憧憬
幼き頃、人は誰でも憧れを抱くものである。
彼もまた、そんな憧れを抱いた者の一人。
「いや、嘘じゃねーって。本当のことなんだよ」
そう言うのはチーム風狼の牙、そのメンバーであるビッツだ。
こいつはいいやつなんだが、酒が入ると話を盛る癖がある。
そう、今日もまたいつも通り。
ルドーは酒の入ったジョッキを片手に嘆息した。
「なぁビッツよ。十やそこらのガキがウェアウルフを、それも10匹も倒せるわけがないだろ。だいたいなんだ?後ろから奇襲を受けた?嘘つくならもっとましな嘘をつけ」
「いやルドー!それがマジなんだって!その場にいた俺が情けなくも動けなくなっている間に全部倒しちまった。本気で驚いたなんてもんじゃねーんだよ!」
「まだ言うか。お前酒でも飲んでたんじゃないのか?まったく。アホらしい。Dランクだぞ?それも10匹。無理にきまってんだろ」
「だから!嘘じゃねぇつってんだろ!!」
声を荒らげるビッツに嘆息するルドー。
「じゃあよ!今度連れてくっから戦いっぷりを見てみろよ!それで俺の言っていることが本当だったってすぐわかるぜ?」
「あのな、俺たちはBランク冒険者だぞ。なんで成り立てのFランク冒険者なんてチームに入れなきゃならないんだ。足手まといにしかならないだろうが!」
「FじゃねぇEランクだ!」
「EもFも変わらねえだろ」
「絶対に足手まといにはならねえよ。それは俺が保証する。もしなったら、そうだな、即刻出て行ってもらう。それでどうだ?」
「つたく。しょうがねえな。じゃあもし嘘だったら10日間、お前がここの飯代をすべて奢るってことでいいぜ?」
「えっ?なんでそうなるんだよ。」
「自信があるんだろ?なら別に構わねぇよな?」
「ああ分かった!それでいいぜ!」
そんなやり取りをする俺とビッツ。
そこへ、例のガキがやって来た。
12歳ぐらいと言っていたがもっと幼くも見える。
どうにも俺たちの戦いについて来れるようには見えない。
っていうか足手まといになったら追い出すってそれ俺らが悪役になるんじゃねえか?ビッツのやろう。何考えてやがるんだ?
――ブファッ――
クソ、ビッツのやつなんで酒吹き出すんだバカ野郎が。
こっちまでつられて噴いちまったじゃねーか。
もったいねえー。
ってなんだ?ギルドが閉まってどうしたらいいか分からないって?子供か?!
ああ…子供だったか。
とりあえずビッツには噴いた酒代と酒がかかった料理代を請求しておくことにする。
ちっ、ダメか。
冒険者は寝なきゃダメなのかってどういう意味だ?
このガキ本当に大丈夫か?
おっと、今度はビッツがガキに料理を奢ろうとしている。
なら俺の料理も弁償してもらうとしよう。
「寝言は寝て言え。」
そりゃお前だろ。
なにも俺だって頭ごなしに否定しているわけじゃねえんだ。
魔法ってのは発動させるまでに詠唱ってのが必要で時間がかかる。
つまり不意打ちに対してとっさに発動させるなんて無理なんだ。
実際ゲインだって魔法で応戦するより弓のほうが早いと言っている。
え?なんで俺が詠唱のこと知っているのかって?
