大迷宮の調査依頼
「正確に言うならば逆だがな」
外務局局長エインパルドは言う。
「どういうこと?」
「勇者が君たちに同行するのではなく、君たちが勇者パーティに同行するということだ」
「勇者パーティがヨルシア大迷宮の調査に向かうことは決まっていた、ということかしら?」
「そういうことだ、今回の調査、提案したのは内務局だ。 そして内務局がサポートを名目に冒険者の同行まで求めた。 冒険者では進展しない調査を勇者にさせると言うのは分からなくもないが、それにしてもいきなりすぎると私は思う。 ある程度腕が立つようだが勇者とて不死身ではあるまい、万が一の可能性を考えるならもう少し実力を測ってからでも良いと思うのだがな」
「国としては勇者の存在をもっと知らしめたいだろうに、せっかくの広告塔を大迷宮に閉じ込めるのは勿体ないわよね。 それなら、例えば街や村で魔獣を狩らせると言った人目に付く任務のほうが良いはずなのに」
「今回の任務、内務局には別の目的があるかも知れないが、はっきりと断言も出来ないし私は静観するつもりでいた。 だが君たちならば彼らがヨルシア大迷宮で何をしようとしているのかを探ることも可能だと思う。 どうだろうか?」
「たしかにすべて内務局の思惑通りと言うのはちょっと引っかかるわね。 そもそもだけど神務局は何も言わなかったの?」
「君たちが関わった転移魔獣の件もあって内務局は直ちに調査が必要だと提案したのだ、それだけ聞けばただ重い腰を上げたとも取れるし実際危機感を募らせた貴族も多い。 神務局も勇者の名を広めるいい機会だとうまいこと乗せられて了承したというところだな」
「なるほどね、それはともかくとして、しばらくは私たちとエインパルドさんとの関係は秘密にしておくと言う話ではなかったの?」
「それについても考えてある。 君たち、魔獣討伐の功績でディエンブルグの領主に招待されただろ? カイザックから何か聞いていないかね?」
「まさか……そう、そういうことなのね、領主様の言っていた外務局の知人ってあなたのことだったの」
「なんだ、奴は私のことを言わないでいたのか、律儀な奴だな」
「ええ情報提供者は外務局の知人とだけ。 まさかトップとお知り合いだったとは思ってもみなかったわ。 それで? その領主様がどう関係してくるのかしら」
「簡単なことだよ、魔獣討伐の功労者で実力も証明済み。 私はディエンブルグの領主から君たちを推薦されたので同行させるというだけのことだ。 それならば私自身は君たちを詳しく知らないという体裁も保てるしな」
「領主様は自分を中立的な立場だと言っていたけど、領主様とあなたの関係をどう説明するつもり?」
「問題はない、それはディエンブルグ領主に嫁いだのが私の妹だからだ」
「え、そうなの? ってそれってまさか……」
「おっと、人聞きの悪い想像はしないでくれ、私も二人の関係は知らなかったのだ。 今では妹が嫁いだことは多くの者が知っているし、私がカイザックや妹に宛てて手紙を送っていることも周知の事実。 そもそも私が情報を提供しているのは嫁いだ妹を案じてだし、それに対してカイザックはディエンブルグ領主として中立と言う立場を示し態度も崩さない。 傍から見れば大事な妹を思う兄の片思いと言うわけだな」
「そういうこと、それなら納得だわ。 けど……それで私たちをあなたに推薦する理由になるのかしら?」
「もちろんだとも。 勇者が調査に向かうことも内務局が冒険者を同行させることも、そして今回私は静観すると決めたこともカイザックに報告している、と周りは考えているだろう。 だが中立的な立場であれ、大迷宮からの転移魔獣の件では最も被害を受ける可能性のあったディエンブルグ領としても何かと対策を講じたいところ。 そこで知り合ったばかりの君たちを、縁故を利用してねじ込もうとしても不思議ではないわけだ。 つまり体面的に君たちは私の協力者ではなくカイザックの協力者と言うわけだ」
「私が気にすることでもない話なのだけどそれ、領主様に確認取らずに進めちゃっていい話なのかしら?」
「君たちをこちら側に引き込もうと言い出したのはカイザックのほうだよ。 それに彼が守るべきは中立と言う立場だし今回のことでそれが崩れることもない」
「あら、片思いではなかったの?」
「もちろんカイザック本人から連絡が来たわけではない。 だが口うるさい兄に呆れた妹から小言をしたためた手紙が来ても不思議ではあるまい?」
「なるほど返信は妹さんを経由しているのね、でもそれって私たちに話してしまって良かったの?」
