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街道の獣1

「あの、聖王国の商人の方に聞くようなことではないと思うのですが、お訪ねしたいことがあるのですが…… 構いませんか?」


 疑問を口にしたのはノールたちが船に乗る際、船代が高いと抗議していた若い男で王国の商人だ。

 商人と言っても独り立ちしているわけではなく、まだ親の商売を手伝っているに過ぎない。

 彼の名はオリファン、ノールたちと同様始めて聖王国にやって来た一人である。


「ハハハハッ。 そんなかしこまらなくても大丈夫だよ、まあ気持ちは分かるがね。 商人にとって情報とは金だ、しかし君はまだ若い、今回は勉強と思って気にせず聞いてくれたまえ」

「ありがとうございます、それでは……。 私にはあの船代金は高く感じたのですが、何かあったのでしょうか。 以前より値上がりしているのは間違いないですよね?」

「ふむ。 それは当然の疑問だな。 君はあの船に乗って何か気づいたことはあるかな?」

「いえ、特には」

「あの船は最近になって新造されたばかりなのだよ。 ではなぜ新造する必要があったのか、まあそれが値上げの理由と言うわけだ」

「それは……そうですね、増えた乗客に合わせて便を増やしたかったから……というわけでもないのですか……」

「残念ながら船便の数は増えておらんのだよ、君はあの船が聖王国より南の国にも行っているのは知っているだろう? 実は以前、南の国で停泊している最中に襲撃され沈められたことがあるのだよ、しかも二度な」

「襲撃!? しかし王国ではそんな話一度も聞いたことがありませんでしたが」

「無理もないな。 こちら側で王国の取引相手となっているのは主に聖王国だ、さらに南の国で起きた事件など気にする者は少ない。 そんなわけで大商会は船二隻を失い大赤字、破綻の危機だったのだ。 とは言え流通の要であるその大商会が無くなれば我々商人や国民だけでなく国自体が大損害を被る。 そこで各国の商業ギルドを始めとして貴族らが無利子で金を貸し新造されたのだよ」

「なるほどそんな事情があったのですね。 ですがなぜそのような大事件を国として公表しないのでしょうか、しっかりと公表し襲撃に備える必要があるのでは?」

「もちろん備えはしているだろう。 だが襲撃という事実を気にする者がいるのも確かだ。 二度の襲撃、その次がないとは言えないからな。 その結果客足が遠のき借りた金を返すことも出来なくなれば今度こそ破綻するだけなのだよ」

「でもパパ、危険があっても船を利用するしかないんじゃないかしら?」

「いや、彼らが訴えていただろ? 山越えは危険だと。 確かに危険だ、だがいつ襲撃され沈むかもわからない船より金で自衛できる山越えのほうが安全と考える者たちはいるのだ。 そうして徐々に山越えに移っていく可能性があることを聖王国は危惧している」

「どうしてそこで聖王国が出てくるのよ? それに船を新造するより山越えの街道を新しく作ったほうが将来的には良かったんじゃないの?」

「聖王国はそう思っていないのだよ、特に王国に向かう場合はな。 山越えの街道を通すとなるとそこはドラゴンが住まう地、もしドラゴンに暴れられたら今度こそ聖王国が滅ぶかも知れんのだぞ」

「ドラゴンって…… それって伝説の話でしょ? しかも2000年前だし、今更じゃないの?」

「いえ、そんなことはありませんよ。 わが王国ではドラゴンを見たという噂が広がっているところなんです。 ご存じないですか? グリムハイドで起きたドラゴン同士の戦いを……」

「それって作り話でしょ?」

「事実ですよ、目撃者だって大勢いるんですから」

「まあ少なくとも聖王国はそれを事実だと認識しているのだ。 だからこそ勇者のいない今、その伝説のドラゴンに刺激を与えることは避けたい。 だいたいドラゴンの件は横に置くとしても、魔獣という脅威が消えるわけではないぞ? この街道だって数多の犠牲の上に造られたという歴史がある。 まあ各国の思惑はともかく大商会としては値上げするしかなかったという話なのだよ」

「それは、確かに納得するしかないのでしょうね……」

「それで旦那、襲撃したやつらについては何も分かってないのかい? 実は海に棲む魔物に襲われただけだったとかさ」

「目撃者の証言では人の姿だったのは間違いないそうだ。 しかし残念ながら夜陰に乗じての襲撃だったらしくて、はっきりとその姿を見たというわけでもないらしい。 ただ停泊中だったから人的な被害はほとんどなかったらしいぞ、不幸中の幸いといったところだな。 荷を積んでいた商人たちはどの道ただの不幸でしかないが」

「まあ海賊でもないと航行中の船は襲えないよな。 けど戦闘にはなったんだろ? それで人的な被害がほとんどないってのはどうなんだ?」

「私だってそれほど詳しいわけではない、ほかの商人たちから聞いた話を纏めるとだいたいそんな感じになるというだけのことだ。 しかしそのあたり疑問に思う者も少なくはないようだな。 大商会に対する恨み、商売敵の仕業といろいろな噂もあるが、襲った連中も素人とは思えない身の熟しだったらしいからそう簡単な話でもないのだろう」