そりゃ以前ゲインから聞いたことがあるからよ。
ただな、ビッツの話で若干気になっていることもある。
もしビッツの言っていることが事実なんだとしたらそりゃ……。
――――これは俺の過去。
そうだな、憧れを抱いたガキだったころの話だ。
俺の家は両親と兄の4人家族で芋や菜っ葉を育て生計を立てていた。
兄とは3つぐらいしか離れていないが、一度も喧嘩と言うものをしたことが無い。
4歳の頃、母親がよく伝説の勇者の話をしてくれた。
そう、おとぎ話。
勇者が仲間の英雄たちと共に邪竜を倒した話。
そして邪竜をドラゴンズ・ピークに封印したあのおとぎ話だ。
俺はそれが大好きだった。
そして憧れていた、勇者に。
別に珍しいことでもねえよ。
俺の兄もそうだったし、周りのガキにもそう言っている奴はいっぱいいたんだ。
俺も兄も、勇者になって世界を救う、なんてそういう話をよくしていたもんさ。
そして俺が11歳の頃。
兄は頭が良かった。
運動神経も良い。
勇者ってのはバカじゃだめだ、そして強くなきゃだめだ。
俺は力には自信もあったが頭のほうはからっきしだった。
だから俺は、兄が勇者として、そして俺が親父たちの後を継ぐことになるんだろうなと、そう思うようになっていったのを覚えている。
才覚溢れる兄を羨ましく思い、同時に誇らしいとも思っていた。
そんな俺の気持ちを察してか、兄が俺に言うんだ。
「なあルドー。俺はこうやって気楽に暮らしていくほうが好きみたいなんだ。親父たちと一緒にのんびりと暮らす。だからさ、勇者にはお前がなってくれよ、俺の分も。な?」
もしかしたら、兄もまた勇者になるなんて夢の話だと諦めてしまっていたのかもしれない。
まだ信じている俺に、その道を譲ってくれたのかもしれない。
俺はその時、うれしかったのを覚えている。
まだ、諦めなくてもいいんだと……。
17歳になって、俺は冒険者になることを決意した。
親や兄にもその話をした。
そこからはもう闘いの日々さ。
親から選別としてもらった金で武器や防具を買った。
大剣が欲しかったが俺にはまだ扱いきれない。
かと言って普通のサイズは俺の好みじゃない。
そこでその中間ぐらいの剣を買った。
この街、グリムハイドで冒険者になり特にチームも組まず多くの魔獣を打倒してきた。
そんな日々を送りDランクに上がったころの話だ。
依頼内容は遺跡に住み着いた複数のロックゴーレム討伐。
それを受けることにしたんだが受付嬢が言うにはロックゴーレムってのは剣による攻撃よりハンマーなどの打撃系が良いと言う話だった。
ならば、と言うことでウォーハンマーを買うことにした。
目標はロックゴーレムだがそれ以外にも泥人形がいる。
泥人形はだいたい一撃で倒せるが中には2~3回ぐらい攻撃しないと倒せないのもいた。
まあその程度だ。
こりゃ余裕だな。
そんなことを思っていると、目標のロックゴーレムを発見した。
こいつが討伐目標だろう。
先手は頂く。
何度も攻撃を加えてはいるんだが固い。
俺は何度も何度も、ウォーハンマーでゴーレムを叩く。
何度目のことだっただろうか、それは起こった。
――――ドゴーーン!!――――
俺の一撃に合わせてゴーレムが粉砕する。
その衝撃が空気を震わせ大きな音を発した。
!?
一瞬何事かと思った。
試しに一撃では倒せなかった泥人形にも使っているが、うまくいかない。
何が足りないのか。
そんなことを考え何度も何度も。
そして気づく。
そうだ。
俺はイメージしていた。
俺の攻撃でロックゴーレムが粉々になるイメージ。
それを知ってからと言うものの成功率は格段に上がるようになる。
ただ何度もやっていると成功しなくなる。
疲労もあるのだろうと日を改めて残りも討伐することとした。
そんなことを繰り返すうちスキルの発動はほぼ成功するようになった。
俺はそんなスキルに“大地烈震撃”と名付けた。
俺にとって初めてのスキルだった。
スキルと言うのがあること自体は知っていたんだ。
勇者や英雄たちの話にも常人を超えた力、技が登場する。
ただその話に実感は無く、そもそも田舎出身の俺にはどうやって取得するのかなんてわからずにいた。
そんな憧れだった勇者に一歩近づいたと感じた。
他の討伐依頼の際にもこのスキルを使ってみる。
するとだいたい1日に13回ぐらいしか使えないことが分かった。
なるほど、回数制限があるのか。
そしてふと思う。
ウォーハンマーではなく、剣で試したらどうなるのか。
なかなか成功しない。
剣ではだめなのかとも思ったとき、もしかしたら剣と言う先入観で粉々に砕くというイメージができていないのではないか。
これは剣ではなくハンマーだ、そんな感じで自分を騙す。
なんと!
剣でも“大地烈震撃”は成功した。
コツをつかめば容易い。
普段は剣で切りつけながら固い相手にはスキルを用いる。
これはいい戦法だろう。
しかし、そうそう上手くいくものではないな。
ある時、スキルの発動により敵が粉々になると共に剣もまた粉々になってしまった。
ショックだ。
冒険者になって以来、愛用していた剣だったのだが。
形あるものはいつか壊れる。
有名な言葉ではあるが、こういう形で実践したいものではなかったがな。
新しく剣を新調したわけだが疑問が生まれる。
ウォーハンマーはいまだ健在だ。
もしやスキルで壊れたのは偶然でただ剣自体がくたびれていただけだったのか?
