次の仕事、調査依頼
フォントラッド商会の屋敷、案内されたのはその中の一室。
一人用の椅子に深々と腰を落としている二人、座っていない者が数名。
「初めまして、私はこのフォントラッド商会の当主、ボールギット。 本日は急な呼びたてとなって申し訳ない」
最初に話しかけてきたのは椅子に座らずに立っていた人物のうちの一人であり、彼 -ボールギット- の後ろには年配の男が従っている。
続けて話し始めたのは中央に座る老人、後ろにはまだ若い男を従えていた。
「君たちがアレを守ってくれたと聞いた、感謝する。 ワシはそこにいるボールギットの祖父でライゼン、商会は孫に譲ったが今回の件ではワシからも礼が言いたかったのだ。 もう一度言おう、感謝するぞ」
そして右側に座る残りの一人だが他の二人とは違い、後ろには誰もいない。
「私は聖王国外務局局長エインパルドだ。 ここを訪れた際偶然にも君たちの話を聞いてしまってね、国を預かる者の一人として感謝の意を示しておかねばと思い同席させてもらっている。 急な呼び立てになったのは私のせいかもしれんな、すまない。 そしてディエンブルグを、いやこの国を守ってくれてありがとう」
「外務局長……ね。 そんな聖王国の中で偉い方が今日偶然にも居合わせて感謝の言葉が頂けるなんて私たちも頑張った甲斐があったわね。 それとも、外務局長様自ら出向かなきゃいけない理由でもあったのかしら?」
「いやいや私もこのような偶然、女神に感謝しているぐらいだ。 もしよろしければ他の方々も紹介してほしいのだが構わないかね?」
エインパルドに促されそれぞれが自己紹介をした。
「なるほど、他の冒険者も皆Cランクとは。 それだけの戦力があったのならあれだけの魔獣を討伐出来たのにも頷けると言うものか」
「その通りよ、私だけだったらさすがに討伐は無理だったわ」
「それで、ノールと言ったかね。 君たちは王国からやって来たそうだが、わざわざ聖王国に一体何の用があったのだね?」
皆の視線がノールに集中する。
何かを言いかけたラフィニアだったが、ノールがさらりと答えた。
「聖王国にいる悪魔に喧嘩を売りに来た」
「ちょっとノール! それ言っちゃってよかったの? 誰が敵かわからないから話はラフィニアに任せようって言ってたじゃない」
「う~ん、ちょっとそれも言っちゃダメなことなんだけど……お願い、二人とも少し静かにしていて」
「悪魔に喧嘩を売るとは穏やかではないな、そもそも聖王国に悪魔がいるなどと言う話はどこから出てきたのかね?」
頭を抱えるラフィニアと何と答えるべきかと考える仕草を見せるノール。
「ねぇノール、なんか考えてるっぽいけどさ、ほんとに考えてる? わたし長老様に聞かれてすぐ答えると少しは考えなさいって言われてから少し考えるフリするようにしたから分かるのよ。 本当はノールも何も考えてないんでしょ? 大丈夫よ、わたしは長老様と違って怒ったりしないから」
「聖王国にいる悪魔が何か企んでるとダ……別の悪魔が言っていた」
「えっ……?」
ノールの言葉に動きを止めるラフィニア。
「悪魔が言っていたとは、それは、そのどういう意味なのだ? いや悪魔が言っていたという意味なのは分かっているが、悪魔がなぜ悪魔をってすまん混乱してきた」
「人間と同じ。 悪魔にも考え方が違うものはいる、それだけ」
「その悪魔は、人間の味方なのか?」
「人間の味方をする悪魔なんているわけないわ! あいつらは平然と人を殺すのよ!? どうしてその言葉を信用なんて出来るのよ!?」
「ラフィニア殿、少し落ち着いてくれ。 まずは彼の話を聞こうじゃないか」
「……そうね、ごめんなさい」
「味方かどうかは分からない、でも人間と共に生きているのだから敵ではない、と思う。 それより、君は聖王国で偉い人なんでしょ? どうして僕を捕まえようとしているの?」
「な……」
「ちょっと待って。 それどういう意味なの? 聖王国が君を、ノール君を捕まえようとしている? いったい何のために?」
「君、もしかしてだがそれもその悪魔からの情報なのだろうか?」
「そう」
「少し、考える時間をくれ」
そう言ってエインパルドは頭を抱え伏せている。
そして何か決意したのか、神妙な面持ちで話し始めた。
「ライゼン殿、ボールギット殿、それと今ここにいる者たち。 今更いうのもなんだが念のために言っておく。 ここからの話は一切他言無用だ、それは私の保身のためではなく国を揺るがしかねない内容だからだ。 そのうえで聞く準備はあるかね?」
「それこそ今更ね」
言葉にせずとも頷く面々。
