表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/166

英雄の資格

 洞窟調査が終了し俺とダーン、そしてノールの3人で街の中心部にある飯屋に向かっていた。

 まあ祝勝会みたいなものさ。

 ゲインとルドーはギルドへの報告と手に入れた魔石の交換で別行動だ。

 Aランクの魔獣だし良い金になるだろう。

 と、飯屋に向かうついでにノールにマントを買ってやらないとな。

 ダーンにそのことを告げ、防具店に寄り道してもらうこととなった。

 場所は中央部に近く、飯屋までのルートをちょっと変えるだけで行ける。

 ノールにも店でマントを買うぞと告げたが、なぜか不思議な顔をする。

 なんだ?また何が分からないんだ?

 そんな疑問を素直にぶつけてみる。

 なんと。

 必要なものは店で買う、と言う子供でも知っていることを知らなかったのだ。

 さらに聞いてみれば宿屋やそこで出る飯にも金を払っていると言う事実を知らなかった。

 どういうことだ?もしかしてどっかの貴族の子供か?

 そんな思いがふと過る。

 とりあえず一般的なフード付きのローブを購入し、本来の目的地である飯屋を目指した。



 飯屋に着いたわけだが、さて二人の到着を待つか先に始めているか。

 悩んでいるところにノールの腹の虫が……。

 分かったよ、先に始めるとしよう。

 ただし乾杯は全員揃ってからと言うことでお預け。

 そっちはノールにはもともと関係ないがな。

 まあいつものことだが出された料理を無言で、しかも表情には出さないのにおいしそうに食べるわけだ。

 食べているときのノールは決して上品とは言えない。

 もちろん下品と言っているわけではなく、ごくごく普通。

 貴族の子供ではないだろうな。

 ゲインたちも合流し乾杯。

 その後ゲインの肉料理をノールが食べたりもしたが、まあよほど変わったことは起こらず祝勝会と言う名のただ飲みたいだけの会は終わった。

 飯屋を出て宿に戻ろうとする間で、ゲインが今後のことで確認したいことがあるのでダーンと俺が借りる部屋に集まるように言ってきた、もちろんノールも。

 ゲインたちの部屋じゃなくて俺の部屋?

 若干の疑問を抱きつつ全員でそのまま俺の部屋へと向かう。

 さて今後のこととは何だろうか。


「ちょっと済まないな。実はノールに聞きたいことがあるんだ。なあノール、単刀直入に聞くが、ノールは勇者なのか?」


 ってなんだそりゃ?

 なんでノールが勇者って話になるんだ?

 ゲインの話を掻い摘んで言うと無詠唱で魔法を使えるのは勇者ぐらいなんだとよ。

 だからノールは勇者、とそういう疑念が生まれたってわけだ。

 だが、ゲインはそれに否定的らしい。

 じゃあ誰がそんなバカげたことを…って、そうか、そういうことか。

 俺は洞窟探索の日のことを思い出した。

 ルドーはノールのことをガキ呼ばわりしていた。

 それがグラブススパイダーを魔法で倒した後からは少年呼びに変わっていたのだ。

 おそらくルドーはそこでノールが勇者なのではないかと疑いを持ったんだろう。

 聖王国を中心としてこのあたりの国家、国民はほぼ女神リスティアーナの信徒だ。

 ルドーも例外ではない。

 勇者ともなればその女神に選ばれた存在だ。

 そんな人物に例え子供でもガキ呼ばわりは出来なかったのだろう。

 しかしだな。

 だいたい、女神様だってあんな子供を勇者になんてしないだろうさ。

 存分に戦えるようになるのに数年はかかるじゃないか。

 まったくバカげている。

 それでも念のためってんで結局みんなで神殿に向かうことになってしまった。

 俺としては勇者だとか英雄になんてまったく興味ない。

 そんなしがらみはまっぴらごめんだぜ。

 


 神殿で調べてもらった結果、ノールは勇者の因子とやらを持っていなかった。

 ほれ見ろ。

 つまり勇者でも英雄でもないってことだ。

 で、まあ、俺たちはと言うと残念ながら全員赤だった。

 女神め、余計なことしやがって。

 でもあれだ、物は考えようだ。

 今見渡しても多くの人が視界に入る。

 その中の三分の一、多い時なら半分は勇者の因子を持っているってことだろ?