ここまで来たならいろいろ試してみよう。
日ごとにウォーハンマーと剣を使い分ける。
するとまた剣が粉々になってしまった。
ぐぬぬぬっ。
いやまて、そもそもこのスキルはウォーハンマーを使っているときに取得したものだ。
もしかしたらスキルと武器には相性があるのかもしれない。
そしてもう一つ。
ウォーハンマーとそこから連想されるイメージがこのスキルを生み出した。
なら剣からも剣らしいイメージによりスキルが生まれるのではないかと。
俺は剣でのスキル取得を目指し、そして獲得することに成功した。
そのスキルには“大地切断撃”と名付けた。
このスキルは例えば先のロックゴーレムをまるで野菜を切るかのようにスパッと切ることができるものだ。
そしてスキルの取得には強固なイメージ、より強い渇望が必要なのだ。
だからただ切ったり叩いたりしているだけではスキルは取得できない。
強い意志がスキルを生じさせ発動させる時もまた意志を必要とするのだ。
ただ、いまだにわからないことがある。
それが回数のことだ。
“大地烈震撃”だけとか“大地切断撃”だけを使う分にはそれぞれ判明した回数で発動しなくなる。
ここまではいい。
だがスキルを混ぜて使うとその回数が微妙に変わるのだ。
残念だが俺の頭では混乱するばかりだ。
とりあえず回数に制限がある、とだけ覚えておこう。
俺はこうして2つのスキルを取得することができた。
そんな冒険者として討伐に赴く日々。
ある時、一人の男と出会う。
それがゲインだった。
俺の噂を聞いてきたと言う。
チームを組まないか?そう問われた。
その時にはすでにダーンはチーム入りしていたそうだ。
俺もゲインやダーンの名前は知っていた。
同じDランク冒険者だからな。
そしてそのあとゲインが誘ったのが当時Eランク冒険者だったビッツと言うわけさ。
実はこの時スキルについてゲインからいろいろ聞くことができた。
奴はとても様々なことを知っている。
「スキルと言うのは魔法と同じで魔力に依存するのさ。そして魔法と同じように魔力量を消費する。ただすべてのスキルがそうだと言うわけじゃない。魔力量の消費がないスキルも存在する。ルドーが使うのは魔力量を消費するスキルなんだろうさ。」
なるほど。
つまり俺が持つ総魔力量からスキルを使うたびに消費されていたと。
そしてどの程度消費するかはスキルによる、というわけか。
「ただ魔法とスキルで違いがあるとすれば詠唱の有無だ。魔法は詠唱を必要とする。だからこその魔法、とも言えるな。ああ勇者は例外な。魔法共生国でも勇者は特別な存在として考えられている。あくまで常人が扱う魔法。これに対してスキルは詠唱を必要としない。だろ?」
その通りだ、俺はまあ「おりゃあああ」とか声は出しているがこれが詠唱かと言われると違う思う。
――――とまあこんな感じで、俺は魔法には詠唱が必要だと言うことは知っているのさ。
ともかくだ、ビッツの奴がうるさいもんだから仕方がなくあのガキをチームに入れることを認めた。
まあ何かあればビッツが責任を取るだろ。
翌日、俺たちは洞窟に向かうべく森を歩く。
時折、弱い魔獣が現れるが敵ではない。
あのガキも特に戦闘に参加する様子はない。
ただどうしても、ビッツの言う無詠唱の件が気になる。
もしかしたら、なんてことが脳裏をよぎるのだ。
―――勇者は詠唱しない―――
しかしこの森はいつも歩きづらい。
細い木の枝がひょこひょこ出ている。
俺は戦士なので小枝ごときなんの問題もないのだが、この小枝がガキの肌に当たって怪我でもしたら大変ではないか。
まったく。
俺はそう思うと邪魔そうな木の枝をポキポキ折りながら進んだ。
俺の前ではダーンが気配を探りながら歩いている。
敵など出会ってから叩きのめせばいいのだがな。
昔からダーンは慎重だった。
そう昔の話。
さっき回想にふけってしまったこともありなんだか懐かしくなってきた。
そういえば小さいころ母や兄と歌った歌があるな。
懐かしい。
確かこんな感じの歌で…。
俺は知らずうちに懐かしい歌を口ずさんでいた。
そんなときゲインが敵の存在を告げる。
数は1体、ただランクはAからB。
なんと!
