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商人からの招待

 ノールたちは今、馬車に揺られている。

 とは言っても街から出たわけではなく馬車は大通りを北側に向かっているのだ。

 なぜそんなことになったのかと言うと、話は昨日の夜に遡る――――


「さあ好きに座ってくれ」


 商人の食堂に招待されたラフィニアたちは言われるがままに席に座る。

 座ったテーブルの上にはすでにたくさんの料理が並んでいた。

 空の食器もあるがおそらく冷めてしまうスープなどを入れるのだろう。


「まずは……ゴホンッ、浩浩たる大地にて一期いちごの出会い、再び交わることが出来たこと女神のお導き、女神の使徒たる我らのこの出会いに感謝と祝福を」


 商人が口上を述べる中、エルビーとノールはすでに出されている料理を食べ始めていた。


「私の名はトルネオ、この食堂と武具店を経営しております、以後お見知りおきください。 まあ、もう我慢出来ていない人もいるようだし堅苦しい挨拶もこれくらいにするか。 では――――」


 商人は酒の入ったグラスを掲げる。


「カンパイッ!」


 その言葉にラフィニアや護衛冒険者たちが同じようにグラスを掲げ、若い商人も見様見真似で後に続く。

 パノンは夢中で食べるノールとエルビーを一瞥した後、隣に座る若い商人に向き直り疑問を口にした。


「なぁ王国だとこの子たちみたいなのが普通なのか?」

「いや、そんなことはないと思いますけど。 この間の領主様の時だって……あ、そうかあの時は後から食事が運ばれてきたんでしたね」

「そ、そうだよな、王国にはそういう文化がないのかと思ったけどそういうわけじゃないんだな。 あ、俺はパノンだ、よろしくな」


 パノンの言葉に若い商人は苦笑いを浮かべ、ふと思い出したかのように疑問を口にした。


「私はオリファンと言います、よろしくお願いします。 あのー、私からもお聞きしていいですか? 先ほどのトルネオさんの言葉ってどういう意味なんでしょうか?」


 パノンはトルネオの言葉を振り返ってはみるがこれと言って思い当たるところがない。

 そんなパノンの態度に察したのであろうオリファンがさらに続ける。


「えっと、女神のお導きと言う口上のことなんですけど、あれも商人の間では当たり前のことなんですか?」

「あ、アレか。 そうか、そう言われればあれも聖王国ならではだっただのか……」


 パノンたちは護衛としてトルネオと共に行動することが多くよく聞きなれた言葉であったため、国を問わず言われているものだと思っていた。


「あれは、そうだな……。 なあ旦那、こっちの商人さんにさっきの女神の導きの挨拶について教えてやってくれないか? アレも聖王国の風習みたいなものなんだろ? 俺よく知らないからさ」

「なんだ急に」

「いやだからさ、女神の導きの挨拶の意味だよ、意味」

「私はオリファンと言います、道中自己紹介もせず失礼しました。 その、父から馬車の中では初対面の相手でも自己紹介をするなと言われていたのでそうしていたのですが」

「ふむ、そういうことか。 改めて、私はトルネオだ、よろしく頼むオリファン君。 さて、口上の意味か……」


 恰幅の良い商人 -トルネオ- は顎を撫でながらしばし考える。


「口上の意味を話す前に先に君のお父上の言葉の意味について話しておくとするか」


 そういうとトルネオはコホンと咳ばらいをして語り始めた。


「これは以前話した風習と同じで、まあ最近では形骸化していると言えなくもないが。 広い聖王国では馬車での移動は不可欠だ、そして当然それは安全とは言えずいつ魔獣や盗賊に襲われ命を落とすかわからない。 君のお父上がおっしゃるのはまさにそのこと、名乗り合えばその時より他人ではなくなる。 目の前で知人が魔獣に襲われていたら、君ならどうするかね?」

「えっと、それは……」

「当然助ける、と言いたいところだが現実はそれほど甘くないだろうがね。 馬車に乗る者は万が一の時にも、自分を助けようとして他の者が犠牲とならぬように名乗り合うことをしないのだよ。 そして無事馬車での旅を終え別の機会にまた会うことが出来たなら、それはきっと女神のお導きであるから感謝しようと言うのが始まりだと聞いている。 口上そのものは再会を喜ぶ時に使われるものだな」

「へえ、そうだったんだな」

「なんでリーダーが驚いているのよ」

「いやだって、お前らだって知らなかっただろ?」

「私はちゃんと知ってたわよ。 これでも商人の娘なんだからね」

「まあ形骸化していると言ったように今ではその由来を知らん者のほうが多いくらいでな、再会の時に名乗り合うとも限らぬ。 無事到着したときに名乗る場合もあるし、風習など気にせず最初から名乗る場合もある。 もともとが危険な場所で初対面の者と偶然一緒になった時の風習だから頻繁にあるものでもない。 あまり気にしなくてもよいと思うぞ」

「私、その風習ってあんまり好きじゃないのよね。 仲良くなってから名乗り合うのってちょっとモヤモヤするのよ」

「ラフィニア、仲良くなっちゃダメなんじゃないのか、そういう前提の風習だろ?」

「あ、そっか。 名前知らなくても仲良くなったら放ってはおけなくなっちゃうものね、盲点だったわ」

「じゃあモヤモヤしないように俺たちも自己紹介はしとこうぜ、しばらくは一緒にいることもあるわけだしな。 俺はリック、こっちはラフィニア、二人ともAランク冒険者だ、よろしくな」

