね」

「んじゃ、行くとするか」


 ミルドの言葉と共に皆が歩き出した。


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