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商人と護衛冒険者

 翌日、朝食の準備ができたとノールたちの部屋へと使用人が呼びに来た。

 途中でラフィニアと合流し食事室へと向かう。

 昨日と同じく美味しい食事でノールの気分はとても良い、ふとノールは隣を見やるとエルビーも夢中で食べているところだった。

 ノールは再び目の前の食事へと視線を戻し食事を続ける、そんな中で他の者は領主の言葉に耳を傾けていた。


「さきほど中央から連絡があった。 どうやら勇者が誕生したそうだぞ、国民への正式な発表はまだのようだが君たちが聖都に着く頃には騒ぎになっていることだろうな」

「勇者が!?」

「そんなまだ発表されていない情報を俺たちに言っちゃっていいのか?」

「問題はない。 それよりも」

「勇者の誕生……つまりこの国、いえ世界に脅威が訪れている……と言うことよね」

「そういうことだ、その脅威が具体的に何かはまだ不明だがね」

「そっか、そういう意味でもあるんだよな。 けど俺らがその脅威に対するわけじゃないぶん気持ちは楽だけど」

「リーダー、勇者がいなくたってCランクの私たちに出番なんて最初からないわよ」

「いや分かんねぇだろ。 ほら、そっちの商人さんが言ってただろ王国にドラゴンが出たって。 もしかしたらそのドラゴンが聖王国に攻めてくるのかもしれねぇぞ?」

「それはないわよ」


 ポロっとエルビーの口からそんな言葉が零れた。


「なんでそんなこと言えるんだ?」

「え? ああ、なんとなく……そう! なんとなくそう思っただけ!」

「けど、2000年前の報復とかないとも言えないんじゃないか?」

「そんな話わたしは聞いたことないし……ってこれもそう思っただけよ」

「私もエルビーちゃんの意見に賛成ね、そのドラゴンはグリムハイドを守ったって言うじゃない。 仮にドラゴンたちが一枚岩じゃないとしても守ろうとしたほうが勝ったのに、そこで勇者が必要になるとは思えないわ」

「そうよ、まったくもってその通り」

「まあ状況からはおそらく悪魔関連と見て間違いはないだろうな」

「ああそっちの脅威もあったんだな、そう言えば」

「リーダー忘れてたの? この前戦ったばかりじゃん……」

「あれ悪魔と言っていいのか?」

「さあ?」


 パノンとアーニャの会話を聞き流しながらラフィニアは領主に尋ねる。


「それで領主様、勇者がどこの誰かと言う情報も来ているのかしら?」

「神務局はその人物との接触に成功しているらしい。 ただ今回、情報主も詳細な情報を共有されていないようでどこの誰かまでは分からないそうだ」

「その情報主って言うのは……外務局のお友達かしら?」

「その通りだ。 慎重な奴ではあるが重要なことを書き忘れるタイプでもないし、まだ奴も知らされていないのだろう」

「あの悪魔が本格的に動き始めたということなのかしらね。 勇者が誕生したというのは女神の神託なのでしょ? どういう脅威なのかもまだ知らされていないの?」

「神託があった場合、通常ならその原文も伝えてきているんだがね。 今回はそれがない。 ただ神託があったことは間違いないらしいが、その詳細については書かれていない」

「それっていつもと違うってことかしら? だとしたらちょっと引っかかるわね」

「そうだな、いつもの文面と違うのは私も気になっていた。 書かれていない部分は『書くことが出来ない』と言う意味も込めているのだろう」

「それって信書よね? 検閲でもされるのかしら?」

「普通はしない。 だが絶対されないという保証もない。 その程度の用心はしているだろう」

「なるほどね、万が一にも中を見られた場合に触れては拙いことが書いてあればどうなるかわからないってことね」

「おそらくだがそう言うことだ。 今回の勇者誕生には何か別の事情があるとみて問題ないだろう」

「そんな会話を聞いてしまっている俺たちは大丈夫なんだろうか……」


 領主とラフィニアの会話を聞いてパノンは少し心配になった。


「相手も疑われることは百も承知であろう。 重要なのは秘密が秘密のままであると言うこと、そしてそれは保たれている、気にすることはない」


 そんな心配など無用だと一笑に付す領主。

 するとリックも疑問を口にした。


「勇者ってもうパーティ組んでんのかな? これから共に旅する英雄探しでもするわけだろうか」

「ふむ、そう言ったことに関しても書かれていなかったが。 しかし聖都に行けばその辺りも含めて分かるのではないかね。 きっと勇者のお披露目などしているだろうからな」

「そっか、どんな奴が勇者になったのか見てみてぇな」

「確かに会ってみたいわね、その勇者に」

「それこそ高ランク冒険者ともなればいずれ会えるのではないかね。 ラフィニア殿ならば勇者のパーティに加わることも不思議ではないと思うが」

「私が? そんなのまさかよ。 この間のニヴィルベアとの一戦で自分がまだまだ未熟者だと理解したところなんだから」

「かの英雄と呼ばれた者たちも最初から強かったわけではないと思うがね。 失礼ながら、ラフィニア殿は勇者の因子をお持ちで?」

「ま、まあ一応は持っているのだけど……正直自分にそんな素質があるとは思えないわね」

「英雄と知己になれれば商売にも大きく影響しそうですなあ。 ラフィニア殿、何か困ったことがあったらいつでも私を頼ってください、いざとなったらこの者たちもお貸ししますぞ」

