武具店の息子
ノールたちと合流したラフィニアは予定通り武具店へと向かった。
武器に負担を掛けないように戦っているとは言え長期間使用し続ければさすがに切れ味も悪くなってくる。
そのまま無理して使えばいずれ折れてしまうことだろう。
防具に関して言えば店主に確認してもらい致命的なダメージがあれば買い替えることになる。
ラフィニアは買った店でしか見てもらわないようにしていた。
それはもし他所で買った商品を見てもらっても買い替えたほうがいいなどと阿漕な商売をする者がいるからだ。
しかし自分の店の商品ならばどうだろうか。
容易に買い替えを勧める店など自分の店はその程度の武具しか売っていないと言っているようなものである。
自分で武器を作り販売している職人としてそれはなかなかに屈辱的なはずなので本当にダメと判断したとき以外は買い替えなど勧めてこない。
そう考えているからラフィニアは武具を仕入れて売るだけの商人の店でも買わず、こうして職人が自分で販売する店しか利用しないのである。
もちろんそれでも粗悪な商品で阿漕な商売をする者がいないわけではないが、この店はこれまでの中で一番信用できると思っている。
「ねえエルビーちゃん、その剣って聖剣なのよね?」
「そうよ、すごいでしょ!」
「ええ、けど聖剣だと言うことはあまり言わないほうがいいと思うわよ、ここは聖王国だし」
「どうして?」
「どうしてって、聖剣は勇者が持つものって誰しもが思っているわ、そして聖王国には勇者がいる。 その聖剣は勇者が持つに相応しいって取り上げられちゃうかもしれないじゃない?」
「ダメ! それは絶対ダメ、これはわたしが買ったわたしの剣だもの」
「だから、凄い剣だと言ったとしても聖剣とは言わないほうが良いのよ、特に聖王国では。 分かるでしょ?」
「んんー分かったわ……気を付ける」
それからしばらく歩き続けて一つの店にたどり着く。
「ここが目的のお店よ。 あ、怒られるから商品にはやたらと触らないでね」
並べられた剣に手を伸ばそうとしていたエルビーにラフィニアは注意を促す。
「そんなことしないわ」
「そう、ならいいのだけど」
ラフィニアはそう言うと奥まで進んでいく。
一番奥のカウンターには一人の女性がいた。
「こんにちは、コロンさん」
「おや? あらあらラフィニアちゃんじゃないの、久しぶりね。 あ、もしかして武器の手入れかしらね? ちょうどそんな時期だものね、待ってて今呼んでくるから」
その女性コロンはラフィニアの返事を待つことなく、さらに奥へと入っていった。
「今の人はここの奥さんよ、それで旦那さんがグリドさんと言って鍛冶職人なの。 この奥に工房があってそこで作業しているのよ」
「へえ見てみたいわ!」
「焦らない焦らない」
奥から声が聞こえてくる。
「あんた! ラフィニアちゃん待ってるんだから早く!」
コロンが出てくると少し遅れて体格の良い男も出てきた。
「ラフィニアか、そろそろだとは思ったが。 どれ見せてみろ」
「はい、よろしくお願いします」
「あれ? リックはどこ行ったの?」
さっきまでいたリックの姿がない。
「リック? あの子来てるのかい? リック! リック出ておいで!」
「フッ……フフッ」
エルビーの言葉にコロンが大きな声で呼ぶと、ラフィニアはそれがおかしいかったのか笑いそうになるのを必死に堪えていた。
「なんでそんなとこに隠れてるのよ」
「バカ! エルビー、余計なこと言うな!」
商品が並ぶ陰に隠れるようにリックはしゃがみ込んでいるのをエルビーが見つける。
「ちょっとリック! あんた何年も帰らないで何やってんだい!」
「そんな放浪者ほっとけ、客が先だ」
「もう! あんたまで……折角リックが帰ってきたんだからもう少し嬉しそうにしたらどうだい?」
「家放って出ていったバカ息子のことなんて知るか」
「あれ、リックって……」
「そうよ、ここの跡取り息子、の予定だった親不孝者」
