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21.『悪役令嬢』の大親友(前半)



 王立学院に入学したとき、フローラ・エルメイアの胸は不安でいっぱいだった。


 突然発覚した魔力適性。教会から引き取られて、わずか一月での王立学院入学。


 エルメイア男爵夫妻はとても優しくていい人たちだったけれども、貴族のしきたりのいろはを学ぶには時間がなさすぎた。そんな中での貴族の子女ばかりが集まる王立学院への進学は、フローラにとって試練以外の何物でもなかった。


 入学式が終わってすぐの学院のパーティ。そこでフローラは針のむしろだった。


 突き刺さる視線は好奇と不快の色が半々。どちらにせよフローラは肩身が狭くなるばかり。飲み物や料理にも手を付けられず、目立たないようにと壁際にへばりついていることしかできない。


 それでも貴族の皆様はフローラを放っておいてはくれなくて。


「ご覧になって。あの者が、噂に聞くフローラ・エルメイアでしてよ」


 ひそひそと。なのにはっきりと。嘲りの声が耳に飛び込んでくる。


「孤児のくせに魔力が発現して、男爵家が引き取ったとか……。あー、いやですわ。庶民臭くてかまいませんわ」


 フローラはきゅっと身を縮めた。


 場違いなのは誰よりも自分がわかっている。本当はパーティなんか出たくなかった。


 けれども、あまりに早く帰ったら心優しい男爵夫妻を心配させてしまうかもしれない。それに、もしかしたら仲良くなれる人がいるかもしれない。ほんの少し、ちょっぴりだけ、そんな期待を抱いてしまった。それがすべての間違いだった。


(私がバカだった……)


 後悔を抱いて、フローラは唇を噛む。庶民上がりの自分に話しかけてくれるひとなんかいない。といって、自分から話しかける勇気もない。話しかけられるような雰囲気でもない。


 3年間もここでやっていけるのだろうか。


 フローラの胸が、不安で押しつぶされそうになったその時。


 目の前に、銀髪の美少女が飛び込んできた!


「これはこれは、フローラ様。はじめまして。ノエル家のマージェリーと申します、以後お見知りおきを」


 突然口早に話し始めた女生徒に、フローラは唖然とした。


 とても綺麗な子だ。銀糸のような髪は手入れが行き届いていて、肌は陶器のように滑らかだ。長いまつ毛に縁どられた目には蒼い瞳がのぞき、理知的にきらきらと輝いている。


 こんな綺麗な人がいるんだ。――もしも彼女がこんな頓珍漢な登場をしていなければ、フローラはしばし彼女に見惚れていただろう。


 驚いてぱちくりと瞬きをするフローラをよそに、マージェリーと名乗った生徒は整った顔いっぱいに愛想のよい笑みをのせて、ぺらぺらと矢継ぎ早に続ける。


 乾杯をしよう。制服を一着譲る。挙句の果ては、週末は一緒にサロンに行こう。


 出会ってすぐとは思えない展開の速さに、フローラは目を白黒させるしかない。けれども次の瞬間、フローラは表情を曇らせた。


「お気を付けください。フローラ様は、少々目立ってしまったようですわ」


 ちらりとホールに視線を向けたマージェリーの仕草で、所かしこで囁かれているフローラの悪口を指しているのだとすぐに分かった。


 けれどもフローラの胸が暗澹たるもので満ちるその前に。不安を丸ごと吹き飛ばすように、マージェリーは輝く笑みでひらりと胸に手をやった。


「大丈夫。私がそばにいれば、誰も易々と手を出せませんわ。ですからフローラ様。私と友達になってくださいな。快適な学院生活を保障しますわよ?」

 

 きらきらと微笑むマージェリーに、フローラはごくりと唾をのんだ。


 おそらく彼女は親切で言っているのだろう。だけど、そう言い切るにはあまりにも。


(あ、怪しすぎる……!)


 誘い文句が完全に怪しい商売のソレだ。教会でもシスターが口を酸っぱくして言っていたではないか。甘い言葉には必ず裏がある。悪い商売人に騙されてはいけませんよと。


 だけど。


(おかしな人!)


 くすりと笑ってしまいそうになるのを、なんとか堪える。


 胡散臭さマックスだが、こちらを見つめる蒼い瞳は澄んでいる。日々教会に訪れる色んな人間を見てきたからわかる。彼女は悪い人じゃない。むしろいい人だ。


 この人と話してみたい。そう思った途端、怯えていた心がふっと軽くなる。あんなに怖かった周囲の目や声が、急速に遠ざかっていくのを感じた。


「よ、よろこんで……?」


 手を差し出せば、マージェリーが満面の笑みで握り返してくれる。


 女神のように美しくて、王女様のように完璧で。そのくせちょっぴりヘンテコな友人。


 彼女が親友と出会った瞬間であった。






 マージェリーと出会ったことで、フローラの日々は一気に色づいた。


 あんなに憂鬱だった学院生活が楽しくて仕方がない。毎日毎日、フローラは幸せでいっぱいだった。


「マージェリー様―!」


 毎朝、朝日に輝く銀糸のような髪を見つけるたび、フローラは心を弾ませ彼女へと駆けた。振り返ったマージェリーは、決まって眉をしかめてこういうのだ。


「フローラ様? 何度も申し上げましたが、朝はまず『おはようございます』では? 挨拶もまともに出来ないなんて、学院生として失格でしてよ?」


「えへへ。すみません」


 てへっと舌を出せば、マージェリーの表情が緩む。口では色々と言いながら、彼女もまた、フローラと会えたことを喜んでくれている。そのことがくすぐったくて幸せだ。


「おはようございます、マージェリー様」


「はい、おはようございます」


 教わった通りにスカートの裾を摘まんで頭を下げれば、マージェリーが完璧な所作で返してくれる。


 淑女として振舞う彼女は、ほれぼれしてしまうほど美しい。彼女のようになりたいと願ったことで、あんなに苦痛だった貴族のマナーを覚えるのもすっかり楽しくなった。


 そうやって朝の挨拶を交わしてから、ふたりは同時に笑いあう。


 一緒に過ごすようになってから知ったことだが、完璧な淑女と名高いマージェリーには、愛嬌と呼ぶべき隙が結構ある。


「フローラ様、聞きまして!? 大通りのパン屋さん、本日新作メロンパンが発売されるそうですわ!」


 マージェリーは意外にも市井の味が好きらしく、情報を聞きつけてはフローラのところへ飛んでくる。


 そのうえ彼女は、侯爵令嬢にしては妙に庶民的なところがあった。


「しかも見てください。うちの優秀な侍女が、福引で大通りのお買物券をゲットしましたの。こちらを使えば、新作メロンパンが100マドルお安くなりましてよ!」


「お買物券……? マージェリー様も、そういうのに興味があるんですね」


「当然ですわ! せっかく当てたんですもの。きちんと使わないと損ですわ」


 蒼の瞳をキラキラさせて、得意げにお買物券を見せつけるマージェリー。


 帰りに一緒にパン屋に行きますわよと声を弾ませる彼女の横顔は、気高く近寄りがたい普段の雰囲気からまるで想像ができないもので。


 自分しか知らない彼女の顔がある。そう思うと、どうしようもなくフローラは嬉しかった。





 そんなある日、転機となる出来事が起こった。



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