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ラフィニアの過去

「おお、これはなんとも……」


 恰幅の良い商人は目の前に広がる光景に驚きの声を上げた。

 自分たちがここを立ち去る前はただの古びた街道だったのだが、今は死屍累々としていてさながら戦場のような光景だった。

 いや実際戦場だったのだが。


「商人さん、お待たせしちゃったわね」

「いやいや、遠くに避難していても激しい爆発の音は聞こえていたのだがまさかこれほどの事態とは。 誰もケガなどせんかったのか?」

「ええ、全員無事よ。 みんなで協力したおかげかしらね」

「お前たちも戦闘に参加したのか?」

「そんなの当然だろ、旦那」

「そうか、これだけの惨状でよく無事でいられたものだな、正直驚いているぞ」

「いや、この惨状はむしろ味方によるものなんだけどな……」


 感嘆する商人に護衛リーダーはポツリと呟く。


「本当に凄まじいですな。 まるで、地獄にでも迷い込んだ気分だ」

「ああ……あはははははは……そう……ですね」


 ラフィニアは気まずそうな笑顔を浮かべる。


「ところで、荷物のほうなんですけど……」


 ラフィニアに促されクリムドはやむなく放置した馬車の様子を確認した。


「な……なんという……馬車が丸焦げではないか。 いったいどんな過酷な戦闘が繰り広げられていたと言うのだ」

「ええ、それは言葉もありませんね……」

「あなた方に任せておいて正解だったようだ。 さすがに私どもの護衛では対処できなかっただろう。 この有り様を見れば誰でもわかるぞ」

「クリムドさん、積み荷のほうは無事です」

「そうかそれは何よりだ。 しかしこれではこの馬車は使えないか。 ヴィルド、積み荷を他の馬車に積み替えるように」

「了解です!」

「あなた方には何か礼をせねばなりませんな、とは言っても今は十分な礼を出すこともままならない。 私はフォントラッド商会のクリムドと言う者。 皆さんは聖都に向かわれているのでしょう? ならば一度商会本部をお訪ね下さい、その時でも是非に礼をさせていただきたい」


 馬車が丸焦げなのはこちらの不手際もあるが、荷を守ったのは事実だし礼を受け取ることに異論などあるはずもない。


「ええ、頂けるものはしっかり頂きますわ。 それよりもクリムドさんが言っていた厄介な物(・・・・)について教えていただきたいのですけど」

「それですか。 いえそれは当然のことでしょうな、これほどの事態を引き起こした物なのですから。 ですが私の一存でそれを明かすことは出来ないのですよ、本当に申し訳ない。 そういう品であるとご理解いただきたい。 それでもとおっしゃるのであれば我が商会の当主ボールギットに会っていただき直接お聞きください」

