街道の獣4
「ああクソッCランクの意地見せてやる」
「まあ頼もしい」
パノンの言葉にラフィニアが手を叩きながら笑顔で言う。
「最初の一撃はわたしがもらうからね!」
エルビーが叫ぶ。
「なあ、あんまり無理しないほうがいいぞ? 怪我でもしたら大変だろ?」
パノンはそんなエルビーを窘めるように言うが、エルビーは気にもしていない。
「平気よ、私たちだって冒険者なんだから」
「いや、そうかもしれんが……こういう時は上位冒険者に任せるってもんだぜ?」
「でもわたしたちもCランクだから一緒じゃない?」
「え? キミ、Cランク冒険者なのか?」
「そうよ」
「マジで!?」
「リーダー驚きすぎ。 けどそうだったんだ」
「いや、だってよ。 てっきり新人でEランクぐらいかと思ってたからさ」
「Eランクならもう新人じゃないよ?」
「だから駆け出しのって意味だよ、まさか俺らと同じCランクだったとは思ってもいなかった」
「別に大したことじゃないでしょ?」
口々に言う護衛冒険者たちにエルビーはなぜ驚かれるのかよく分らないと言った顔をしてみせる。
「いやいやっ! さらっと言うけどよ、Cランクでも相当なものなんだぞ? 本当は」
「そうなの?」
「まあそうね。 Dランクまではそこそこ時間をかければ上がっていくけど、Cランクとなるとちゃんとした実績が必要なのよ。 一角狼をずっと倒し続けていればDランクにはなれるけどCランクにはなれない、そんなところかしら」
「ふーん……よくわからないわ」
「えっと、要するにCランク以上になるためには討伐する魔獣の強さが重要になってくるのよ。 雑魚狩りで上り詰められてもいざ強敵が出てきたとき役に立たないでしょ?」
「あ、なるほど!」
「ってことはもう一人の子もCランクなのか?」
「そうよ。 じゃ、あいつの最初の相手はわたしね!」
エルビーは剣を抜き構える。
どうやら魔力を剣に集めているようだ。
剣の刀身に刻まれた文字のような模様がうっすらと輝き始める。
「おお? おおおお!?」
パノンが珍しいものを見たかのような顔をしている。
他のメンバーもその剣の輝きに驚きの表情をする。
やる気になっているエルビーを見て、ノールもまたダリアスからもらったフレイヤワンドを構えた。
「あれ? え!? ちょっとそれ!」
今度はラフィニアだ。
普段の声と違い、少し上ずった聞きなれないその声に皆の注目が集まると、今度はその視線を辿った先にいるノールへと向けられた。
「それってもしかしてフレイヤワンドじゃない? え? どうして君そんな物持ってるの?」
「貰った」
「貰ったって……どこの誰よ、そんな高級品くれる人って」
他の者はキョトンとしていたがアーニャはそれが何かを知っていたようでラフィニアと同じように目を輝かせている。
「フレイヤワンドて、あの?」
「そうよ、あのフレイヤワンドよ」
「私初めて見ました」
「私だって現物は初めてよ」
「あれって詠唱短縮が可能になるってヤバめのアーティファクトって聞いてますけど」
「そうそう、多少は術者の力量に左右されるみたいだし、威力には影響しないらしいって聞いたわ」
「パパ、私にも買ってくれないかしら?」
「あなたのお父さんがどのくらいの商人さんかは知らないけど、家が傾くわよ」
「傾く程度で買えるならいっそ……」
「ごめんなさいちょっと甘く言い過ぎたかも、家だけじゃなくて住む人も深い沼底に沈み込むぐらい」
「諦めます……」
「それがいいと思うわ」
そんな二人の会話にエルビーの頬がぷくぅと膨らむ。
「わたしの剣のほうがすごいのに……聖剣なのに……」
その声は小さすぎて誰にも聞こえていなかった。
二人の会話を聞いていたのはエルビーだけではない。