「良くはないな。 しかしそれ以上に見返りがあるとカイザックは考えているようだ。 私は……正直悩んでいたがね。 語らず誤魔化して君たちを利用することも考えたのだが、正直に協力を求めることを選んだというわけだ。 特に今回は内務局の手の者も同行する。 秘密を知る者は少ないほうが良いのは事実だが迂闊な発言で秘密があると相手に悟られるより、そこはすべてに口を噤んでもらうほうが安全と判断したのだよ」
「若干心配になる子もいるようだけど」
「言ったのは失敗だったか……?」
「え? なに、わたし? えっと、何の話?」
「心配だ……」
エインパルドはため息をつくと再び話し始めた。
「それでこの依頼、受けては貰えるのかな?」
「話は理解したわ。 早い話、目的は調査ではなく勇者たちの監視と言ったところね。 私は受けるつもりだけどみんなはどうする?」
「お前が受けるなら俺も同じさ、チームだしな」
「俺たちは遠慮しておくよ、旦那の護衛が俺たちの仕事だし」
「君たち二人は……聞くまでもないわね」
「ラフィニア殿ならばそう言ってくれると思っていた、よろしく頼むよ」
話が終わるとちょうど昼時、それまで事態を見守っていた当主ボールギットがみんなを食事に誘い連れ立って出ていく。
ラフィニアはまた詳細の打ち合わせが残っているらしくエインパルドと話し合っていた。
「ねえリック、ラフィニア置いてきちゃって良かったの?」
「あ? 俺やお前らがいてなんか役に立つのか?」
「なるほど、確かに」
「だろ? お腹鳴らして邪魔するより俺たちはしっかり食って先の準備することが大切だ」
「なるほど確かに!」
食事室に着くとすでに料理は準備されていた。
「あっ、このパターンは……」
パノンが呟く。
「席にどうぞ。 本来ならば礼が先なのだが事情が事情だったもので――――」
「おいしそうね、いっただきまーす」
座るとほぼ同時に料理を食べ始めたエルビーに頭を抱えるパノン。
リックもトルネオも自分には関係ないとばかりにボールギットを見据えたまま動く気配はない。
そんな状況に若干動揺しつつもボールギットはなんとか言葉を絞り出す。
「――――ゴホンッ、ああ事情だったもので先に話を聞いてもらうことになってしまったがもう一度礼を言わせてくれ、感謝する。 当家自慢の料理人が腕によりをかけ作った料理だ、さあ皆もどうぞ」
「よし、じゃあ俺も食べるとするか、このままじゃ二人に全部食われちまう」
全員が食事を始めしばらくしてラフィニアがやってきた。
「あら、おいしそう。 さっそく私も頂くとしましょ」
「それでラフィニア、今後の予定はどうなったんだ?」
「3日後、勇者たちを迎えた会食があるらしいわ、私たちもそれに参加する」
ラフィニアの言葉を聞いたパノンがブッと吹き出していた。
「ああもうリーダー汚いー」
「マナーがなってないぞ」
「ちょっ旦那今それ言う? さっき何も言わなかったのに?」
「どうしたの? あなたたち」
「いや、その会食ってやっぱり貴族の偉い人たちもいるんだろうなと思って」
「そうね、各庁のトップはまず来るでしょうね、聖王様もご出席される予定だとも言っていたわね」
「だよな。 俺、断って良かったと今一番思ってる」
「俺もリーダーに同意だな」
「そうね」
パノン、スコット、アーニャとそれぞれの発言にミネハもうんうんと頷いている。
「だからどうしたのよ。 リック?」
そんな4人の不可解な態度にラフィニアは説明を求めるかのように隣に座るリックの名を呼んだ。
「んーまああれだ、俺はラフィニアを信頼しているから。 全部ラフィニアに任せたぞ」
「は? なんかものすごく嫌な予感しかしないのだけど」
「えっとな、ラフィニアさん。 ここに入ってきたとき、食事はすでに用意されていたんだ……」
「そんなの別に……ってまさか……」
ラフィニアは夢中になって料理を食べている二人に視線を向けた。
「お察しの通りです」
「会食までにある程度マナーを教えなきゃいけないのね……」
そこからしばらくラフィニアによるマナー教室が始まった。
「いい? そういうことだから言ったことはちゃんと守るのよ」
「ラフィニア、食事なんて出されたものを残さず食べればそれでいいとわたしは思うの」
「聖王様の前で失礼なことしたら追い出されるわよ? おいしい料理も食べられなくなるけどエルビーちゃんはそれでいいのかしら?」
「うっ……分かったわ、頑張ってみる……」
「で、リックは何笑っているの?」
「いやぁな、ラフィニアが子供の世話してるのが可笑しくってさ」
