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ディエンブルグの領主

「二人ともおはよう、昨日は眠れた?」


 馬車を待つノールとエルビーを見つけたラフィニアが声をかけてきた。


「まあまあってとこね。 昨日の食事美味しかったわ、ありがとう」

「それはよかった。 御馳走した甲斐があると言うものね」


 ちょうどそのタイミングでいつもの御者を乗せた馬車が近づいてくる。


「なんだあんたたちもう来てたのか。 若い商人さんもいるし、あとまだ来てないのは――――」

「あんまり喋らない人はそこにいるわよ」

「おっと、じゃああとはもう一人の商人さんとその護衛さんだな」


 恰幅のいい商人とその護衛4名はまだ来ていない。

 出発まではまだ時間があるため5人を待ちつつ、エルビーはラフィニアと話をしていた。

 それからどのくらい経っただろうか、御者の男が集まっている者たちに声をかけ始めた。


「お客さん、そろそろ出発だから準備してくれな。 しかし遅いなぁ……」

「私たちはそれほど急いでいるわけじゃないから待てるのだけどね」


 とラフィニアは言う。


「もうすぐ来る」


 ノールはそれだけ言うとその方向に目を向けた。

 それを見て察したエルビーがノールの言葉に補足する。


「もう近くまで来ているみたいよ。 ちょっとだけだから待ちましょ」

「あら、魔獣だけじゃなくて人の気配も分かるの? 便利ねそれ」

「まああんたたちがそれでいいってなら俺に異論はないぜ」


 そんな会話をしていると護衛冒険者たちのものと思われる声がしてきた。


「リーダー、早くしないと遅れるよ?」

「昨日のアレが、昨日のアレが」

「まったく情けない」

「いや旦那、それほどまでの激闘だったんだと察してくれよ」

「ああ、皆さん遅れて申し訳ない。 一人この様でしてな、ハハハハ」


 パノンの姿を見て御者は仕方がないと言った表情をしている。


「それじゃ皆さんそろったことだし出発させてもらいますぜ。 冒険者さんも馬車の中でゆっくり休んでくれ」

「ほんとそうさせてもらいます」


 それからは特に大きな事件が起きることなく小さな町や村で宿泊し数日後にはディエンブルグに到着した。

 ディエンブルグという街はグリムハイドによく似ている。

 例えば街全体を囲うようにして作られた高い壁がありグリムハイドと同じくらいはある。

 中心に領主の居城を構えそこから四方八方へと道が伸びている。

 そのうちの正門と居城を結ぶ一本の道にノールたちはいた。


「失礼、少しよろしいか」


 正門を潜り抜けた馬車から街並みを見ていると以前見た格好の兵士が声をかけてきた。

 このディエンブルグの兵士だ。


「お? おう、どうしたんだ兵士さん」

「いや、なに少しな……とやはりラフィニア殿いらっしゃいましたか」

「え? 私?」

「というより皆様ですね。 先の一件で領主様がお会いしたいとのことです。 もしご都合がよろしければ、ですが」

「ああ、やっぱりそうなるのね」

「もちろん皆様お忙しいことと思いますのでお手間は取らせません。 ですが明日の出発まではお時間があるのでしょう? ぜひとも先日のお礼、それとお話を聞かせていただきたい。 ……と領主様より言付かっております」

