13.ひょっとしたら、もしかして
部屋に入ってすぐ、ユリウスはふわりと風を吹かせて変身した。現れたフワフワの尻尾は、不機嫌そうな表情に呼応して、ゆらゆらと不穏に揺れている。
まっすぐにソファに進んだ彼は、勧められる前に腰を下ろす。それから、じろりとこちらを睨んだ。
「遅い。遅すぎる。どうして、すぐ会いに来ないんだ」
「はい?」
予想外の叱責に、マージェリーは思わず素で問い返してしまう。けれどもユリウスは本気らしい。不穏に尻尾を揺らしたまま、むすりと顔をしかめている。
(なんでって言われてもね……)
謁見する予定はなかったとか。そもそも自分はフローラの教育係として城に上がったのであって、ユリウスに会いに来たんじゃないとか。いくらでも正論が頭に浮かぶが、言ったところで彼を怒らせてしまうだけだろう。
仕方なくマージェリーは、令嬢スイッチを入れてスカートの裾を摘まみ上げた。
「マージェリー・デュ・ノエル。ユーリ様の命に従い、登城いたしました。ご挨拶が遅くなったことを深くお詫び申し上げます」
「……ふん」
「それから」
「それから?」
問うように、赤い瞳がこちらを見上げる。彼をまっすぐに見返し、マージェリーは素直に礼を言った。
「ユーリ様のおかげで、大切な学友と再会ができました。ありがとうございます」
「っ、そうか」
ユリウスは驚いた顔をしたが、すぐにそっけなく横を向く。けれども彼が喜んでいるのは間違いない。先ほどとは違って、尻尾が嬉しそうに振られている。
(……可愛いな)
涼しい顔で尻尾を振り続けるユリウスを、思わず真顔で見つめてしまう。
小説のユリウスはこんな性格だっただろうか。心を閉ざし、他人を信用せず、いつも冷ややかな笑みを浮かべた孤高の王。書かれていたのは、そんな姿だった。
少なくとも、突然部屋に押し入って不機嫌そうに詰め寄ったり、ぶんぶんと尻尾を振って喜怒哀楽を表現したりする人間ではなかったはずだ。
大分機嫌を戻したのだろう。彼は空いているソファの隣をぽすぽす叩いた。
「いつまで立っている。私が横抱きにしてやろうか」
「お隣失礼いたします」
本当にやりかねない王に、慌ててマージェリーも座る。もちろん少し離れてだ。ユリウスは残念そうな顔をしたが、気を取り直したように懐に手を入れた。
「これを渡しに来たんだ」
彼が差し出したのは、紫の宝石がはめられたネックレスだ。繊細なデザインで、控えめながら美しい。
「……ありがとう、ございます?」
礼を言って受け取りつつ、マージェリーは首を傾げた。一目見て気に入ったが、別に誕生日でもなんでもないのに。
疑問がそのまま顔に出ていたのだろう。ネックレスを首に下げるようマージェリーに促しながら、彼は肩をすくめた。
「護符のようなものだ。私の魔力を込めて作ったんだ。助けが必要な時は、石に触れて私の名を呼んでくれ。それで私に届くから」
「つまり、これは魔道具ですか!?」
ちょうど首から下げたところで、マージェリーは仰天して目を丸くした。
『シンデレラは突然に。』は剣と魔法のファンタジー世界が舞台だ。けれども魔力持ちは一般的ではなく、非常に重用される。
だからこそセルジュではなくユリウスが王に選ばれたし、フローラは男爵家に拾われた。かくいうマージェリーもわずかだが魔力適性があり、セルジュの婚約者候補としてそこも評価されていた。
魔法使いが魔力を込めて作る魔道具は、非常に高価だ。特に魔術院クラスの魔法使いが作るものは上質であり、希少である。
初代王の魔力を引き継いで生まれたユリウスは、魔術院所属の魔法使いと同等、下手をすればそれ以上の魔力持ちである。そんな彼が作った魔道具の価値がいかほどか、考えるだけで頭がくらくらする。
おっかなびっくりネックレスを見下ろすマージェリーに、ユリウスは首を振った。
「君に何かあったら私は耐えられない。だからこれは、人助けだと思って受けとってほしい。……それに」
ユリウスはそっと手を伸ばす。キスされるんじゃないか。一瞬マージェリーは身を固くするが、彼が触れたのは頬や顎ではなく、付けたばかりのネックレスだ。
つん、と。男性らしく節くれだった指が、紫の宝石をつつく。そうして彼は、心から愛しい者を見つめるように、柔らかく目を細めた。
「君の蒼と、私の赤。ちょうど混ざり合ったような色だと思って選んだんだが……。よかった。星の色をした君の髪に、よく似合っている」
「っ!」
さすがのマージェリーも、これには息をのんだ。慌てて目を逸らすが、彼の甘い眼差しが、声が、頭からこびりついて離れない。急速に、顔に熱が集まるのを感じる。
これはもう、確定なのでは。
真っ赤になって俯いたまま、マージェリーはごくりと唾を飲み込む。
必ず君を手に入れるという宣言も。宣言に違わずやたらと絡んでくる態度も。妙に積極的に、本当の姿を晒してくるまっすぐさも。
「……あの。ユーリ様」
緊張のため、喉がからからと渇く。どきどきとうるさい鼓動に呑まれそうになりながら、マージェリーは精一杯言葉を紡ぐ。
「確認をさせてください。見当違いなことを言っているようでしたら、構わず笑い飛ばして欲しいのですが」
「回りくどい。さっさと言ってみろ」
綺麗な顔をしかめて、ユリウスは首を傾げる。
そんな彼に、マージェリーは思い切って尋ねた。
「もしや陛下は、ユーリ様は、私のことが好きなのですか!?」