ここは慎重に進まなければ。
ゲインとビッツが顔を見合わせる。
ん?
ゲインはここで戦うことを選択したようだ。
だが敵の姿はまだ見えていない。
慎重に進む。
でかいっ!
でかい蜘蛛がそこにいた。
ああ、あれは厄介な奴だ。
足が長いのでこちらの間合いの外から攻撃される。
その上、相手の攻撃に皮膚が触れたりするとそこが痒くなったりする。
戦いたい相手ではないというのが正直なところ。
「倒すの?」
は?
あれを倒す?
「ああ。倒せる者なら倒したいな。だが、不利を押しのけて無理に戦う必要もないだろうさ。ここはまず撤退をして……」
ノールの質問にビッツが返す。
その通りだとも。
ここは撤退を……。
ん?
ノールが手を前にかざすのが見える。
―――ドスッ!―――
音のしたほうを見やる。
なっ!?
あの長くて痒い蜘蛛に巨大な氷の柱が貫通している。
いや、そうじゃない。
そんなのは問題ではない。
詠唱していない。
そう、詠唱していないのだ。
ビッツの言葉は正しかった。
俺はそれ以来、少年のことが気になって仕方がない。
俺はもう何年も冒険者をやっている。
勇者に憧れていた。
だが、ここ数年で俺は勇者ではないのだろうなと、なんとなく感じてはいたのだ。
兄との約束。
もしかしたら。
今、俺の頭の中にはある考えが堂々巡りしていた。
もしかしたら、この少年こそ勇者なのではないだろうか。
あり得ない話ではない。
だってそうだろ。
12歳。
俺が12歳の時何をしていた?
親や兄と共に野菜を育てていた。
勇者は憧れだった、そしてその時はまだ強さでさえ、ただの憧れだったのだ。
だがこの少年は俺が憧れしか抱けなかったものを今すでに手にしている。
邪竜を倒す力。
勇者と同じように無詠唱で魔法を使う力。
ああ、俺は勇者にはなれない。でも、もし勇者と共に邪竜を倒した英雄にならば。
もしかしたら。
もしかしたら。
今の俺の心はそんな考えでいっぱいになった。
どうすれば少年が勇者かどうか分かるのか?
直接聞いてみるか?
でも答えてくれるか分からない。
真実を教えてくれるとは限らない。
もし勇者だったとして、俺はどうするのだろうか。
一緒に連れて行って欲しいと懇願する?
いや、今すでに一緒に行動している。
このままチーム風狼の牙として、勇者の傍らにいるのも悪くはないようにも思う。
そんな考えが頭から離れない。
洞窟内の探索が始まった。
気になる。
だがそれで何もできない、何もしないと言うわけには行かない。
役に立たない者が勇者の隣に立てるはずもない。
頭を振り、この邪魔な思考を振り払う。
剣を振るい敵を切る。
そんなことを幾度も繰り返し1日目が終了する。
眠れない。
探索の2日目か。
敵がいない。
そのせいもあってか邪魔な思考が昨日以上に頭をよぎる。
大きな植物がいる。
触手のようなものを無数に伸ばし攻撃してくる。
目の前で少年がその触手攻撃を紙一重で躱す。
無駄のない動き。
俺にはできない。
そうだ、あの身のこなしは勇者そのものじゃないか?
俺が想像していた勇者の姿と目の前の少年の姿が重なって見える。
俺の中で少年こそ勇者だと言う考えがどんどん膨らんでいく。
眠れない。
探索最終日。
ゲインとダーンが何か言っていたがよく聞こえなかった。
ともかく探索だ。
弱い魔獣に何度か遭遇するので適当に相手をする。
それ以外特に何もなかったようで洞窟を出る。
もう夕刻となっていた。
早いもんだな。
何やら今晩は2名で監視するらしい。
何かあったのか?