「はあ、でかくなりゃ良いってもんでもねぇよなあ、そのへん旦那も気を付けてくれよ? 俺たちにとっちゃ大切なパトロン様なんだからよ」

「大きくなったからこうしてお前たちも雇えるのだぞ。 小さいままだったら護衛なんて雇わず気ままな一人旅を満喫してるわい」

「旦那は頑張って聖王国一の商人になってくれ。 俺たちも応援してるぜ。 そして報酬額を上げてくれるとさらにうれしい」

「調子のいいヤツめ。 報酬が上がるかどうかは私の頑張りではなく、お前たちの頑張り次第だぞ? 魔獣や盗賊が現れたらしっかり退治してくれ」

「それは任せておいてくれよ、きっちり全員守ってやるからさ」


 余裕な態度で護衛冒険者のリーダー -パノン- は言う。

 パノンはこの恰幅の良い商人の護衛に就いて数年だが今回のように国外まで護衛としてついて行くのは初めてだった。

 その護衛任務もこうして問題なく終わろうとしていることが余裕の正体だ。

 そんな彼の言葉に護衛メンバーの一人、商人の娘でもあるアーニャが反応する。


「でも最近は盗賊被害はおろか、魔獣被害も早々ないのでしょ?」

「いやあお客さん、そうとも言えないんですよ。 盗賊被害はおっしゃる通り減少していますが魔獣被害は時期によるってところですかね? 被害報告がグンと上がる年があるんですよ、なんで気を付けてくださいね」


 御者の話にパノンは懸念を抱く。


「まさか今がその時期だとか言わないよな?」

「ハハハッ、今のところそういう報告は聞いてないですね。 グンと上がるって言っても突然湧いて出てくるわけじゃなくて、なんとなく増えてきたかなぐらいなんで、まあ大丈夫だとは思いますよ」

「そうか、びっくりさせないでくれよ」

「いやいやでもお客さん、出るか出ないかは運次第ですから気を付けて頂くことに越したことはないですよ。 その時はよろしくお願いしますね」

「ああ、了解した…… けど…… なるべくは俺たちで戦うけどさ……」


 すっかり余裕のなくなったパノンに恰幅の良い商人は呆れた顔で言う。


「まったく。 さっきまでの威勢はどうしたんだ?」

「そんなこと言ってもよ、旦那。 すげえ強い魔獣が出たときに俺たちだけで守り切れるかと聞かれるとちょっと心配……」

「いざとなったら私たちも戦うから大丈夫よ。 この馬車を潰されて困るのは私たちも同じだからね」


 パノンの弱気な発言にラフィニアが声を掛ける。


「俺は冒険者ではないが腕に自信がないわけでもない。 護衛も気遣いも無用だ、必要があれば自分で戦う」


 パノンに隣に座る無口な男も続いてい言う。


「乗ってるのがほとんど冒険者さんってのはほんと心強いねえ。 頼りにしてますぜお客さん」


 自分の言葉でそこまで不安にさせてしまうとは思っていなかった御者もそんな会話を聞いて一安心していた。


「ねえねえ、冒険者がいないときはどうしてるの?」


 御者の言葉を聞いてエルビーが疑問をぶつけた。


「いろいろ方法はありますね、定員を減らしてその分冒険者を雇うとか、もちろん費用は全部こちら持ちになっちゃいますけど。 あとは馬車を一台無料で貸す条件で護衛を引き受けてもらうなんて方法もとったりします。 あ、今回だってただで護衛引き受けてもらっているわけじゃないですよ、ちゃんとその分割り引かせてもらってますから」

「ふ~ん。 そういうところは王国と似たようなものなのね」

「まあどこも一緒でしょう、盗賊に魔獣と言う問題は。 それでもこの街道は断然いいほうなんですけどね、聖都より南方に向かう街道だと狭くて魔獣や盗賊による被害がいまだにあると聞きますよ」


 そう御者が語る中オリファンはふと前方――馬車の進行方向――を見やる、一瞬黒い影が視界の隅に入った気がしたからだ。


「あの、気のせいかもしれませんが森の中に何かいませんか?」

「え? 出発してもう魔獣か? 早すぎだろ」

「あ、いえ、気のせいかもしれないです。 ただ何かいた感じがして……」

「お客さん、俺は何にも見ませんでしたけど……」


 御者は左右をキョロキョロと見渡し、一番後ろに座るパノンは馬車から身を乗り出しあたりを警戒する。

 それはエルビーも同じで御者席側から身を乗り出し見渡していた。

 そんなエルビーが声を発する。


「あそこ、何かいるわ」


 エルビーが見つめる方向に御者も向き直り目を凝らして見る。


「あっ、いた」


 そして御者もそれを見つけた。


「嘘だろ? ど、どうする? 行ったほうがいいのか?」


 パノンは自分の心臓の鼓動が早くなっているのに気付き、冷静であろうと努める。


「あれは……ただの熊だな」

「え……熊?……なんだよっ! びっくりさせやがって……」


 御者の言葉にひどく疲れ切った様子のパノン。


「ちょっと失礼……。 あらまあ可愛い。 小熊かしら」

「え、私も見たい」


 ノールの隣に座っていたラフィニアと商人の娘アーニャが席を立ち御者席のほうから無理にでも見ようとしていた。


「しかも小熊って……」


 小熊と聞いてさらにショックを受けるパノン、そして勘違いに気づいたオリファンはわたわたとしながら謝っている。


「す、すみません! 本当にチラっとしか見えてなかったのでてっきり自分も魔獣かもと焦ってしまって」

「フハハハハハ! Cランク冒険者が小熊にビビッてどうする?」

「いや! 小熊ってわかってたらビビッてねぇから! いやそもそもビビッてねぇから!!」


 顔を赤らめつつパノンが叫ぶ。

 そんな中エルビーは馬車後部に移動し、もう通り過ぎたため後方にいる熊という生き物を無理やり引っ張ってきたノールと眺めていた。

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