「リック、笑っていられるのも今のうちよ」
「俺が二人の面倒見るなんてことにはならないさ。 それより、勇者パーティとかもう一つのチームってどんな奴らか聞いたのか?」
「いえ、エインパルドさんも知らないみたいだったわ。 今度の会食がそれぞれのお披露目も兼ねているようだからそれまでのお楽しみってところかしらね」
食事もほぼ終わりに近づくころラフィニアがノールとエルビーに声を掛ける。
「ねえノール君、エルビーちゃん。 どうせだしこの後武具店にでも行かない? 昨日話した武具の手入れ」
「行くわ、もちろんノールも行くって」
ノールの反応を見ることなく当然のように言うエルビー。
もっとも見るまでもないということなのか、ラフィニアはノールに視線を向けると軽く頷いているのが見える。
「じゃ決まりね。 準備できたらエントランスに集合よ」
ラフィニアはそれだけ言うと食事を早々に終わらせ食事室を後にした。
一時荷物を置くために貸し与えられた部屋に戻るとひとつため息をつく。
部屋にはラフィニア以外誰もおらず扉を閉めればシンと静まり返る。
部屋の中にノールとエルビーの荷物はない、あるのは奇麗に整頓されたラフィニアの荷物と床の上に中身をぶちまけられ散らかり放題なリックの荷物だけだ。
知らないものが見れば物取りの仕業かと思うが、これは単純にリックの性格によるものなのをラフィニアはよく知っている。
(まったく、いつもちゃんと片づけなさいって言ってるのに)
いくら注意しても直らないことも知っているので今ではもう諦めているが、注意しなければ余計ひどくなるので時折小言を言うだけにとどめていた。
「今まで散々探し回って何の手掛かりもなかったと言うのに、急に奴への手がかりが湧いて出てくるなんてね……」
誰もいないという油断からかふと心の声が漏れ出た。
だがラフィニアはそれを気にする様子は全くない。
今のラフィニアの関心事は別のものに向いている。
リーア、それが世間で白の悪魔と呼ばれている者の正体だとエインパルドに教えられたのだ。
ラフィニアが調べた限りでは悪魔の名を知ることは出来なかったが、聖王国の、それも最重要機密とされる資料のごく一部には記されているのだと教えてもらった。
そしてもう一つ、それがあの積み荷の中身だ。
これに関しては機密と言うわけではなく偶然手に入れることとなったもので、実はその信憑性も怪しいと思っていたのだとか。
それでも回収したのは念のためと言うことだったが、それを狙って魔物が襲ってきたことで本物だろうと確信を持てるようになった。
ラフィニア以外の者たちが食事に向かった後も残っていたのはその積み荷の取り扱いについてエインパルドと話をするためだった。
このままエインパルドが持っているのも危険だということで一時的にラフィニアが預かることにした。
これから大迷宮に向かうラフィニアが持っているのもどうかと思われるし、本来ならばすぐさま聖王に献上すべきなのだが、神務局や最悪内務局にこれが渡るのはかなり危険だろうというのが決め手となった。
「私なら安全、と言うわけでもないのだけどね……」
敵がこれを奪おうとするならまずエインパルドが襲われるだろう、そこで見つからないとなれば接触したラフィニアが怪しまれる。
大迷宮で襲撃を受けるとすればこれを守り切るのは難しいかもしれない。
「ラフィニア、準備できたか?」
一人の世界に入り込んでいたラフィニアにそう尋ねてきたのはリックだった。
閉めたはずの扉は普通に開いており、リックが入ってきたことなどまったく気がつかなかった。
「あなたと違って私は都度片づけているからね、準備するなんてほどのことはないのよ」
「うげっ……」
余計なことを言ってしまったという表情をするリックを尻目に荷物を持つと扉の前に立つ。
「私先に行ってるわよ、あなたも準備してすぐに来てね」
「ああ分かった……」
また小言を言われるのだと覚悟していたのだろうリックの拍子抜けた顔を見ながらラフィニアは部屋を出た。
「今は考えても仕方がないわね、でも何か策を講じておきたいところだけど……」
またしても漏れ出た独り言に気づき、今度は誰かに聞かれてないかと周囲を確認する。
誰もいないことに安堵し、ラフィニア気を取り直してエントランスへと向かった。
エントランスホールに着くと、そこにはすでに準備を終えていたのかノールとエルビーが待っている。
「ノール君、エルビーちゃん、ちょっといいかしら――――」
ラフィニアは二人に話しかけた。