「おいラフィニア人聞きの悪い言い方するなっての。 後を継ぐのは弟で俺じゃない。 俺には鍛冶職人としての技術がねえんだよ、ずっと続いてきた家を俺がつぶすなんて御免だっての」
「ふん! やる前から無理だ出来ないとほざきやがって。 そんな根性無しはこっちから願い下げだ」
「ほらな、だからいいんだよ。 俺は冒険者リック、鍛冶職人じゃないのさ」
「けど、こうやって毎回私に付いてきてはこっそり店を覗いているのよ? 心配なら心配だって言えばいいのよ、いい大人が情けない」
「う、うるせえな! そんなんじゃねえっての」
「ねえリックのことはどうでもいいのよ、わたしの剣も見て欲しいのだけど」
「お前どうでもって……ひどくね?」
「この先リックが何をするかはリックが決めることでしょ? 自分が後悔しない選択をするだけだわ、わたしには関係ないもの」
「アハハハハ! その通りよエルビーちゃん、もっと言ってあげて」
「どれ、見せてみろ」
「はい、この剣よ」
グリドはエルビーから剣を受け取りまじまじと眺める。
そして一つため息をつくと「こりゃ無理だな」と剣をエルビーに返したのだった。
「え!? 無理ってどういうこと? この剣もしかして……もう折れちゃうの!?」
「そうじゃねえ、俺には扱えねえって意味だ。 お前さんの剣はそこらの剣とは違う、そうなんだろ?」
「これは……そのとってもすごい剣なんだけど、聖剣とかでは全然ないわ。 その、ちょっとすっごい剣ってだけで……あっ……」
誰かに指摘される前にどうやら自分で気づいたっぽい、聖剣であることは秘密なのに。
「エルビーちゃん、秘密とか本当に苦手なのね。 まあ親方さんなら大丈夫よ、信頼できる人だから」
「聖剣……か、初めて見る。 もしかしてあれか、今噂になっている勇者様ってのがこの子なのか?」
「あら、あんた! 私が話したときは全然興味なさげだったのに、やっぱり気になってはいたのね?」
「そんなんじゃねえよ、興味なくたって耳には入らあ」
「この子は勇者じゃないわよ、勇者は男って話だし」
「そうか、まあともかく俺にはそれの手入れは無理だ。 ただ、見た限りじゃ刃こぼれもねえし大丈夫だとは思うがな」
「そう…… 見てくれてありがとっ」
「ふんっ。 ラフィニア、お前さんの武器だがそろそろ限界が近い。 早めに買い替えることを勧める」
「ああやっぱり……この間のニヴィルベア戦でかなり無理させちゃったから。 せっかく褒賞金貰ってもこれで飛んじゃうわね」
「その武器もうだめなの? まだ大丈夫そうに見えるけど」
「表面はな。 だが見えないところに負荷がかかりすぎている。 このままじゃいつ折れても不思議じゃねえ」
「エルビーちゃん分かるでしょ? それだけその剣は特別なのよ、どんなに強い勇者でも並みの武器じゃまともに戦えない。 勇者には勇者にふさわしい武器、つまり勇者の力に耐えられるだけの武器が必要になるの。 聖剣であることを見抜ける人はそういないとは思うけど、高位の神官とかならわかるかもしれない。 だから気を付けてね」
「うぐぐっ、分かった、気を付ける」
「それで、今度はどうするんだ? また同じような剣でいいか?」
「ええそれでお願い。 どのくらいかかるかしら? 今度迷宮に潜ることになったからあまり時間がなくて」
「言っただろ、そろそろだと思ったと。 準備はしてある、少し待ってろ」
「え? ウソ、ほんとに?」
そういうとグリドは奥へと戻っていく。
しばらくして出てきたグリドが持っていたのは先ほど見ていた剣と見た目は同じ。
「ほれ、どうだ?」
「これこれ! 親方さん完璧よ、さすがね」
「来る度に同じものを依頼されるんだ、多少違った注文もあるかとも思ったがそういうことも一度として無いしな」
「しょうがないわよ、これが一番しっくりくるんだもの。 今更他の武器じゃ勘が狂ってまともに戦えないわ」
「それでなラフィニアよ、今回は前と同じ額でいい。 だが最近材料が値上がりしていて次作るときは多少高くするかもしれねえ」
「値上がりって、どうして?」
「さあな、南から運ばれてくるミスリル鉱石の量が減っているらしいが詳しくは俺も知らねえんだ」
