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5.オオカミ陛下が離してくれない



 昨晩のことをなかったことにしてくれ。


 そのように、マージェリーが土下座をしたあと。


 返ってきたのは、張り付くような沈黙。じわじわ伝わってくる不快の色に、マージェリーは頭を下げたまま首を傾げた。


(え、なに? なんで陛下は黙っているの??)


 明らかにユリウスの機嫌が悪くなっていく。その理由がわからない。


 ユリウスだって積極的に責任を取りたいわけじゃないだろう。なにせ彼とは、まともに会話したことすらないのだ。


 そろりと顔を上げようとしたところで、ぐいと肩を引かれる。ぎょっとする彼女の頬を、大きな手がむにゅと掴んだ。


 アヒルのように唇を尖らせ、マージェリーは目を白黒させる。王の奇行に戸惑っていると、ユリウスは絶対氷点下の壮絶な笑みで、ひくひくと唇の端を引きつらせた。


「……もしや、こういったことは初めてじゃないのか?」


「ふあ!?」


「ふむ、違うか。だとするとわからない。私の提案は至ってまともだぞ。比べて君はどうだ。散々王を振り回し、翻弄し、褥に忍び込んでおきながら、全てをなかったことにしたいと。随分な申し出だな、マージェリー・デュ・ノエル?」


「ふぃのふぃこんだふぇふっふぇ?(し、忍び込んだですって?)」


 目を見開き憤慨したマージェリーは、思わずぱしりと王の手を振り払った。


「お言葉ですが! 陛下はご公務として王立学院の卒業セレモニーに参列されたはずです。自業自得とはいえ、酔って正体をなくした女学生をお持ち帰りとは、陛下こそ随分な振る舞われようかと思いますが?」


 学院の創立以来、代々の王は慣例として卒業式に立ち会ってきた。ユリウスが昨日学院に足を運んでいたのも、そう言った理由である。


 痛いところを衝かれただろうと、マージェリーはほくそ笑む。


 ――だというのに、ユリウスはにやりと笑った。


「覚えていないのか。だったら仕方がないな」


「っ、何かおかしなことを言いましたでしょうか」


 薄い笑みを張り付けて赤い瞳を細めるユリウスに、嫌な予感がひしひしと募る。ユリウスは悠然と頬杖をついた。


「君らがパーティをお楽しみの裏で、学院長と話を終えた私が、城に戻ろうと中庭に出た時だ。茂みの影で、死体をひとつ見つけた」


「し、死体ですか?」


「調べたら死体ではなく、酔いつぶれた女学生だったがな。とにかくそいつは、大胆にも芝生に大の字に伸びていた。それが君だよ、マージェリー・デュ・ノエル」


 マージェリーは顔を引きつらせた。どうしたことだろう。開始早々、既に耳を塞ぎたくなってきた。


 お構いなく、ユリウスは涼しい顔で続ける。


「私は学院の関係者を呼んだ。酔っ払いでも年頃のレディだからな。けれども君が泣いて私に縋ったんだ」


 曰く、こんな姿を学友に見られたら一貫の終わりだと。頼むから自分を、学院から連れ出してくれ、と。


「教師連中は君を医務室に運ぼうとした。だが存外、君の力が強かった。君が泣き顔をこすりつけるたび教員の顔が青ざめてく様は、なかなか愉快で楽しめたな」


「さ、左様でございましたか」


 冷や汗がだらだらと零れる。精一杯にそれだけ返すと、くつくつとユリウスは笑った。


「仕方なく君を馬車に乗せた。君が宰相の娘なのは知っていたから、ノエル家に送ろうとした。けれどもまた君がぐずり出したんだ。事の次第を父親に知られたら怒られる。後生だから自分を家に送ってくれるなと」


 八方塞がりだよなあ、と。忙しなく目を泳がせるマージェリーに、ユリウスはやれやれと首を振った。


「学院に送り返すわけにもいかない。家に送り届けるわけにもいかない。そうなったら私が出来るのは、君をこの城に連れてくる以外に他にないだろう?」


「で、でで、ですが!」


 身を縮こまらせながら、マージェリーは必死に抗う。


 城に『お持ち帰り』された理由はよくわかった。申し訳なさすぎて、今すぐ穴を掘って埋まりたいほどだ。けれども、それはそれ、これはこれである。


 反撃の狼煙に、マージェリーはびしりと指を突き付けた。


「酔っ払いの小娘ひとり、適当にその辺に放り込んでおけばよかったはずです。なのに寝所に連れ込むなんて……やはり下心がおありだったのでは!?」


「――――それは君が、この姿を見たいとワガママを言ったからだ」


 ぽつりと零れた声。次の瞬間、ふわりと柔らかな風が寝所に巻き起こった。


 思わずマージェリーは目を瞑る。やがて恐る恐る瞼を開いた彼女は、ふぁさりと揺れた()()()に唖然と息を呑んだ。


 艶やかな黒髪から突き出す、黒い毛並みに覆われたとんがり耳。これ見よがしにゆらゆら揺れる、柔らかそうなふさふさの尻尾。


 あんぐりと、マージェリーは口を開ける。


 ――先祖返り。黒髪の王族だけが取れる、初代オオカミ王と同じ半獣の姿。小説においては物語の終盤、重要なシーンでたった一度だけ披露される。


 それを惜しげもなく晒しておきながら、ユリウスはなぜか得意げに、本物の狼が獲物を見定めるように目を細める。


「いいか、マージェリー。ユーリだ」


「へ? あ、え?」


「ユーリ。私を呼ぶときは、陛下でもユリウスでもなくそう呼ぶように。君の特権だ」


 なにそれ恐い。そう顔を引きつらせるマージェリーの銀髪をひと房取り上げ、ユリウスは口付ける。


 カチンと固まる彼女に、彼は八重歯を見せて獰猛な笑みを浮かべた。


「よく覚えておくといい。私はこの姿を、真に信頼がおけると心許した者にしか見せないと決めていた。……この姿を見た君は、もう私から逃げられない。『ルグランの狼王』の名にかけて、必ず君を手に入れるぞ」




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