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街道の獣6

 少しずつ魔獣たちが森から姿を現し始めた。


「なんでこんな数の魔獣に囲まれてんだ?! もう勘弁してくれっ」

「数は多いけどニヴィルベアみたいに刃も通らないわけじゃないよ。 あとちょっと、リーダーがんばろっ」


 泣き言をいうパノンをアーニャが元気づける。


「ラフィニア、こいつらはなぜ襲ってこないんだ?」

「あの魔獣がまだいるからでしょ、おこぼれでも狙っているんじゃない? でも倒した後は襲ってくる可能性が高いわ。 油断しないで」

「いいわ。 わたしが全部相手してあげるから」


 警戒するラフィニアを前になぜか楽しそうにエルビーが言う。

 

「頼もしい言葉だけど、この数はキリがないわよ」


 10体、20体……見えるだけでも相当な数が潜んでいた。

 ラフィニアの言うように残ったニヴィルベアが倒されるのを待っている。


「なあラフィニア、こいつらもあの積み荷が目的だと思うか?」

「さあね、でもこの魔獣たちの狙いは私たちかな、たぶん。 積み荷の詮索は後回し、ここまで頑張ってるんですもの、あとでちゃんと説明はしてもらいましょ」

「そりゃそうだっと」


 軽口を叩きながらもその表情からは緊張が見て取れた。


「まもなくニヴィルベアは討伐される! だが森の中に潜む魔獣がいる! 現在戦闘に参加していない者は周囲に展開! 警戒に当たれ!」


 号令とともに兵が冒険者たちを囲むように円陣になる。


「ニヴィルベア討伐!!」


 兵士が叫ぶ。

 襲ってくる魔獣に対する警戒を促そうとラフィニアが声を上げようとしたとき、先に警告を発するものがいた。


「全員、その場から動かないで」


 一瞬意味が分からなかった。

 動くな、という警告はこの場にふさわしいとは思えない。

 魔獣に襲われようとしているのだから動いて戦ったり逃げたりするべきではないのか。

 だが、その警告の正しさはこの後証明される。


「―――――広域暴雷陣(ライトニングストーム)



 覇気を感じさせない声、ただ日常的な作業を熟すかのような淡々とした声をラフィニアは聞いた。

 おそらくその場にいた全員に聞こえたのではないだろうかとラフィニアは思う。

 上級魔法のひとつ広域暴雷陣(ライトニングストーム)