 だがそのすべてが英雄になるわけじゃない。

 魔獣に怯える老人や女子供も勇者の因子を持っていたりするわけだからな。

 女神は俺たちに選択肢を与えただけってことか。

 英雄になるかどうかはそいつ次第。

 なので俺は英雄にはならん。

 よし、そんな感じで行こう。



 帰り道、ノールはあたりを見渡しながら歩いている。

 どうやら店というものに興味を持ったようだ。

 というより知らなかったことのほうが驚きだ。

 様々な商品が並びお金を出せば購入できる、そう説明しておいた。

 それから何か欲しいものはあるか?と尋ねたが特にないと言う。

 それを見てルドーがまたかというような顔をする。

 どうせルドーのことだ、変な勘違いでもしているんだろう。

 そもそも俺たち風狼の牙は4人のチームだ。

 依頼を達成した場合の報酬もこの4人で山分け。

 それは前回の洞窟調査でも同じだった。

 ところが俺が強引にノールを参加させたもんだから5人になったわけだ。

 それなのに四等分で受けた依頼を五等分にしてくれなんてメンバーには今更言えねえしな。

 ノールには冒険者に慣れるって名目だったし、戦闘に参加するかどうかは自由だと言っておいた。

 それと欲しいもの食べたいものは俺が奢る。

 まあ研修みたいなものだな。

 そう約束したのさ。

 ちなみに、その後ゲインからは今回の報酬は五等分でも構わないぞと言われてはいたんだが、それは俺が断った。

 報酬を五等分することについてはノールがもう少し慣れてからでもいいだろう。

 いやだってな、10日分の飯代に比べれば安いものさ。

 特に酒代がな。

 ノールも店に興味を持ったようだし、今回はとりあえず少しの金を渡しておいた。



 ゲインが次の依頼を持ってきた。

 なんでも日時指定付きでさらに風狼の牙を指名した依頼があるらしい。

 洞窟調査に行っている間に来たらしく、ギルド側はその日時に風狼の牙が戻ってこれるかどうかは分からないと伝えてあったそうだ。

 それでも、と依頼をして行ったらしい。

 しかし今回ノールは不参加にするか悩んだ。

 と言うのも依頼内容が警護任務と来た。

 ノールの実力ならば本来問題はないんだが依頼人はノールのこと知らないからな。

 あと警護なのに一人ピクニックされても困ると言うのもあったが。


「別に大丈夫じゃないか?」


 俺はあれこれと心配してたってのにゲインのやつは能天気にそう言ってやがる。

 さらにはダーンもルドーも特に問題ないと思っている様子。

 俺は責任取らんからな?

 翌日になり、俺たちはザイバッハの屋敷に集まる。


「やあ諸君、私はラバルテッド商会、現当主のザイバッハだ。急な依頼で申し訳ない。先方の都合で急遽決まってしまってね。出来ることなら君たちに頼みたかった。家の者をギルドに向かわせたら君たちは他の依頼でいないと言うではないか。とは言え、依頼をしないわけにはいかないから、君たちがやってきてくれて本当に助かったよ。」


 ラバルテッド商会ザイバッハ。

 この街の大商人で現当主。

 実をいうとゲインの昔馴染みらしい。

 今回の依頼はそういうルートなわけか。

 おいしい仕事、なんて思ってはいけない。

 昔馴染だから仕事を融通してくれているわけではなく、昔馴染みだからこそ信頼してくれている、というわけだからだ。

 要するに俺たちなら失敗はないだろうけど、他のチームだと失敗するかもしれない、と言うレベルの仕事だ。


「ああ、済まないね、実は夕方にある商品を購入する方がやって来られる。今日と明日、君たちにはその間の警護を依頼したい、というわけだ。商品が何かについては、出来れば聞かないでもらいたい。ただ私が携帯している程度のサイズ、とだけ。しかし、もし警護する上で絶対必要と言うのであれば話そう。その際はぜひ、外には漏らさないで頂きたい。」