「そうねどうせお礼も頂かなきゃだしね、あなたたちはどうするの?」

「俺たちは……」

「やるべきことをやったのならいいのではないか? お招きに応じても」

「さすが旦那、ということで俺たちも行くぜ」

「お礼って食べるもの出る?」

「ええ、もちろん。 最高の食事をご用意するとお約束しましょう」

「ほんと!? それは楽しみだわ! ねっノール!」

「うん」


 残るは無口な男一人。


「俺は遠慮させてもらう。 礼なら言葉だけで十分だ。 急ぎの用事もある」

「それは残念です。 ですがいつでも構いません。 お時間がありましたらお越し頂きたく思います」

「ああ、時間が出来たなら、そうさせてもらう」


 その後ラフィニアは事後処理のため兵士の一人と話をしていた。

 そして残りの処理を兵士に任せラフィニアが戻ってくれば出発だ。

 馬車の中、冒険者たちはほとほと疲れたようで皆ぐったりとしている。

 無口な男は疲れてはいないようだが最初から静かだった。

 エルビーとノールは戦闘前と変わらない様子で景色を眺めている。

 馬車は次の小さな町に到着するといつものように御者からお薦めの宿を紹介してもらいまずはそこに向かう。

 その途中でラフィニアに呼び止められた。


「ねえ君たち。 あとで君たちの部屋に遊びに行ってもいいかしら? ちょっと聞きたいことがあるのよ」

「構わないわよ」

「さすがに今日はちょっと疲れたしひと眠りしたいから、そうね……あ、そうだ夕食の時間でどう? もちろん夕食おごってあげる」

「ほんと!? うれしい!」

「じゃあ夕食ごろ呼びに行くから、よろしくね」

「はーい」


 夕食まではまだ時間があるのでエルビーと共に町の中を散策して過ごすことにした。

 広くもない小さな町、すべて見て回るにもそれほど時間はかからないだろうけど今日ばかりは夕食のほうにどうしても意識が向いてしまう。

 エルビーも同様だったようで結局早めに宿へと戻りラフィニアが迎えに来るのを待つことにした。



    ◇



「お待たせ、じゃあ行きましょうか。 この宿は食事出ないし、おいしいお店知っているからそこに行きましょう」

「やったぁー、にっくにーくっにっく」


 宿を出てしばらく進む。

 街の中は人通りも少なくノールにとっては少し退屈な街に思えた。


「着いたわ、ここよ」


 外見から言うと何の変哲もない店。

 ただまだ中に入っていないにもかかわらずおいしそうな匂いがすでにしている。

 店内に入ると食事を堪能している客たちがいた。

 どの席に座るのかと思っていたがラフィニアはそのまま素通りし店の奥に入っていく。

 左右に扉がありその中の一室へと入った。


「来たか、待ちくたびれたぜ」

「リック、こちらからお誘いしたんだからそういうこと言わないの」

「あ、スマンスマン。 でもその二人だって腹減ってるだろ? 話は後にしてまずは食おうぜ」


 それから注文を取ってもらい、この辺りでは珍しい食事を堪能した。

 ノールとエルビーに遠慮などという言葉はなく、やってくる料理を次々と平らげていく。

 そんな二人に負けじとリックも料理を平らげる。

 その様子を見てラフィニアはあきれた表情で釘を刺す。


「一応言っておくけどリック、自分の食べた分は自分で払ってね。 奢るのはこの二人の分だけよ」

「分かってるよ、けど俺にだってAランク冒険者としての意地ってものがある。 負けるわけにはいかねえのさ」

「バカみたい」


 食事もひと段落したころを見計らってラフィニアが話を始めた。


「それでさっそく本題に入らせて欲しいのだけどいいかしら?」


 食べ過ぎたのかテーブルに突っ伏したまま動かなくなっているリックは放置して本題を語る。

 エルビーとノールは何事もないようでラフィニアの言葉に頷き続きを促した。


「今日の戦闘の後、あなたたちが言っていた悪魔のこと、教えてほしいの」

「うぐっ……それは……」


 口ごもりちらりとノールを見るエルビー。


「別に探りを入れるとかそういうつもりじゃないの。 ただ少しでも多く情報が欲しいのよ、悪魔そのものについてならある程度の情報は集まる。 けど今活動している悪魔たちの情報となると途端に何も出てこなくなるのよね。 まあ奴らは潜んで活動しているから当然とも言えるんだけど」

「別に構わないと思う」

「えっ!? ちょっとノール、話しちゃっていいの?」

「誰に依頼されたかは言えない、でも僕たちが悪魔に喧嘩を売るという話なら、悪魔を炙り出すのが目的だし僕たちの目的が広まるのなら都合が良いと思う」

「あ、そうか。 なんだ気にして損したわ」

「まずはそこなんだけど、あなたたち、正面切って悪魔とやり合うつもりなの?」

「まあそうなるわね」

「そう……なのね。 そう……。 ねえ、私たちにも手伝わせてもらえないかしら、もちろん報酬なんていらないわ。 それに悪魔を相手にするなら私たちも戦力として十分役に立つと思うの、どうかしら」