「俺たちもだな、俺はチームのリーダーでパノン」

「私はアーニャよ、もうわかっていると思うけどそっちの商人の娘なの、よろしくね」

「俺はスコット」

「ミ、ミネハ……です」

「俺たちは全員Cランクだ、よろしく」

「私はエルビーでこの子はノール。 Cランクよ」


 自己紹介をしつつ食事をしていると、店の従業員が入ってきてトルネオに耳打ちし手紙のようなものを渡している。

 トルネオはその手紙の内容に驚きの声を上げた。


「なんと!?」

「旦那どうかしたのか?」

「フォントラッド商会からだ、明日の昼食に招待したいと」

「明日? そりゃやけに性急な話だな。 普通は相手の都合も考えて数日空けるものじゃないのか?」

「これは、不可解なことではあるな」

「そう? フォントラッド商会って貴族とも取引しているのでしょ。 そのぐらい横暴でも不思議ではないのではなくて?」

「いや、そっちの話ではなくてな、まあ見てくれ」


 トルネオは手紙をラフィニアに渡す。


「フォントラッド商会現当主はボールギットと言う男だ。 しかし――――」

「ライゼン……ってそれ前当主よね?」

「そうだ、君たちは商会の荷物を守ったのだから商会の現当主であるボールギットの名で招待するのが普通だ。 しかしこの招待状の名は前当主のもの、普通ではないということだ」

「いやな予感しかしないわね……」


 ――――とこんな感じで武具の手入れは後回しとなり急遽フォントラッド商会の屋敷に向かうこととなったのだ。

 しかもその招待状を届けに来た使者もすぐに返事が欲しいからと外でずっと待っていたらしい。


「なあ、俺たち触れてはいけないものに触れてしまったんじゃないか……」


 心配そうにするパノンにラフィニアは心配は不要とばかりに笑顔を返す。


「それはないわよ、文面からは敵意らしきものは感じられないわ。 仮に知られちゃいけないものなら翌日にお迎えだなんて私たちに逃げる機会を与えるのも不自然よ。 始末するなら聖都に入る前のほうが都合が良かったはずだし」

「始末って……」

「ふむ、それには私も同感だな。 わざわざライゼン殿の名を使うのだ、最悪なことにはならんだろう」

「とはいえ、今回の件、面倒ごとになる可能性は十分高いと思うの。 私は覚悟の上だけど、みんなはどうするの? 最悪は国の偉い人たちと敵対する可能性も出てくるし、半ば巻き込んでおいてこんなこと言うのもあれだけど、もし望まないなら話を聞く前に退出してもらったほうが良いと思うわ。 相手がそれを許してくれるとは限らないけど」

「難しいな、聞いたところで私たちに出来ることなどないとも思うが。 なら聞かぬほうが良いが後の祭りと言う可能性もある。 事情を知らずにただ巻き込まれていくだけなのは性に合わんしな、敵を見ずに対策など打ちようもない」

「君たちは?」

「ん~……どう? ノール」

「今回の件に悪魔が関わっているなら僕たちの仕事。 関わっていないなら関係ないと思うけど、たぶん悪魔は関わっている」

「じゃ参加するわ」

「それと話は私に任せてもらえると助かる。 敵と味方が分からない中で下手に情報を与えたくもないし」

「いいわよそれで。 どうせよく分らないし」


 ラフィニアの言葉にエルビーは軽く返す。


「君らほんと軽いなぁ……俺はこのあと何されちゃうのかと気が気でないよ」

「リーダーは肝が小さすぎる、って言いたいけど私も同感ね。 相手が悪魔ってだけでも想像超えているのに国の偉い人と敵対するかもって言うのはもう思考が止まるレベル」

「ならやめておくか? これは雇い主としての命令ではないぞ。 お前たちは冒険者だ、自分の行く末は自分たちで決めねばならんぞ」

「なんか旦那が俺たちを引きはがしに来た感じがするけど、気のせいだよな?」

「バカ者。 私はお前たちを我が子のように育ててきたつもりだ。 だが私も冒険者と言うものを甘くみていたのかも知れん。 もちろんお前たちがこのまま私の護衛としてだけでいいと言うのならそれは止めん。 しかし、今のお前たちは冒険者としてだけでなく護衛としても二流以下だ。 お前たちはそれで満足か? 先の戦闘で自身の未熟さを思い知ったのではないかと私は感じたのだがな」

「あのー、私が言うのもなんだけどあんまり冒険者に夢見ちゃだめよ。 私がこうして生きていられるのは運によるところも大きいもの。 死んでしまう人たちも大勢見てきた、それはあなたたちも10年前の事件で身に染みているのでしょ? 私は目的を果たしたい、そのために力を望んだ。 けどね、本来なら生きるために一流になるのであって一流になるために生きているわけじゃないと私は思ってるわ」

「まあ、決めるのはお前たちだ。 今回の件、私はこれ以上なにも指示せんからな」

「いや、俺たちは旦那の護衛だ。 旦那が関わるって言うなら俺たちはそれに付いていくだけだよ。 言っておくけど言いなりになるって意味じゃないからな、危険と判断したら逃げる」

「そういえばゲインたちも言っていたわね。 いざとなったら逃げるのも仕事のうちだって。 あれ言ってなかったっけ?」

「ふふっ、そうね。 何を目的にするのかはその冒険者次第よ。 生きるために命を懸けるのは滑稽だわ、けど何かを守るために命を懸けることはいずれ必要になる。 今は生きるための努力をすればいいだけよ、そのうち守るための努力をするようになるのだから」

「自分たちで決められるようになったのならそれで構わんさ。 私だって、いつまでもお前たちの雇い主でいられるわけじゃないからな……」


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