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4.お酒の失敗、ほんとコワい



 あんた、いつかお酒で失敗するわよ。


 前世で、母によく言われた。


 前世の自分は、お酒がとても好きだった。アルコールに強い体質だったこともあり、会社の飲み会であろうが友人との集まりであろうが、それはそれは美味しく酒をいただいた。


 すっかり気持ちよくなって家に帰ると、先ほどの言葉を母に言われた。


 けれども毎回適当に聞き流していた。あいまいになることはあっても完全に記憶を飛ばしたことはないし、潰れてうっかりワンナイトラブなんて経験も一度もない。


 いわゆるお酒の失敗と自分は無縁だと思っていた。それは生まれ変わってからも同じで、失敗する前にきちんとセーブできると信じ込んでいた。





(それがこの様とか! 昨晩の自分を切実に殴りたい!)


 衝撃冷めやらぬまま、マージェリーは頭を抱えた。


 現実逃避に前世など思い出してしまった。いい加減、絶望的な現状に目を向けなければ。そう自分を叱咤激励し、マージェリーはそろりと深い蒼色の瞳を隣に向ける。


 すると、ユリウス陛下が艶然と微笑んだ。


「怯えた目をしてつれないな。昨晩はあんなに素直だったのに」


(無理!!)


 戦略的撤退を決め込み、マージェリーは再び縮こまった。


 王は緩やかにローブを巻き付けてはいるが、どう考えてもその下は裸だ。幸いマージェリーもネグリジェを着てはいるけど、だからと言ってなんの安心にもならない。


 なんといっても、年頃の男女が一晩同じベッドで明かし、朝を迎えたのだ。これ以上決定的な証拠があるだろうか。


(お母さん、ごめんなさい。私、がっつりお酒で失敗しました)


 ぷるぷる震え、マージェリーは前世の母に詫びる。もっとちゃんと忠告を耳に留めておくべきだった。うっかり『失敗』してしまったときはどうすべきかも、参考までに聞いておけばよかったかもしれない。


 今世の両親は――考えないことにする。このことを知ったらどんな反応をするか、考えるだけで頭が痛くなりそうだ。


 すると、隣からくすくすと笑い声が聞こえた。半目になってそちらを見ると、愉快そうな王の目と視線が交わった。


「すまない。君があんまりにも、百面相をするものだから」


 非難がましい目が伝わったのだろう。笑いを堪えるような顔で、王は軽く肩を竦める。仕草の裏にほんの少しだけ素が見えた気がして、きゅんとしてしまったのは秘密だ。


 けれども次の瞬間、王が続けた言葉にマージェリーは真顔になってしまう。


「心配するな。未婚の女性と一晩褥を共にしたんだ。この責任はもちろん取る」


「……はい?」


「なんだ、その顔は。私が誰彼かまわず女性を床に連れ込むような薄情な男だと思ったか? 誓ってそんなことはしないし、この先も私の身体は君のものだ」


 今、さらっとすごい宣言をされた気がする。


 唖然とするマージェリーをよそに、ユリウスは「して、式はどうしようか」「その前に婚約だな」「君の両親に挨拶せねばな。宰相は登城してくる日か。今から行こうか」などと、妙にいそいそと勝手に話を進めている。


(なにこれ悪夢?? どんな罰ゲーム??)


 思考を放棄したマージェリーは、声もなく天蓋を仰いだ。


 ――ユリウス・ルイ・ルグラン陛下。


 セルジュ殿下の異母兄で、数年前に即位した若き王だ。諸事情により彼とセルジュの間には溝があるため、セルジュと親しいマージェリーも、公式の場以外でユリウスと顔を合わせたことはない。


 けれども宰相をしている父伝いに話は聞いたことがある。ひどく切れ者で、時に冷徹と言えるほどに合理的。一度狙った獲物は決して逃さない。『ルグランの狼王』の呼び名の由来のひとつには、そんな彼の性格があるという。


 ここまでがノエル家令嬢として知る情報。


 前世の記憶によれば、ユリウスも「シンデレラは突然に」の登場人物だ。出てくるのは花嫁修行編と呼ばれる第二部から。城に上がったフローラが出会う新キャラだ。


 ここまでなら「小説の登場人物と関係を持ってしまったから慌てたのか」と思うかもしれない。けれども重要なのは次の点だ。


 ユリウスは、マージェリーの第二の破滅フラグだ。


 第一部のラストでざまぁされる悪役令嬢マージェリー。彼女は王弟殿下の婚約者候補という立場からは『追放』されたが、逞しいことに第二部にも登場する。


 しかもなんと、機転の良さや宰相である父のコネを活かし、ユリウス王の婚約者として復活するというしぶとさだ。フェニックスかよ、と。当時はツッコミをいれたものだ。


 そんな不死鳥の如く蘇ったマージェリー。当然彼女は、大勢の前で自分を辱めたフローラたちを憎んでいる。


 そこで彼女はセルジュとユリウスの間にまたがる溝を利用して、あの手この手でフローラたちを貶めようと暗躍する。


 けれども第二部のラスト、これまでの悪事が巡り巡って災いした結果、マージェリーは呆気なく死ぬ。


 命を奪うのはほかでもない。目の前のユリウス陛下だ。


 ごくりと、息を呑み込む。


 落ち着け。起きてしまったことは仕方がない。重要なのは、このピンチをどう切り抜けるかだ。


 ミッションインポッシブル、イズポッシブル。やればできる、絶対できる、私はできる!


 自分を励まし、ベッドの上で勢いよく正座をした。


「恐れながら、陛下!」


「ん、なんだ?」


 楽しそうに()()()()について話していたユリウスが、口をつぐんで首を傾げる。妙に無邪気な視線に怯みつつ、マージェリーは両手を突き合わせ――前世における土下座をした。


「責任を取っていただく必要はございません。そのかわり、昨晩のことはなかったことにしていただけますでしょうか!」


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