 大商人で現当主と言うからもっと横柄な人を想像していたがとてもいい人だ。

 それはこの後の会話で伺える。


「おや? これはこれは。こんな小さな用心棒まで来てもらえるとは思ってもみなかったよ。今日はよろしく頼むよ」


 ノールは小さく頷く。

 初対面の相手にはだいたいこんな反応だな。

 人見知りなのかね?この子は。



   ――◇◇◇――



 まもなく約束の時間になろうかと言う頃、その一団はやって来た。

 馬車数台。

 結構大所帯だな。

 一団は門を抜け、今ザイバッハや俺たちがいる屋敷の玄関前までやって来た。

 中から一人の男が現れる。

 男の名はヴェンドール。

 こちらも王都で大商会を束ねている大物だ。

 大商会同士なら対等だな、なんて思ったやつ。

 こっちは大商会と言っても田舎だってことを忘れちゃならねえ。

 屋敷の一室へと客人を案内し、商談開始だ。

 俺たちも同席させてもらうこととなっている。

 向こうも護衛の人間が数名同席している。

 それだけ、物がモノってことなんだろう。

 奪ったり、奪われたり、そんなことを警戒している。

 そんなときノールはどうしているかと言うと、隣の部屋でクッキーを食べている。

 追い払ったわけじゃない、人聞きの悪いことは言わないでくれ。

 ザイバッハがノールに、クッキーあるけど食べるかい? なんて言って隣の部屋に連れて行ってしまった。

 立派な冒険者となったノールは当然そんな誘惑に……食いついてしまった、と言うわけである。

 なんか完全に遊びに来た孫みたいな扱いになってやがる。

 いいのかそれで、ノールよ。

 さっきは物騒なこと言ったが実際は商人同士で奪ったり奪われたりなんてことは滅多にならない。

 護衛を連れてくるのも、互いにそういうことは止めましょうねって言う大きな商談ならではの常識ってやつだ。

 ただし通常は自分たちで専属の護衛を雇っているのが普通。

 今回のように商談のたびに依頼をするなんてことはしない。

 つまり、今回の護衛任務の肝はそこ、何者かの襲撃を予想しているってあたりだろう。

 一応、商談自体は成立したようだ。

 今夜は客人を交えての豪華ディナーってやつだ。

 それを聞いたノールがなにやらソワソワしている。

 普通なら俺たちはそういうのに参加しないよと言ってやるところだが、孫がかわいいおじいちゃん、じゃなかった、依頼主であるザイバッハから同席を許可されているのだ。

 商品はまだザイバッハが持っているのでちょうどいい。

 今回一番大変なのはおそらく夜、寝る時だ。

 寝ているザイバッハの周囲を俺たちが取り囲み護衛する。

 なんてのはさすがに難しいので、一室に商品を置き、それを俺たちが見張るってことになっている。

 その際、ザイバッハ自身の警護はもともとの護衛がやるってわけだ。

 なぜそんな某怪盗物語のような真似をするかと言えば。

 考えてみてほしい、今、商品の所有権は誰にあるのかを。

 よくある話、所有権があいまいでどっち付かずな状態で襲撃され紛失したりすると責任の押し付け合いになる。

 売主はもう売った後だから奪われたのはそっちの責任だ金を払えと言い、買主はまだ受け取っていないから奪われたのはそっちの責任だ金は払わないと言った感じに。

 そして実際には襲撃などされておらず自作自演で騙そうとする者が現れるのもよくあるパターンだそうだ。

 それを避けるため、今回はちゃんと朝受け渡す、それまではこちらが所有者であり商品の全責任を受け持つと言う取り決めをしている。

 その分商品代金に多少は上乗せするらしいが。

 なので、俺たちが朝、受け渡しの時間まで商品のみを警護するってわけさ。

 だったら明日の朝に来てもらい商品を渡してさっさと帰ってもらえばいいのにと思うが、そこは大商人同士のしがらみと言うやつなんだろう。

 正直俺はこの仕事めんどくさいと思う。

 冒険者、なのにな、まったく。

 