「えっと……どうする?」

「構わない」

「あ、そんなあっさり……いや助かるのだけどもう少し渋られると思っていたからちょっと拍子抜け……」

「人数多いほうが早い」

「そうね、ありがとう」


 そう言うラフィニアの顔には先ほどまであった緊張感がなくなっていた。


「ねえラフィニア、どうして悪魔のこと知りたいの?」

「それは……あなたたち、白の悪魔って知ってる?」

「知らない」

「その昔、聖王国を少しだけ騒がせていた悪魔なのよ。 まだ私が小さかった頃の話ね。 ある時からはピタリとその活動が止まったのだけど……」


 それはラフィニアがまだ幼く両親や姉妹と共に幸せに暮らしていた時の話。

 彼女は三姉妹の次女として聖王国南部で生まれ育った。

 小さな村ではあったが特に不自由のない生活。

 だがそんな幸せな生活は唐突に終わりを迎える。

 白の悪魔、皆からそう呼ばれていた一体の悪魔がラフィニアの村にもやってきたのだ。

 本来強大な力を持つ悪魔だが、悪魔はその力ですべてを殲滅するわけでもなく、むしろ弄ぶかのように殺して回る。

 炎に包まれる村、殺される村人、近所の良くしてくれるおばさんや共に遊んだりもした友人、そしてラフィニアの家族も例外ではなかった。

 その存在は生き残った者たちによりあっという間に聖王国中に知れ渡ることになった。

 悪魔が何のために町や村を襲撃していたのか、当時のラフィニアには知る由もない。

 その後、ラフィニアは古くから父と親交のあった上級貴族、その一家に引き取られる。

 とても優しい一家で家族を失ったラフィニアにとって心の支えとなってくれた人たちだ。

 貴族の一人として生きていくこともできたが、成長したラフィニアが選択したのは冒険者だった。

 それでもその一家はラフィニアを応援してくれた、いや、今でも応援してくれているのだ、感謝してもしきれないほどに。

 冒険者になったラフィニアがまず最初にしたことは白の悪魔について調べることだった。

 襲われた村々で生き残った者たちの証言を聞くため聖王国中を旅した。

 その証言をかき集めたラフィニアはひとつの可能性にたどり着いたのだ。


「あの悪魔は自分が楽しむためだけに襲撃していたわけではないと思うの。 意図的に証言者を残し自分の存在をアピールしていた。 そもそも襲撃されたのがいずれも神殿騎士のいない町や村ばかりなのも出来すぎている。 悪魔が弱いわけじゃないわ、犠牲者の中には偶然居合わせただけの高ランク冒険者も混ざっているもの」


 ラフィニアはそう言って唇を噛みしめた。


「その悪魔が襲撃をやめた理由は何だったの? そこに何か重要な秘密が隠されているように思うのよね、わたし」

「わからないわ、けど……たぶんあの時見たあれが白の悪魔なんだと思うの、魔法使いのお爺さんと戦っていたのよ。 すぐさまそこからいなくなってしまったから、その後どうなったのかは知らないのだけどね。 でも調べた限りだとその日が最後の襲撃だったみたいね」

「ふーん、けどそれならもうそのお爺さんに倒されちゃっているんじゃない?」

「それならそれで別に構わないの、復讐してやりたい気持ちがないわけじゃないけどね。 ただおそらくその悪魔はまだ生きている。 他の証言者の話だとその悪魔は逃げるように消えていったと言うし。 それに……ここ最近またその悪魔の目撃情報があるのよね」

「それじゃそいつを自分の手で倒したいってことなの?」


 悪魔を倒すことが目的なのか、そう尋ねるエルビーにラフィニアは考える。


「そうね、たぶんそうなんだと思う。 陰で糸を引く者がいるかも知れないけど、そこまで興味があることじゃないみたい。 ただ君たちの話を聞いて白の悪魔が無関係だとは思えなかったの。 だから私たちにも協力させてほしい。 ダメ……かしら?」