「はあ、まあ仕方がないわね。 渋って使う量減らすわけにもいかないし」
「みすりるってなに?」
「武器や防具の材料よ。 とても魔法に馴染みやすい金属と言われていて魔法剣の材料になってるの。 南の、聖王国よりもっと南の国で採れるらしいんだけどね」
「わたしの剣もみすりる?」
「その剣はミスリル製じゃねえな。 一見ただ古いだけの普通のロングソードだが問題はその文字だ。 そうだな魔法文字と言うべきだろうか、おそらくそいつのせいで俺たちには手に負えない効果が付与されちまっているのさ。 長年いろいろな魔法剣も見てきたがこの手のものは初めてだな」
グリドはそう言うとラフィニアの後ろで小さくなっているリックに視線を向けた。
「おいリック、お前の武器も見せろ」
「いや俺のはいいよ」
「馬鹿たれ、お前の武器にも人様の命が懸かっているんだ、つべこべ言わずに見せやがれ」
「ったく……」
「なんだこれは、全然手入れしてねぇじゃねえか。 ちょっと待ってろ」
しかしグリドは奥には戻っていかずにカウンターの下を覗き込むとおもむろに手を入れ中から何かを取り出した。
「持ってけ」
「なんで俺の武器まで準備してあるんだよ……」
「バカだねぇあんたは。 親が子の心配するのは当然じゃないか、まったくラフィニアちゃんはこうやって顔見せに来てくれるのにあんたは全然来ないから心配だったんだよ? 今度からはちゃんと一緒に来て顔を見せてくれよ」
「ああもうわかったよ」
「ラフィニア、防具のほうはまだ大丈夫だと思うが迷宮に潜るならちと心配ではある、どうする?」
「んー……背に腹はかえられないわよね、なんとか大迷宮で稼がなくっちゃ」
「じゃあラフィニアちゃんは特別にお負けしちゃうわよ、さあどれにする? やっぱりいつもの?」
「そんないいわよ、親方に怒られちゃうわ」
「バカやろう、そんなことで俺がイチイチ怒るものか、いいからいいモン選んでけ」
「そうだよ、うちのバカ息子の面倒だって見てくれてるのに。 このぐらいしないと女神さまの罰が当たっちまうよ」
「分かったわ、じゃあ遠慮なくいいもの選ばせてもらうわね」
「そこはそんなことないですーっていう場面じゃねえの? そもそも無茶ぶりに付き合ってんの俺のほうなのに」
「無茶ぶりだなんて人聞きの悪い、私はいつだってギリギリを攻めているだけよ」
そう言いながらラフィニアは胸当てと小手が置かれている棚に向かう。
「それを無茶ぶりだって言ってんだよ、まあそのおかげで俺もAランクになっているわけだけどさ」
愚痴をこぼすリックを無視してラフィニアは並べられた品をひとつひとつ手に取り体に合わせてみたりしている。
「とは言っても、やっぱりいつものが一番いいかなって思っちゃうのよね」
「ラフィニア、これがいい」
それは少し離れていた場所に置かれている品。
「変わった色ねこれ、何かしら」
「ああ、それは材料で仕入れた鉱石に混じってたやつでな、正直俺もよく分らねえんだが試しにそれで防具を作ってみたんだ。 まあ強度は同じくらいのようなんだが、他にどんなデメリットがあるか分からなねぇからちょっと値引きしてあるのさ」
「ノール君はこれがいいと思うの?」
「うん、魔法に対する耐性が高い」
「そんな効果があるの? でもそんないいものなら値引きは申し訳ない気が……」
「遠慮なんかしねえで持ってけ、客に効果を説明できない時点で価値なんざねえんだからよ、お前さんが後で感想教えてくれればそれでいい。 それ、タダでいいからな」
「いや、ちょっとタダはさすがに……」
「いいのよラフィニアちゃん。 そういうよく分らないものはどうせ売れ残るんだから。 その子が言うように魔法への耐性が高いのが分かれば、次から高く売れるからね。 タダでいいから是非使ってみた感想を後で教えて頂戴な、リックも隠れないでちゃんと来るんだよ? まったく」
「俺まで飛び火……」
「そう、じゃあお言葉に甘えて戴くわ、ありがとう親方にコロンさん、それとノール君もね」