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異世界に転移してしまったので、「辺境の魔女」ムーヴしています ミ(・___・)彡

作者: 聖なぐむ

ご覧いただきありがとうございます。

人属がところ狭しと溢れかえる王都の遥か東方。

賢者と呼ばれるエルフ属が住む世界樹の森からは険しい山脈を南側に越えたあたり。

広大な砂漠をテリトリーとする獣人属の住処から見ると海を超えて北の方。


どの地域で作られた地図にも、ざっくりと「黒の森」とのみ書かれた巨大な原初の森の中心に、その小屋は建っていた。


歴史を感じるおんぼろ加減ではあるが、倒壊しそうな頼りない雰囲気はまるでない。深い森に呑まれるでもなく、在るべくしてそこに在るという不思議な貫禄すら醸し出していた。




軋む頑丈な扉を引き開けると、5坪程の小部屋に繋がる。

採光窓は小さいが、天井を埋め尽くすように吊るされたガラス瓶の中の光苔があちこちで柔らかく発光していてほどほどに明るい。

壁には古い棚が並んで立っており、動物の皮を鞣したものに書かれた巻物や、植物紙を束ねた本や、乾燥した何かの根っ子や、不思議な光を内包する鉱石などが、目一杯詰め込まれている。

棚の前には古びた籠も置かれていて、そちらには乾燥中の薬草や豆、木の実などが詰まっていた。

入口の正面には木製のがっちりとしたカウンターがあり、カウンターの上にも瓶に入った光苔が並べられている。


そして、カウンターの向こうには大きな水槽が壁に嵌め込まれ、人の腕ほどの長さと太さがある黄金色の生き物がゆっくりと遊泳しているのだった。








カランと扉に付けたベルが鳴り、恐る恐るという体で甲冑姿の騎士が小屋に足を踏み入れた。

キョロキョロと小屋の内部を見回し、声をあげる。


「ここは、深淵の魔女殿のお住まいでしょうか!」


「…………おや、客とは珍しいね」

カウンターの奥、水槽の横のカーテンの奥から、黒いローブ姿の少女が現れる。

フードの奥に見える黒い髪と黒い目は「魔女」と総称される種族の特徴ではあるが、外見は完全に10代後半程の少女である姿に、騎士は目を見開いた。


「深淵の魔女殿はいらっしゃいますか」

「深淵の魔女に何の用件だい?」

「私はパルデン王国の使いの者です。深淵の魔女殿に直接お目通り願いたいのだが……」

「あんたの前にいるじゃないか」

「貴女が?!……失礼だが、」

「女に年を聞くもんじゃないよ、お若いの」

「っ……」


少女にじろりと睨まれ、息を飲んだ騎士は胸元から厚手の封筒を取り出し、慌てて少女に手渡した。

封蝋はパルデン王国の正式な書状である事を示している。

少女は興味無さそうにパキリと封蝋を割り、書類を引き抜いてカウンターに並べた。


「ふむ……」

顎をさすってから書類にざっと目を通し、少女は「ちょいとそこでお待ち」とカーテンの向こうに消える。


騎士は自分がここまでヒビひとつ入れないように慎重に守り抜いてきた王国の封蝋の残骸がカウンターに無造作に散らばっているのを、泣きそうな気持ちで見下ろした。


見るともなく視界に入ってしまう書類は、パルデン王国の王女が苦しむ奇病の概要と、その特効薬を求める王直筆の嘆願書である。

王国中の薬師も、医術師も、呪術師も、全く何の改善策も見出だせなかったのだ。


己に託された役割の重さと、ここが正念場であるという緊張感から、騎士はそわそわと落ち着かずに室内を見回す。


カウンターの奥の見事な硝子水槽……ここまで薄く透明度の高い硝子は高級品だ……の中で、悠々と身をくねらせている不思議な生き物は、黄金の細やかな鱗に覆われているものの、よく見ると小さな手足がついている。爬虫類のような形だが、蜥蜴にしては顔つきが丸く、立派なエラがある。水槽の中はまるで川底か湖底を切り取ったように植栽され、何故か部屋の中より明るく輝いていた。

スーッと水槽を一周してきた生き物は、騎士の視線に気付いた訳でもないだろうに、泳ぐのをやめ、小さな四つの足を開いてふわりと水底に着地した。遊泳中には倒れていたエラが、バサリと広げられる。

騎士は初めて見る生き物だ。魔女の生み出した魔法生物だろうか。


じっと黄金の謎生物を見つめていると、無造作に分厚いカーテンが捲られて、黒いローブの少女が戻ってきた。


「これを王女に与えるがいい。食事の後、すぐに水で飲むのだ。いいか、空腹時には飲ませてはならんぞ」

指先に摘まんだ薬包をひとつ、カウンターに置く。


「し、食事は、どのようなものでも良いのですか?」

「僅かでも口にすることが肝心だ。ただし、ミルクは避けよ」

「はっ」

「この薬自体は苦いぞ。一度に一包全て飲み干し、その後は安静にすれば良い」

「はっ」


騎士は恭しく小さな薬包を掲げ、胸当ての内側……命と同じ重さで護られるべきものをしまうポケットに丁寧に納めた。

代わりに、腰に提げた革袋を外してカウンターの上にそっと置く。


「こちらは王家より謝礼の一部となっております。この度は急を要するため、私のみが早馬にて参りましたが、追って謝礼品を乗せた馬車が到着する手筈となっておりますので……」