 一定範囲の空間に雷を無数に発生させ敵にダメージを与える魔法だが、残念ながら敵と仲間を区別などしてはくれない。

 効果範囲内にいればもちろんその攻撃を受けることになる。

 地上と上空には広範囲に亘って魔法陣が展開されこの中が効果範囲となっているはずだ。

 地上に展開された魔法陣からではその規模は分からないが、上空に展開した魔法陣を見る限りかなり広範囲に広がっているとみえる。

 ピリピリとした空気が体に纏わりつき……。

 周囲に荒れ狂う無数の電撃が飛び交う。

 激しい音、肌を焼く熱、その熱によって生み出される強い風。

 それらが四方八方から押し寄せこのままでは飲み込まれる、そんな感覚に襲われた。

 嵐の日でもこんな状況にはならないし、行ったことはないけど魔境と呼ばれるような場所でももっとましだろうと思える。

 ラフィニアはそれまで猛威を振るっていた電撃がパタリと止まっていることに気が付くと、目を開け状況を把握しようと努めた。

 そこには先ほどと同じ光景が広がっているだけだった。

 ただし、周辺には黒焦げの魔獣が無数に倒れているという点を除いて。


「うぁまだ耳がキンキンしてる」


 パノンが呻く。


「ああ、めがぁーめがぁぁぁぁ」


 さらには聖剣を持つ少女までもが目を抑えながら呻いている。

 どうやら電撃を直視していたようだ。

 まあ当然だろう、普通は敵陣の中心で発動させるような魔法であって味方を中心にして周囲の魔獣を倒す魔法ではないはずだから。

 副次的な影響を受けたものは多くいるようだが、電撃に直接打たれた者は一人もいないようだ。


「ちょっと!! ノール!! こういう魔法を使うときは最初に言ってってば!!」

「初めて使った、威力よくわからなかった」


 謝る少年もまた目を抑えているが術者本人もアレを直視してしまうとは一体何を考えているのだろうか、とラフィニアは心の中で嘆息しつつ護衛冒険者や兵士たちに声を掛ける。


「と……とりあえず、行動に支障がありそうな人はいる? いるなら少しだけど回復薬あるわよ」


 手を上げるものはおらず、特に兵士たちの復帰の速さは冒険者以上であった。

 ただ残念なことに兵士たちの乗ってきていた馬が何頭かパニックを起こしていたり、気絶しているのかダメージを受けてしまったのか動かないものもいる。


「えっと兵士さん、馬は大丈夫?」


 心配になったラフィニアが尋ねる。


「直接攻撃を受けたわけではないようですが、突然のことに驚いてしまったようですね、まあそのうち落ち着くと思います」

「そう、それは良かったわ。 もし回復薬が必要なら言ってね」

「ありがとうございます、ですが我々も相当数用意しておりますのでお気になさらないでください」


 そう言うとその兵士は戻っていった。


「ねぇそれ、目のチカチカも取れる? 取れるならちょうだい」

「それは取れるかどうか分からないけど、どうぞ」


 エルビーはラフィニアから回復薬を受け取ると一気に飲み干す。


「あ、ああ…… 意外に効果あるっぽい」


 エルビーは目をぱちくりさせながら目の具合を確認していた。


「そう、それはよかったわ。 えっと、そっちの君は大丈夫?」

「わたしが持っていくわ」


 ラフィニアから回復薬を貰ったエルビーはノールのもとに歩いて行く。

 力尽きた護衛冒険者たちが倒れるように座り込んで話をしていて、特に理由もなくラフィニアはその会話に耳を傾けていた。


「ちょっと……いやかなりビビったけど、魔獣の群れは全滅ってところだよな? それにしてもすげぇ威力だな今の。 上級魔法だっけ?」

「たぶんね、私はまだ使えないけど」

「じゃああれか、フレイヤワンドってやつの効果か」

「どうかな? でも威力もなんか聞いてたのと違う気がするしそうなのかも」

「やっぱり上を目指すならああいう武器のひとつやふたつは必要だよな」

「リーダー、上を目指したらその分危険も増えるよ?」

「ああ、じゃこのままでいっか」


 彼らの言うフレイヤワンドの効果を思い出しながら、ラフィニアは回復薬を両手で持ちちょっとずつ飲んでいる少年に視線を移す。


「フレイヤワンドがすごいとしても、中心にいる私たちにだけ攻撃が及ばないようにしたのはあの子の実力よね。 そもそもフレイヤワンドに威力を上げる効果もないはずだし」

「どうした? そんなに見つめて。 フレイヤワンドだっけ? やっぱ欲しいのか?」

「そんなわけないでしょ、高級品ってだけで私のスタイルと全然違うし。 それより後始末しちゃいましょ」


 戦闘が終了したことを商人たちに伝えるため、護衛冒険者たちが商人たちが避難している場所へ向かうとリックが話しかけてきた。


「こんなこと初めてだな。 転移魔獣が同時に三体、しかも森の魔獣を呼び寄せるなんてさ」

「そうね、しかもそれがニヴィルベアなんだもの。 あれは群れるような魔獣じゃないはずなのに」


 そしてリックとラフィニアの会話にエルビーたちが混ざる。


「そのニヴィ何とかって言うの? わたしどこかで戦ったことある気がするのよね。 いやそのものっていうか、なんか似た雰囲気のやつ……」

「レッサーデーモン。 前に戦った」

「あいつね! 思い出したわ。 もう! また悪魔! なんなのよあいつらって!」

「レッサーデーモンがどうかしたの?」


 ノールの言葉に引っかかりを覚えたラフィニアが聞き返すとエルビーは不機嫌そうな顔で話す。


「以前悪魔に憑依されたウェアウルフと戦ったことがあるのよ。 それと同じ感じがしたのよね」

「え? それどういう意味? 誰かがニヴィルベアにレッサーデーモンを憑依させているってこと?」

「この前見た熊と似た魂。 そのニヴィルベアと言うのは熊にレッサーデーモンが融合し生まれた生物だと思う」

「ん? 熊?」


 頭の上に疑問符を浮かべているエルビーを無視してラフィニアがノールに詰め寄る。


「ちょっと待って! じゃあ何? あれは転移魔獣じゃなくてこの森に棲む熊にレッサーデーモンが憑依していただけってこと?」

「憑依とは違う。 ニヴィルベアはすでに生物として確立している。 たぶん、昔に悪魔と融合した熊がそのまま繁殖したんだと思う」

「そんなことあってあるの? 過去、誰かが……熊にレッサーデーモンを融合させたってこと?」

「自然に起きることなのか誰かがやったことなのか、それはわからない。 けどレッサーデーモンと融合した魂は見たことがある、それと同じ。 素体となったのもさっき見た熊と同じ」

「熊?」

「すまん、俺にもわかるように説明してくれよ」

「えっと、つまり……過去にレッサーデーモンと融合した熊がいて、それが迷宮内で繁殖したのがニヴィルベアってことなんだと思うわ。 私が知る限り自然に悪魔が融合するってことはないはずよ。 つまり誰かが意図的に作り出した魔獣……いえ魔物ね」

「俺たち知らないうちに悪魔憑きと戦っていたってことか?」

「熊……」

「そういうことなのかしら?」

「悪魔の融合体は憑依体より強いけど、生物として繁殖していく中で純粋な融合体よりは弱まっていると思う。 ただ生物として世界に定着した存在になっているからこの先も弱まっていくわけではない。 おそらく、生物としての力と悪魔としての力が均衡して安定した状態になったところで落ち着くんだと思う」

「あなたたちも……その……悪魔と因縁があったりするのかしら?」

「熊ってなんだっけ……? って、え? 因縁? そういうのじゃないわ。 わたしたち、ちょっと頼まれて聖王国にいる悪魔に喧嘩売りに来ただけよ」

「はっ? 聖王国に!? ここに、この国に悪魔がいんのかよ?」

「それ、本当なの?」

「嘘なんてついたって……あっこれ言ってよかったんだっけ? えっと……悪魔みたいな人間に喧嘩を売りにね」

「そう、本当なのね」


 あまりの事態に言葉を失うリック。

 失言に頭を抱えるエルビー。

 聖王国に悪魔の影を見たラフィニア。

 そして、特に何も考えていないノール。

 4人の中に沈黙が流れる。

 街道遠く、避難していた馬車が戻ってきたのはそんな時だった。

 

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