「彼の言っていることは事実だ。 少し前、巫女が神託を授かった。 そして聖王はその神託により君を探せと命じられたのだ。 しかもその辺りから内務局の不穏な行動が活発になった、いや、目立つようになったというべきだろうか。 ノール、君は何者だ? なぜ女神は君を名指しした? なぜ君は悪魔と繋がっている? いや、そもそもその悪魔とはいったい何者だ?」
「そういうのは……秘密、そういう約束」
そう秘密だ、ダリアスのことは言えないしそこまでの経緯を説明すればダリアスにたどり着くことだろう。
リスティアーナがなぜ自分を指名したのかは分からないけど、自分が何者なのかと言うことを秘密にするのもリスティアーナとの約束である。
「まあいい。 今、気にするべきことは君が敵なのか味方なのかだ。 内務局と君は関係があるのか? 内務局は君をどうしようとしているのか。 君は悪魔に喧嘩を売りに来たと言ったね、それは具体的にどうするつもりだったのだ? やはり内務局は悪魔と繋がっているのか? 悪魔は聖王国で何をしようとしている? 何か、君に協力をしている悪魔から情報を得ているのか?」
「調査を頼まれた、ここで悪魔が何をしようとしているのか。 聖王国が僕を捕まえようとしているのも悪魔が関わっているかもしれないと言っていた。 だから――――」
「だから?」
「とりあえず悪魔が攻撃してきたら、こっちも攻撃してみる」
「なんだその脳筋思考は……それで大丈夫なのか?」
「大丈夫、人間に害をなすなら敵、そうじゃないなら敵ではないはず」
「はずって……エルビーちゃんも敵かそうじゃないかは分かるの?」
「敵とか敵じゃないとかは関係ないわ。 わたし本能的に悪魔って嫌いみたいだから、とりあえずこいつ悪魔かな?と思ったら一度切ってみればいいと思うの」
「こっちも脳筋なのか」
「あっ……」
「何? どうしたの?」
「これって僕たちが悪魔に喧嘩を売るんじゃなくて、悪魔が僕たちに喧嘩を売ってくるってことだよね? 騙されたかもしれない」
「ああそう……えっと悪魔たちの前に姿を現すって言うのは挑発するってことであなたたちが喧嘩を売っているでも間違いじゃないと思うわよ、うん、きっとそう」
「そうか、良かった」
ラフィニアの指摘にノールはほっと胸を撫で下ろす。
「なぁ旦那、俺にはこれから悪魔とやり合おうって感じの会話には聞こえないんだが、やっぱり冒険者ってのはこれくらい図太くないとダメなのかな」
「私に聞くな、Aランク冒険者でさえ驚くくらいだから違うのではないか?」
「ああ、だよな。 そうじゃないかとは思ってた」
「ま、まあ彼らのことは分かった。 ラフィニア殿、今回の件あなたはどうするつもりなのだ?」
「それはどういう意味かしら? もう少し分かるように具体的に言って欲しいのだけど」
エインパルドはノールを一瞥したのち、またラフィニアに視線を向ける。
「今回の異常とも言える転移魔獣の騒ぎもおそらく内務局の仕業と私は考えている。 もちろん内務局のすべてがクロと言っているわけではないがそれを見分ける術はない。 ラフィニア殿、あなたの父君は内務局の者であろう? 関与していない、と言い切れるのかね?」
「調べたのね、私のこと。 そして私が内務局側の協力者じゃないかと疑っていると、まあ当然よね。 お義父様が関わっているのかどうかは知らないわ、けど私は関わっていないと信じている。 私の記憶にある10年前のお義父様にそんな雰囲気は感じられないもの」
「関わっていたらどうするつもりだ?」
「さあ、分からないわそんなの。 外務局長様は私の心配をしてくださっているのかしらね? ふふっ」
「君はあの家族に恩がある。 関わっていると知ったときに君が寝返らないと言う保証はないのだろう?」
分からない、そう言ったのは自分がどういう行動に出るのか分からないと言う意味でしかない。
恩があるからと言って寝返ることなどあるはずがない。
あの悪魔をこの手で討伐する、それがすべて。
(関わっていると言うなら情報を聞き出して利用するだけだわ)
もし彼らが命じたことで村が襲われたとか彼らが元凶だとか言う関わり方ならば……。
(知ったとたんに切りかかるのかしら? それとも意外と冷静に対処できる? ダメねやっぱり分からないわ)
ラフィニアはその時の自分の様子を想像してみるが、どれもありそうなことだと思った。
「言ったでしょ、分からないって。 関わっているならそれは私にとって仇でもあるのよ? まあ私から見ても正義感の強い家族だから大丈夫だと思っているけど。 外務局長様こそ、実は内務局と通じているなんてことも考えられるのでは?」
「私が内務局に通じていたのなら、そこの彼はとっくに捕まっているさ」