「おい! 旦那! 変なこと言わないでくれ! 俺たちに英雄のお手伝いとか無理だから!」

「そうよパパ、しがない商人の護衛ぐらいがちょうどいいのよ、私たちには」

「俺そこまで言ってないからな」

「ちょっと待って。 なんで私が英雄になる前提で話しているのよ。 そもそもならないわよ、そんなの」

「え? ならないんですか?」


 ラフィニアの抗議にパノンが問い返す。


「なんで急に敬語……ならないわよ、私は世界にもこの国にもさほど興味ないもの。 ただ……自分の目的のために冒険者やっているだけだわ。 そんなこと言うならあなたたちが英雄を目指せばいいのよ。 元護衛冒険者が勇者と共に!って、商人さんも喜ぶわよ」

「いやいや、俺らはしがない旦那のもとで一生を終えるのが一番なんだって。 英雄とか無理」

「雇い主に向かってしがないとはなんだ、しがないとは」

「あっ……」

「リーダー、言わなくても思ってはいたのね」

「違うっ、お前が言ったから移っちゃったんだよ!」

「まったく……。 まあラフィニア殿、こんなしがない者同士なんで英雄など夢物語だな」

「ほんと仲いいのね、あなたたちって」

「まあ家族のようなものだからな」


 恰幅の良い商人の言葉に護衛冒険者たちの顔に笑みが零れる。

 それがどういう感情から来たものなのか、ラフィニアは分からなかったが満更でもないことだけは伝わってきた。

 朝食を済ますと一旦寝室に戻り出発の準備をする。

 とは言ってもノールとエルビーに準備する荷物などないし、ラフィニアたちは食事前に済ませていた。

 ラフィニアたちは玄関先で護衛冒険者たちを待ちつつ領主と話をしていた。


「領主様、昨日今日とお世話になりました。 食事も大変美味しく素晴らしかったです」

「こちらこそ、君たちもディエンブルグに来た時はぜひ寄ってくれ。 いつでも歓迎するし好きなだけ泊ってくれて構わない」

「ほんと? じゃあここに来たら必ず寄るわね!」

「ああ楽しみにしているよ」


 ようやく護衛冒険者たちが準備を済ませたようで小走りでやってきた。

 ラフィニアたちは領主に別れを告げ、馬車の待つ広場に向かう。

 ちなみに昼食時に食べる軽食も貰いノールとエルビーは幸せな気分に浸っている。

 広場に着くと馬車と御者は当然として、無口な男もすでに待っていた。

 御者は交代となりその席には見知らぬ男が座っている。

 全員が馬車に乗り込むとすぐさま馬車は出発した。


「お客さん、聞きましたよ。 大変な目に遭ったらしいですね、みんな話を聞いて戦々恐々としてましたよ」

「俺は夢だったんじゃないかと思ってる」

「アハハハハハ、それがいいですよお客さん。 辛いことをいつまでも覚えておく必要はないですよ」

「だからリーダー成長しないんだね」

「俺は成功体験をもとに伸びるタイプだから」

「いやリーダー、それは意味が分からねぇよ」

「でもそのおかげで昨日は領主様のお城に御呼ばれされたんでしょう? 羨ましいなぁ」

「まぁそれはそうだけど」

「いい人だったね、あの領主って人。 何より食事がおいしいのは最高だわ」

「ええ、それはまったくその通りね」


 相槌を打つラフィニアにパノンが尋ねる。


「けどラフィニアさんって、相手が領主でもグイグイ行くんですね。 やっぱ高ランク冒険者はそのぐらいじゃないとダメなんですか?」

「だからなんで敬語……まあ私は遠慮することに意味がないと思っているから。 過去にいろいろ失った、これ以上失うものなんてないもの」

「やっぱり白の悪魔、ですか。 ああいやえっと、詮索するつもりじゃないんですけどね。 その、まあ俺らも似たようなものなんですよ。 十年前のあの日、俺たちも家族をその悪魔に殺されました。 旦那は俺らを拾って育ててくれた恩人ってわけなんですよ、家族みたいなものっていうのも実はそういう意味なんですよね」

