街道の獣5
リックは少しだけ不安に思っていた。
それはラフィニアのことではなくあの護衛たちのこと。
実力を疑うつもりはないがこの魔獣相手にCランク冒険者ではさすがに心許ない。
だがあの無口な男が協力してくれるなら話は別だ。
先ほど魔獣の一体を一撃で屠った少女からも奇妙な気配を感じてはいた。
おそらくあの剣が原因だったのだろうとリックは思う、持ち主本人が聖剣と呼ぶ強大な力を秘めたその剣。
それは相棒の女冒険者 -ラフィニア- も同じだったようで、だから少女たちが戦うと言っても止めることをしなかったのだ。
そしてそれとは違う気配を馬車の中、隣に座る男からも感じてはいた。
冒険者ではないと言うが決して弱者ではありえない気配。
「じゃあリック! 援護お願いね!」
「ああ任せておけ」
リックは魔獣とラフィニアの位置を確認すると剣を構える。
(にしてもなんて巡り合わせなんだ? 冒険者が3チームってだけでも珍しいのに。 まるでこの魔獣に対抗するために意図されたとしか思えない偶然だな。 もしかして、これが神のご加護って奴なんだろうか。 だとすれば一体誰に与えられた加護なんだか)
リックは偶然にしては出来すぎていると思える状況に思わず笑みが零れそうになるのを必死にこらえていた。
協力を申し出てくれた男が持つ武器は大剣、その男が持つにはふさわしい剣と言える。
対峙する魔獣、ニヴィルベアはその不気味な見た目を除けば熊のようなものなどと思ってしまうかもしれないが実は違う。
体毛はまるで鋼かと思うような硬さで全身を守る鎧と化しているのだ。
そんな魔獣相手に男は重い大剣を軽々と振り回し、さらに一つ、また一つと傷を与えている。
Cランク冒険者たちが作り出す隙を見逃すことなく繰り出されるその斬撃は男の強さを物語っていると言えよう。
対してリックの相棒ラフィニアの持つ武器は細く軽いものだ。
それでは硬い体毛を持つニヴィルベアの肉には届かないのではないかと思うが、今のラフィニアは昔とは違う。
昔のラフィニアは類稀なる剣の才能を以てBランクまで上がってきた。
しかし彼女はそこでニヴィルベアに遭ってしまったのだ。
当時のラフィニアが手も足も出せなかったのはおそらくその鋼のような体毛の硬さに打つ手がなかったのだろう。
まだリックと出会う前の話なので詳細は知らないが、その時見たAランク冒険者の戦いぶりに感化されたのだと聞かされていた。
そして今彼女は持って生まれた才能と、その才能を十二分に発揮させる魔法という技術を得てAランクにまで到達したのだ。
あの時のAランク冒険者のように剣術と魔法を絶妙に組み合わせることで細身の剣でありながらも男の大剣と同等程度の威力を発揮させている。
そんなラフィニアの相棒としてリックもまたAランク冒険者として十分な力を備えていた。
ラフィニアの戦い方は分かりやすく一対一に特化しているため、敵が複数の場合やラフィニアの攻撃後の隙を埋めるのがリックの役目。
むろん並みの相手ならそんな必要もないが格上が相手の場合どうしても必要になる。
リックは剣術の腕こそラフィニアより劣るが純粋な魔法の腕ではラフィニアよりも上であり、剣による攻撃や魔法を駆使してラフィニアが一対一で戦える状況を常に作り出していた。
今回のように格上で一対一の場合にはラフィニアの攻撃の後に隙が生まれそうな瞬間を狙ってけん制攻撃を入れることで援護する。
今では互いにとって良い相棒と呼べる存在になっていた。
女冒険者ラフィニアと男冒険者リック、そして護衛冒険者と無口な男。
それぞれの戦場で人間側が優位であるのは間違いないのだが、魔獣ニヴィルベアの体毛の硬さが戦いを長引かせていた。
「くっそーかてぇなこいつ、これ倒せるのかよ」
「でもリーダー、確実にダメージは与えているぜ、これなら大丈夫だろ」
