街道の獣2
聖王国にやってきたノールたちは順調に馬車を乗り継ぎ聖都ミラリアへと向かっていた。
「あんたたち、前の奴から聞いたんだがみんな冒険者さんだって?」
乗り換え後の御者はその前の御者と違い体格が良く剣を持たせれば剣士と言えなくもない。
そんな御者が後ろを振り返りながら尋ねる。
それに答えたのはエルビーだ。
「そうよ! あ、三人は違うわね」
「へへっそれはまた珍しいもんだな」
「珍しいの?」
「ひとつの馬車に冒険者3チームが乗り合わせるなんてそうそうないぜ?」
「そうね、私も長いこと冒険者やってるけど合同任務以外でっていうのは初めてかもしれないわ」
ラフィニアが答えると、パノンも何かを思い出すかのような仕草で続ける。
「俺たちもだな、移動中偶然に別チームと鉢合わせることは何度もあるけど3チームってなると途端に珍しいって気がする」
「まあ俺たちからするとその分安心できて助かるってもんだがよ、この辺は国境に近いからな」
「どうして?」
「そりゃ嬢ちゃん、冒険者さんいるなら魔獣に襲われても平気だからさ」
「この街道は比較的安全だって聞いたわよ?」
「そいつは他の街道に比べたらって話だな。 滅多にあることじゃないがこの辺は国境を越えて厄介な魔獣が出ることあるのさ。 魔獣の強さはそうだな、俺はCランクとかBランクぐらいって聞いたぜ」
「へえそうなんだ」
「嬢ちゃん動じないなぁ、さすが冒険者ってところか」
魔獣の強さを聞かされても態度の変わらないエルビーの姿に御者の男は少し気が軽くなった感じがした。
「俺、そんな話初めて聞いたんだが……」
「なんでお前のほうが動揺しているんだ」
そんな御者とは対照的でパノンにとってはそれどころではない話だったらしく若干声が震えている。
恰幅の良い商人は呆れともとれるような言葉をかけ、その二人のやり取りに苦笑しつつ御者は話を続けた。
「いやでも旦那、Cランクの魔獣ならともかくBランクなんて出てこられたらさ……」
「まあディエンブルグの領主様もその辺は考えているみたいで何かあれば兵士さんたちが助けに来てくれるんだけどさ、それまでは持ちこたえなきゃいけないだろ? 万が一出てきちまうとそれが大変なんだよ」
「そんなのポポイとやっつけちゃえばいいのよ」
「そりゃあ頼もしいやな。 そん時は任せるぜ、嬢ちゃん」
「ええ、やってあげるわ」
もちろん御者も本気で言っているわけではない。
子供二人を除いても冒険者は6人いるし、なんなら冒険者ではないらしいが強そうな男もいる。
心配はいらないだろう、そんな気分からエルビーの能天気っぷりに話を合わせてくれているだけだった。
それに御者の男も決して戦えないというわけではない。
そもそもこの場を任されているのも他の御者に比べて体格が良かったという理由もあったのだ。
ただ当の本人は腕っぷしをアピールしたことは一度もない。
周りが体格の良さから喧嘩も強いだろうと勝手に思っているだけだということも知っているが、実際弱いわけでもないしそれが仕事に繋がるならと受け入れているだけだった。
だがもし逃げるという選択をする場合に馬を操る者が離れていては遅れを生じさせるため、可能な限り参加しないようにはしている。
もっとも魔獣に遭遇することはこれまでもあったが何も問題なくやって来ていたのだ。
この先も大丈夫だろう、そう思った矢先に御者の男は街道の先で珍しいものを見つける。
「ありゃ何してるんだ?」
「なになに?」
一番近いということもあるのか、御者の声に一番最初に反応するのはだいたいエルビーだった。
「ほらあれだよ」
御者とエルビーのやり取りが気になったのか、ラフィニアも身を乗り出しながらその珍しいものが何か探ろうとしする。
「どうしたの? 兵士?」
「あれはディエンブルグ領主様んとこの兵士さ。 ただこんなところにまで出てきてるのは珍しくてな、何してるんだか。 しかし今日は珍しいことだらけだな」
ラフィニアにもその兵士たちが何をしているかは分からない。
近づく馬車の存在に気付いた兵士の一人が声をかけてきた。
「おーい、そこの馬車、ちょっといいか」
「兵士さんどうかしたんですかい?」