 夜。

 寝静まった屋敷。

 物音ひとつしない静寂。

 ルドーのイビキ以外は。

 ほんと、魔獣相手以外だとやる気出さないよな、こいつ。

 まあ俺も言うほどやる気があるわけじゃないが。

 理由は簡単、相手が人間ってことだからだ。

 ダーンやゲインの気配を察知する能力は魔獣相手に真価を発揮する。

 まあ当然とも言えるな。

 ダーンにすれば魔獣を相手にする際に身に付けた能力だし、ゲインに至っては女神の恩恵、それはつまり女神に変わり人間を守るために与えられた能力だ。

 人間同士で争うために身に付けた能力ではないのである。

 これに対して襲撃者とは厄介な存在。

 女神の恩恵が振るわれる可能性は低いんだが、盗賊や暗殺者として自己の研鑽によって身に付けた能力ならば当然人間相手でも効果を発揮してしまう。

 俺たちはそんな不利な条件でしかも守りながら戦わなくてはいけないのだ。

 やる気なんて出るわけがない。

 もうすぐ深夜を回ろうかと言う時間。

 いまだ襲撃者は現れず。

 そもそも本当に来るとも限らないわけだしな。

 ただこのぐらいの時間が一番危険ではある。

 もう来ないのではないかと言う油断。

 ちょうど眠くなってくると言う気の緩み。

 ゲインやダーンはさすがに真面目と言うべきか、今も椅子に座り腕組みをし目を閉じ気配を探っている。

 ん? いや、お前らまで寝てないよな?

 ノールと言えば、隅っこで横になって完全お休みモードだ。

 あれー、真面目に起きて見張ってるの俺だけ?

 はあ、まあ仕方がない……。

 天井を見る。

 小さめの明かりが一つ。

 こういうのもマジックアイテムの一つだ。

 便利な世の中になったな。

 昔ならたいまつでも点けて……なんて想いに馳せていると、ふと横に気配を感じる。

 ノールがいつの間にか起きて俺の横に立っていた。

 うわぁ!びっくりした!

 あまりのことに声が漏れそうになる。


「人間の気配。5人。屋敷の外」


 !?