「いらんいらん。騒がしいのも面倒なのも御免だよ。この袋で十分さ。さぁあんたも早いとこ王女へ薬を持って行っておあげ」


少女は革袋を無造作に引き寄せ、騎士を追い払うように手を振った。

騎士が深々と頭を下げるのを見て、「あぁ、あんたにはこれをやろう」と深い茶色の小瓶をカウンターに置く。


「こ、これは……?」

「これから走り通しで帰るんだろう?こいつはあんたたちが使ってるポーションなんかよりよっぽど効果のある、疲労回復の秘薬さ。半分は馬に嘗めさせるといい」


ごくりと喉を鳴らした騎士は恐る恐る小瓶を手に取り、何度も頭を下げて出ていった。












『……最後なにあげたの?』

「んー?ただのファイトイッパツな栄養ドリンク」


重いフードを脱いで、瑛美里(エミリ)は水槽の中からこちらを見ているウーパールーパーもどきに答えた。

革袋を開くと、たっぷりの金貨が小山を作っている。


「うわ、百枚以上ありそう。助かる~」

『マグロ買おうマグロ。生餌でもいい』

「エビ入れてあげるけど、水槽掃除目的だから食べないでよね」

『水槽じゃなくて竜神湖の湖底を空間固定して繋いでるだけだから!掃除とかいらないから!』

「だからそれ意味わかんないって」

『なんでボクの設定だけ理解しないまま放置するの』

「ピカちゃんはウーパールーパーじゃん」

『竜神なの!』



瑛美里は日本では六畳のワンルームアパートに住んでいた、19才の学生だ。部屋には恐ろしく場所をとる五十センチ水槽を置いて、「ゴールデン」と呼ばれる金ラメカラーのウーパールーパーを飼っていた。

そのウーパールーパーは瑛美里がバイトしていたカフェの片隅で長いこと飼われていたのだが、カフェが閉店するのとオーナー夫妻が海外転居するので行き場にあぶれ、瑛美里のアパートで飼われることとなった。年齢は不明で、名前はピカソという。


ある日、瑛美里の帰宅を待っていたように、ナイフを構えた押込み強盗が入ってきた。思わずアパートに響き渡る程の大声で悲鳴をあげた瑛美里は、慌てた強盗に刺されて死んだのか死にかけたのだと思われる。


……気がついたら、森のど真ん中のこの小屋に異世界転移していた。


どこからどうみてもウーパールーパーなピカソは、実は異世界転移能力を持つ竜神様なのだという。ペットになりすましていたという擬態を解いても、表皮に鱗が浮いて巨大化したくらいで、エラがフッサフサのネオテニーにしか見えない。


ピカソは瑛美里が危機的状況に陥ったのを見て、瑛美里を救うため何百年ぶりに異世界転移能力を発動したのだという。以前「深淵の魔女」と呼ばれた女性と同居していた古巣の小屋に、咄嗟に飛んできたのだ。



それらの説明を、何故か水槽越しにペラペラと話してくるウーパールーパー……もとい竜神から受けながら、瑛美里は「よくわかんないけど、ピカちゃんは実は話せるし、ここは本物の魔女のおうちなんだね!」という部分だけ理解した。

本物の「深淵の魔女」は、ピカソと別れて今は魔界で暮らしているらしい。それを知らない人々は、「深淵の魔女」の知恵を借りようと、いまだに命懸けでこの小屋を訪れているのだという。


『あの娘はもう帰って来ないだろうし……瑛美里ちゃん、魔女やる?みんながわざわざ来てるのに毎回留守って、さすがに可哀想だよね』

「魔女!!マジで!やるやる!……魔女って、占ったり薬作ったりするの?魔法使える?」

『占いより求められるのは薬だろうなー。この世界は多少栄養価のある水を「ポーション」と呼んでありがたがってるようなレベルだから、瑛美里ちゃんが適当な薬作るより、日本の医薬品そのまま使っちゃった方がいいと思うよ。ボクの転移で持って来れるし。魔法は追い追いかな……練習しようね』

「ピカちゃんスゴすぎ」




ピカソは自分の転移能力を、竜神パワーで瑛美里のスマホにコピーした。この辺りの仕組みは、瑛美里にはさっぱり理解できない。

ただ、そのお陰で瑛美里のスマホでは今まで通りに地球のショップからネットショッピングができるし、購入したものはこの小屋に転移してくる。


いろいろと試してみると、日本の医薬品の効果に極端な上方補正が入ることがわかった。メーカーの売り言葉が、何故かそのまま再現されたのだ。

「痛みをもとから取る!」というコピーの鎮痛剤は、言葉通り「痛みの原因がなくなる」効果に。

「腸まで素早く届く!」というコピーの整腸剤は、言葉通り「飲んだ瞬間に」効果が現れる。


これにはピカソも『何故だろう』と首を捻ったが、この世界には存在しない配合物の役割はこの世界ではまだ決まっていないため、説明文そのままの機能役割として安直に置き換えられたのかもしれない。

