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2.マージェリーの苦節3年間


 昔から不思議な夢を見てきた。


 鉄の箱に詰められて、どこかに運ばれていく光景。きらきらと光るショーケース。無茶振りにつぐ無茶振りに、駆けずり回る自分。


 そんな毎日に一縷の癒しを与えてくれた、一冊の『本』。


 それが前世の記憶と気づいたのは、学院に入ってすぐだった。


「ご覧になって。あの者が、噂に聞くフローラ・エルメイアでしてよ」


 王立学院の入学パーティの席で。とある令嬢にひそひそと声をかけられたのが、すべての始まりだった。


「孤児のくせに魔力が発現して、男爵家が引き取ったとか……。あー、いやですわ。庶民臭くてかないませんわ」


 忌々しそうに令嬢は首を振る。それでマージェリーは、彼女を――フローラをはじめて見た。


 たしかに全体的に野暮ったい。素材は悪くないが、髪型はおよそ流行からはかけ離れていたし、せっかくの制服もなぜかサイズが合っていない。


 パーティも出たことがないのだろう。料理や飲み物に手もつけず、困ったようにホールの隅で縮こまっている。


 ――その時、突如頭の中に、天啓のように物語の一節が降ってきた。


『フローラは孤独であった。突然貴族の世界に放り込まれた庶民に、優しく微笑んでくれる友がいるわけもない。華やかな場に反して、彼女の心は暗澹たる想いで満ちていた。』


(……ん? ……んん??)


 どうして、あの本を思い出したのだろう。そう思ったところで、マージェリーはますます狼狽えた。『あの本』とは何だ。一瞬頭に浮かんだ表紙をどこで見たのか。


 目を瞬かせて、あたりを見回す。ここは貴族の子女が通う王立学院だ。そして、『あの本』の舞台である。そう考えたところで、マージェリーの頭は急速に回り始めた。


 フローラ・エルメイア。彼女は、あの本――前世でドはまりした恋愛小説、『シンデレラは突然に』の主人公だ。


 前世。あまりに突拍子もない発想に、自分でもひっくり返りそうになる。けれども、それが夢や妄想などではないとはっきりわかる。フローラは主人公で、相手役は同学年のセルジュ王弟殿下。そんな二人の邪魔をする、にっくき悪役令嬢の名は。


「あら? マージェリー様、どうなさったのですか?」


「お顔が真っ青ですわよ?」


「お、おほほ。少々疲れてしまっただけですわ」


 目を泳がせながら、気遣う令嬢たちに適当に濁す。


 マージェリー・デュ・ノエル。ノエル侯爵家に連なる令嬢で、この国の宰相を務めるジョルダン・デュ・ノエルの愛娘。王弟であるセルジュの婚約者に最もふさわしい令嬢として、フローラの前に立ちふさがる恋敵である。


(待って、待って!? 侯爵家なのも、宰相の娘ってのも、全部合致しちゃっているんですけど!?)


 前世の知識、そしてマージェリーとして生きてきた15年間の記憶が、答え合わせのようにかちりとはまる。まったくもって笑えない事態だ。


 小説の通りなら、マージェリーはこの後、あれやこれや策を講じてフローラを学院から追い出そうとする。けれども第一部のラストシーンである卒業パーティで、皆の前でこれまでの悪行を晒された挙句『追放』されるのだ。


 その後もなんやかんやと紆余曲折あるのだが、最終的にマージェリーは、自業自得としか言いようのない破滅エンドを迎える。


 ふらりと、マージェリーはよろめく。けれども次の瞬間、彼女はたたらを踏んで立ち直った。


(~~~~っとーに、信じられない話だけど、前世のことを今思い出せたのは不幸中の幸いよ。こうなったらやることは一つ。うかうかしてられないわ!)


 目指せ、脱・破滅ルート。目指せ、脱・悪役令嬢。


 次の瞬間、マージェリーはフローラの前に躍り出た!


「これはこれは、フローラ様。はじめまして。ノエル家のマージェリーと申します、以後お見知りおきを。もう料理は食べました? お近づきの印に乾杯しましょう」


「っ、は、はじめまして……!」


「ところで制服が大きいような……。よかったら私のを差し上げますわ。ご安心ください。数着多く作りすぎてしまって、困っていましたの」


「え? あ、あの……」


「ちなみに週末のご予定は? 行きつけのサロンがありまして。流行りのもので、フローラ様にぴったりの髪型があるんです。きっと似合いましてよ」


「え、ええ!?」


「それと」


 目を白黒させるフローラの耳に顔を寄せる。びくりと驚く彼女に、マージェリーはそっと囁いた。


「お気をつけください。フローラ様は、少々目立ってしまったようですわ」


 悪口を言っていた一団にちらりと視線をやれば、フローラが不安そうに顔を曇らせる。そんな彼女を安心させるように、マージェリーはひらりと手に胸を当てた。


「大丈夫。私がそばにいれば、誰も易々と手を出せませんわ。ですからフローラ様。私とお友達になってくださいな。快適な学院生活を保証いたしますわよ?」


 悪徳商法のような誘い文句だが、本人は至って真面目だ。なにせ将来の明暗が賭かっている。


 主人公の親友ポジションの確保。これが、マージェリーが瞬時に打ち立てた作戦だ。


 フローラを虐めない。それは大前提。


 けれども不干渉を貫き接触しない。これでは不十分だ。


 『ノエル家令嬢』『宰相の娘』といったステータスから、入学前からマージェリーとセルジュの婚約は噂されてきた。


 フローラが誰かに虐められれば、まっさきにマージェリーが疑われてしまう。ならば逆張りに、犯人と疑われないほど仲良くなるしかない。


「よ、よろこんで……?」


 戸惑いつつも、はにかみながらフローラが手を差し出す。その手を握った時、マージェリーの中でゴングが鳴った。


 それから3年間、マージェリーは戦い続けた。


 積極的にフローラと関わり、親友になり、時には第二第三の悪役令嬢を返り討ちにして追い払い、さらには恋のキューピットとしてセルジュとの仲をとりもった。


 そうして3年生の秋、マージェリーはついにセルジュとフローラをくっつけることに成功した。もちろん最大の功労者が誰か、みっちり二人に擦り込んだ上である。


 つまりは今宵、パーティで在校生たちを驚かせた一幕は、マージェリーの3年間の努力が実を結んだ結果なのだ!



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