「そうそう、リーダーの剣がはじき返されたときは焦ったけど、魔法も精霊術もそれなりに有効みたいね。 魔法付与ちゃんと覚えててよかったー」
「わ……私も……そう……思う」
パノンの一撃はその固い体毛に弾かれてしまった。
しかし護衛冒険者たちは落ち着いて魔獣の弱点を分析していく。
隣で戦うラフィニアたちを見る限り、あくまで物理攻撃に耐性があるというだけで魔法は有効であるというのが分かる。
アーニャはパノンたちの武器に魔法を付与し、そしてもう一人の女冒険者 -ミネハ- が精霊術と呼ばれる魔法で攻撃を仕掛ける。
ミネハは精霊術士と呼ばれる比較的珍しい職業であった。
「お前らはいいよなっ、魔法で遠くから攻撃、槍で遠くから攻撃。 俺近いからタイミングずれたらアウトなんだぞ?」
もう一人の男冒険者 -スコット- は槍を得意武器としている。
もっとも適正とかそんなものではなくカッコいいからと言う理由だけで使っているが、アーニャから長くて邪魔と言われることに実は少なからずショックを受けていたりもする。
とは言えこうした戦闘で長いリーチは有効に働いていて、敵の間合いの外から攻撃を仕掛けられるスコットに対してパノンはかなり近づかないと攻撃を当てられない。
さらに魔法を付与しても斬撃より突きのほうがダメージを与えられるのだが、抜けなくなった場合その一瞬でやられてしまうかもしれない。
「そう言いながらしっかり避けているんだから。 ダメージ受けたくないなら戦いに集中したら?」
「ほんとお前ら俺に冷たい……リーダーに対する思いやりってものが足りない……」
「馬鹿言わないで。 パパもリーダーは褒めると図に乗って失敗するから、突き放すぐらいがちょうど良いって言ってたもの」
「旦那そんなこと言ってたの!?」
「ほら余所見しない!」
「うわっ! あぶねえ」
ラフィニアは戦況を把握するべく護衛冒険者たちの戦いも見ていた。
「あの子たち緊張感ないわね。 私本気で心配していたのに……」
「そう言うなよラフィニア、彼らが余裕なのはあの無口な兄ちゃんの支援があってこそだぜ」
「それは分かってるわよ、ただ余裕があるからって油断していいわけじゃないでしょ」
もちろんそれだけではないことも分かってはいる。
彼らの言う精霊術、あれは魔法のような長い呪文は必要なくさらに精霊魔法とも違い常に安定した結果をもたらすため術者の行動範囲が広がるという利点がある。
彼女自身本物の精霊術士を見たことがなかったのでどこまで自分の知識があっているかは分からないが、戦況に応じてすぐに効果を発揮すると言うのは中々に心強いものがある。
ラフィニアはそれだけ言うと対峙するニヴィルベアから距離を取りリックへと告げる。
「ちょっと回復薬使いたいから、あとお願いね」
「はいよ」
「ふぅー。 それにしても、あの子さっきから何しているのかしら?」
ラフィニアの視線はエルビーへと向けられていた。
そして腰に手を当てて回復薬を片手に一息つく。
「この状況でお前も大概だよな、まあいいけどさ。 俺一人じゃきついんだからすぐ戻ってくれよ」
ラフィニアはリックのほうをちらりと見ると、まだ大丈夫そうだと判断しエルビーに近づいていく。
「えっと、ねえ君? どうしたの?」
「えっ? 何? ああ……えっとね、さっきは魔法出たのになんか出なくなっちゃったのよね」
答えるエルビーは剣をブンブンと振って剣から何か出ないかと確かめているようだった。
「そんな振ったって魔法は出ないと思うのだけど……」
「おかしいなぁ」
ラフィニアは何がおかしいのかさっぱり分からないと言った表情で戦線に復帰した。
「ちょっとずつ傷は増えているけど致命傷には全然ならないのよね。 このままじゃ先に私たちの体力が尽きそうよ?」
「だな、なんかいい手はないもんか」
「ねぇねぇ、わたしもそっちに参加していい?」