「なあ、それが高級品だってのは分かったけどよ、今の状況理解してる?」
「あっ……も、もちろんよ」
パノンの指摘にラフィニアは取り繕うかのようにそう言うと軽く咳ばらいをし気持ちを切り替えノールに尋ねる。
「ねえ君、ひとつ聞きたいのだけどいいかしら?」
「何?」
「近づいてきている魔獣って、一体だけなのよね? どうにも変な感じがしてならないのだけど」
「三体」
「さ、三体!? だってさっき一体だって!」
「リーダー、言ったのは兵士。 それも確定情報としてじゃなかった」
「うわっ、俺ずっと一体だと思い込んでたんだけど」
「私もだわ。 考えてもみなかった……失敗だったかしら……もう遅いか。 最悪の場合防衛しつつ撤退する。 相手の興味が積み荷なら無理じゃないはず」
「ところで、あの女の子の剣から禍々しいほどの魔力感じるんだけど、私だけ?」
「それは……もう私には見えないことにしているから言わないで」
再度咆哮が街道に響き、そのたびに森が騒めく。
おそらく魔獣もこちらの存在に気付いているのだろう、それ故に威嚇しているのだ。
あと少し。
「全員気を引き締めて! 来るわよ!」
唸り声を上げ姿を見せたそれは想像以上に、たぶん愛らしいと言う姿をしているのだろうとノールは思った。
それはこの前見かけた熊と言う生き物に似ているからだ。
小さな瞳、黒くふかふかな体毛、その姿を見て皆一様に見入っているところもあの時と同じ。
そしてエルビーは剣を構えた状態で微動だにしない、ただ剣に込められていく魔力が増えていくことを除いて。
「何……あれ……リーダー知ってる?」
「お前らが知らないものを俺が知るわけないだろ、一緒にいるんだから」
「あれは、ニヴィルベア!? しかもそれが三体なんて……」
「どうするんだ? さすがにあれば厳しいぞ」
「わかってるわ、でも逃げ切れるかも分からない」
「な、なあそのニヴィなんとかってヤバイのか?」
初めて見るその姿に驚く護衛冒険者たちを危険に巻き込んでしまったのではないかと、ラフィニアはキュッと心が締め付けられる感じがした。
「正直に言ってその通りね、甘く見ていたわ。 でも責任はちゃんと取るから。 あなたたちだけは必ず逃がして見せる」
「いや! 俺たちだって冒険者だぜ? 自分たちで決めた道だ、誰かに責任擦り付けるような真似はしねぇよ…… たぶん」
「そう、ありがと」
その言葉を聞いたラフィニアは苦笑いを浮かべながらも安堵した。
「しっかし、なんだってんだありゃ。 獣通り越してただの化け物だぞ」
「ニヴィルベアよ。 ヨルシア大迷宮にしかいない魔獣で強さはAランクを下らないわ。 わたしもBランクになり立ての時遭ったことあるんだけど、その時は手も足も出なかった」
「よく生き残れたよな」
「偶然にも居合わせたAランク冒険者のおかげね、まあ私たちも今はAランクではあるけど。 でも同じAランクだからって期待はしないでよ、今の私たちでもあの時の彼らには届いていないから」
「そりゃ難儀だな、まあやるだけやってみるしかないのか。 けど、ほんと凶悪って言うかすんごい見た目だな」
「それには同感」
パノンとラフィニアの会話だったが両者の魔獣に対する感想は一致している様子。
だが想像していた内容と違う会話を聞いてノールはもう一度ニヴィルベアと呼ばれていた魔獣を見てみる。
(あれ、思っていたのと違う? この前は熊という獣について可愛いと言っていたのに? この魔獣も少し大きいのと腕が二対あるぐらいでこの前の熊とそんな変わらないと思うんだけど……)
人間からすればそれは決定的な違いになることだが、ノールにとっては僅かな差でしかなかった。
人間の考えは割と分かるようになってきたと思っていたが、ラフィニアたちとの違いを知ってノールは少し落胆していた。
