24.荒療治も時には必要です(前半)
約束の日はいい塩梅に雲ひとつない快晴になった。
気温も暑すぎず寒すぎずで、絶好のピクニック日和。木漏れ日はきらきらと光り、小鳥は楽しげに囀り。シチュエーションとしては、抜群の条件が重なっている。
そんな中。
「うわあっ! 綺麗な湖!」
緑道を抜けた先、青空の色を映した澄んだ湖面が広がるのを見て、フローラが声を弾ませた。亜麻色の髪の上に大きなリボンのついた帽子を被り、白いワンピースを合わせたカジュアルなスタイルだ。
「湖面がまるで、森を映す鏡のようでしょう。ですから、鏡池と呼ばれているんですよ」
目をキラキラさせるフローラに、マージェリーもにっこりと答える。こちらも、つばひろの白い帽子に淡いラベンダー色のワンピースを合わせた動きやすい装いだ。胸元に覗く紫水晶のネックレスと、ぴたりと色が合っている。
そんな彼女の瞳によく似た、瑠璃色の小花たち。そよそよに風に揺れるそれらは、まるで蒼の絨毯のようだ。
心地良さそうに深呼吸をひとつして、マージェリーは笑顔で振り返った。
「瑠璃華草もちょうど見頃のようですし……。来てよかったですわね。セルジュ様? ユーリ様?」
だが、楽しげな女子ふたりに反して、うしろのメンズふたりの反応はいまいちだ。
「……え? そ、そうだね!」
明らかに花以外の何かに気を取られているセルジュと。
「……だな」
もはや花を見てすらいないユリウス。ちなみにユリウスは顔を険しくしてそっぽを向いたっきりで、セルジュはそんな兄をちらちらと気遣わしげに伺っている。
心洗われる景観に反して、明らかに気まずげな空気があたりに満ちる。
笑顔のまま、マージェリーはすーっと異母兄弟から離れる。そのまま彼女は、いつの間にポケットから出したアーモンドをぽりぽりとやるフローラの腕をぐっと掴み、木陰へと引っ張っていく。
呑気な顔でアーモンドを頬張る友人に、マージェリーはぎりぎりまで声をひそめて訴えた。
「まずいですわ、フローラ様! やはりあのふたりに、ピクニックはハードルが高すぎたのでは!? 道中一言も話していなかったですわよ!?」
「あははー、大丈夫ですよ。たしかに、お互いちょっぴり緊張してるみたいですけど、そのうち慣れるんじゃないですか」
「ちょっぴりどころじゃなく、ビンビンに意識し合ってるようですけど!?」
ユリウスの眉間の縦皺はますます深くなり、セルジュは何度も忙しなく兄をみやっている。互いに突破口を見つけられず、膠着状態に陥っているようにしか見えない。
(仲直りの舞台をピクニックに設定したのは、さすがに荒療治すぎたんじゃ……)
しくしくと痛む胃を抱えてマージェリーは呻く。
さしもの彼女も、まさか異母兄弟でピクニックに繰り出すことになるとは想定外だった。だから急ごしらえで想定会話を組み立てたものの、道中の様子を見る限り、大して役に立ってくれなかったようである。
木に寄りかかってしおしおと項垂れていると、フローラ様がのほほんと微笑んだ。
「まあまあ。お城からお二人を連れ出すことには成功したんですし。気長に様子を見てみましょうよ」
「それは、まあ、そうなのですが……」
「あ! マージェリー様! あそこなんか、4人で座るのにちょうど良さそうです。私、シートを広げてきますね!」
嬉しそうに駆けていくフローラは、どこまでも楽しそうだ。それを見ていたらなんだか気が抜けてしまって、仕方なくマージェリーも後を追いかけた。
――さて。そもそもなぜ、この4人でピクニックに出かけることになったのか。
発案者は、実はフローラだった。
セルジュと言い争って逃げ出したユリウスを宥め、戻ってきたあと。妃教育を受けているはずのフローラが、マージェリーを待ち構えていた。
驚くマージェリーに、フローラは、セルジュとユリウスのことで何か困っているのではないかと。困りごとがあるなら力になりたいのだと。突然、そんなことを言ってきた。
どうしたものかと、はじめは戸惑った。だが、よく考えてみればフローラは小説で異母兄弟の仲を取り持とうとした張本人であり、一時的とはいえ成功した人物。協力してくれるというなら、これ以上ない強い味方だ。
だから思い切って、ユリウス陛下とセルジュ殿下を仲直りさせたいのだと彼女に打ち明けた。するとフローラは「自分とマージェリー、そしてあの二人の4人で出かけてみないか」と言い出し、マージェリーもそれに乗ってみることにしたのだが。
(まさかこの子、単純にピクニックしたかっただけ……なんてことはないわよね)
鼻歌交じりにシートに色々と並べるフローラを、マージェリーはじとりと眺める。
確かにユリウスは敵が多いし、セルジュはセルジュで、義兄と親しくすることを母親からよく思われていない。そんな二人だから、いざ腹を割って話そうにも周囲の目や耳が煩わしいことこの上ない。
だから、いっそのこと城の外に逃げてしまうのもありかもしれない。そう思ったから、ある意味無謀ともいえるダブルデート作戦を決行することにしたのに。
(……だめだめ。協力してくれただけでも御の字なんだから、責めるなんかもってのほか! それよりあの膠着状態をどうするか、そっちを考えなくっちゃ!)
気を取り直して、マージェリーはぐっと手を握る。
――決意も空しく、後ろでは相変わらずユリウスとセルジュが気まずげに佇んでいるが、この際それは考えないようにした。
と、その時。お弁当を並べ終えたフローラが、こそりと身を寄せてきた。
「改めて近くでお目にかかると、陛下ってとっても素敵な方ですね」
「え?」
「なんとなく怖い印象があったんですけれど……セルジュ様とはタイプが違いますけど、とっても綺麗な方だなあと」
しげしげと後ろを眺めるフローラに、つられて振り返る。そこにユリウスを見つけた途端、彼女の言わんとするところをすぐに理解した。
セルジュに話しかけるのを諦めたのだろうか。ユリウスはひとり、木立を見上げて佇んでいる。
腕を組み木にもたれているだけなのに、それがなんと絵になることか。木漏れ日に照らされ、眩しそうに目を細めている様はもはや幻想的だ。
思わず見惚れたらしいフローラに、なぜだかマージェリーは誇らしくなった。
「そうでしょう、そうでしょう。それに陛下は見目麗しいだけじゃないんです。直接話してみると、ああ見えて茶目っ気を出されることが多々あって、そこが意外に可愛くて」
「そうなんですか?」
「ええ! それに、恐ろしいなんてとんでもありません。人付き合いが上手いとは言い難いですが、ユーリ様は不器用なだけです。頭の回転が速い方ですから色々と先回りをして臆病になってしまっていますけど、本当はとてもお優しい方なんですのよ」
「なるほど、なるほど。そういう面も、マージェリー様はよくご存知と」
熱弁するマージェリーを、なぜだか生暖かいものを見る目でフローラが眺めている。と思いきや、不意に彼女はにこっと太陽のように笑みを咲かせる。
そして彼女は、とんでもない爆弾を投下した。
「やっぱりマージェリー様、陛下のことが大好きですよね?」