いや、まあいい。
まずは先に寝かせてもらう。
眠れればの話だが。
あまり眠れぬままに交代の時間となった。
しかし、少年は勇者なのか。
もしかしたらビッツはそれに気づいていて少年をチームに入れたのではないだろうか。
ほんと、何もかも分からなくなっていく。
そんな考えに耽っているとダーンが敵の襲撃を告げる。
ああ、ちょうどいい。
何もせずにいると気が滅入る。
今は敵をぶっ叩くことに意識を集中させよう。
灰色狼の群れ、多数。
数など知らん。
来るなら切る、それだけだ。
「正面から来る!!」
ゲインが叫ぶ。
さあ、来い!!
灰色狼が迫る。
1匹を盾で振り払い、もう1匹を剣で切り落とす。
気づけば足に噛みつく灰色狼。
だがどうした。
この間の蜘蛛に比べれば子犬も同然ではないか。
剣を上から力任せに振り下ろし灰色狼を叩く。
その後も数匹が向かってきたが歯ごたえはなかった。
敵を倒すなかで時折だが少年の様子が伺える。
さっきの戦闘では一回だけの魔法だったが今回は連続して魔法を放っている。
すげえな。
ただ感心するばかりだった。
戦闘は特に苦戦することもなく、あっけなく終了した。
戦闘終了の後少しだけ眠ることにする。
皆が起きれば準備して出発。
街までの間、散発的にだが魔獣と遭遇し討伐した。
だいたい俺やビッツだけで終わってしまう。
遊撃も後衛も出番はない。
もうすぐ街に着く。
次の依頼までは自由行動だ。
今日明日はゆっくりできるだろう。
街に到着して俺とゲインで得た魔石をギルドに持っていく。
残りのものは街の中心部にある飯屋に先行していることとなった。
Aランクの魔獣だけあってかなりの金を手にすることができた。
その際、俺は自分の持っていたノールへの疑問をゲインに打ち明けた。
もちろん俺が勇者に憧れているという点は秘密にして。
ゲインは少し考え、口を開く。
「うーん。それはちょっと考えにくいけどなぁ。理由は…、まあそうだな、実は俺も無詠唱については気になっていたんだ。その点はビッツに一応気をつけるように言ってはいた。とりあえずちょっと俺も考えたいし、宿に戻ってからでいいか?」
その後はたわいもない会話をしつつ、皆が待つ飯屋へと向かった。
ここは値は少し張るがそれだけに珍味が揃っている。
それだけでなく、俺的には酒の種類が豊富なのが良い。
飯屋に着くと皆すでに注文済みでノールなどはいち早く食べている。
俺とゲインは追加で注文をし、まずは酒で乾杯する。
無論ノール以外で。
ゲインは肉料理を注文したようだ。
俺はというと酒にあう肴を注文してある。
ゲインは注文した料理が届きさっそくナイフで肉を切る。
ゲインの動きが止まった。
なにやら憮然としてため息をつく。
すでに自分の注文した分を完食しようかというところのノールにゲインが声をかけた。
「なあノール、もし良かったらこの肉料理も食べるか? ナイフで切っただけだし口はまだつけてないから」
「食べないの?」
ゲインの提案に疑問を口にするノール。
「ああ。というか、俺生焼けの肉だめなんだ。俺はもう一度注文するから気にせず食べてくれ」
それを聞いてノールは皿を受け取り黙々と食べ始める。
食事を終え宿に戻る。
そしてゲインは全員を宿の一室に集めた。
「ちょっと済まないな。実はノールに聞きたいことがあるんだ。なあノール、単刀直入に聞くが、ノールは勇者なのか?」
「――――勇者?」
「ん? あ、えーと。もしかして勇者って知らない?」
と聞き返すゲイン。
「知らない。」
ちょっと考え込むゲイン。
「そうか。じゃあまず、勇者について説明する。で、そのうえで自分が当てはまっているかどうか、分かる範囲で良いので答えてほしい」
ノールの返事を待たずにゲインは説明を始めた。
「まず、そうだな、勇者ってのは女神リスティアーナによって特別に力を授けられた人間のことを言う」
「じゃあ違う」
・・・・・・。
「あ、うん、ごめん。一応最後まで、せめてもう少し話聞いてもらっていいかな?」
うなずくノール。
「ごほんっ。えーっと……。まず『勇者の因子』ってのがあってだな、女神によって生まれながらに与えられる力のことだ。で、その因子を覚醒させたのが勇者と呼ばれるんだ」
「勇者の因子…。そんなのがあったのか。知らなかったぜ。」