「エインパルド殿、ラフィニア殿、ワシの見立てではお二方の利害は一致しているように思われる。 腹の探り合いはそこまでにして建設的な話を始めてはいかがでしょうかな。 これでは埒があきませんぞ。 そもそも渦中の者があの様相では、正直周りの者があれこれ考えても詮無いことに思えてならぬのですがのう」
ライゼンが視線を向けた先、エインパルドとラフィニアもつられて見ると、ノールは出されたお茶請けをエルビーと共に端から片づけていた。
「このままでは我が家のお茶請けがすべてなくなってしまうところですぞ」
「しかしライゼン殿、この状況で我々が周りの者だと言うのはあまりに無責任ではないですか? むしろ我々は神託と言う形で彼らを巻き込んでしまった当事者なのです。 彼らを守るのは我々の役目であると――――」
「お気持ちは分かりますとも。 女神様のご意向とは言え神託により彼らを聖王国の問題に巻き込むことになってしまったと。 ですがエインパルド殿、彼らの言葉をお忘れですかな? 彼らは喧嘩を売りに来たと言ったのですぞ、つまり正面から当たるつもりだと言うこと。 ならば我々がするべきことは彼らを守ることではなく彼らの手助けとなるべく行動することではないでしょうかな」
「それは、聖王国の未来を彼らに委ねろと仰るのですか?」
「ホッホッホッ、そうではありませんな。 大方、内務局の目的はエインパルド殿もご存じなのではありませんかな? では悪魔共の目的をエインパルド殿はご存じなので?」
「いや、それは……しかし……」
「お話では内務局と悪魔共が協力関係にあると言うことは推測できますが、狡猾な悪魔共が内務局に従っているとはワシには思えませんぞ。 今のエインパルド殿は内務局と悪魔共を一つの敵と見据えているようですがそれは大変危険なこと。 場合によってはどちらかに、いやおそらく悪魔共に出し抜かれることになることでしょうな」
「なるほどね、悪魔は私たちが相手をして内務局の横槍は外務局長様に対応してもらうと。 たしかに私たちからすれば見つけたら倒せばいい悪魔と違って政治的な問題を孕む内務局相手では分が悪いものね。 逆に外務局長様にとって内務局は与し易い相手だろうと」
「ラフィニア殿のおっしゃる通り。 そして最も気を付けなければならないことは、内務局と悪魔共の目的が同じはずがないということですな。 内務局がこの国を滅ぼそうとしているのなら別ですが、ホッホッホッ」
「それは絶対にありえんでしょう、やり方が違うだけで皆が国の繁栄のためと思っているはず。 つまりはそこを悪魔に付け込まれているということでしょうか」
「悪魔とはそういう存在ですからな」
「とは言っても協調して動く必要はあると思うのよね。 ねえ外務局長様、具体的に今後私たちはどう動くべきと思います?」
「ラフィニア殿、いい加減その外務局長様と言うのはやめていただけないか、名前で結構だ、あと様と言うのも止めてくれ」
「分かったわ、エインパルドさん。 それで? どうなのかしら」
「しばらくは君たちと我々の関係は秘密のままにしておいたほうが良いと思うのだ。 そこで、都合が良いことに君たちは冒険者、なら冒険者として外から調査してもらうのが良いと私は思う」
「外から? それは聖王国で起きている事件を調べると言うことかしら?」
「いや、文字通り外からだ。 ヨルシア大迷宮、名前ぐらいは聞いたことがあるだろう?」
「ちょっと待って。 それって転移魔獣について調べろってこと? けどそれなら聖王国だって調査しているんでしょ?」
「調査と言っても冒険者ギルドに依頼して冒険者を送り出しているだけだ。 そして現状何の情報も得られていない」
「私たちもそのただの冒険者なのだけど」
「君たちは悪魔の注目を集めているだろ、ならただの冒険者ではないな」
「いくら何でも無茶が過ぎるわ。 最低でも下層程度には潜らないといけないのよ? Aランク冒険者でもかなり無理することになるのにCランク冒険者には危険すぎる」
「もちろん君たちだけでとは言わない、ほかにも数名付ける予定だ」
「もしかして何としてでもこの子たちを迷宮に潜らせたいの? それが何を意味しているのか、ここにいる全員が理解しているはずよ」
「いやいや待ってくれ、そういう意図で言っているわけではないのだ。 数名とは言ったが冒険者数名ではない。 君たちもここに来る間に噂ぐらいは聞いただろう?」
「まさか……勇者パーティを同行させるって言うの?」
「ああそのまさかだ」
勇者、つまりは女神から力を授けられた人間。
それは世界に起きる災厄に対応するために女神が生み出す存在のはずで、つまり今この世界にそんなことが起きようとしているということなのだろうか。