さっきまで剣を振っていたエルビーがラフィニアのもとまで寄ってきていた。
「それは構わないけど、さっきの攻撃はもう出来ないのかしら?」
「何度も試してるけど出てこないのよ。 だからわたし魔法って苦手なのよね、出たり出なかったりと気分屋さんなところがあるでしょ?」
「それ術者のことでは?」とラフィニアは思う。
「その点、剣っていいわよね。 思い通りになるもの、剣は素晴らしいわ、聖剣最高!」
「そうね、それは何よりだわ……」
それは魔法も同じなのにと思いつつも言葉にせず飲み込む。
今は魔獣が優先だし一人攻撃役が増えるだけでも楽になるからだ。
「リック! あの子に合わせていくわよ」
「ヘイヘイ」
エルビーが魔獣に向かって剣を振り下ろす。
魔法こそかかっていないが魔力に満ちているその聖剣は十分な威力を発揮している。
さらにはエルビーの身体能力も相まって深手を与えることが出来ていた。
人間の体というのはさほど強くはない。
それは本来で言うならエルビーも同じだし、なんならノールも同様だ。
しかし成長したドラゴンというのはその巨体を支えるために自然と強化魔法を扱えるようになるのだが、それは人間の姿となったエルビーにおいても失われてはいなかった。
さらには以前のデスモルスとの戦闘をきっかけに攻撃においても発揮されるようになったのである。
「ほんと、その聖剣ってすごいわね」
「でしょ! わたしにぴったりな武器なのよね」
だがその攻撃力のほとんどがエルビーの身体能力によるものだと言うことにエルビー自身は気づいていない。
周りもまたそれが聖剣によるものだと勘違いしていた。
エルビーの参加により飛躍的に魔獣のダメージは蓄積されていく。
討伐は間もないと思えたころ、それは到着した。
「来たわ! 援軍よ!」
「やっと来たー」
先にそれを見つけたラフィニアの言葉に続きパノンもまたその者たちの登場に歓喜したのだった。
おそらく先ほどの会った兵士たちだろう、馬に乗ったまま突撃してくる。
そして先頭の兵士が声を上げた。
「前方! 魔獣二体! かかれーーー!!」
兵士の合図とともに冒険者たちは後退する。
ラフィニアは息を整えながら兵士たちの繰り出す見事な連携に感嘆しつつも、そのやってきたタイミングに本音を吐露していた。
「あとちょっとで倒せそうだったのだけど……残念ね。 まああの子の力も借りてやっとってところだから雪辱を晴らすってところじゃなかったけど」
ラフィニアは過去に想いを馳せていた。
大迷宮の中、力不足だった自分、その自分を救ってくれたAランク冒険者。
まだまだ及ばないとしても近づいてはいる、そう思っていたが……。
「はあ、あの時のAランクがこれほどまで遠い存在だとは思ってもみなかったわ……」
「どうしたよ、黄昏れちまって」
「いえ、なんでもないわ」
ラフィニアは辺りを見渡す。
自分たちが戦っていた魔獣はとっくに討伐されていた。
そして護衛冒険者たちが戦っていた魔獣は、馬から降りた兵士と今も戦うもう一人の男によって虫の息である。
あとはあの少年から「敵はもういない」という言葉を聞くだけ、勝利を確信しようとノールに向き直り……そして気づく。
(何? あの子、いったい何をそんなに警戒しているの?)
ノールの視線は今戦いが起きているこの場ではなくその先、森の中にばかり向けられていた。
ふと、ゾッとした寒気のようなものを感じ、何とも言えない不安が心を満たしていく。
「まさかっ……全員気を抜かないで! まだ森の中にいるわ!」
「森の中ってどういうことだ? まだこの化け物がいるっていうのか?」
「違うわ、たぶんさっきの咆哮よ。 威嚇でもしてるのかと思ってたけど、他の魔獣を呼び寄せていたのかもしれない。 でも森にもともといた魔獣だろうからそこまで強くはないはずよ。 けど……数が多い」
ラフィニアも周囲に満ちる気配に気づいたのだった。