 おそらく気配のする方を見ているのだろう。

 俺はその意味を理解するなりゲインたちに声をかけた。


「おい。起きろ。敵襲だ」


 俺の声にビクッとして起きるゲイン。

 いや起きてましたよって感じのダーン。

 いまだに寝たままのルドー。

 だいたいこんな感じなんだ。

 対人戦になると途端にこうなる。

 特に前二人。

 で、俺が苦労する役回り。

 今回ノールが居て助かった。

 俺じゃ実際に行動に移されるまで気づかなかっただろう。

 奇襲のすべてに対応するのはなかなかに厳しい。

 でも今日は違う。

 とりあえず奇襲の前にルドーを起こす。


「二人。上の階から侵入」


 ちなみにここは1階の中ほどにある部屋。

 可能な限り窓の少ない部屋を選んだ。

 下に部屋がある場合、最悪魔法などで床をぶち抜かれる可能性がある。

 もちろん上から床をぶち抜いて降ってくる可能性はあるが、自分たちの体勢が崩れる下側の崩落よりはましだ。

 左右も同様。

 それと、周りの5部屋の住人(使用人たち)にはご退出頂いている。

 襲撃者の餌食になっても困るし、こちらの反撃の邪魔になっても困るからな。

 ふと俺はいい案を思いついた。

 商品はさほど大きくない。

 ザイバッハのタプタプのポケットに入る程度の大きさ。

 大きめの布に巻いてそれをノールの首に下げさせる。

 ノールの服にもタプタプのポケットがあればよかったがまあ仕方がない。

 後衛であるゲインに持たせるのも考えたが、この狭い室内だ、後衛なんてものは意味もなくなり、おそらく乱戦状態になるだろう。

 そうなったとき、商品を持ったまま戦うってのはゲインにとって不利でしかない。

 その点ノールは洞窟内での植物とのやり取りを見る限り上手く切り抜けられるだろう。


「東側1階から一人侵入、西側1階から一人侵入。最後の一人は動きなし」


 ノールが敵の現在位置を淡々と報告してくる。

 ん?

 こちらの位置がバレている?

 屋敷内に内通者でもいるのか?

 どの部屋かを探る様子もなく、明らかにまっすぐにこの部屋を目指している様子。

 いや、詮索は後回しだ。

 まず守り切るのが俺らの仕事だしな。

 

「ノール、先手はこちらが取りたい。相手がこちらに攻撃、もしくは部屋に何かしようとした場合に先に敵を撃つことは可能か?」

「―――どうすればいい?」


 おそらく、上の二人がこの部屋に何かしかけて床をぶち抜くと同時に降下し侵入。

 さらに東西の二人がその混乱に乗じて侵入し商品を奪取する。

 そんなところだろうと踏んだ。

 つまり上二人がこの部屋の真上あたりに来たところで機先を制する。


「そうだな。上の二人がこの部屋の上に来たら、天井ぶち抜いたれ」

「わかった」

「えっ?ちょっ、おまっ、何言ってんの?屋敷壊す気か?!」


 なぜかゲイルが反対の模様。

 解せない。


「商品を守るためだぞ。多少の損害は仕方ないだろ?商品と屋敷どっちが大切なんだ?」

「どっちも大切だよ!!」


 声を抑えつつも心の叫びを発するゲイル。


「んー。すまんノール。ぶち抜く以外でいい方法あるか?」


 ノールは少し考える。


「凍らせる?」

「おっ、それはいい考えだ。よしそれで行こう。いいよな?ゲイン」

「屋敷を破壊しないなら好きにしてくれ……」


 物音一つしない。

 気配も一切感じさせない。

 おそらく相手はその道のプロってことなんだろうな。


「上二人、真上の部屋に侵入」

「わかった。じゃあみんな、行くぞ」

「「おう」」


 ノールが手のひらを天井に向け……。

 ・・・・・。

 特に何も起きていないようだが?

 ノールにどういうことだ?と言う感じの視線を向ける。


「上の部屋を一つ凍らせた」


 あ、なるほど。

 俺はてっきり上の部屋が徐々に凍り付いていき敵の悲鳴が聞こえる、なんてことを想像していた。

 でもノールがやったのは、おそらく一瞬で部屋の内部を凍り付かせたのだろう。

 敵は何も理解する間もなく氷漬けってことなんだろうな、お気の毒に。

 ただなあ、東西の二人は上からのアクションを待っているわけで、悲鳴もなく無力化しちゃうとどう動くか読めなくなるんだよなあ。


「ノール、東西1階から侵入した奴らは今どこだ?」


 俺の問いかけに廊下の方、この部屋唯一の入り口を指さすノール。

 なら先手必勝。


「ルドー、あの扉、力任せにブチ抜け。おっとゲイル、扉の1つぐらいは諦めてくれ」


 ゲイルが声を上げる前に言っておく。

 ルドーもまた、声を出すことなく扉の前に移動し、そのままウォーハンマーを扉に向かって振り落とした。

 ものすごい音を立てながら粉々になる扉。

 あ、あいつここぞとばかりにスキル使いやがったな?