「覚醒させるのはもちろん女神だ。つまり、因子を持っている人間は勇者の卵みたいなもんだな」
ルドーは初めての言葉に興味をひかれた。
自分にはその勇者の因子とやらはあるのだろうか。
「勇者の因子を持つってのはそれだけで女神の恩恵を得るってことでもあるんだ。2000年ほど前の邪竜との闘いで活躍した英雄たちも覚醒しなかっただけで勇者の因子を持っていたと言われている。ただ聖王国によれば勇者は一人しかいないということらしい。つまり一人覚醒した勇者がいたとしたら他の因子持ちが覚醒することはないってわけだ」
「んで、その因子ってのを持っているのかとか、勇者かどうかってのはどうすれば分かるんだ?」
ビッツが疑問を口にする。
「ああ。それは神殿に行くと調べることができる。ただ神殿で分かるのは持っているかどうかだけで勇者なのかまでは分からない」
「神殿か。じゃあ明日にでもノールを神殿に連れて行って調べてもらうってわけだな?」
「ああ、そういうことになる。ただ、これは俺の考えではあるが、俺はノールが勇者だと言うのには否定的だ。なぜなら、勇者が覚醒するのは世界に危機が迫った時。例えば件の戦争のような。じゃあ今は?」
「戦争か……。他所の国にじゃ多少の争いもあるだろうが、伝説になるほどの規模ではないな」
「そう平和そのものだ。差し迫った危機が無いのだから女神が勇者を覚醒させる意味がない。もっとも、危機的状況だと言うことを俺たちが知らないだけって可能性はあるがな」
ゲインは少しの間を空ける。
「ちなみにだがな、その、俺も因子持ちだ」
・・・・・・。
「あ!?」「なんだと?!」
ビッツとルドーが同時に声を荒らげる。
「俺も、その、因子のことを知った時、自分はどうなのか気になったのさ。で、そのまま神殿で調べてもらった。自分も因子を持っていると分かってすげえ喜んだのを覚えているよ。だがな、神殿のお姉さんに言われたよ。3~5人に1人は因子をお持ちですってな」
取り繕うかのようにそう言ってゲインは苦笑する。
つまり、勇者の因子を持っているのはさほど珍しいことではないと言うわけだ。
そしてゲインは自分が持つ“気配を察知する能力”と言うのも勇者の因子によること、女神の恩恵なんだと語った。
新たな事実が判明したところで、明日神殿へ行く。
ついでと言うことなので、ルドーやダーン、それとビッツも調べてもらうことに。
街の中央より少し外れた場所に一際大きい建物がある。
ノドドゥール神殿。
ノドドゥールとはこの神殿を立てた司教の名でもある。
大きな街にはだいたい神殿が立てられる。
神殿の名は最初にその神殿の司教になった者の名から付けられることがほとんどだ。
また祈りのたびに大きな街まで行かないとならないのは大変なので、神殿の下部組織として教会が各町や村に立てられるというわけだ。
ノドドゥール神殿内部は広く、いくつか扉がある。
その扉の一つに案内され、部屋の中は小さめでその中央ぐらいのところに小さな箱が置かれていた。
その箱は4つの側面のうち一面がなく手を入れられるぐらいのスペースがある。
ゲインの話ではそこに手を入れると天板に因子の有無が色で表示されると言うのだ。
因子を持っていれば赤、因子を持っていなければ黄色。
まず最初にノールが試す。
ゲインは道すがら、勇者ではなくとも因子は持っているのではないか、そう言っていた。
そうなれば無詠唱で魔法を使えるのも神の恩恵と言うことで納得もできる。
しかし、天板の色、黄色。
ノールは因子を持ってはいなかった。
そうなるとますます分からなくなる。
気を取り直して次はルドーが試す。
天板の色、赤色。
ルドーはうれしさのあまり声が出そうになるのを必死に堪える。
そんなことをすれば憧れていたことがバレバレだ。
危なかった。
次にダーンとビッツだが、二人とも赤だった。
しかしそのことについて二人とも何も感じていないようだ。
興味ない、と言ったところか。
結局のところ、ノールは勇者ではないと言うことが分かったものの謎自体は深まるだけの一日だった。
で、俺はと言えばやはり勇者への憧れは捨てられない。
それに平和な時代に勇者は無理としても英雄への道まで閉ざされたわけではない。
世の中には世界の危機はなくても誰かの危機はいつだってある。
彼らのために自分は英雄になるのだ。