「実は転移魔獣がこちらに向かっているという報告があったのだ。 今は我々が警戒にあたっているがお前たちは大丈夫か? 護衛が必要なら兵を出すが」
「転移魔獣!? どんな魔獣かはわかってるんですかい?」
「いや、すまない。 いろいろ情報が錯綜していてな、確認されたのは1体だけらしいが詳細は分かっていない。 だがわざわざ連絡してくるぐらいだ、それなりと覚悟はしておいたほうがいいぞ」
「そういうことらしいが、あんたたちどうする?」
御者の言葉にラフィニアが答える。
「大丈夫じゃないかしら、こっちには3チームも冒険者がいるんですもの。 商人さんはどう思います?」
「ふむ……。 そうだな、うちの冒険者とあなた方がいれば大丈夫だろう。 戦力が増えるに越したことはないが、兵士さんたちは他の馬車の護衛に付くこともあるだろうし、我々で戦力を独占するのも忍びない」
「そうね、じゃあこちらは不要ということで」
恰幅の良い商人がそう言うと、ラフィニアは兵士に向かって答えた。
兵士は乗っている者たちが冒険者だと分かったからか、理解を示すと改めて御者に向かい尋ねる。
「了解した、それで緊急時の魔力信号弾は持っているか?」
「ええ、大丈夫ですぜ」
「もしもの時は合図をしてくれ。 援軍を送るし、被害を抑えるため街道を一時的に封鎖しないとならないからな。 では……女神リスティアーナの加護があらんことを」
「ああ、女神リスティアーナの加護があらんことを」
兵士と御者は挨拶を交わすとノールたちが乗る馬車は走り出した。
それにしてもリスティアーナの加護とは何だろうか。
ノールの疑問は口に出ることはなく、代わりにオリファンが疑問を口にしてた。
「あの、先ほどの転移魔獣とは何なんですか? 王国では聞いたことがない魔獣なのですが」
「ふふっ、別に魔獣の名前じゃないわ。 転移魔獣って言うのは何かしらの理由で離れた場所から転移してきた魔獣をそう呼ぶのよ」
「そんなことが起こりえるのですか?」
「どうかしら。 けど実際森にいないはずの魔獣がこうして森の中に突如として姿を現す。 転移以外に説明がつかないのよね」
「そんなものがいったいどこから……」
「迷宮都市って知らない? 迷宮都市ラフィンツェル」
「聞いたことはあります、なんでも街の中心に迷宮への入り口があるんですよね? 観光地にもなっていると聞きましたが、そんなところから魔獣が出てきちゃうんですか?」
「そうそう、その迷宮都市よ。 自然発生した転移魔法陣で魔獣が来ると言う人もいるわ。 けど自然に魔法陣が発生するはずがないと言う人もいてね、でもそれだと誰が何のためにやっているのかも分からない。 結局原因については分からずじまいで調査中ってところね」
「そこに生息する魔獣が今、こちらに向かってきているってことなんですね。 あ、でも迷宮は初心者の中にも挑む方が多いと聞きますし、皆さんの反応からするとそれほど大したことはないってことなんですよね?」
「う~ん……迷宮には確かに初心者も挑んでいるけど、初心者が行けるような階層含めて転移魔法陣の出現報告はされていないのよね。 おそらくもっと深い階層から転移しているのだろうって関係者は考えているみたい。 実際転移してくる魔獣に弱いものはいないわ、私が知っている限りCランクでギリギリ倒せるってレベルの強さね」
「それってCランク程度の魔獣がいるところから転移しているということですよね? それならAランク冒険者が発見していても良さそうではないですか? いまだ見つからないとなれば迷宮からの転移じゃないという可能性もあるんじゃないでしょうか」
「私たち冒険者のランクは同等の魔獣を無理なく倒せるか、ぐらいの基準なのよ。 転移魔獣は常に一体だけだからCランクでも倒せるかもと言うだけで迷宮の中となれば話は変わるの。 まずその強さのが群れて襲ってくるし倒しても別のがすぐに襲ってくるような環境だから、Cランク程度とは言えその階層にCランクの冒険者が向かえば確実に死ぬわね」
「言われてみればその通りですね、すみません」
「いいえ、あなたが今気になっていることはだいたいわかるわ。 仮に遭遇した場合私たちだけで勝てるのか、でしょ?」