「どうする?」

「さすがに領主の誘いは断れんな、我々はお言葉に甘えるとするよ。 商人としてお近づきになれる機会を見逃すことも出来ないしな」

「では私も同行させていただきます」

「俺は必要ない。 今日はここで失礼させてもらおう」

「じゃあ他のお客さんたちは全員向かうってことだな? どうせだしこのまま領主様のお屋敷まで行くか」

「あら、それは助かるわね」



    ◇



「私はディエンブルグ領主カイザックだ。 まずは先日の礼をさせてほしい、君たちの協力により魔獣による被害は皆無だった。 この領の代表として感謝する」


 出迎えたのは領主カイザックという男。

 ちょうど食事時だったこともあり、そして「食事でもしながら」という領主の言葉に皆喜んでいた。

 食事をしながら先日のニヴィルベアや多くの魔獣との戦いの経緯について話をするわけだが、領主への説明は主にラフィニアが行っている。

 その場にいなかった商人はそれとして、護衛冒険者が時々会話に混ざりつつ食事をしていた。

 ノールとエルビーは一切会話に混ざることなく食事に専念している。


「兵の報告通り、ということか。 しかしニヴィルベアが三体に引き連れてきたと思われる魔獣が40体以上。 もし周辺の村を襲っていたらと思うとゾッとする光景だな」


 ラフィニアは報告の際にフォントラッド商会が運んでいた馬車の積み荷については触れないでいた。

 ニヴィルベアが積み荷を目指していたことは間違いないと思うが、転移自体と積み荷の存在に因果関係があるとは限らない。

 むしろ積み荷がなければ転移してきたニヴィルベアは町や村を目指していたかもしれないのだ。

 だがその証拠があるわけでもなく、もし積み荷が原因で魔獣が召喚されたなどと言う結論が領主より出されてしまえば面倒になるのは目に見えている。

 これからフォントラッド商会の招待を受けるというのに、事情を聞く前から領主より圧力がかかっては動きづらくなるとラフィニアは考えていた。


「ところでラフィニア殿。 あの魔獣どもはなぜ三体同時に転移してきたのか、高ランク冒険者としての意見が聞きたいのだが何か知らないか?」

「さあ、私には分かりませんわ。 別々に転移して来た可能性はないのかしら?」

「転移魔獣の出現は早くても100日以上の期間を空けている。 100日の間、先に転移して来た魔獣が大人しくしているとも思えぬ」

「そうね、迷宮でのニヴィルベアも群れるような感じじゃなかったし。 縄張り意識も強いと聞いたことあるわ。 私としては同時に転移して来たことより、群れないはずの魔獣が群れて行動していたことのほうが不可解ね」

「ふむ、なるほどな。 他の冒険者たちは何か意見はないかね?」


 カイザックはノールやエルビー、それと護衛冒険者たちに視線を向け尋ねる。

 だが護衛冒険者たちは互いに目を合わせ困惑し、ノールとエルビーに至っては一瞬食事をする手が止まったぐらいだった。


「彼らはCランクよ。 王国の冒険者は転移魔獣のことも知らなかったみたいだし、護衛の彼らも噂で聞いた以上のことは知らないみたいね」

「そうか新しい情報はなし、か」

「あら、せっかくお招きいただいたのだけど……ご不満かしら?」


「そうではない。 いやすまない、少しでも情報が欲しいところだったのでな。 あなた方を招いたのは情報を聞くためではなく今回の魔獣討伐の礼だ。 感謝こそしても不満などあるはずがない」

「そう、それは安心したわ。 情報が欲しいという点では私も同じよ。 ところで……領主様は今の聖王国をどう思われますの?」


「それはどういう意味かね?」

「意味などありませんわ。 今回の件、国内の変化が影響しているのでは? そんな突拍子もない想像が頭を過ぎっただけですの」


「……突拍子もない想像……か。 そうだな、私は見ての通り地方の一領主に過ぎない……が、先日ミハラムが除名されて以降は中央の勢力バランスが崩れたように感じるな」

「ミハラムですか、たしか内務局で高い地位にいたはずの男ですよね」


「そう、そのミハラムだ。 私は外務局に知り合いがいてね、中央で会った時に聞いたことがある。 あれは聖王国内では改革を望む派閥の一人ではあったが、その中では比較的おとなしい派閥だったと聞く。 エルフ誘拐をするような連中でも穏健派などと言われる程度。 ならば強硬派はいったい何をしでかすか分かったものじゃないと、その知人はこぼしていたよ」