そもそも、パッケージにわざわざ効果効能をだらだらと表示するのなんて地球くらいなものだ。




パルデン王女の奇病の症状に「激しい頭痛」「常に発熱」等の文言があったため、騎士に渡したのは市販の白い箱の鎮痛薬一回分を砕いたものだ。錠剤だと形が整いすぎているため、砕いた粉を薬包に入れた。

正しい使用方法ではないし薬剤師も不在なので本来はいろいろと問題だらけなのだが、成分の効能も全く別物になってるのでその辺りにはそっと目を瞑っている。


頭痛持ちにとって鎮痛剤はなくてはならないものだ。この世界では「原因を取り除く」系の効能が追加付与されしまったものが多いので、一回分で頭痛の原因すらキレイさっぱりと取り除かれる事だろう。


誇大広告で摘発された昔の商品が現役だったなら、この異世界でアーティファクト級の効果効能が現れたに違いない。


ちなみに基礎化粧品などでも、どれも宣伝での謳い文句そのままの効果になり上がっているため、日常で必要なものはピカソの転移能力を有したスマホでネットショッピングしている瑛美里は、異世界生活に至極満足していた。なにしろ、「お肌を清潔に保ち、しっとり潤う」と書いてあるものは間違いなくニキビもできずにしっとり潤うのだから。




今回のような「深淵の魔女」への客は、一月にひとり来るかどうかというところだった。

その間、瑛美里はピカソから魔法の基礎を教わったり、暇潰しにチマチマとコケリウムを作って天井に吊るしたりしている。

小屋の天井を埋め尽くす光苔は、全て瑛美里の作品だ。

何故か虫除けと湿度調整効果もあり、ついでに光るので一石三鳥である。

たまに山を越えてエルフが瑛美里のコケリウム作品を大量購入しに来るので、内職にもちょうどいい。





瑛美里がこの世界に来てすでに二年が経過し、辺境に住む魔女的振る舞いにはすっかり慣れた。

もとから極度のマイペース人間である。閉店してしまうほどに客の来ないカフェで何時間も客待ちしていても辛く思わないし、休みには日がな一日ピカソの水槽をぼんやり眺めて過ごすようなタイプだ。

ピカソから年齢で嘗められないようにと指導された魔女口調も、いい具合に得体の知れない感じや年齢不詳な雰囲気が出せる上、どんな偉そうな男性にも「ボウヤ」と軽くいなせるのが便利だ。

「魔女」というだけで何一つ正確な情報が相手に渡らないのは凄い。魔女設定は最強ではなかろうか。


瑛美里は今、毎日がとても楽しい。






ピカソは、硝子越しにカウンターの上を片付けている瑛美里の後ろ姿を眺めながら、『やっぱり瑛美里ちゃんはこういう暮らしの方が向いてるんだろうね』と呟いた。


何人かの手を渡ってたどり着いたひなびたカフェで出会った瑛美里は、マイペースが過ぎて同年代の友人と深く付き合えない様子だった。

ウーパールーパーに擬態していたピカソに、両親が亡くなって実家が親戚に取られ、帰れなくなってしまったこと、学費と生活費を稼ぐためにバイトを増やしたいが、そのせいで学校に行く時間がなくなってしまうジレンマ……悩み事や悲しかった事をのんびりと報告するのが日課になっていた。


今回のような暴漢に襲われる事態は想定外だったが、もとから、いずれは別の世界に連れて行って、心機一転楽しく過ごしてほしいと思っていたのは内緒である。


竜神は成熟幼体(ネオテニー)のまま水中で長く生き、世代交代が近くなると、やがて地上に這い出て翼を生やし、空を飛ぶようになる。

ピカソは、いずれ自分が空を翔る時、背中に瑛美里を乗せてあげたら喜ぶだろうなぁと楽しみにしている。


……竜神(ピカソ)が「魔女」と認めた人間は不老不死になるから、きっとそのうちピカソの夢は叶うのだろう。




ミ(・___・)彡 ←大事なことを伝えないため、前任者(旧深淵の魔女)には逃げられた様子。

瑛美里ちゃんには逃げられないといいね…。




ドラゴンやもふもふものが多いので、両生類マスコットものを書いてみたかったのです。

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― 新着の感想 ―
[一言] アホなロートルはこれだから……
[一言] アホでロートルなんだね……。
[一言] 根こそぎ落とす系の洗剤が使用要注意になりそう…。 ところで魔女様、私、最近寝付きが悪いので、 続きという名の霊薬を頂けませんか…? 連載という名の特効薬でもいいのですが…。
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