「別にいいんじゃないかなあ、ね、ノール?」

「たぶん大丈夫」

「けど大丈夫なの? あっちは」


 エルビーはいまだテーブルに突っ伏したリックを無遠慮に指さして言う。


「問題ないわ。 リックには私の身の上は話してあるから事情は知っているの。 実を言うと今回も帝国や王国で悪魔の情報を探していた帰りなのよ。 ただまあ、聖王国で集まる以上の情報は得られなかったけどね」

「ふーん」

「それで、君たちの話も聞かせてほしいのだけど……」

「いいわ。 けど大した情報はないと思うわよ」


 エルビーは時々ノールの補助を受けつつ、これまでの悪魔の戦いについて話をした。

 もちろん、ドラゴンに関わる部分はカットである。

 それと魔法共生国(レイアスカント)でのことも、冒険者として秘密裏に依頼を受けたとかなんとか誤魔化した。

 今回の依頼の内容も聖王国で不審な行動をする悪魔がいるという噂が気になるので多少強引でもいいから調査をする、という話にしてある。

 エルビーは意外に嘘が上手かった。

 後ほどその点を褒めると「当然よ、どれだけ魔法の練習をさぼるための嘘をついたと思っているの?」と意味が分からないことを言われたけど。


「とまあこんな感じね。 えっと、評議会?って言うのが絡んでいるみたいだけどわたしは詳しく知らないわ」


 評議会については半分嘘だが、半分は本当というところだ。

 ロウラントという評議会議員に協力するようにダリアスが説得していた。

 ロウラントもまた悪魔に入り込まれていたという事態に危機感を覚えたようで快く承諾したというわけである。

 間違ってもフレスベリアの一件で脅したわけではないのだ。

 ――――とダリアスは言っていた。

 なので今回は評議会議員からの内々の依頼ということになっている。


「そう、評議会が……ダメもとで当たってみればよかった、失敗だったわ。 けど評議会議員の信用を得ているって君たち凄いのね。 もしかして、フレイヤワンドや聖剣も評議会の人から?」

「え? えーとね、それは……」


 口ごもりつつノールを見るエルビー。

 嘘はうまくてもこういう判断に困るらしいエルビーの代わりにノールが答えた。


「それは秘密。 言うなって言われている」

「ふふっ、そう。 そう言われているのね、ふふっ」


 ラフィニアは口元を手で押さえて笑いそうになるのを堪えながら言う。

 それを見たエルビーはノールの耳元で囁く。


(それって誰が言ったのかバレバレなんじゃないの?)


 いや、でも本当はダリアスに言われたわけで評議会議員に言われたと勘違いされる分には問題ないはず。

 そう思い今度はエルビーに伝えようとしてふと気づく。

 エルビー、念話で話せばいいのに。

 ラフィニアもまたエルビーの囁きが聞こえたのか、それとも雰囲気で察したのかさらに笑いを堪えるのに必死だった。


「じゃあエルビーちゃん、ノール君、そういうことでよろしくね。 宿まで送るわ」

「ええこっちこそよろしくね。 ああ帰り道分かるから平気よ」


 エルビーとノールが出ていき、残されたのはラフィニアとリックの二人だけ。


「もういいんじゃない? 寝たふりしなくても」

「なんだ気づいてたのかよ」

「子供じゃあるまいし気づくわよ。 なんで寝たふりなんてしたの?」

「つらい過去なんて何度も話したくも聞きたくもないだろ」

「ふーん。 私ってそんな辛そうな顔してた?」

「ああ、今もな」


 リックは知っていた。

 普段は明るく振舞っているラフィニアだが、本当は過去の話などしたくないはずだと。

 だがあの二人の協力が得られれば白の悪魔に一歩近づくことが出来る。

 そのために今日は相当無理をしているのが嫌ほど分かる。


「子供も居なくなったことだし、酒でも飲むか!」

「そうね、少しだけ飲みたい気分だわ」


 普段は酒の力など借りないが今日ぐらいは酒に頼ってもいいかと、ラフィニアは失った家族を思い出し滲む涙を拭う。

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