「それはつまり……領主様は強硬派が今回の件に関わっているかもしれない、そう思っていらっしゃると?」


「あくまで突拍子もない想像だよラフィニア殿。 だがね、その昔、聖王国では様々な実験が行われていたのだ。 ドラゴンの勢力が弱くなった途端に悪魔が勢力を伸ばし始めた。 当然聖王国ではそれに対抗する必要が出てきたことだろう。 敵を知る、つまり悪魔の研究だ。 それ以前にも悪魔と言うのは度々現れ被害を生んでいたが本格的に研究を始めたのはこの頃だと言う話だな。 さて、迷宮と言うのはその実験を行うのに適しているとは思わんかね?」


「迷宮……実験……でもそれがミハラムたちとどういう関係が……?」

「ニヴィルベアと言う魔物は迷宮内の実験で生まれたのではないかと私は考えている。 そしてレッサーデーモンが憑依、いや融合だとしても悪魔は悪魔だ、契約を通して使役することは可能なのではないかね?」


「なるほど、悪魔として使役されていたのなら群れでの行動も納得できるわ。 そして自然な転移であれば三体同時はあり得なくても、意図的な転移であればそれもおかしくはないわね。 そんな魔物を転移させるなんてこと人に出来るのかしら?」


「まあ、まだ可能性の話だ、我々が知らないだけでないとは言い切れないさ。 正直中央の派閥争いなんてものに興味はないがこうして領地の安全に影響が出るなら話は別だ。 ミハラムのしていたことでさえ、一歩間違えれば戦争に発展していた可能性はあるが――――」


 カイザックはそこでひとつため息をつくと話をつづけた。


「擁護するつもりではないがミハラム自身に国民を害そうとする意思はなかったはずだ、あくまで他種族を犠牲に聖王国の地位を高めることが狙いだったようだな。 だが強硬派は違う、連中は目的が達成されるのであれば進んで国民さえも犠牲にするだろう」


 聖王国は女神リスティアーナを信奉し人間種の繁栄を目的とした国家である。

 つまり優先度で言えば、女神、人間種、それ以外となり、同じ人間種の国家であるならそこに差異はないはず。

 だがそのことに不満を抱く者と言うのが少なからずいる。

 ドラゴンと言う脅威から世界を救ったのは勇者だが、その勇者を輩出した聖王国が他国と対等だとするのはおかしい……と。

 カイザックからすれば何を言っているんだという話である、聖王国から勇者が誕生したのは偶然だからだ。

 しかし彼らにとってそれは偶然ではなく女神が聖王国を選んだ、そして唯一選ばれた聖王国が他国と対等なはずがないのだと。


「こう言った燻りは昔からあったのだがね、長らくはミハラムたちのような穏健派が押さえ込んでいたようだ。 それがミハラムの失態、そして除名により穏健派勢力が衰えてしまった。 聖王国を唯一無二の国とせんがため、おそらく彼ら強硬派は手を出してはいけない過去の遺物に手を出してしまっているのではないだろうか」


 カイザックが語る聖王国の闇。

 その言葉にラフィニアの中で点と点が結びつく。


「なら……白の悪魔は……? 昔、聖王国で暴れていた白の悪魔も、連中の仕業だというの?」


 カイザックは首を振る。

 否定を意味しているのかと思ったが続くカイザックの言葉は違っていた。


「それは分からない。 その可能性を示す証拠も、否定する根拠も私は持ち合わせてはいない。 そもそも白の悪魔と呼ばれているそれはかつての勇者たちに封印されたはず。 だが伝え聞く姿は10年前に現れた悪魔とあまりにも酷似している、しかし同一の個体であるかどうかは不明だ。 ただ、悪魔を封印した勇者を擁していた聖王国ならば封印を解く方法を知っていても不思議はない。 悪魔と繋がりを得ることも不可能ではないだろう」