「ともかく応援の兵士が来るまでは無理はしないで。 厄介だけど、数で押せば討伐は不可能じゃないわ」
「ああ分かったぜ!」
エルビーは強力な魔力を纏う剣を下ろし構えを解く。
そしてラフィニアたちのいる方へ振り返った。
「どうしたの?」
ラフィニアが訝しむ。
「わたしの……わたしの剣は聖剣なの! そんな棒切れよりもすごいんだから!」
ノールの持つフレイヤワンドを指さしエルビーが叫んだ。
「今それ言う!?」
「あー、さっきの会話聞こえてたのね……」
エルビーはそれだけ言うとすっきりしたのか再度魔獣に向き直り、その一匹に向かって駆け出した。
そして剣を振り下ろすのと同時に叫ぶ。
「――――雷光魔撃!!」
空から降る雷のような、そんな一筋の電撃が相手を襲う中級魔法であるが武器に付与するタイプの魔法ではない。
しかしその魔法は聖剣クラウソラスを通して発動したのだ。
それもエルビーは発動させる時、さらに力いっぱい魔力を込めたせいかその威力は中級魔法の常識をはるかに超える威力となってしまった。
聖剣から放出された電撃はまるで耳元に雷が落ちたかのような轟音と衝撃の後、魔獣は跡形もなく、その直線上の森も含めて蒸発してしまっていた。
「な、なんだよ今の威力……」
「ふふぅんだ! どうよ、この聖剣の威力!」
「スゲー、そもそも聖剣ってのが何なのか知らねぇけど、でもスゲー」
「そうよ! 聖剣なんだから!」
誰に対してなのかエルビーは勝ち誇ったような顔をしてその剣を掲げた。
そんなエルビーに魔獣は怯んだのか、次の攻撃を警戒したのか一歩後退りする。
「フフッ、あははははっ……びっくりだわ! 変わった雰囲気のする武器持っているなとは思っていたけど。 アレを一撃で倒すだなんて、私たちも負けていられないわね!」
仲間を倒されたことへの怒りか、それとも怯えを隠すためなのか魔獣はまた一際大きな声で咆哮を上げた。
「それでも残り二体もいるぞ」
ラフィニアの言葉に相棒であるリックが注意を促す。
エルビーに警戒してかすぐには襲ってくる様子もないが時間の問題だろうとリックは考えた。
「なら一体は俺たちで引き受けるさ」
そう言うと悠然と前に進み出るパノン。
「まあ当然よね」
「俺たちも冒険者だからな、魔獣を前に何もせず逃げ出すってわけにもいかないよな」
「が……がんばります……」
護衛冒険者たちは初めて見る魔獣を前に闘志を燃やしていた。
強さとしてはまだCランクでしかない彼らだが、心持はしっかりと冒険者のそれなのだとリックは感じていた。
だが格上の敵相手に心持だけではどうにもならない、かつて相棒が勝てなかったように。
それだけに任せてよいものかと考えてしまう。
「大丈夫なのか?」
そう問う言葉にパノンは困ったような表情を浮かべながら返した。
「まあ勝てるとも思えないけど、時間稼ぎぐらいは……。 ダメそうなら……そっちを早いとこ片づけて応援に来てくれると嬉しかったりする」
「リーダー、いつも最後のあとちょっとが締まらないのよね」
「うるさいな、怖いもんは怖いんだから仕方がないだろ」
すると無口な男がすっと進み出た。
「俺も手伝わせてもらう。 獲物を横取りするつもりではないが、構わないか?」
「おおっ!? 構うも構わないも全然構わないぞ! むしろ歓迎!!」
「そうか、ではこの一体は俺たちに任せてもらうとしよう」
「ああ、なら任せよう。 あんたがいてくれるなら安心だ。 ラフィニア! まずは俺たちで一体仕留めるぞ」
「ええ、あの時の雪辱をこんなところで晴らせるとは思ってもみなかったけどね」
いつかは果たそうと思っていた雪辱戦がこんなタイミングで来るとは思ってもいなかった。
ラフィニアにとって負けられない戦いが始まる。