「あっ……いえ皆さんの実力を疑っているとかそういうのじゃないんですよ。 ただこういう経験が全くないもので、その、ちょっと不安で」
「大丈夫よ。 けどね兵士さんの力を借りて戦力を厚くしたとしても、私たちの前に現れるとは限らない。 それで防御が薄くなったところに現れたら被害も出るし兵士さんの立場も悪くなるでしょう? 私たちだけで倒せるかどうかは別として時間稼ぎぐらいなら問題なくできるから」
「しかし不思議な現象だな、魔獣が転移してくるなど。 例えばだが迷宮内のどこかに転移魔法陣があって偶然魔獣が入り込むと転移してしまう、と言うことなのだろうか」
恰幅の良い商人はそのたるみ切った顎を撫でながら疑問を口にする。
「魔法に詳しい人に言わせると設置するタイプの転移魔法陣は、その場で魔法陣を構築するわけじゃないから転移先も固定されるはずらしいのよ。 けど魔獣が転移してくる場所はバラバラ。 だからもとからあった転移魔法陣に魔獣が入り込んでいるというのは考えにくいって言っていたわ」
「つまり設置する魔法陣に行先が書かれるから後から変えることは出来ないと。 なら設置しないタイプならどうだ?」
「その場合は術者が魔獣と同じ場所にいることが前提になるわ。 さらに転移魔法陣はたくさん魔力を消費するから大勢で儀式的に発動させないといけないの。 どうにも現実的とは言えないのですって」
「そういうものか、にしてもなぜ魔獣だけなのだ? 迷宮には魔物だっているだろう?」
「そりゃ旦那、魔獣も魔物の一種だけどさ、魔獣ってのはその本質はやっぱり獣なんだよな、だから人間とか他の生物の気配には敏感だが魔力に対しては鈍感だったりするんだ。 でも強い魔力を受け変容してしまった魔物なんかは魔法に対して少なからず警戒心を持ってるんだぜ。 冒険者としては獣の延長線上として戦うのが魔獣ってわけさ」
「なるほ……ん? いやそれだと矛盾するのではないか? お前の言う理由なら転移魔法陣はもとから設置してあるものということにならんか?」
「言われてみるとそうだな、なんでだ?」
「ふふっ、まったくその通りなのよね。 結局みんな憶測を並べ立てているだけで何一つ分かっていないってことなのよ。 分かっているのは転移してくるのは魔獣で場所はバラバラ、比較的強いってことだけね」
「つまり、ド素人の私が考えても仕方がないということか。 まあ今は向かってきている魔獣のほうが重要だな。 お前たち、いざというときは頼むぞ」
「気が重い……」
「リーダーは心配性ね」
「慎重派なんだよ俺は。 だから展開が読めない危険な探索より堅実な護衛をやってるんだぞ。 なのにまさか聖王国の街道に転移魔獣が現れるなんて思ってもみなかった」
「まったく、お前は昔っから肝っ玉が小さいな。 あの小さな冒険者を見習ったらどうだ? まったく動じる様子もないぞ」
「いや旦那、その二人は転移魔獣の脅威を知らないだけだろ」
「ポポイよ、ポポイ」
「へへっ、そうだな嬢ちゃん、ポポイだポポイ」
「ポポイってなんだよ……」
「あのー、もうひとついいですか? 先ほど御者の方が『女神リスティアーナの加護があらんことを』と挨拶されていましたがこちらではその挨拶は普通なのですか?」
オリファンが別の疑問を口にする、だがそれに答えたのは御者の男だ。
「そりゃ女神のお膝元聖王国だしな、俺たちは女神の庇護の下に生活している。 この国で女神に感謝していない者なんかいねえって。 特に俺たちの仕事はいつ魔獣に襲われるか分からないからな、なおさらだぜ」
「そういうものなんですか、王国では聞いたことなかったもので」
「我々聖王国の商人も女神に祈りをささげておるよ。 まあちょっとした挨拶だから言われなくても気にしない者のほうが多いとは思うが、中にはそれだけで印象を悪くする者もいる。 逆に言われて嫌な顔をする者はいないから聖王国の商人相手なら言っておいて損はないぞ」
「なるほど、いいことを聞きました、ありがとうございます」
「こんな時にそんな質問が出来るとは、君も意外と肝が据わっているのではないかな?」
「いや、あの、すみません! 気になってしまって……」
オリファンは少し気恥しそうにしていた。
この時ノールははっきりと感じていた。
近づいてくるその気配を……。