 そのタイミングですかさず部屋の外に出るビッツ。

 相手はプロだ、深追いは禁物。

 相手の思考が再開される前に叩く。

 まず入口左手側にいる全身黒ずくめの装束に身を包んだ者にナイフを投げる。

 命中。

 続いて入口右手側にいる同様の者にもナイフを投げる。

 うがっ、これは失敗。

 短剣で弾かれた。

 意外に復活が早かったな。

 左の命中したほうは致命傷にはなっていないが、行動の制限は生じているだろうからルドーに任せる。

 俺は外れた右側の者に狙いを定め攻撃を仕掛ける。

 短剣を抜き、低姿勢のまま肉薄、右下から敵の急所を狙う。

 やはりと言っていいのか、その攻撃はあっさりと躱され、今度は敵からナイフが飛んでくる。

 おそらく、俺がナイフを避ける隙に距離を取るのが目的だろうが、甘い。

 そのまま下から振り上げた短剣を今度は迫るナイフに向かって振り下ろす。

 と、同時に左手でもう1本の短剣を抜きながら追撃する。

 距離を取ることに失敗した敵は次どう行動するだろうか。

 可能性があるのは足による攻撃、最悪は自爆なんてのもあり得るな。

 もう一度言うが深追いは禁物だ。

 相手の挙動次第で引くことも考えなくてはならない。

 相手をよく観察し、そして……凍り付いた。

 うぎゃーっ!!!

 いや違う、俺が凍り付いた際の悲鳴じゃないし、場が凍り付いたって意味でもない。

 敵が、文字通り、凍り付いた。

 ノールのやつ、壁越しに魔法をかけやがったな?!

 あのまま突き進んでたら氷の塊に激突するところだったじゃねーか!

 ここは心を鬼にしてしっかり注意してやらねばなるまい。

 と、その前にルドーの方だ。

 おっと敵の上に乗り押さえつけている。

 それ圧死しない? 大丈夫?

 残るは高みの見物を決めていた最後の一人だが、部屋に戻った時ノールから逃げたと聞かされた。

 なるほど、てっきり指揮官かとも思ったが、結果を報告するための連絡要員だった可能性もあるわけか。

 ところでこの氷、解けるのか?

 そんな心配は不要だったようで、ノールが魔法でいい感じに融かす。

 一歩間違えば茹で上がるんじゃないかと心配したが、どうやら熱を加えて融かしているわけではないようだ。

 魔法って器用だな。

 次に上の階で凍っている連中のもとに向かう。

 っておい、ノールよ。

 扉まで凍っていて開けられないじゃねーか!

 さっきは器用に敵のみ凍らせていたのにこっちは部屋全体を凍らせていたのかよ。

 もしかして、ノールって意外にポンコツか?