「そう家族を……あなたたちは復讐したいとかは思わないの?」

「憎しみがないと言ったら嘘になりますかね。 けど復讐のために自分の人生投げ捨てちゃったらせっかく拾ってくれた旦那に申し訳ないし、俺を守ろうとした家族に合わせる顔がなくなる。 だから復讐は別の、そうっすね、力のある人に任せて俺たちは生きることに全力って感じですかね」

「それは素敵なことね。 私も……私もそう思えたら良かったのだけど……」


 ラフィニアは少し俯き、まるで呟くような声で答えた。

 少しの沈黙の後、頭を振って気持ちを切り替える。

 ラフィニアの声に先ほど見せた暗さはもう残っていない。


「……ってごめんなさい、なんか湿っぽくなっちゃった。 しかしあの領主様も食えない人だったわね」

「それはどういうことかな?」

「あの領主様が言っていた《書かれていない部分は『書くことが出来ない』と言う意味も込めている》って部分のこと」

「けど書くことが出来ないことを書かないのは普通のことなんじゃない?」


 商人の娘 -アーニャ- が疑問を投げる。


「そう、だから不自然。 わざわざ言うことでもないわ、けどね、こう考えてみて。 領主様が言った書かれていないということ自体が嘘、書かれていたけどそれを言うと知人が誰か特定できる内容だったって可能性」


 恰幅の良い商人は膝をポンと打ち、ラフィニアの言葉に頷く。


「なるほど、そう言われるとそうかも知れんな。 城の中でさえまだ共有されていない情報と言うわけか…… しかし、そうなると……」

「ええ、そう考えると領主様の知人って結構な立場にいる人だと思うわ」

「俺、さっぱりわからねぇ」とパノンが呟く。

「領主様の言っていた神託の話。 『通常ならその原文も伝えてきている』って言ってたじゃない。 お城の中で共有されその後正式に発表するのが通常なの、けどお城で共有されていない情報だったならそれを一領主に伝えられる人ってそういないはずよ。 そんなの知っているのは御前会議に出席している人だけだもの。 つまり、そういう人の補佐をしているか、もしくはその当人と言う可能性があるってわけ」

「御前会議に出席する人ってすっごく偉い人なんじゃなかったか?」

「そうね、例えば各局長や上級貴族の中でもさらに一部の人だけね」

「そっかー、って旦那がすっごい商人の顔してるし」

「当然だろう、そんな人物からいつでも遊びに来て構わないと言われたんだぞ。 社交辞令だろうが何だろうが関係ない、商売のチャンスではないか」


 それから街道を進んでいくとまたしてもエルビーが何かを見つける。


「ねえ、あそこにいるの何かしら?」

「なんだ? また熊か?」


 エルビーの言葉にリックが冗談交じりに言う。


「違うわよ、なんか……おっきな蜘蛛」

「は?」「え?」


 距離はあるが木々の間に糸を張り、まるでこちらを見据えているかのように鎮座した巨大な蜘蛛がいた。


「嘘だろ? どうしてこうも次から次へと」


 護衛リーダーはぼやきつつ戦闘の準備を始める。


「お、お客さんダメだって!」

「へっ?」

「ありゃ大蜘蛛だよ、普通こんな街道沿いには出てこないんだがなあ。 ともかくあれは滅多なことじゃ人を襲わないって話だから、こっちから手を出しちゃダメな奴なんだよ」

「御者さんの言う通りよ、何もしなければ襲ってくることはないはず。 けどひとたび襲われたらニヴィルベアどころじゃないから刺激しないようにして」


 馬車は静かに通り過ぎようとしている。

 張り詰めた空気の中、大蜘蛛に目立った動きはなく全員が安堵しかけていた。


「なんかあの蜘蛛、こっちをずっと見ている感じするわね」

「エルビーちゃん、怖いこと言わないで」


 ノールは離れていく大蜘蛛を後方に見やりながら、その奇妙な気配に少しばかり興味を惹かれるのだった。



    ◇



「良かったのですか? あそこまでお話になられて」

「ああ、構わんとも。 彼らとは今後も仲良くして欲しいものだからな」


 ディエンブルグの領主カイザックは昨日から内心とても驚いていた。

 知人から聞いていた人物がまさか自分のもとを訪れることになろうとは。

 それが何の偶然か、自分のもとに今回の件の中心人物と言える者が現れたのだから驚くなと言うほうが無理である。

 カイザックは知人と同じく女神を崇拝しているわけではない。

 もちろん人並みに信仰はしているが願掛けとかそういうレベルの話だ。

 そんなカイザックですら、危うく女神が自分たちのために会わせてくれたのではないかなどと考えてしまうほどに。


「仲良く……か。 まさかここで会うとは思ってもみなかったぞ、ノール……」

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