 ミハラムのように他種族を利用して地位を高めることは分からないこともない。

 だが強硬派と呼ばれる者たちのしていることは論外だろう。

 他国より優位に立ちたいと言うそれだけの理由で国民を、この国の中でこの国に住む神の信徒を犠牲にするのか。


「誰なのですか? その強硬派の中で権力を掌握している者は」

「それが分からんのだ。 穏健派強硬派などとは言うがもとはひとつの派閥。 穏健派を隠れ蓑に強硬派が活動しているというのが実態だ。 そういう意味ではミハラムが穏健派だというのも憶測でしかないのだがね」


「そのミハラムはいまだに?」

「ああ、いまだに行方は掴めていないようだ。 どうせほとぼりが冷めるまで誰かに匿われているのだろう。 奴から情報を聞き出すのはまず無理だろうな」


 現在聖王国内の派閥は複雑に分かれていた。

 神務局を中心とした今まで通り人間種の繁栄を目的にする派閥、聖王もこの派閥にいることから聖王派閥と呼ばれる。

 次が内務局を中心とした人間種の中でも聖王国を神に選ばれた唯一無二の国とする派閥で神聖国派閥と呼ばれている。


 この神聖国派閥の中で人間に対して害をなしてはならないとするのが穏健派、女神の威光を知らしめるためなら多少の犠牲は仕方がないと考えるのが強硬派。

 そして外務局が中心となり国益のため人間種以外の国家とも友好的に外交を行う必要があると考える外交政策派閥。


 外交政策派閥は人間種の繁栄を目的としているのは聖王派閥と同じだが、その繁栄は女神の力ではなく外交によってという点が異なる。

 国家間において大きな影響力を持つ帝国がドワーフの国と国交を持つ以上、聖王国としても亜人種国家を軽視できないのである。


 ドラゴンとの大戦以降、聖王派閥と神聖国派閥に分かれていた聖王国で第三の勢力として外交政策派閥が生まれたと言う状態だ。

 そして時代は移り変わり今度は神聖国派閥の中に強硬派が現れた。


「私としてはいずれの派閥にも加担する気はないが、ここ最近の動きを見る限りいろいろ考えざるを得ない状況になりつつある」

「それで外務局の方とお友達に?」


「いや、アレは入局以前の知人だ、腐れ縁と言うやつだな。 それに私の立場として下手に派閥を名乗るのもよろしくない。 私の知人はそれを十分理解してくれているよ」

「そう……それで領主様、白の悪魔のこと、何かわかったら教えてくれるかしら?」


「ああ、約束しよう。 ラフィニア殿はこれから聖都に向かうのだろ? 何か有益な情報を得る機会があれば私にも教えてくれると助かる」


 その後はこの街の歴史についての話になった。

 もともとは領主の居城だけだったところに人が住み始め、魔獣から守るために大きな壁を作った。

 その後居城を覆う壁は取り壊され今の形になったそうだ。

 居城から四方八方に伸びる道のうち正門までの道はまっすぐだが、それ以外の道は家々を縫うように作られている。


 道幅も様々で馬車すら通れないような道も多く残っていた。

 ディエンブルグがグリムハイドに似ているのは当然で、実はディエンブルグ領主の娘が嫁いだ先が初代グリムハイド領主となった男なのだそうだ。

 つまりディエンブルグがグリムハイドに似ているのではなく、グリムハイドがディエンブルグに似せて街並みを作ったということである。


 食事も終わりそれぞれが寝室へと案内される。

 そんな時エルビーがラフィニアに声をかけていた。


「ねえラフィニア。 あんまり無理しちゃだめだよ?」


 エルビーはそのあと何事もなかったかのように案内された寝室に入っていく。

 声をかけられたラフィニア本人はその意味をすぐには理解できずキョトンとしていた。


「どうした?  ラフィニア」

「リック、私って今……辛そうな顔しているかしら?」

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