 とりあえずこのままでは埒が明かないし、このまま融かすのも中の連中がどう動きだすか読めないから避けたいところだ。

 俺はルドーに扉を破壊するように声をかけた。

 ああゲイン、扉の1つぐらいじゃなくて2つぐらいになったよ。

 中に入った俺たちだが、とりあえず一度すぐ外に出た。

 中寒すぎ。

 真冬の猛吹雪の日でもここまで寒くないぞ。

 一階で待っているノールを呼び、氷を融かせる。

 氷が解けたところで冷えた空気がすぐ温まるわけでもなく、正直入りたくもなかったがしょうがない。

 諦めた。

 溶けた氷から出てきた敵はと言えば、死んではいないが突然のことで驚いたのとこれまた突然の寒さで思考が追い付いていないようだった。

 捕縛は簡単だった。

 商品の引き渡しまでまだ時間がある。

 この間に次の刺客が来るんじゃないかと警戒もしたが杞憂で終わった。

 朝、約束の時間。

 商品と代金が交換され客人、ヴェンドールは帰っていった。

 あの襲撃者を誰が雇ったのかは不明だ。

 ただザイバッハでないことだけは確実だろう。

 自分から商品を奪っても保険のようなものが下りるわけではないし、そもそも商談そのものが中止になる。

 売りたくないならそもそも商談しないだけで済むしな。

 となればヴェンドールが怪しいわけだが、結局証拠と言う証拠はない。

 捕らえた者たちはいるが、ああいう連中は事情を知らされていないのが普通だ。

 仲間の情報は引き出せるかもしれないが、そこから黒幕を導き出すのは容易ではないな。

 それ以上は役人の仕事だ。

 俺たちは仕事は成功に終わった。

 それでいい。

 いやー今日は疲れた。

 結局、俺だけは寝ずの番だったから宿に戻ったら昼過ぎぐらいまでは寝ることにしよう。

 残りのメンバーも寝ることにしたようだ。

 お前ら寝てただろうに。

 ノールは特に眠くもない、と言うことなのでまた街の中を見て回ることにしたようだ。

 お金は大丈夫か?と尋ねる。

 大丈夫と答えたので、おそらくまた本当に見て回るだけで帰ってくるんだろうなと俺は思った。

 ま、ノールがそれでいいならいいだろう。

 夕食の時間には戻れよ、とノールに念押しして俺たちは宿に向かった。

 あ、クソ、説教するの忘れてた。

 まあ今の俺にはそんな気力もなさげだしいいか。

 宿に戻った俺たちはそれから数時間爆睡したのだった。



 ふと目が覚める。

 外を見やるとちょうどいい感じに夕時だった。

 隣のベッドにダーンはいない。

 俺は寝起きのまま一階に降りていくと、すでに全員が集合していた。

 いや、だから起こせっての。

 ノールの話だともう少し遅かったら呼びに行っていたとのこと。

 んー、いい子だな。

 俺はノールに注意することもすっかり忘れいつも通り食事をする。

 今日は魚料理だ。

 ここの料理人は魚料理が特に美味い。

 ノールも野宿などもあり毎日食べられなかった分を取り戻すかのようにいっぱい食べる。

 俺たちも今日に限っては酒より魚な感じで飯を堪能した。

 良い感じに腹も膨れたところで酒でも飲もうかと注文すると、外が慌ただしくなる。

 喧騒は膨らみしばらくするとギルド職員が飛び込んできた。

 そしてそのギルド職員が叫ぶ。

 ドラゴンが現れたと。

 そのことでギルドにて話がある、と言うので俺たちはギルド職員の言うままにギルドへと向かった。



 ギルド長のバルドは俺たちにドラゴンと戦って来いと言う。

 それはつまり死んで来いと言うことだろ?

 いくら俺でも勇者とドラゴンの伝説は知っている。

 勇者でも英雄でもない俺たちがドラゴンに勝てるわけないのにな。

 俺たちは冒険者だ。

 国の兵士でも誰かに雇われた傭兵でもない。

 依頼をこなすだけの冒険者。

 依頼を受けるかどうかは俺たちが決める。

 死ぬのが怖いか?

 ああ、怖いに決まっている。

 自分が死ぬのも。

 仲間が死ぬのも。

 誰かが死ぬのも。

 怖いに決まっているじゃないか。

 そんな想いでいるとノールが声をかけてきた。


「ビッツ。僕はちょっと行く場所ができた。たぶん。すぐ戻る」


 そんなノールを見やる。

 表情からは何を考えての発言か読み取れない。

 ノールは冒険者になった。

 だがまだ子供だ。

 冒険者になったばかりの新人。

 こんなところで死ぬのは嫌だろう。

 俺も死んで欲しくないと思う。


「ああ……」


 そっ気のない返事を返すビッツ。

 きっとノールの言葉は嘘だろう。

 すぐ戻るとは言ったが、俺たちから離れた後この街から逃げるのではないだろうか。

 怖くて逃げたいけど、逃げていいのか分からないのかもしれない。

 俺たちは大人だ。

 冒険者だ。

 ノールが逃げる時間を俺たちが稼ぐ。

 そうだ。

 戦おう。

 俺は他のメンバーを見渡す。

 みんなも察しているかのようだ。


「またな、ノール」


 もうここにはいない、ノールに。

 俺は、きっと最後となる言葉を贈る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